緋月望は孤独であった   作:Feldelt

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第四話 切り札の長所と短所

星屑の研究を続けること数か月、のちに「丸亀城の戦い」と呼ばれる激戦があったことも露知らず、勇者システムのフィードバックを繰り返しながら勇者たちと過ごしていた。季節はもう春である。

現在勇者たちは巫女の上里ひなたとともに壁外の調査に乗り出している。俺は研究も軌道に乗ったことにより大社の本部にちょくちょく顔を出さざるを得ないようになってきた。

 

「おや、教授の息子じゃないか。元気そうじゃないか。」

「烏丸さん……今日も楽しそうですね。」

「何を言っている。私は面白いことが好きだ。もう知ってるだろう。」

「ええ。」

 

白衣を着た大社の神官、烏丸久美子は文化人類学の研究者であった父の教え子だ。学会に行ったときの記念写真で見覚えがある。だが、この人は高嶋友奈を見出した巫女でもある。その能力は既に失われているというが……

 

「ちょうどよかった。私は少し面倒な会議があってな、お前にはそこの教室で教鞭をとってもらいたい。」

「教鞭って、何をしてるんですか?」

「なに、巫女たちの勉強の面倒を見ててくれ。学年は様々でお前と同い年くらいの巫女もいるが、教授の息子なら問題はないだろう。現に今もあの化け物の研究と勇者システムのバージョンアップをしてるんだろう?」

「前者と後者に脈絡がないですよ。まぁ、報告も終わったんでいいですけど。」

「話が早いじゃないか。では任せる。」

 

というわけで巫女たちの教鞭をとることになった。仕事の内容は自習室の質問受付係みたいなもんでわからない問題があればそれにヒントを出す……なんていたって普通のことだが、なんせ丸亀城に配置された研究部の人間が急にいつもの烏丸さんのかわりにやってきたのだ。質問したいことの方が多いだろう。たとえば……

 

「あのー、緋月さん。球子と杏ちゃんって今どんな感じに過ごしてるんですか?」

「あぁ、二人は相変わらず仲良くやってるよ。杏は研究部にちょくちょく顔を出しては自分の見てきたこととそれに基づいた仮説をいくつか展開してくれているから今頃それを研究部で調べてるかな。あの子、かなり聡い。落ち着きがない球子とは正反対だな。」

「ほえー、杏ちゃんは本場の研究者すら驚かすのか……恐ろしい子。」

「緋月さん、郡様のご様子はいかがでしたか?」

「千景は……そうだな。残念ながらひなたほど関われてもいないからあまり話せることはないが……丸亀城の戦いを終えて表情が柔らかくなってきている。精神は安定しているようだ。」

「そう、ですか。よかった……」

「詳しい話はひなたがこっちに帰ってきたときに聞くといい。なんせ俺は一端の研究者だしな……」

 

とまぁ、勉強の質問よりも勇者たちの様子の質問のほうが多かった。杏と球子について質問してきたのが安芸真鈴、千景について質問してきたのが花本美佳だ。のちに俺はこの二人とも勇者と同等かそれ以上に関わることになるのだが……そんなことは今の俺は知る由もない。

 

 


 

 

研究部に戻ると山のように報告書が積んであった。深夜だというのに休めはしなさそうだ。

 

「お疲れ様です、主任。伊予島様が提唱しておられた仮説の検証が終わりました。」

「なるほど、これはその報告書と……って、薄っぺらな内容だな。やはり直接観察だけでは相対的な評価しかできないからなんとも……と言いたいが、この一文は面白いな。意味もなく精霊を降ろしたあと数日は負の感情に敏感になっていた……これは本人が知覚した絶対評価だ。感情の振れ幅なんて他人が観測するよりも自分で感じ取った方が早いし信憑性もある。」

「しかし、そうだとするとシステムを根本から改良しなければならないのでは?」

「だな。これは今までのフィードバックとは違って一朝一夕でなんとかなるわけではないから、そこはおいおい考えていくとしよう。」

 

やはり強大な力にはデメリットがつきもの、か……

 

「少し休む、報告書は朝までに全部読むから……はぁ、仕事量増えたなぁ……」

 

一人になってから研究部の電気を消し、椅子に深く腰掛けて重力に身体をゆだねる。本部と丸亀城の移動だけでそこそこの時間がかかる。それで疲労がたまるというのに膨大な研究の報告書の精査ときた。俺自身は報告書を書くことはしないが、その分精査をする必要がある。やれやれ。研究が軌道に乗りすぎて手広く広げたのが間違いだった……それに本来進めていた星屑の再生能力の研究についてはまだわかってないことが多いってのに……

 

「それでもなんとかだましだまし根気強くやっていくしかないか。」

 

今後の研究内容は星屑の再生能力、精霊の副作用の検証、これを軸に考えていくか……

 

 


 

 

「起きろ緋月!起きろ!」

「んぁ?何事だ鷲尾……というか俺は仮眠をとってたつもりが完全に落ちてたのか……全身が痛い、何時間寝てた?」

「13時間だ、もう夕方だ。いつもえげつないほどに仕事をしていて疲労困憊のお前を起こすのははばかられたが今大社全体がてんやわんやなんだ、事実、烏丸とかいう神官がお前を呼んでいるから起こしたわけだ。」

 

久しぶりにぐっすり眠れたということは嬉しいことだが、鷲尾の語気と周囲の状況から察するにとんでもないことが起きている。

 

「何があった……?」

「今日、勇者様とバーテックスの戦闘があり、土居球子様と伊予島杏様が亡くなられたと……」

「……は?」

 

頭を殴られたような衝撃。寝てる間に、二人の少女が死んだ?

 

「とりあえず烏丸さんが呼んでいる、と言っていたな。本部に行ってくる。烏丸さんの考えることならおそらくここで勇者たちの話し相手になっていたことから今度は巫女たちのメンタルヘルスを見ろってことだろう。烏丸さんはそういうの苦手だろうし……鷲尾!」

「おう。」

「俺はしばらく本部にいる。臨時で主任権限渡すから研究を進めてくれ。」

「わかった。……緋月、無理してないか?」

 

無理してないか。その問いはおそらくこのメンバーの中で唯一勇者とかかわりを持った俺に対しての心配の言葉だろう。

 

「無理はいつもしている。俺は20にもなってないが、それでもあの子たちよりは大人だ。大人が子供の前で動転するわけにもいかない。それに……あぁ、人間驚きすぎると感情が置いてけぼりにされるんだ。多分、戻ってきた時が一番しんどくなると思う。」

「そうか。……じゃあまずは本部に行ってこい。こっちは任せろ。」

「あぁ、任せる。」

 

丸亀城の中を進みつつ、途中で遠目に血だらけの友奈が救急車で搬送されるところを見た。

立っているのは千景と若葉。横たわっているのは杏と球子。この二人は起き上がることはない。

 

「っ……!」

 

唇を強く噛む。こんなことになる前にもっと研究を進めることができたのならば。だがそれは仮想に過ぎない。今を生きる残された人間が取る行動は、受け入れて進むこと。同時にまたあの日の地獄を思い出す。

 

「舞、俺を導いてくれ……」

 

丸亀城に来ていた職員用の本部へ向かう車に乗せてもらい、俺は本部へ向かった。

 

 

 

 

 




次回、第五話「選択」

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