ゲーム・オブ・ドローンズ—椅子取りゲーム— 作:生き残れ戦線
第十一話 クラウドイーツ始めました
やっぱり、外に出るんじゃなかった!
街の中心に位置するターミナル。
その入り口で頭を抱えて後悔する男がいた。
年齢は五十がらみの黒髪に白髪が目立つ中年男性だ。
一週間、あの史上最悪の事件から一週間が経った。
当初は直ぐに解決するかに思われたが事件はまだ続いている。
まったく誰だ一週間で事態は解決するって言った人間は。
無責任にテレビで言ってた自称専門家を呪う。
もう我慢の限界だった。
二人暮らしだったから長く保ったほうだろうが。
買いだめの物資は底を尽き、
生きていく為には外に出ざるをえなかったのだ。
念のために男はキャッチャーの防具を着た。
男は元野球部だった。足にも自信があった。
奴らに見つかっても逃げ切れると自分の力を信じていた。
だがそれは自分の平和ボケが判断した認識の甘さだと直ぐに思い知った。
最寄りのターミナルなら誰か居るんじゃないかと足を運んだのが運の尽きだ。
そこで黒蟻と対峙してしまった。
金属バットで殴りかかったが。
こちらの攻撃は全て硬い外骨格に阻まれ、逆に恐れをなして逃げる俺を奴はどこまでも追いかけて来た。戦いにもならなかった。
そりゃそうだよ、相手は天下のノズマ社が作った最高傑作、最先端の科学の結晶だぞ。
何で俺なら勝てると思っちまったんだ。
人間が象と戦うようなものだ。
一般人の私が相手になるはずがなかったんだ。
直ぐに体力は尽き男はターミナルを背に追い詰められてしまった。
ここまでか。絶体絶命のピンチに男は悲鳴を上げる。
「誰か!頼む!助けてくれ!」
だが男自身それが絶望的だと分かっていた。
この時世に外を人がうろついている訳がない。
みんな家に閉じこもっているさ。
よしんば人がいたとしても駆けつけてくれるはずがない。
そんな都合よく人は人を助けない。命が掛かっているとすれば猶更だ。
だけど家族が待っているんだ。
簡単に諦める訳にはいかない。
最後の瞬間までみっともなく男は救いを求め続ける。
黒蟻の前腕部第一歩脚が死神の鎌のように振り上げられる。
それで私を引き裂こうというのだろう。
設計通りなら人間を引き裂くなど容易だろうなと男は思った。
最後の瞬間が訪れる。
「ヒィ!助けっ——!!」
目を開けていられず、目を瞑って最後の時を待った。
だがいくら待ってもその時は来ない。
いや気づいてないだけで私はもう死んでいるんじゃ。
ならここは死後の世界か。
ゆっくりと目を開ける。
幸いと言うべきかそこは死後の世界ではなくまだ現実世界だった。
しかし現実とは思えない光景を目撃する。
黒蟻の前に少女が対峙していた。
「......え?」
助けられたのだと気づくのが遅れた。
だってそうだろ。
年端もいかない女性がこれから黒蟻と戦おうとしているなんて普通は考えられない。
だから私は彼女に逃げるよう言った。
「いけない!逃げるんだ!真向から戦って勝てる相手じゃないんだソイツは!」
「.....大丈夫ですよ、おじいさん。私達はこんな醜悪な敵に負けません」
そう言うと少女は刀を抜いた。
そう日本刀だ。現実離れした光景に唖然として見入ってしまう。
何なんだこれは。いったい何が始まろうというのだ。
見守る中、先制したのは黒蟻だった。
最も可動域の広い前腕部を触手の様に操って繰り出す死神の鎌(まるで蟷螂だ)当たればただでは済まないそれを少女は巧みな動きで躱していく。
凄い動体視力だ。だがあれでは直ぐに体力が尽きてしまう。
そんな杞憂をよそに少女は黒蟻の攻撃を横に跳んで躱す。
位置を変えたのだ。黒蟻が向きを変えた。その瞬間、黒蟻の目が破壊された。
どこからか飛来してきた弾丸によって。
突然の痛みと視界の消失、同時に起きた二つの現象に黒蟻の攻撃の手が止まる。
「ここだっ!」
言下に少女は地面を蹴り走った。
その初速の速さに舌を巻く。あまりの速さに目で追えなかった程だ。
少女は黒蟻の横を掻い潜り後ろに回ると、一瞬の溜めを作って後背部に向かって刀を突き刺した。
そこがフレームの最も薄い部分だ。
障子を裂くかの容易さで深々と刀が奥に到達する。
途端に黒蟻がぶるぶると震えだす。
そうか背部のラジエーター。そこを狙ったのか。
何故少女が黒蟻の弱点を知っているのかは分からない。
だがこれで少女の勝ちは確定した。
ゆっくりと歩脚から力が抜け黒蟻が倒れ伏す。
信じられない、あんなに脅威だと思っていた黒蟻を容易く倒してしまった。
一体何者なんだ?
疑問に答えるように横合いから声が掛かった。
「おっさん大丈夫か?」
今度は若い男の声だ。気遣ってくれる言葉に思わず、
「あ、ありがとうございま....ってええ!?」
反射的にお礼を述べようとして声の方に振り向いた。
そして驚愕する。その男は黒い目だし帽を被っていたのだ。
外国映画でよく見る銀行強盗犯のアレだ。
しかも銃を背負ってるじゃないか。
怪しさ満点である。
本当に何者なんだ!?
