『書籍化!』自分の事を主人公だと信じてやまない踏み台が、主人公を踏み台だと勘違いして、優勝してしまうお話です   作:流石ユユシタ

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39話 白紙

 都市ポンド。誰もが寝静まった夜の都市外にて灰色の化け物(アビス)が現れる。都市内に常時待機している聖騎士二人組は外に出て、それを狩る。何とか全てのアビスを討伐して聖騎士達は都市を見回りながら話す。

 

 

「最近、多くないか……逢魔生体(アビス)

「あぁ、……それにこの都市に集中しているように感じる」

「増員を要請したらしいぜ。ブリタニアから数人聖騎士が派遣されて、調査と防衛にあたるらしい」

 

 

「――それは面白い事を聞きました」

 

 

 夜に響いた聖女のような優しい声。静寂に馴染んだ美しい声。ゾクっと、二人は声が発せられた場所から距離をとる。白の髪、黒い眼。美しい女性がそこに居て、彼女の手には紫に血が混じった様な不気味な色の剣。

 

 

「誰だ?」

「ただの、助手です」

 

 

 彼女は次の瞬間、剣を振り上げた。その剣から茨の鞭のようなものが伸びて二人に襲い掛かる。咄嗟に剣を抜いて茨を斬る。

 

 

「なんだ、こいつ!」

 

 

 一人は回避したがもう一人にその茨が当たる。掠り傷ほどにしかなっていない、出た血の量も転んで膝に擦り傷が出来るほどであるのに。

 

 

「あ、あが、がああああああああああ!!」

 

 

 辛い訓練にも耐えてきた猛者である聖騎士であるにもかかわず、赤ん坊のように悲鳴を上げた。

 

 

「大丈夫か!?」

「あ、あぐ、あぁあぁあ」

「この剣はとある方からエンチャントして貰っている魔剣です。精神に直接的にダメージを与える、言うならば……精神隔異剣(ダイレクト・ペイン)です」

 

 

「教授には……まだ、精神に関するデータが足りていないと言われていますので……ちょっと実験に付き合ってくださいね」

 

 

 大きな悲鳴と絶望の嘆きがそこに木霊した。次の日には軽傷で死亡している二人の聖騎士が見つかった。

 

 円卓英雄記、その中で途轍もなく大きいと言われるイベント。サブ主人公であるアルファ、彼女に大きく関わる、ターニングポイント。その選択が迫っていた。

 

◆◆

 

 いつもフェイとユルルが訓練をする三本の木がある場所。そこでフェイは木剣を振っている。だが、その日は座禅を組んで星元操作の訓練をしていた。彼の体には半透明のオーラのような物が囲っている。

 

 だが、その揺らぎは滑らかではなく、荒々しいというより、拙い波のようであった。それをフェイ自身も舌打ちをして、師匠であるユルルも難しそうな顔をする。

 

 

「フェイ君……やっぱり不器用ですよね……」

「……」

「星元操作がちょっと、まだまだこれからと言うか……はい、そんな感じです……。頑張っているのは知っているのですが……こればっかりは才能とかもあると思いますし……」

「そうか」

「あ、その! でもフェイ君は剣術が凄いですから! ナイーブにならないでください! 剣の腕はメキメキ上がってます!」

「そうか……」

「星元操作に関しては……効果があるのか分かりませんが……その詠唱をしてはどうでしょうか?」

「詠唱……」

「無属性魔術に詠唱は必要ないのですが……何というか意識付け、感覚を掴む一つの手として推奨しておきます。この間、魔術の本を調べていたら属性魔術って詠唱を使って発動をするのですが、詠唱って超効率よく魔術を行使するための意識付けとの記述がありました。言葉で魔術属性、星元の元を刺激して連想をして、火の矢にしたり、火球にしたりみたいな……無属性魔術は使えるのが当たり前すぎて誰もしないのですが……如何でしょう?」

「なるほどな」

「ただ、恐らくですが……今すぐに操作が上手く出来るとか無いと思います。でも感覚を掴めたら、無理やりに強化しても数秒は持つとか、意識的に変えることで些細な変化もあるかもです」

「そうか……試すか……」

「そ、それと……ほら、いつもみたいに私と手を繋いで、操作を覚えるのも大事かな……と思います」

「そうだな、それもしよう――」

 

 

 フェイは照れながら差し出されたユルルの手をいきなり握った。

 

「――はぅ」

 

 

 かなり強めにしかも、両手で包むようにして星元操作を体になじませる。ただ、フェイに手を握られた事で照れ照れ状態の彼女の操作もいつもより拙い。

 

 

 ずっと、この星元を流し込む訓練はやっているが未だに彼女はこれに慣れない。慣れるまで、まだまだ時間がかかるだろうと彼女は感じた。

 

 

(えへへ……師匠特権……あってよかった)

 

 

(それにしても……フェイ君ってどうして、こんなに星元操作が……それに星元も極端に少ない……こんなに少ない人って本当に極稀だし……。フェイ君って生い立ちとか全然話してくれないし……)

 

(マリア先輩の孤児院に入る前も全然覚えてないって……言ってたっけ……謎が多いな……フェイ君)

 

 

◆◆

 

 

 

 早朝、若き聖騎士たちが集められた。トゥルー、アーサー、ボウラン、アルファ、ベータ、ガンマ、エセ、カマセ、そして、フェイ。指揮役としてサジント。

 

「さて、お前等、ちゃんと言うこと聞けよ。都市ポンドに向かうからな」

「おー、了解やで」

「ふっ、僕様も了解だ」

 

 

 サジントを先頭に彼らは歩き出す。彼の隣にはトゥルーが居て、一緒に並びながら歩く。

 

「今日、派遣メンバーがかなり多いですね」

「あぁ、都市ポンドはかなり大きいからな。手が回る範囲がいつもより格段に大きい。あと、アビスが既に多発、九等級聖騎士も二人死亡しているから一筋縄ではいかないからだろうな」

「そう、ですか……その、かなり人数が多いですが指揮は大丈夫ですか? 新人の人数が多すぎて指示が回らないみたいな……」

「俺には指揮役としても役割も一応ある。だが、お前たちも聖騎士に成って一年になる。一人一人が見習いを卒業しなくてはならない。それにお前とアーサーは既に七等級、アルファ、ベータ、ガンマ、ボウランも全員九等級だがそれ以上の実力がある。だから、大丈夫だろう。と言うかお前たち自身が考えて動け」

「そうか、僕達……もう、新人じゃないのか」

「そうだ。もう少ししたら新たな新人が入ってくる。いつまでも見習いとか思ってるんじゃない。アーサー、トゥルー、アルファ、ベータ、ガンマ、ボウランは既にその辺のベテラン以上の評価をされている」

「……」

「自信ないようだが、普通、一年で一つ等級が上がれば良い方なんだ。お前たちは普通じゃない。もしかしたら、来年、原石のお前やアーサーが新人を率いる可能性だってある。一等級聖騎士達に昇り詰めた精鋭は二年目から魔術や剣術を教えたりする立場になっている。お前やアーサーはそういう存在だ、自信と自覚を持て」

 

 

 トゥルー、アーサーは普通とはかけ離れた特別な評価をされている。それをトゥルーも感じていた。マグナムの推薦によって七等級にまで一気に飛躍をした彼に嫉妬や尊敬、畏怖、憧れ。そう言った感情が多々向けられていた。

 

 

「あの、あの三人はどうなんですか?」

「フェイ、エセ、カマセか……エセとカマセは十一等級になったらしいが……フェイは十二のままらしい」

「……アイツはあげて貰えなかったのか」

「いや、自分で上げなくていいと言ったらしい。本当なら八等級だ」

「……八等級」

「星元操作も星元の量も属性も、最低ランク。それなのにあのマグナムが推薦した。そして、それを蹴る馬鹿だ。ああいう奴の行動原理は理解できないから気にしない方がいい」

「そうですね……」

 

 

 トゥルーは後ろを振り返ってフェイを見た。彼は隣のエセとカマセから話しかけられるが、淡泊に返してマイペースに歩く。そんな彼が前を向いて深淵のような眼にトゥルーが写る。

 

 すると、トゥルーは怖い物から逃げるように目を逸らした。

 

 同族嫌悪……それに近いような嫌悪感。彼が変わる前までの孤児たちに酷い事をした怒り、変わってしまった事への疑惑。それが彼の中では残っているが心の中では直ぐ側に彼が居る安心感に近しい何かもあった。

 

 

 

 トゥルーは気持ち悪い感触を覚えながら歩き続ける。彼の耳にはエセとカマセの大きな話声が響いた。

 

