FGORTA―配られし切り札― 作:雨乞い
一つ。
二つ。
三つ。
爪を、牙を、尾の一撃を。
躱して剣を走らせる。
襲い来る飛竜たちを下し、ゲオルギウスは前方、地に走る爪痕を見る。
「……厄介ですね」
草木を枯らし、地面を変色させたそれは、只の爪撃ではない。
竜とは、“毒”と縁深い生物だ。その身に毒性を持つモノも多い。
そう、例えば――
「かの竜のように」
その名を彩る逸話を思い返し、独り言つ。
ゲオルギウスは戦場の中心を見る。
見下ろし、立ちはだかるは飛竜の王。
見上げ、立ち向かうは1人の騎士。
青の衣に銀の鎧。
戦場の中心に立つ騎士の表情は、仮面に覆われ窺うことは出来ない。
しかしその緋色の両眼は、しっかりと、宙に浮かぶ飛竜の王を見据えている。
地を睥睨していた飛竜の王は、一度宙返りし――
1人と一匹は、また激突した。
騎士と竜、繰り広げられる対決を王道活劇とするならば。
傍らで行われるこの攻防は、悲劇と表現すべきだろうか。
「――あなたとは、あんまり戦いたくないのだけれど」
デオン、と。
マリーは彼、或いは彼女に語りかける。
記憶に残る優しい微笑みは、今はなく。
能面のような顔に一筋、跡が走る。
シュヴァリエ・デオン、フランス王家の剣が一振り。
自身にとって、見知った間柄だ。
「――――」
喧騒の中で、しかし
主従は見つめ合い、そして――
同時に駆け出した。
足りない。
二人の英霊、一人の魔女、そして、一人の騎士。
その力をもってしても。
「計測数値が異常だ、ほかの個体に対してあまりにも強大すぎる……」
あの飛竜は一体、と。
訝しむ優男を傍らに置いて、オルガマリーはモニターを睨む。
およそ拮抗している、と言えば、聞こえは良いだろう。
4人は仕事を全うし、相手を抑え続けている。
――
「ジャンヌ・ダルクたちは!?」
「依然、敵性体と戦闘中!!」
悲鳴にも似た報告が、モニタールームを飛び交う。
映し出されている戦場は、一つではない。
吸血の怪物を相手取る彼らもまた、攻防の只中にある。
足りない。
その拮抗は、いつまで続けられるのか?
このままでは、足りない。
「っ、新たに敵性体の反応!!」
「ワイバーンの増援ですっ!!!!」
足りない。
息を呑む音が聞こえる。
一瞬、静寂が訪れた。
そして。
「――日彩、聖晶石はあるわね?」
放つ。
放つ。
放つ。
夜空を舞うように飛びながら、魔女マリアは光弾を放つ。
地を行く骸骨の群れを、一つでも多く屠るために。
果たしてどれだけの時間を費やしただろうか。
無限に感じられるほどに。
【「魔女マリア!!」】
「――っ!?何よ!」
突然の呼び掛けに答える。
とはいえ、声に集中する余裕はなかった。
だから、最初、聞き間違えたかと思った。
【『今から儀式を行うので、陣の作製をお願いします!』】
「――ッ、アンタ状況分かって言ってんの!!??」
「無茶ですよ、所長!!」
3頭身のオルガマリーを掴み上げ、思わずロマニは叫んだ。
「“システム・フェイト”は不安定だ!マシュの、
「
ぎゅむ、と。
顔を押しのけ、机へと飛び降りる。
「無茶なことなんて百も承知です。それでも、この状況を打開するには――」
「――これは、
ビシリ、と。
指を突き付けたあと、オルガマリーが通信回線を開く。
「――ああっ、もう!!」
その様子を見て、ロマニが手元のマイクを掴む。
コンソールを操作し、
「やあ、どうかしたかい?」
スピーカーから聞こえてくるのは、どこか楽しそうにも聞こえる声。
部屋中で鳴り響くアラートをBGMに、ロマニは声を張り上げた。
「君にも手伝ってもらうぞ、レオナルド!!」
夜空を、魔女が昇っていく。
「大きさは!?」
【「こちらからの観測精度を上げます、出来るだけ大きく!!」】
轟々と鳴る風切り音を負けじと、声を張り上げる。
ぐるぐると、円を描くように。
夜闇を魔女が切り裂いていく。
速く。
速く。
速く。