犯罪者じゃないだろうな。
一抹の不安を感じた。
「安心しろって怪しい者じゃない。これはいわゆる安全措置だ」
「は、はぁ....」
その意図をよく理解できなかった。
とりあえず信じよう助けてもらったんだし。
まだ微妙に懐疑的な視線を残しつつ。
男は二人に自己紹介をする。
「早川
早川は二人に礼を言った。
こればかりは心からそう思った。
この二人が駆けつけてくれなかったら今頃、自分は死んでいただろう。
「気にすんなよ、こういう時だからこそ助け合わないとな」
「でもお礼を言われると嬉しいですねクラウドさん」
「.....まーね」
あの黒蟻を倒した少女は嬉しそうにそう言ってクラウドさんの腕に抱き着いている。
戦っている時の凛々しさはどこへやら。
いまは只の少女にしか見えない。
本当に若いな。高校生ぐらいかな。
いったい二人はどんな関係なんだろう。
計りかねているとクラウドさんが答えてくれた。
どうやら僕の目は口ほどにものを言うらしい。
「言うなればビジネスパートナーだな俺達は」
「ビジネスですか?」
鷹揚と頷く。その割に何故か少女は不満そうだ。ビジネス....と呟いている。
蔵人は気づかず、
「そうだ。俺達は配達屋だ。名前は....そうだな....『クラウドイーツ』だ」
絶対にいま決めましたよね。
ってぐらい適当に名前を付けたようだけどいいんだろうか。
いいんだろうな。それよりも配達という言葉に興味をひかれた。
もしや.....。
「活動内容は主に物資の運搬だ。頼まれればどこにでも、といっても市内限定だが、荷物を届ける仕事をしている」
「そんな事を!危険では?」
「だからこそだ。外は危険でいっぱいだし、いまこの街には大勢の物資困窮者が溢れている。そういった人達に食料や生活必需品を届けるのは誰にもできることじゃない。だったら俺達がやるしかないだろ」
す、凄い。何て人達だ。
こんな時でも誰かを助ける為に動いている人がいるなんて。
僕には想像もできなかった。
にべもなく私は言った。
「依頼します!どうか助けてください!」
「お客様第一号だ安くしとくよ何が欲しい?」
「食料と生活用品を!それと小さな娘がいるんです、ビタミン不足が続いているので栄養剤をたっぷり!金はいくらかかっても構いません!」
「まいどあり~」
直ぐに住所と連絡先を書いたメモを手渡した。
支払いは現金だけだそうで後払いにすることにした。
まさかこんな事になると思っていなかったから財布は家に置いて来てしまったのだ。
なので食料を届けてくれたらその分、払うと言った。
そんなやり取りを見ていた少女がジト目で、
「人を助けるために始めた事なのに結局お金なんですね」
これも所謂潔癖症なのだろう。蔵人は呆れて言った。
「これだから社会経験のない小娘は。あのなこれはお互いに必要な事なんだよ、ビジネスってのはある意味何よりも固い契約なんだ。対価を貰うからこそ仕事を果たす、という信用が生まれる」
「そうですね、これがもし無償だと言われたら騙されてるんじゃないかと疑ってしまいますからね」
「そういうものですか」
納得したように少女が頷く。
そうだ。社会という基盤が揺らいでいる今だからこそ必要な事だ。
それにこの先も活動を続けるなら、ビジネスという形態をとっていたほうが良いだろう。
人が増える事があれば金というのは最も分かりやすい報酬だ。
無償で人は動かないからね。
「本当にありがとうございます」
「ああ、他にも必要なものがあれば言ってくれ。それと俺達の名前を出来るだけ大勢に伝えてくれると助かる」
「分かりました知人にもこの事を伝えておきます」
出来るだけ大勢に。
そうする事で物流網を構築する。
知れ渡ればそれだけ多くの人が助かる。
好循環を目指す、そういう事のはず。
正しく意図を理解して早川は頷いた。
さてあまり長居はできない。
いつまた敵が襲ってくるとも限らない。
別れを告げよう。
「クラウドさん、コノハさんこの街をどうかお願いします!」
「出来るだけの事はする、あんたも頑張って生きろよ」
「この街の黒蟻は私達が全て駆除します」
「あはは......」
物騒な事を言うコノハに思わず頬が引きつる。
何とも複雑な気持ちだ。
なぜなら黒蟻を作ったのは。
「あの......実は.....」
早川は何かを伝えようとしたが何も言えなかった。
臆病者だ僕は。
それを伝えたらきっと二人は僕を非難する。
最悪、配達依頼そのものが破棄されるかもしれない。
それだけは駄目だ。
早川の葛藤を知ってか知らずか蔵人は、
「ほらよ」
「え?」
渡されたのは袋だった。中には食べ物が入っていた。
どうして?
「サービスだ娘さんにな必要だろ」
「っ....ありがとう、ございます!」
「じゃあな早川のおっさん」
「さよなら」
そう言って二人は走り去って行った。
その背中を早川は最後まで見送った。
いずれ彼らはこの街のヒーローになるだろう。
その手助けをしたいと思った。
命の恩人でもあるし。
彼らが困っているときは助けになろう。
私にはそれができるはずだ。
残骸となった黒蟻に目をやる。
もう動かなくなっていたそれを悲しそうな目で見ている。
早川明人。彼には幾つかの肩書があった。
その一つにこんなものがある『NOZMA社日本支部研究所主任』
——ブラックアント設計担当技師。
被害者数一万人を超え今も被害を出し続けている。
日本戦後史上最悪の状況を生み出した。
黒蟻の生みの親である。