「いやー、フェイ、左目ビックリやな。大丈夫なん?」

「問題ない」

「そうかー、フェイが言うならワイも気にせんでおくわ」

「僕様も気にしないでおいてやろう! 眼が変わってもお前は変わらないだろうしな!」

「せやな、偶にはエエこと言うんやな……フェイってユルルって人から剣教わってるんやろ?」

「そうだ」

「ふーん、師弟関係……本当にそれだけなんか?」

「そうだ」

 

 

(いや、こいつ実はこっそり付き合ってるんちゃうんか? 絶対、裏で抱いてるやろ。あのベタベタな感じは。この間、抱っこしながら王都内歩いてるの見たで)

(嘘つけ。絶対、こいつ裏では抱いてるだろ……クソ、僕様もいつかは……)

 

 

 

 エセとカマセはフェイが既にユルルと恋人関係で恋愛のABCを終えていると思っている。だからこその嫉妬の視線が突き刺さる。

 

 そして、フェイと話しているエセとカマセにはアーサーからの嫉妬の視線が向けられて、アルファ達もフェイを気にしているために、視線がややこしいことになりながら全員は都市ポンドに到着した。

 

 

 

◆◆

 

 都市内に入ったフェイ達。彼等にサジントは改めての事情を説明した。

 

「アビスが出るのは夜だが、それまで時間がある。聖騎士二人が軽傷で謎の死を遂げていることはお前たちも聞いているはずだ。よって、お前たちは都市内の住人に事情聴取をしてくれ。俺はここの常駐している聖騎士たちに詳しく話を聞く」

 

 

 彼らに事情聴取をサジントは命じた。

 

「ただ、アーサー、そして、ボウランは俺に付き添え」

「なんで、ワタシが……フェイと一緒に行こうと思ってたのに」

「えぇー! お前とかよ! まぁ、しょうがないから付いて行くけどな!」

「文句を言うなよ……」

 

 

(そもそも、アーサーの監視が命じられてるからしょうがないんだよ……ボウランは悟られないようにカモフラージュようだけど)

 

 

「分かったら、解散しろ。ほら、はやく!」

「めんどいわー、ワイ、お昼食べたいねん」

「僕様もだ」

「早く動けよ。お前等……」

 

 

(ったく、こいつらは……あ! フェイとトゥルーは俺の言うこと聞いてすぐに動き出した……。結局、こいつら二人が一番素直なのかもな……)

 

 

 

 サジントの眼にはトゥルーとフェイが互いに何も言わずに反対方向に歩いて行くのが見えた。アルファ達三姉妹は一緒に聞き込みをするらしく、三人で去っていく。エセとカマセはフェイと一緒に行こうと思っていたが、既にフェイが単独で歩いて行ってしまったので二人で見回ることになった。

 

 

 本来ならば、この都市ポンドに訪れるイベントではエセ、カマセ、ガンマは居ない。何故ならエセとカマセは既にアビスによって、ガンマはリビングデッドによって殺されてしまっているからだ。

 

 三人が居た場所にはトゥルーの同期である聖騎士、数合わせのモブのような存在が居るはずだった。だが、フェイによって彼らは生きながらえているので派遣メンバーの相性を考えて人選が変わっている。

 

 

 ただ、トゥルーやアーサー、アルファ、ベータと言うイベントの重要なキャラは変わっていない。世界の強制力。イベントは必ず起こり、それは主要キャラに降りかかる。

 

 それはノベルゲー世界の絶対とも言える。そして、それはフェイも例外ではない。彼にも僅かであるがこの都市ではとある人物との僅かな邂逅があるのであった。

 

■■

 

 

 フェイが一人で都市ポンドを歩き続ける。彼は人と話すという事が得意ではない。言い方がどうしても悪くなってしまうからだ。

 

 辺りを見渡しながら都市内の新聞を確認したりして、情報を集める。そこには『都市周辺にアビス多数出現!!』、『聖騎士二人が謎の死!』など何かの前触れを予感させる文言が書かれていた。

 

 

 フェイは新聞を隅から隅まで自身が聞いている情報と照らし合わせながら確認する。全てを見終えると特に自身が初めて知った事は無いと悟り、ごみ箱に新聞紙を捨てて歩き続ける。

 

 

 暫く歩くと、誰かの声が聞こえて来た。複数人、それも甲高い女性の声だ。フェイが歩みを続ける道の先にその光景はあった。

 

「ねぇねぇ、お兄さん。私達と一緒にどう?」

「そうそう、一緒にごはんとかいいよね?」

「お兄さん、かっこいいのね!」

「どこからきたの?」

「――いや、その、ボクは急いでいるんだ。どいてくれ」

「いいじゃない、お兄さん」

 

 

 身長は180㎝ほどある巨体。だが、細身ですらっとしている。顔立ちはかなり整っており、艶のある短髪の黒髪、黒目。目つきはちょとだけ悪い人物が複数の女性に声をかけられていた。

 

 その人物を特に意識をしているわけではない。フェイはただ、歩く先にそれがあっただけだが、その人物とフェイの眼が一瞬だけ交差した。一瞬だけ、何かを考えるような素振りをして、思いついたようにフェイに手を振る。

 

 

「ま、待ってたんだ! もう、何処に行ってたんだ! 貴殿(きでん)は!」

「……」

 

 

 フェイは黙って彼らに近づいて、そのまま通り過ぎた。

 

 

「ちょっと! 無視はやめてくれ! その、そう言うわけだから、ボクは失礼する!」

 

 

 囲んでいた女性たちを押しのけて、その人物はフェイの隣に陣取った。

 

 

「どう考えても、助けを求めているって分からなかったのか? 貴殿は」

「……興味ない」

「貴殿は冷たいな……」

「さぁな」

「……本当に冷たいな……」

 

 

 

 その人物はフェイの冷徹な反応に溜息を溢した。

 

 

「まぁ、助けられた身の上だからあんまり文句言うのも悪いか……。それより、その蒼い団服、貴殿は聖騎士か?」

「だったらなんだ?」

「あ、うん。気になったから聞いただけなんだが……すまない」

「謝罪などいらん」

「そ、そうか……あまり人と好んで接するようなタイプではないようだな。助けてくれた礼に何かしようと思ったが」

「いらん」

「だろうな……うん、そう言うわけでボクは失礼する……助かった。それではな。貴殿の行先に幸福があらんことを」

「あぁ」

 

 

 

 長身の人物はそれだけ言って去って行った。フェイも特に追う事はなく、二人は、別れた。

 

 

 

◆◆

 

 

「あー、面倒くさかったな。聞き込み」

「そうだね。ワタシはフェイと一緒がよかった」

「お前、そればっかりだな」

 

 

 都市に常駐聖騎士達への聞き込み、その手伝いが終わったボウランとアーサーが都市内を歩いていた。

 

 

「はぁー。これからは住人に聞き込みだろ?」

「そうだね」

「うえー、面倒……その前に飯行こうぜ!」

「そっちこそ、そればっかり……」

「だってよ……あれ? なんだ、あそこ」

「ん?」

 

 

 ボウランとアーサーの先には長身の人物が複数の女性から声をかけられていた。その人物はアーサーとボウランを見ると、手を振る。勿論初対面だ。

 

「待ってたぞ! 遅いんだ、貴殿たちは!」

「だれ? 知り合い?」

「いや、アタシも知らない、誰だアイツ」

「貴殿たち、遅かったな」

「だれ?」

「お前誰だよ」

「あの、助けてくれ。ナンパみたいのが凄くて」

「え? なんで、ワタシが」

「そうだそうだ。アタシ達これから飯なんだ」

「冷たい、聖騎士って全員そう言う感じなのか……」

 

 

 

 二人が長身の人物から無視して離れる。取りあえず、複数の女性に声をかけられていたその人物は適当に話を作ってその場から離脱。そのまま二人の隣を歩く。

 

 

「いや、助かった。貴殿たちのおかげだ。それより、この都市ってナンパが流行っているのか?」

「知らない」

「アタシも知らない」

「冷たいな……本当に……まぁ、助かった。礼を言う」

「気にしてない。実際、ワタシは何もしてないし」

「アタシも」

「そうか……こういう聖騎士が多い年代なのか……? まぁ、いいや。貴殿たちはどうしてこの都市に?」

「そう言う命令が来た」

「アタシも同じ」

「そうか……」

「そう言うお前は何で来たんだよ?」

 

 

 特に興味もないが、ボウランがその人物に聞いた。

 

「ボクは……兄を探してかな……? 父上と母上が遭いたいって言うからずっと探してる」

「へぇ、そうなのか! 頑張れ!」

「あ、貴殿は大分対応が優しいんだな」

 