完成図を頭に描きながら、縦横無尽に飛び回る。
「――ッ!チィッ!!」
正面、その爪を広げた飛竜を躱す。
僅かにズレた位置を修正し、再び空に軌跡を描く。
手がふるふる震える。
目がちかちかする。
こめかみの奥がずきずき痛む。
未だかつて出したことのない速度に、悲鳴を上げる身体。
それでも。
やるべきことがある。
聞くべきことがある。
確かめるべきことがある。
ならば、と。
前後左右上下、あらゆる角度から飛竜が襲い掛かる。
バレルロール。
インメルマンターン。
インサイドループ。
後の世であれば、そんな風に呼ばれるであろう
迫りくる飛竜を時に避け、時に撃ち落としながら、彼女は飛び続け――
――そして最後は、横合いからの突進が直撃した。
魔女は地へと落ちていく。
夜空に浮かぶ光を、視界一杯に収めながら。
魔女は地へと落ちていく。
その光に向けて手を伸ばす。
魔女は地へと落ちていく。
一本、人差し指を立てて。
「注文通りよコノヤロー!!」
星にも、月明かりにも負けぬほどに。
夜空をキャンパスに、光り輝く魔法陣が浮かび上がった。
《――素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公》
仮面の向こう、若者は声なき声で唱える。
《四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ。》
執り行われるのは、一つの大魔術。
《
いつかのあの日、教えてもらったのだ。
《ただ、満たされる刻を破却する》
オルガマリーに。
ロマニに。
マシュに。
《――――告げる》
そう呟いた若者に囁くように。
【「――さあ、日彩。応えてみせなさい」】
通信機の向こうから、声が聞こえる。
《汝の身は我が下に》
【「貴方に掛けられた、期待に」】
《我が命運は汝の剣に》
【「果たしてみせなさい」】
一拍分の静寂。そして――
【「――
若者は、少しだけ知っている。
その言葉の重みを。
彼女の、重みを。
《誓いを此処に》
そうして、残り僅かとなった節を唱えようとしたとき。
若者は、それに気づいた。
夜明けまであと少し。
突然揺さぶり起こされた少女は、弟を腕に抱く母の後ろで足を動かす。
良いなぁ、と目を擦りながら。
母の腕に抱かれ、眠り続ける弟を見やる。
怪物の咆哮が木霊するそれは、非現実的で。
未だ夢の中にあるような浮遊感が、彼女の中にあった。
だから、仕方なかったのだ。
「――ッ、わぁ……」
空に浮かび上がる
「きれい……」
それが飛竜の目に留まったことも。
突き飛ばされて、尻餅をついたことも。
――突き飛ばした青い騎士が、飛竜の一撃で民家へと突っ込んだことも。
瓦礫を掻き分けて、半身が浮かぶ。
そこにあったのは青い騎士でなく、血に汚れた小柄な若者。
立ち上がった拍子、破片と共に何かが落ちる。
彼方から声を届けてきた
白み始めた空の下、一歩、足を踏み出す。
それを取り囲むのは、飛竜と骸骨の群れ。
――距離が、離れている。
聖人の剣閃も。
王妃の持つ輝きも。
そこにはきっと、届かないだろう。
無数の影が、地で蠢く。
その中心で、若者は――
《――我は常世総ての善と成る者》
《我は常世総ての悪を敷く者》
未だ光を失わないのは、空に描かれた陣。
その姿はまるで、祈りのようで。
一つ、息を吸う音がした。
生じた一拍を見逃さないとばかりに、異形たちが殺到する。
爪を、牙を、剣を。
自らに振り下ろされようとしているそれらを視界に収め、若者の唇が再び、動き出す。
一匹の大蛇のように。
一塊となった黒い影が、若者を呑み込み――
《――汝
《
――瞬間、掻き消えた。
微塵に切り刻まれた飛竜と骸骨。
血風は色づき。
骨片は輝き。
陽の光を浴びて舞うそれは、桜の花びらのようだった。
チンッ、と。
その場にあった無数の影。
今は僅かに一つ、二つ。
「待っていましたよ、マスター」
その日また、若者は