 

 ボウランは意外と素直なのでちゃんと応援するときは応援をする良い子である。長身の人物もちょっと意外そうな表情をする。

 

「兄……」

 

 

 アーサーが何かを思い出したように声を漏らした。

 

「貴殿にもいるのか?」

「居た……ほとんど覚えてないけど」

「ボクもだ……と言うか全く覚えてないし、そもそも知らない。父上と母上がボクには兄がいたと言ってただけだ」

「そう……会えると良いね」

「あぁ、会えると……おっと、すまない。ボクは失礼する。あ! ボク、この都市の掲示板に兄のこと載せたんだ。もし見かけて何か分かったら教えてくれ。それではな。二人に幸あらんことを!」

 

 

 その人物はそれだけ言って二人から去って行った。二人もまた、歩き始める。日はまだ頭の上を過ぎた所。お昼に近い時間帯だ。がやがやと都市内は活発になり始める。

 

「兄ね……。アタシもクズだけどいたな! 大っ嫌いだけど! 弟もクズ! 全員クズ!」

「そう……」

「アイツ、兄ってどんな感じかな? アイツと同じ大柄な()かな?」

「違う」

「え? 何で分かるんだよ?」

「あの人の兄がどんなのか全然知らないけど。あの人は()じゃない。だから、アイツと同じ大柄な()と言うのは間違い」

「え? でも、アイツ」

「男、だなんて一言も言ってないよ」

「た、たしかに……でも、女とも言ってないぞ? それに格好が男みたいだし」

「男装してたみたいだね。理由は知らないけど。声も大分高いし。あとは、佇まいというか……勘と言うか……まぁ、色々あって、あれは女。間違いない」

「す、すげぇぇ!! アーサー! 天才かよ!」

「ふふ、もっと褒めて崇めていいよ?」

「いや、もうやめとく!」

「……あっそ」

 

 

 アーサーとボウランが二人で先ほどの人物の話題で盛り上がる。奇跡的にアーサーの直感が冴えて、彼ではなく彼女であったという事が判明した。

 

 

「そうか、アイツ女だったのかー、全然気づかなかった」

「ワタシは一目で気付いた」

「おー、凄いな。あ、でもアイツが付けてた香水……女性用だったな、素の匂いも女っぽい感じもしたし……それに男と女って筋肉の発達の仕方違うよな。アイツの筋肉、女っぽい感じもしたし、骨盤の形なんて女のそれだった……」

「………………それ、全部ワタシ気付いていた」

「ええええ!? まじか!?」

「当然」

「す、すげぇぇ」

「……当然」

 

 

 ボウランがアーサーを褒め続けながら、都市内を探索する。その途中でアーサーがとあるものを見つけた。

 

 

「あ……」

「どうした?」

「あれ」

「どれ?」

「あそこに掲示板ある」

「ふーん、折角だし、ちょっと見てみるか……」

 

 

 

 掲示板、それは何らかの依頼や情報提供をして欲しい時に依頼書や手配書をお金を払って貼り付けることが出来る場所だ。二人もそのシステムは知っており、その中から先ほどの女性が言っていた手配書を探す。

 

 

「どれだ?」

「沢山ある……」

「アイツの名前も知らないしな」

「……もしかして……これかな?」

 

 

 

 アーサーがとある依頼書に指を指す。そこには物凄い丸っこい字で要件が書かれていた。それだけで彼女と決めつけるのは早計だが何となく直感でアーサーはこれだと感じた。

 

 

「うーん、くんくん……アイツの匂いがする」

「あぁ、やっぱりこれなんだ」

 

 

 ボウランがその紙の匂いを嗅いで先ほどの女性の依頼書と言うのが判明する。そして、その依頼書にはとなる名前が書かれていた。

 

「えっと……探し人……モルガン……」

「モルガン……アタシは知らないな。旅してた時あるけど聞いたことない」

「ワタシもない……残念、力にはなれない」

「そうだな……えっと、とても優しくて、強くて、凄い人……大雑把だな」

 

 

 

 ボウランがその手配書を読み込んでいく。だが、彼女の記憶に該当する人物像は一切思いつかなかった。

 

 

「へぇ、元々貴族様なのか」

「そうなんだ……益々知らない」

「残念だよな、でも、なんか分かったら必ず教えてやろうな!」

「そうだね」

 

 

 

 二人は要件を記憶して、その場を去った。いつか、分かった事があったら彼女に教えてあげようと誓って……

 

 

 

◆◆

 

 

 

「うーん、今日は疲れたー」

 

 

 都市ポンドのとある宿屋、その一室でとある女性が一日の疲れを伸ばすように背伸びをした。服を脱いで、そして、胸部周りに巻いていた木綿でできたさらしを外す。アーサーと同じ位の胸の大きさで、腰にも巻いていたさらしを取る。

 

 体つきは完全に成熟しつつある女性のそれであった。彼女は呆れるように溜息を吐きながら愚痴をこぼす。

 

 

「はぁ、母上が男性からの声かけ嫌がるから巻いてるが、なんか逆に女性から声かけられて迷惑なんだよな……」

 

 

 動きやすく、寝やすくて寝心地の良い寝間着に彼女は着替えて横になる。彼女は旅をしている。兄を探して。顔も声も、考え方、好きな物、趣味、なに一つ自身で実際に知った事はない。

 

 

 全て父と母からの受け売りで知っただけ。

 

 

「あー、疲れた……こんなに疲れたのに全然手掛かりないとは……それにいつまでたっても兄なんていないじゃないか……」

 

 

 ベットに身を投げるように横になる。体の力を抜いて楽な姿勢でぼんやりと天井を見ると眠気が襲ってくる。今日は早く寝ようと決める彼女は余計な事も考えないように眼を閉じる。

 

 すると、彼女が過ごした今日一日のこと、そして両親が話していた兄の事が頭の中に微かに浮かんだ。彼女と同じ黒い髪に目つきの悪い黒い眼、女性が何かを語りかける記憶。

 

『貴方の兄は凄く、可愛く、騎士としての才能に溢れる素晴らしい人でした……。ですが、あの日に……離れ離れになってしまい、今はもう、何処で何をしているのか全くわかりません』

 

 

『恐らくですが……生きていればさぞ高名な騎士になったでしょう。冒険者なら勇敢な英雄になったのかもしれません。それに貴方と同じ位、私達は愛していました。願わくばもう一度、会いたいものです』

 

 

『本当に可愛い可愛い、天使のような子でした。でも、きっと……』

 

 

 厳しくて表情をあまり変えない自身の母親が悲しげな表情で、一体全体何を言おうとしたのか、理解をした。

 

 もう会う事もない。顔を見ることも出来ないと諦めている母親を見て、自分が見つけてあげようと彼女は考えるようになった。兄がどんな人であったのか、今度は母ではなく、父に彼女は聞いたときの記憶が浮かんだ。

 

 

『……それよりもお前は結婚相手を探せ』

 

 

 

 彼女の父は母と同じで寡黙な人であった。だが、娘の事が心配で嫁ぎ先を探したり、怒るときはしっかり怒る。多くを語らずともとても優しい父親であるというのは理解していた。

 

 

 彼女の父は家が消え、領地もすべて消え、息子も消えて、何一つなくなった。それでも最後に残った妻と娘、それを何としてでも守りたいという意思があった。不自由なく楽しく寿命を終えて欲しかった。

 

 

 

(父上って、本当に優しい人だな……まぁ、お婿さん探しするとか、小言のようにちゃんと結婚しろとかうるさいのがかなり目立っていたが……)

 

 

(それから逃げたくて、あとは兄と見つけてあげたくて旅をするとか言って強引にここまで来てしまった……帰ったら怒られるだろうな……)

 

 

(本当に生きてるのかは少々疑問だ。母上は諦めてたけど、父上は未だに成長予想図の顔とか描いてるから諦めてはいないから、ボクも探し続けるが……)

 

 

(兄か……ボクは別に愛着とか、そもそも一緒に居た記憶がない……そう言えば今日話をした金髪の女の子も兄が居るって言っていたな)

 

 

(あの二人組、両方とも意外と優しかったな……それに美人さんだったし……)

 

 

(金髪の子も兄が見つかるといいな……。兄……本当にどんな感じなんだろう。母上は凄い優しくて天使って言うし、父上も語らないけど母上の言っている事否定はしないし……それに父上が描いてる似顔絵って凄い脚色は言ってるんじゃないかって程に、天使みたいだし……あれじゃ、元の顔なんて絶対分からないと思うがな……)

 

 

(でも、多分、父上と同じでボクも背が大きいから……兄も背が大きいことは予測できるだろう。後は天使みたいな……子か……多少の脚色が入っても母上と父上の感じから見てすごくかわいい子か……後、他に特徴は……優しい……)

 

 

 

 優しい、それが浮かんで彼女はまた思いだした。今日会った、冷たくて目つきが物凄く悪い男の姿を。

 

 

(そう言えば、いたな。とんでもなく目つきが悪くて対応も不遜な、悪魔みたいな奴。父上と母上にどんな息子がいたのか正直、答えは分からないけど……)

 

 

(ああいう、冷酷そうで不遜な態度の男ではないという事は分かるな。それに大分、小さかったしな……チビ助だ)

 

 

 

(あーあ、兄上はどこに居るんだ……とりあえず今日は休むとしよう。その内、自由都市とか、ブリタニア王国にでも出向いてみるか……)

 

 

そこまで考えると、彼女は本格的に眠気が襲ってきたことに気付いた。そこで鞄から熊さんの人形を取り出して、それを抱き枕のように眠りについた。

 

 

――天使のような優しくて、可愛らしい、背も高い兄が彼女の夢に出た。

 

 

 

◆◆

 

 

 任務によって、主人公である俺は都市ポンドに到着。事情聴取、情報収集をしていたらお昼ごろになっていたのに気付いた。

 

 さーて、お昼どうしようかな……。結構拘りたいよな、こういうお昼って。やっぱり、飯テロという概念があるからさ。一時期は料理系主人公じゃないかなと思ってこの世界で料理をこっそり練習していたくらいだし。

 

 やっぱりね、ありとあらゆる可能性を無視できなかったから。まぁ、その線は今消えているけど。そう言えば、この間、レレの誕生日にお好み焼き作ってあげたっけ。凄い喜んでたな。

 

 ついでに食べたマリアも凄い喜んでた。

 

『ふぇ、フェイって、良いお父さんになりそうね……ッ』

 

 

 凄い顔が赤かったな……やっぱりヒロインじゃないのかな……マリアは。こういう反応するからさ。

 

 

 ちょっと作り過ぎたから、ユルル師匠にも差し入れしたっけ……。そうしたら物凄い紅い顔で

 

『と、ととと、とっても美味しくて……ま、まま、ま、毎日食べたいです……な、なんちって……』

 

 

 とか言ってたっけ……。あの時のユルル師匠……顔が凄い真っ赤だったな……。もしかして、自身の血の巡りを急激に上昇させて、身体能力を向上させるべきと言う強化フラグを立てていたのかもしれない。ただ、出来そうにないんだよな。俺の努力が甘い……すまない、ユルル師匠!!

 

 

 

 さて、何だか脇道に思考がそれてしまっている感があるので思考を戻そう。意外と食事メインじゃない系主人公が食べているのが美味しそうって言うのはあるあるなんだよな。ビジュアルとか意識したいし、一流主人公でありたいからこういうぶらり食事道みたいなのは力を入れたい。

 

 ――だが、これら全ては余裕があればの話。

 

 今回はあくまでも情報収集のついでと言う範疇を出ないのが前提。

 

 そして、大大大前提として俺がここに来た理由は任務だ。これを絶対に優先しなくてはならない。だって、任務だから。任務遂行は真面目にしないといけない。それに都市内に死傷者でてるし、何かの被害が再度、出るかもしれないから優雅に食事をする暇はない。食べ歩きで適当に済まそう。

 

 

 時間があるときに、飯テロはすればいいさ。

 

 

 何か背の高い目つきの悪い女とちょっと話した。格好が男装に見えるけど、やっぱりファッションは人それぞれだし。こういうのが女性の中でも実は流行っているのか……?

 

 それと俺に絡んできたという事は……なんかのキャラかね? それともただ本当にナンパに困っていたモブか……。

 

 

 どちらにしろ、悪いな。気にしてる暇はない。任務、情報収集が最優先。また会おう、名も知らない女性よ。

 

 

そうこうしているうちに……夜がやってきた。警備の依頼も入っている。アビスの討伐もある。

 

 

気合を入れよう、主人公である俺の出番だ。

 

 

 

 

◆◆

 

 

 静寂が都市を包む。夜は更けてどこか不気味な空気感があった。アーサーやトゥルー達はそれぞれ別れて、警備にあたる。

 

 

 アーサーが見渡しながら歩いていると急に張り詰めた空気感が漂う。剣を抜いて、目を凝らす。すると、彼女の眼には灰色の粘土細工のような生き物が確認できた。魔物のハウンドと似た形態。狼のような鋭い牙と四足歩行。

 

 その数は数十体。並みの騎士なら思わず後ずさってしまう程の迫力が束になっていた。

 

 だが、彼女は既に動いていた。疾風のような彼女の動きは音速を超えてアビス達を解体していく。

 

 一、二、三、四……十、二十と流れるようにそれらは倒された。再びその場には綺麗な静寂が戻りつつあったが微かに遠くに他のアビスの気配を感じて、彼女はそこに向かう。

 

 

 アビスに手こずっていたボウランに加勢し、次々切り裂いていく。

 

「大丈夫?」

「お、おう……やっぱり、お前すげえな……」

 

 

 ボウランも呆然として彼女の強さにただ震えていた。圧倒的強者、次元が違う、星元の量も、扱い方かも何もかもが違う。最初に一緒に訓練をした時とは比べ物にならないほどの差を感じてしまった。

 

 

「なら、良かった……他の所にも加勢に行こう」

「お、おう、この都市広いからな……外壁も大きいし……反対側の騎士とかどうなってるか心配だ」

「うん……誰?」

 

 

 互いに別の騎士たちの元へ加勢に行こうと動き出そうとした時、アーサーは誰かがそこに居ることに気付いた。夜の闇に紛れていた誰かに問いかけると、それは姿を現した。

 

「気付かれましたか……」

 

 

 白髪の女性が不気味な笑みを浮かべながら彼女達に近づいた。

 

 

「誰? 聖騎士じゃないよね?」

「お察しの通りです。私はとある方の助手でして」

「そう……で?」

「貴方の剣技凄まじい物でした……それにその星元……光……ですね?」

「……だったら?」

「……あは……アハアハ、丁度いい……えぇ、本当に……今では失われつつある光の星元……恐らくですが崇高な原初の英雄の血を引いているわけではないのでしょうね。えぇ、そうですね。そうに違いない」

「……」

「丁度いいモルモットが見つかりました。一緒に来てください……」

「……」

「教授は、きっと大変喜ばれる……『子百の檻(しひゃくのおり)』の実験体が手に入れば」

「――ッ」

 

 

 アーサーが絶句した……。言葉を失って眼を見開く。白髪の女性がニヤニヤと笑いながらアーサーを舐めまわすように見つめる。

 

 

「まさか……こんなところでレアな実験体に出会えるとは、私は幸運で――」

 

 

――言葉は無かった。

 

 

その先が紡がれることはなかった。冷たい眼をしたアーサーが右手を空に掲げる。

 

 

「星よ、光よ、降り注げ、人知を超えた人の域。星の怒りを・天井の怒りを・その身で受けよ」

 

 

 

次の瞬間に白髪の女性に極光が流星のように降り注いだ。

 

 

「――星光流星群(スターダスト・シャワー)

「ッ、こ、これは」

 

 

 

 空から落ちる、数多の星。綺麗な線を描いてそれらは降り注ぎ、爆撃のような轟音を轟かせる。一つ、二つ、星を白髪の女は避ける。一つでもあたれば致命傷では済まされない。

 

 

 上空を見る。その星は未だに地に落ちる、星の怒りのように。

 

 

「こ、これが……たった一人の聖騎士による魔術によって……起こされる現象ですかッ」

 

 

 

 未だに星の怒りは収まることはない。彼女を狙って只管に堕ち続け、辺り一面にクレーターを作り出す。

 

 

「あは、これほどとは……どうやら……甘く見過ぎていたようで……」

 

 

 走る。人としての生存本能に従って、ただ走る。次第にそれは止んで、肩で息をしながら白髪の女性は再び笑う。

 

 

「素晴らしいですね……。誰が貴方を……作ったのか……純粋に気になります」

「貴方は……関係者?」

「残念ですが、違います。私は全く違う機関の人間です」

「そう……でも、どっちでもいい……。後は……眼で聞くから」

「――魔眼!? あ……」

 

 

 

 アーサーの眼が見開く、最高クラスの支配の魔眼。暗示を一瞬でかけられ、彼女は動けない。

 

 

「もう一度聞く……関係者?」

「い、え、ちがい、ます、わ、たし、たちは、え、いえん、き、かんと、いうもの……」

「そう、嘘じゃなかったんだ……あのアビスは? 何が目的?」

「じっけ、ん、として、つく、りました……その、しさく、あと、は、せい、きしをふく、すう、にん、ほ、かくする、ため……」

「……貴方以外にもメンバーがいるの?」

「こ、こには、わ、たしと、ほ、か、ふたりが……ッ」

「……ッ」

 

 

 そこで言葉が無くなった。どこからか飛んできた矢が白髪の女性の脳天に当たったからである。一瞬で絶命をしてそれ以上、彼女は何も話さない。ただ、その彼女は満足そうに死んでいた。まるでこれ以上何かを話すことで誰かに迷惑をかけてしまうの避けられたことが嬉しいように。

 

 死んでも笑って居た。

 

 

 ボウランとアーサーは急いで狙撃をした人物を探す。正確でかなりの速度で放たれた矢。只ものではない。だが、その者の気配は既にどこにもなかった。

 

 

「おい、他にもいるのか!?」

「……逃げたみたい」

「そ、そうか……お、おい、大丈夫か? 顔色悪いぞ、お前……」

「……問題ない。それより、他の所に援軍に行こう」

「お、おう」

 

 

 

 顔色が悪いアーサーを心配するボウランであったが、アーサー本人が大丈夫であると言った以上、過剰は心配は余計な世話だと感じて、走り出した。

 

 

 

◆◆

 

 

 

 

 アーサーとボウランが走り出す少し前。アルファがアビスを狩っていた。そこにトゥルーが加勢する。魔術によってアビス達は次々と片付いて行く。

 

 

「大丈夫、アルファさん」

「サンキュー、助かったわ……えっと、トゥルーだっけ?」

「うん、あってるよ」

「そう。それより、そっちは片付いたの?」

「僕の方は直ぐに片付いたよ、だから、近くのアルファさんの加勢に」

「ふーん、アンタ凄く強いもんね。他人を気遣う余裕があるなんて、やっぱり才能マンは違うわね」

「い、いや、そうかな?」

「そうよ……それより、他の所にも加勢に行きましょう。この都市広いから、外壁も高いし、他のメンバーがどうしてるのか全然分からないわ」

「そうだね。アビスの数もかなり多いし」

「ベータとガンマ……大丈夫かしら……?」

「――それよりも自身の心配をした方がいいですよ。アルファさん」

 

 

 アルファの脳みそにノイズが走る。思い出したくもない負の記憶の蓋が開いた。剣を握っている彼女の手が震える。怒りが全身に広がって行く。歯軋りをして、血走った眼をそこに向ける。

 

 そこには白色の髪をしている女性が居た。

 

「――まさか……お前……マイ……」

「その通りです。お久しぶりです。アルファさん」

「……お前が居るってことは……()()()も居るのね……」

「残念ですが……アルファさんのお父さんはここにはいません」

「アイツを、父親だと思った事はないッ!!」

「怖い怖い……でも……本当に良かったです。教授がずっと探している貴方が生きていた。持ち帰らなくては……」

 

 

 マイと呼ばれた女が禍々しい剣を抜いた。

 

「えぇ、いいわ……お前の四肢折って、割いて、斬り落としてでも……アイツの場所を……聞き出してやるッ」

「ふッ……良い声ですね。それに復讐が貴方の全てであるようで」

「……そうよ」

「……ふ、本当に教授は喜ばれる……また、一歩永遠に近づいたと」

「殺す」

 

 

 剣と剣が交差する。トゥルーも状況が飲み込めてはいないが仲間であるアルファをサポートしようと魔術を構築しようと準備をする。

 

 

「トゥルー! お前はベータとガンマの方に行って!!」

「え?」

「私は良いから!! 行って!」

 

 

 そう言うアルファだが、剣と剣の腕は互角。更にはマイの魔剣から茨の鞭のような物が出てきて、アルファを追い詰める。

 

 

「知っていると思いますけど、それに触れたら一発でアウトですよ」

「知ってるわよ!!!!」

「そうですか……」

「っち」

 

 

 思うようにマイをアルファは倒せない。

 

 

 トゥルーは迷った。このまま……彼女を置いて行っても良いのだろうか……。ここがトゥルーのターニングポイント。生きるのか、死ぬのか、それが決まる選択肢。

 

――ここに残って彼女の援護をしよう。眼の前の命を救えないで何が聖騎士だ!◀

――いや、彼女の言う通り、他の聖騎士の加勢に行こう

 

 

 

 そうだ。取りあえず彼女の手伝いをしよう!! トゥルーはそう思って魔術を放つ。彼の巧みな魔術によって、マイを追い詰めていく。

 

 元々、攻めきれないというだけでアルファはマイに劣ってはいない。純粋な技量としての差はない。だから、きっとトゥルーがここを離れたとしても死ななかった可能性もあるだろう。

 

 そして、あと一歩と言う所で夜の静寂を壊す、星の怒りが降り注いだ。

 

 

「な、なんだ!?」

「これは……まさか……マミの奴、へまをやらかしているかもですね……。もしもの時は弓矢で口封じも……」

「よそ見すんな!!」

 

 

 

 マイがアーサーの流星魔術の方を見て目を細める。マミは彼女の姉妹である。だが、そこに身を案じる心配はない。ただ、アーサーと戦っているであろうマミが何かへまをして情報を漏らすことだけを危惧していた。

 

 

「教授の為にも……ここは……アルファさん、また会いましょう」

「逃がすか!!」

「いえ、逃げさせてもらいます」

 

 

 彼女がそう言うと、数多のアビスがトゥルー達の元に向かって行く。その群れを相手にしているうちに……。

 

 これがゲームの一つの選択肢。その後、夜が明けて無残に殺されたベータ、他の聖騎士達の姿が見つかる。ガンマも既に死んでいて、ベータも誰かに殺された。アルファは復讐の道を歩き続ける。

 

 

 彼女とトゥルーが関わることは無くて、トゥルーは無力を感じながらもストーリーは続いて行く。これは何かを失ってもトゥルーは進み続ける生存を選択した場合の未来だ。

 

 

 

◆◆

 

 

――ここに残って彼女の援護をしよう。眼の前の命を救えないで何が聖騎士だ!

――いや、彼女の言う通り、他の聖騎士の加勢に行こう◀

 

 

 

 トゥルーは駆けだした。描けていくとベータがマイとよく似た女性に襲われかけている直前。禍々しい剣から茨が伸びて、それが彼女に向かう。それを

 

 

――トゥルーは庇った。

 

 

 一瞬の判断。魔術による補正で彼女の盾になるように前に立つ。そして、茨を全部切り裂いて……微かにそれが腕に当たってしまった

 

 

「あ、ぁぁっぁああああああああああ!!!!」

 

 

 言葉にならない、痛み。脳が焼けるような衝撃。微かな血が出ている。それだけなのに、未だかつて感じた事のない痛みに彼は悶えた。

 

 

「ふ、残念です。仕留めそこないましたね……」

「あぁぁ」

「言葉にならないでしょう? これが魔剣の力です」

「ッ」

「この状況でも魔術を放てるとは……でも」

 

 

 

 未だに痛みの余韻が彼の中で渦巻ている。自分が自分でなくなるような、一瞬で自分と言う存在をそぎ落とされていく恐怖が襲ってくる。

 

 

 だからこそ、いつもように魔術が……

 

 

「残念でしたね」

 

 

 茨が再び伸びてくる。それらが彼の体に当たる。夜に絶叫が木霊する。だが、振り絞る、只管に自身を全部。全部、振り絞る。

 

 魔術が完成した。風による超広範囲の魔術によって、マイによく似た女を吹き飛ばした。手を地面について肩で息をする。

 

 そして、そこで星の流星の音が響いた。風によって吹き飛ばされた女性がむくりと起き上がる。

 

 

「……あの方角は……マイ……それともマミ……これ以上は良いでしょう。ベータなど、所詮ただの廃人。必要もない。……貴方も廃人にならないように……いえ、もう、手遅れかも知れませんね。さて、化け物があちらに居た様ですからどうにかしてカバーしなくては」

 

 

 そう言って女性は消えた。そして、トゥルーも気を失う。

 

 次にトゥルーが目を覚ましたその場所は記憶にないベットの上だった。側には無機質な顔をした女性が座っている。

 

 

「あ、あの……貴方は……?」

「……ッ」

 

 

 トゥルーは首を傾げながら聞いた。名も知らない女性に……。ベータと言う少女に向かって。

 

 

 精神に直接痛みを与える魔剣。精神隔異剣(ダイレクト・ペイン)。それを彼は身に受けて、混乱する状態で振り絞って魔術行使をしてしまった。それによって記憶と精神に大幅な障害が残った。

 

 

「えっと……ここは……」

「……」

 

 

 記憶をなくしたトゥルーが辺りを見渡す。ベータは無機質な表情で彼を見る。無機質だが何処か申し訳なさそうな顔つきであった。暫くするとトゥルーが休んでいた部屋が開いた。

 

 

「ベータ……」

「……」

「そろそろ行きましょう」

 

 

入ってきたアルファが彼女に問いかける。だが、ベータは首を振った。

 

「……ここに居るの?」

「……」

「いつまで?」

「……」

「そう……ずっと居るのね」

 

 

 ベータは自分を庇って全てを無くしてしまったトゥルーの側に居ることを決めた。それを見てアルファは悲しげな顔をして自身の手を見る。

 

 

「結局……私には復讐が残ったわけなのね……。それに、もう、会う事もないでしょうね……さようなら……幸せになりなさい」

 

 

 

 それだけ言い残してアルファは消えた。もう、会う事もない。トゥルーも全部が無くなって、ベータも繋がりが全部消えた。二人とも全部が白紙に戻ったように……

 

 

 

 風が吹いて、病室の中に暖かい風を運んだ。

 

 

 

「あの、追わなくていいんですか?」

「――ッ……」

 

 

 

 ベータは静かに首を振った。もう、トゥルーも戦う事はない。ベータは彼の元で……ずっと。

 

 

 

――白紙END

 

 

 

 

 

 

◆◆

 

 

 

 ベータがアビスを倒していると、ガンマがそこに加勢に入った。そして、二人でアビス達を殆ど退治した。

 

 そして、そこにガンマが既に死んでいるという事に差異はあれど原作通り、白髪の女性が現れる。

 

「久しぶりです。こんな所に居るとは驚きました。欠陥人間と玩具さん」

「……ま、マレ……どう、して、ここに……いるのだ……」

「……」

 

 

 ガンマが彼女を見て恐怖におびえる。腹を抑えてガタガタと極寒に居るように震えだした。

 

 

「あは、私が以前にお腹の当たりから股にかけて、精神隔異剣(ダイレクト・ペイン)で引き裂いたことを覚えているのですね。腹が切れた時の悲鳴は痛快だったのを私も覚えています」

「……あ、あぁ」

「言葉もまともに出なくなりましたか……そして、相変わらず無表情ですね、ベータさんは……貴方の場合は脳を一部切り取られているから当然の状態ともいえますけど……」

「べ、ベータ助けて」

 

 

 

 ガンマの悲痛な叫びにベータは寄り添いながら盾のように前に立つ。マレと呼ばれた女は嗤いながら禍々しい剣を向ける。

 

 

「いくら、感情が欠落している貴方でもこの魔剣の凄さは知っているでしょう? 貴方のお父さんが、教授が付与(エンチャント)して作り上げたこの魔剣の凄さを」

「……」

「ふ、まぁいいです。貴方達が居るという事はアルファさんもここに居るという事……お二人も再び実験体として連れ出したいですが、あはあは、もう一度、あの悲鳴を聞きたくなってしまいました……えぇ、えぇ。このまま……二人仲良く死んでくださいッ」

 

 

「――もう一度、あの悲鳴を聞かせてくださいよッ」

 

 

 

 

 トラウマが頭の中に蘇る。ベータは脳を一部切断されて、その結果どの程度痛覚神経に影響があるか検査した。ガンマはただ、魂の強度を調べるために腹を股に至るまで引き裂かれた。

 

 

 ガンマは恐怖で動けず、ベータは動けるが微かに手が震えている。マレは嗤いながら剣を振り上げようとする。

 

 

 剣から茨が伸びて、二人の辺り一面を囲む。震える手と足が上手く動かない。そこで二人は命が終わりを迎えることを覚悟した。だが、それも杞憂に終わる。地を蹴る爆音が聞こえて、二人の前に影が出来た。

 

 

 茨がその影を射貫く。

 

 

「……?」

 

 

 マレは首を傾げた。精神に直接的な痛みを与える魔剣。当たれば致命傷ではなく、勝利に限りない一手をかけることが出来るほどの性能。その影の主は茨を一部切っており、全てが体に当たったわけではない。

 

 だが、確実にそれは当たっていた。偽善をして死を迎える馬鹿かと思ったが……

 

 

「……ん? 確かに……当たって……」

 

 

 

 真っ黒なシルエットが月の光によって露わになる。黒い髪、鷹のように鋭い眼。それがぎらぎらと輝いていた。魂の破損など、精神への負荷など気にも留めない男が一人。地を蹴る音が再び聞こえる。

 

 

 ガキンッ

 

 

 剣と刀が交差する濃厚な鉄の音が響いた。

 

 

「なッ!? 精神隔異剣(ダイレクト・ペイン)が効いて――」

「――だまれ」

 

 

 疾風のような太刀筋が彼女に迫る。彼女と男の剣が再び交差する。だが、茨と剣身どちらも対応できない。刀身と剣身が交差して茨への対応ができなくなる。

 

 

「何か特殊な装備をしているのですか? そして、貴方は何者?」

「答える義理はない」

 

 

 ガンマとベータの眼に映ったその男、その正体は直ぐに分かった。

 

 

「……フェイ」

 

 

 

 ガンマが呟くと同時に再び茨によって彼の体は先ほどよりも多くの傷を負い、血が流れる。マレ、ガンマ、ベータ。三人共魔剣の効力の恐ろしさは知っているため、絶叫が木霊すると確信をした。

 

 

 しかし、その男は静寂を壊さない。

 

 

「……どういうからくりですか?」

 

 

(あり得ない。精神隔異剣(ダイレクト・ペイン)の茨を受けて眉一つ動かさないなど……。この男は人形で何処かで誰かが操っているとか……?)

 

 

「からくり? 笑わせる……なにもない、それが答えだ」

 

 

 

 刀が絶え間なく動き続け、彼女の首を狙う。餓狼のように只管に喰らい付く。精神への痛みを一切感じない人形のような男から繰り出される連撃。今までにない異種にマレはあとずさった。

 

 そして、頭、肩、腕、足から血を流す彼を見て……マレはハッとする。それはとある男性が行っていたある種の到達点。それが頭の中に浮かんだ、

 

「……まさか……いや、そんな訳が……」

「戦闘中に譫言を吐くとは舐められたものだ」

 

 

 血を流して、無感情な瞳を向けるフェイ。その瞳の中に途方もない覚悟と狂気を感じ、彼女は生まれて初めて恐怖をした。

 

 

「くっ、これは……相性最悪……ッ!!?」

 

 

 

精神隔異剣(ダイレクト・ペイン)と眼の前の男が相性最悪であると彼女は確信をした。そして、次の瞬間に星が落ちる爆撃が鼓膜に響いた。

 

 

(……ッ!? この魔術規模、只ものではない!? クソ……一体どうなっている。こっちにも化け物が居るというのに……!)

 

 

 剣戟がそこで繰り広げられる。フェイは茨で傷を何度も作るが気にしない。そして、マレはこのままではジリ貧であり、あの魔術においても不確定な情報不足であることを悟って撤退を検討する。

 

 

(……アビス!!)

 

 

 

 逃げようと時間稼ぎの為に心の中でアビスを呼ぶ。だが……何も来ない。

 

 

 

「っち……全部倒された……それにストックもマミかマイが使いやがって……」

 

 

 

 仕方ないと彼女は走った。逃げる直前に茨を伸ばし、ベータたちを狙う。それをフェイは守るように刀で軌道を逸らす。そしてその間に一目散に暗闇に逃げ出した。

 

 

「……」

 

 

 

 走る走る走る。大都市からかなり離れて闇の森に入る。視界も悪く、何の魔物が居るのか分からない。

 

 

 それを気にも留めずに走る。数キロを走り、あの場からの離脱が出来たと確信したが……

 

 

(まだ追ってきてるのか!!)

 

 

 強靭な脚力と執念で鬼が迫って来ていた。足を無理に強化し、それをポーションで治しながらフェイは彼女を追い続けた。

 

 

 

 二人は走り続け、都市ポンドからかなり離れた、奈落の谷と言う場所まで来てしまった。落ちたら戻っては来れないと思えるほどの暗黒が広がっている。

 

 

 

「しつこいんだよ!!!! くそが!!」

「……」

「クソクソクソ!!!」

「……」

「落ち着け、落ち着け……教授に私は……えぇそうです。この男を捕まえて……」

 

 

(見たところ、身体強化を無理やりにしていた様子。ポーションも、残っていないでしょう……ならば……この一対一の状況……さっきは魔剣が効かなかったから焦ってしまったけど……それを前提にすれば……勝てる!!)

 

 

(あちらにも隠し玉があれば……話は変わるかもしれない……どうでる……?)

 

 

 

 フェイを彼女は見た。精神が桁外れの強度を持つ化け物。血が滴っても平然としても狂人。他にも何かがあってもおかしくはない。

 

 後ろには渓谷。

 

 

 前には狂人。彼女は必死にフェイに意識を向ける。フェイが刀を地面に刺した。

 

 

(なにを……)

 

 

 片手を突き出し、口を開いた。その尋常ならざる覇気に何もかもを忘れてしまった。殺されるというイメージが鮮明に浮かんだ。

 

 

 

「……我は世界の鼓動……」

 

 

「我が身が進み続ける限り・世界は刻まれる。世界の道は我に通じ・我が身が新たなる線を紡ぐ・果てに至るまで我が身は止まらず。果てに至っても更なる果てを目指す」

 

 

「嗚呼、嗚呼、歌を我が身に力を」

 

 

 

未だ果て無き英雄道(ヒーローズ・ロード)

 

 

 

(詠唱!? こんなの聞いたことがない!?)

 

 

 

 聞いたことのない詠唱に彼女は困惑した。フェイの圧力で思考が鈍っていた。動き出しが一歩遅くなった。次の瞬間、強化されたフェイの足によって距離を詰められて、右拳によって殴り飛ばされた。

 

 

(クソ野郎ッ、ただの身体強化じゃねぇか!!! 大層な詠唱はブラフか!! だけど、私一人じゃ、死なない! 死んでたまるか!!!)

 

 

 谷に落ちていくマレ。だが、堕ちる寸前、フェイの体に向かって茨を放つ。それがフェイに巻き付くようになり、彼も一緒に谷に落ちる。彼女は直ぐに岩の壁に剣を刺して落ちない様に固定する。

 

 

 しかし、フェイは違う。生存を確保するのではなく、相手を倒すことを先決とした。茨を手で掴んで、そして、勢いよく引いた。

 

 

 茨で手が血だらけになるが気にしない。フェイは崖で剣を刺した彼女の元に飛ぶような形で向かう。

 

 

「狂人がッ!!」

 

 

 再びフェイに彼女は殴られた。フェイの右腕と右足は既に赤黒く腫れていた。詠唱をしても上手く星元を操ることは出来ていないからだ。そして、今、左手も潰れた。左手による鳩尾への一撃で彼女は谷に落ちる。

 

 

 意識が朦朧する中、彼を見た。フェイも血を流しすぎて気絶寸前だった。彼もずっと血を流しながら走って、限界だった。

 

 

  彼女は既に力尽きて、体に力が入らない。フェイも血が足りずに気絶して彼女と同じように追っていくように谷に落ちていく。

 

 

(教授……まさか……こんな所に……ありました……完全な魂が……)

 

 

 

『マレ。永遠には私は完全なる肉体と完全なる魂が必要であると考えている』

『完全な肉体と完全な魂』

『あぁ、だが……それは絶対に天然ではないだろう。人間とは非常にもろい。魂だってそうだ、精神は直ぐに崩れるし。居たとしてもそれはきっと完全には程遠い。だから、私はそれらを作り出すことにした。肉体は人間以上の存在を只管に調べ、精神は人間の魂の構造を理解し、それをもっと高次元にする。それによって永遠は完成する』

『肉体はある程度の方向性は見えるような気がしますが……精神はどのように』

『取りあえずは、あの子達で精神の強度を確かめよう。念入りにね……』

『ふふ……悲鳴が楽しみです』

『あとは……聖杯教……そして、自由都市の『ロメオ』の団長ウォーが個人的には手掛かりかもしれないと思っている』

『聖杯教……ロメオ……』

『魂や精神の力は未だ解明できていない。ただ、聖杯教はかなり、そこら辺を上手く扱ってお零れを貰っている。ロメオのウォーは背中や言葉で士気を高めることが出来るらしい。これはある意味……精神干渉と言えなくもないと考えられる』

『自由都市ですか……あそこは我々の……』

『まぁ、話を付けたらいつでもくれそうだから、今は良い。今は……』

 

 

 

 頭の中に彼女は嘗てのアルファ達の父親との会話がよぎった。アルファ達の父親を教授、そう慕うマレ、マイ、マミ。彼女達はただの愛人と研究を手伝う助手だ。

 

 

 三姉妹であるが、三人共精神的に元々難があり、人を殺したり、非道な拷問をしてお尋ね者であった。姉妹仲は悪いが一緒に居れば捕まらないという理由だけで一緒に居た。

 

 そこへ、アルファ達の父親が声をかけて助手とし、研究の手伝いとして拷問などをさせ、衣食住を与えた。最高の環境を与える者にいつしか三人共心酔していた。

 

 

 

 永遠機関と言う場所で行われた非道な研究は彼女達にとって最高の楽園であった。その楽園での会話が最後に走馬灯のようにマレの頭に浮かんだ。

 

 

 

(最後の最後に……貴方の仮説が間違っていると、分かってしまうとは……)

 

 

 

 彼女は落ちる。フェイも一緒に落ちる。だが、フェイの体を誰かが掴んだ。黄金の瞳と髪、アーサーがフェイの行先を知って大急ぎでその場に駆け付けたのだ。

 

 

 彼女はフェイを抱いて、壁の崖の微かな足場を見つけ、魔術強化で飛んだ。

 

 

 

(まさか……貴方だけが生き延びるとは……何という結末……)

 

 

 間一髪でフェイが死から離脱した。あれほどに生に固執しないような戦闘をしていた男が生き延びた最後に彼女は思わず笑ってしまった。落ちてその衝撃によって死亡することはなく。

 

 既に彼女は……眼を閉じて眠ってしまっていた。

 

 

 

◆◆

 

 

 アビス達との戦闘から一夜明けた。サジントは永遠機関、アビスなどの情報を纏めて報告、エセやカマセ、トゥルーは寝込んでいるフェイの為に買い出しなどに行っている。

 

 アーサーやボウランもサジントと一緒に情報報告に行っているがアルファ達三姉妹は昨夜の戦闘を終えて気絶をしているフェイの看病をしている。一定のリズムで呼吸をしながらずっと目を瞑っているフェイ。

 

 彼の体を拭いたり、目覚めるまで一緒に居たり、様態を随時確認などをして目覚めるのを待つ。アルファ、ベータ、ガンマは不安だった。あの魔剣を作ったのは父と知っており、更に魔剣の残酷さも身に染みている。それを受けて目を覚まさないフェイを見て、もしかして、精神が壊れてしまったのではないかと思っているからだ。

 

 特にガンマとベータは自身達を庇ってくれた彼に対しての自責の念が強い。アルファがあまり自身を責めるなと声をかけるが気休めにもならない。

 

 ベータがフェイの手を握って眼が覚めるのを願う。すると、それに応えるように丁度、フェイの眼が開いた。

 

 

「……」

「……フェイ、眼がさめたのだ?」

「……お前は」

「ガンマがわかる?」

「あぁ……俺はどれくらい寝ていた……?」

「えっと……半日?」

「そうか……まさか……その間、ずっとここに居たのか」

「え、う、うん……」

「そうか……手間をかけた」

「い、いや、それはガンマのセリフなのだ……」

 

 

 

 ガンマがチラリとベータとアルファを見た。二人も同じように待っていたのだと悟り、軽く礼を言うと立ち上がり団服に着替え外に出ようとした。

 

 そんなフェイの手をベータが無言で包み込むように握る。柔らかい手に普通ならドキリと頬を赤らめるのが普通の男性なのだがフェイはいつも通りの表情。

 

「なんだ?」

「その子は礼を言いたいのよ」

「いらん」

「受け取ってあげてよ。感謝してるの、私もだけどさ」

 

 

 アルファが現状を説明するがフェイは興味なしと切り捨てるように進んでいこうとする。だが、ガッチリとベータが掴んでいるので進めない。

 

 

「………………………………………………………………ありがとう」

「礼を言われることはしていない。俺は俺の道を行って、勝手にお前たちが救われただけだ」

 

 

 

 その言葉にベータは手を離して、それと同時に彼は消えるように去って行った。アルファがフェイの冷たい対応に溜息を吐きながらベータの肩をポンと叩く。

 

 

「まぁ、ちゃんとお礼が言えてよかったじゃない……? おーい、ベータ、聞いてる? あれ、ガンマも……」

 

 

 アルファがベータとガンマを見ると恋に焦がれるように、いなくなったフェイの影を眼で追う二人が居た。

 

 

「……ちょっと、待ってぇー。感謝してるけど、それはダメ。頭痛い、頭痛い、あんなバーサーカーみたいな男を妹二人が好きになるとか、頭痛い、懐も痛くなって来た……ベータ思い直して」

「………………………………‥………………………love」

「こめかみ痛い……胃も痛い。しかも久しぶりに口開いた、二回目のセリフがそれなのね……」

 

 

 

 以前フェイが嗤いながらリビングデッドと戦っていたことをアルファは思い出した。それにフェイは自身と同じ復讐者のような、それ以上の意味不明な頭の可笑しい奴なのだという認識を持っている為、余計に恋とか応援できるはずがない。

 

 しかし、ベータが眼の奥をハートにしていた為にこめかみと胃を彼女は抑えた。ガンマも同じような反応なので余計に胃が痛い。

 

 

 

「勘弁してよ……二人ともそれは……」

「フェイは絶対に優しくて凄い人なのだ!」

「それは無いと思うわ……絶対、ただ頭の可笑しい奴だと思うの、私……だから、止めましょう。良い相手探してあげるから」

「いやだ! ガンマ、フェイに惚れたのだ!」

 

 

(アイツ……絶対、頭おかしい奴だから……死んでもお勧めできないわ……。今後も諦めさせる方向で行きましょう、うん、そうね、そうしましょう……それで今日はもう疲れたから……寝ましょう……)

 

 

 

 アルファは疲れたので休んだ。

 

 

 

◆◆

 

 

 

 

 夜になった。都市の高くて大きい外壁を囲むように配置されている俺達はアビスが毎日複数現れるから狩れと言われている……。サジント先生とか、在留騎士、そして同期も配置だから大掛かりな任務なんだな。

 

 だけど、この都市広すぎて殆ど見えない。少し遠くに若干エセが見えるくらい。アイツ震えてるけど大丈夫か?

 

 まぁ、万が一の時は主人公である俺が守ってやるよ。さて、腕を組んで待っていると……

 

 

「来たか……」

 

 

 それっぽい感じで先に俺は敵に気付いた感を出しておく。恐らくだが、この声は誰にも聞こえていない。だが、見えない時、聞こえていない時こそ主人公であるという事を忘れてはならないのだ。

 

 

 野生のアビスが現れた。アビスА、アビスB、アビスC、などなど。

 

 さぁ、主人公の時間だ。アビスが複数現れたのでスタイリッシュに狩って行く。

 

 毎日修行をして居るおかげなのか、すんなりと狩れた。

 

 そうか……まだまだ修行が足りないと思っていたが……俺……確実に強くなれている……!!

 

 

 エセが手こずっているようなので、助っ人に行った。エセの所まで行くとカマセも手こずっているのが見えたので彼の所にも助っ人に行って、すると更にガンマとベータが誰かに襲われているので助けに入る。

 

 助っ人は基本だからな。

 

 ふむ、こいつが今回のメインヴィランと言う感じがする。あ、『二人を庇ったせいで』茨みたいなので傷を負ってしまった……。

 

 あんまり、ダメージがない……

 

 

 そこまで考えて俺はハッとする。二人を庇ったせいで俺はダメージを負ったのではない。俺があの複数の茨を一瞬で切れるほどの実力があって、もっと早く助っ人に入れたらそもそも傷を負わなかった。

 

 危ない危ない。自分の実力の無さを他人のせいにしてはいけないな。さてと、倒しますか。

 

 

 相手は洒落てる剣で俺に襲ってくる。特にいつもと変わりない。血は流れるのはいつものこと……

 

 でも、なんか、剣でちょっと切っただけで相手がしてやったりみたいな顔をしているのはなんだ? 

 

 たかが掠り傷で大喜びとは大した殺人剣だ……

 

 

 あ、逃げた……そして、流星も落ちる……。この感じ……もしや、アーサーか……? クソ、いつも俺よりすごい演出しやがって!!

 

 こうなったら、あの敵絶対に逃がさん!! 何処までも追ってやる!! アーサーになんか、負けていられないんだから!!!

 

 

 走る走る、足を無理に強化して、それをポーションで治して、俺は走る。そして、崖の所まで到着。

 

 

 ふふ、崖に追い詰めたぜ? 土曜ワイドとかもこんな感じで犯人を追い詰めるのが主人公だ……。

 

 

 しかし、ポーションがきれてしまった。これ以上無理な強化は出来ない。これはユルル師匠が行っていた詠唱を試すときか……。ある意味で感覚を掴むための一つの方法。

 

 

 ここで初披露しよう。

 

 

 あー、やばい、初詠唱でワクワクが止まらない。詠唱ってロマンでしょ!? 脳汁ヤバいよ。出てないけどさ。

 

 はぁはぁ、興奮してきた……相手も全然動かない。俺の雰囲気が変わったのを察知したのか? 初詠唱なのでテンションは上がってるからそれに勘付いた?

 

 それともあれかな? 戦隊物が変身するまで待ってくれる怪人みたいに俺の見せ場だから待っているとか?

 

 

 まぁ、いいや。詠唱しよう。

 

 

 

「……我は世界の鼓動……」

 

 

 俺は主人公だからあながち間違っていない。

 

 

「我が身が進み続ける限り・世界は刻まれる。世界の道は我に通じ・我が身が新たなる線を紡ぐ・果てに至るまで我が身は止まらず。果てに至っても更なる果てを目指す」

 

 

 このちょっと前に言った文言を逆転して、表現変えていうのがカッコいいのは知っている。

 

 

「嗚呼、嗚呼、歌を我が身に力を」

 

 

 それ、誰に聞いているのって聞き返されるくらいがカッコいいのも知っている。

 

 

未だ果て無き英雄道(ヒーローズ・ロード)

 

 

 技名は漢字で書いて、カタカナで読むのがカッコいいのも知っている。

 

 

 そして、殴る!!! いつもと違う事をしているわけじゃない。にも関わらずどこか特別な感じがある。ただのお子様ランチが旗が添えられたお子様ランチに変わった感じだ。

 

 詠唱って正直添えるだけな感じがある。別にしてもしなくてもいいじゃんみたいな? でも、そう言う事じゃない。

 

 演出。セリフ。こういったことも大事なのだ。俺はいつものように無理やりな強化によって手と足がボキボキに折れたけど、それでも満足している。

 

 

 派手な演出などは誰かの心を動かし、詠唱などをする事によって集中力を高め、凝り固まった価値観や身体が流動するように動く……感じがする。

 

 

 色々あって、詠唱は大事。

 

 

 そして、俺も奈落の底へ……。剣から出ている茨を引っ張って相手を殴る。何か、茨を掴んだら合わないハンドクリーム使ったようにチクチクするような気がする。まぁ、気がするから気のせいなんだけど。

 

 

 俺の拳によって相手は倒れ、俺も出血多量で動けず二人して奈落に吸い込まれるように落ちていく。やべぇ、血が出てる事忘れてたよ……。動けねぇ。

 

 

 落ちるよ、俺……ちょっと、ウケル……。

 

 

 

 まぁ、なんとかなるだろ……おやすみ……

 

 

 

 そして、おはよう。

 

 

 

 眼が覚めるとガンマとベータ、あとアルファが居た。え? 俺が起きるまでずっと看病してくれただって!?

 

 

 ガンマ……お前って奴は……俺が目覚めるまでガン待ち(ガンマち)してたのか。ガン待ちのガンマ……これは韻を踏んでいる。それにベタ展開のベータも……この姉妹、韻を踏んでいる……つまり、作者がモブを覚えやすい名前にする事で読者にあまり出番のないキャラも覚えてもらおうと配慮しているということの証明。

 

 

 モブ姉妹か……まぁ、ビジュアルは良いけど、大体こういう世界って全員ビジュアルは良いからね……そうか、ガン待ちのガンマとベタ展開のベータ。この二人はモブだったのか……。

 

 

 お礼とか良いから……いつものこと。やるべきことをやってその道に何が出来たとしても俺はどうでもいい。まぁ、そう言う風に言い切ってしまうのは良くないかもだけど……俺は進み続けるしかないからさ。振り返りはしない。

 

 それにクール系なのでね!! 特に用事は無いけど、部屋をスマートに去るぜ……。

 

 部屋を出てから少し考える。あの紫髪・銀色の眼・巨乳三姉妹の内二人がモブと言う事は……アルファもモブかね? でもどうなのかな。一人だけ違うパターンあるか?

 

 韻を踏んでたらアルファも確定だけど……そこまで考えても仕方ないか。さてと、任務について完了しているか確認したら昼食でも一人でクールにしますかね。

 

 

 

――その後、俺はアーサーとボウランに飯をたかられて仕方なく奢る羽目になった。




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