緋月望は孤独であった   作:Feldelt

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ついにようやくやっとこさ更新です。
忘れてたわけではないんです、勇者史外典を飲み込むのに時間がかかりすぎただけなんです……


第五話 選択

大社本部は散々なありようだった。

人のドタバタでどこを歩くにも大変で……まるであの時の、七・三〇天災を彷彿とさせるような酷い混乱だった。大の大人がそんな混乱をしているのだから、そんな混乱は少女たちにも伝わるだろう。だからせめて、俺は……平静を装って、血も涙もない人間のように振舞って、感情をぶつけられるようなサンドバッグになれればいいだろうと考えていた。だが、巫女の少女たちを一目見ただけでそんな気は失せた。

 

「教授の息子か、呼び立ててすまないな」

「烏丸さん……それで?」

「あぁ。私の口からは、土居球子と伊予島杏が戦死したことを伝えている。お前には……彼女たちが生きていた時の話をしてあげてほしい」

「余計に辛くなるだけでしょう、いくらあなたの頼みとはいえ、それはできませんよ。いや、できはしますが……今必要なのは、人より時間です。失った痛みは、年単位の時間がなければ癒えない……俺も、癒えきってないんですから」

「……そうか。私よりも人間らしいお前が言うのならそうなんだろうな」

 

烏丸さんはこんな状況なのに平然としている。いや、こんな状況だからこそ平然としているんだ。さっき俺が考えていたことのように。

 

「あの子たちは、勇者たちと一緒に花見をしようと考えていたんだ。丸亀城は桜の名所でもあるからとな」

「だけど、勇者が死んだことでそれどころではなくなったと」

「あぁ。さて、実はお前を呼びつけたのはもう一個理由がある。研究部主任」

「……そっちが本題ですか」

「あぁ」

 

烏丸さんに連れられるまま大社本部を歩いていく。会議室のようだ。

 

「勇者と面識のあるお前の意見を聞いておきたいそうだ」

「何についてです?」

「郡千景を一度家に帰すことについて、だそうだ」

 

 


 

 

翌日の朝に俺は研究部に戻ってきた。

会議は冗長で既定路線しか辿ってなく、俺を呼んだのは一応意見を聞きましたというただの体裁だろう。

 

『郡千景様についてですが……彼女は勇者様である以前に一人の少女です。人間です。自分がどうしたいかなんて彼女自身が一番わかっていることでしょう。大人はそれをサポートするだけです。余計なことは言わず、必要なときに必要なことを必要なぶんだけ言えばいい。理想論ですが……研究者である自分は、そうあるべきだと考えています』

 

この言葉がどれほど神官たちに届いたのかなんて考えるよりも先にこっちの研究のほうが気になってしょうがなかったというのが事実。やれやれ、山積みの書類に目を通して研究を加速させないと……

 

「研究、か」

 

バーテックスの再生能力についての研究は、『バーテックスの再生の仕組みを阻害することで強力な攻撃を叩き込む』という観点と『バーテックスの再生能力を勇者システムに組み込む』という二点を目標にしている。だが、ここまでの研究で生まれた仮説は『バーテックスの再生能力は自己相似による複写』というのが最有力だ。つまりどんな攻撃をしようともバーテックス自体の構造そのものを破壊しないと撃破できない。通常兵器では全く役に立たないことが立証されているが、これもその裏付けだ。

そしてこの性質のせいで、勇者システムには組み込むことは不可能であるという点。

ロマネスコやシダの葉は自己相似と呼ばれるどれだけ拡大しても同じ形が出てくる構造を持っている。生物学的にも見かける代物で、数学的研究の材料にもされている概念だ。そっちのほうは全くからっきしだが、生物における自己相似、フラクタル構造は俺も馴染みがある。

 

問題は、複写だ。現在のバーテックスの仮説は、星屑がいわゆる細胞の役割を果たし、星屑が複数集まり結合することで別のバーテックスとなる。単細胞生物から多細胞生物となる進化の過程のように。そしておそらくそれは器官で、器官が多数集まることで進化するバーテックスがいる。おそらく二人の少女はそれにやられたのだろう。

 

細胞分裂で人間は傷を治していく。遺伝子の情報に基づいて欠けた部分を修復していく。だが、バーテックスには遺伝子と呼べるようなものは観測できなかった。いいや……この報告書によれば酢酸オルセインに浸した星屑の検体は全て染色されたとのことだった。星屑自体が、核であり細胞である。だから分裂なんてすれば簡単にクローンが完成するという構図だ。もっとも戦闘中に分裂したという報告は勇者から入っていないため、おそらく星屑自身から有意に分裂する能力はないのだろう。あったら指数関数的に敵の数が増えるだけだ、もう人類が滅んでいてもおかしくない。つまりは……どこかで造っているということだろう。

 

「これは……」

 

思考の海で泳ぎながら、ふと目に着いた報告書を読む。それはインフルエンザの予防接種のように、星屑の情報を人体に注射するという案だった。

ワクチンの仕組みは外敵を認識して抗体を事前に作るというもので、それだけ聞けば星屑を注射することには何の意味もないように見える。だが、ラットに注射してみたという報告書の文言は、有意に回復速度が上がっているとのことだった。欠損までさせたそうだが再生しているとのこと。欠損先の部位はさすがに情報不足からか再生は行われなかったそうだが……プラナリアのような全身幹細胞化はできないにしてもこれは意味のある結果だろう。

 

「……だが、それでいいのか?」

 

あくまでラットだからという点でもあるが、もしもこれを運用するとなったら……少女たちにこんなものを注射するとなったら、傷ついても傷ついても治ってしまう身体よりも先に精神が参ってしまうのではなかろうか。この報告書の主には聞きたいことが山ほどあるが……あるか、再生中のラットの様子……あった、『激しくのたうち回りながら動いていたが、再生が終わると恐る恐る動かしていた』『何回か行ったがそのたびに痛みは感じていたように思われる』

 

「……はぁ」

 

だからラット実験は嫌いなんだ。生物学に進んだ以上避けては通れないが、だからこそ忌み嫌う。こんなこと、真っ当な倫理観を持っていたらやろうとすら思わないだろう。

 

「研究者としては正しいことをしているが……人間としてはだめだろ……」

 

報告書の末尾には、いつでも使えるよう5本分用意してあるとのことだった。もう、そのうちの二本は使われることはない。

 

「人体に影響が出ないか実験する必要がある……っと。被検体がいないなら俺でいいとも書き添えておくか……」

 

再提出用の籠に件の報告書を入れる。このペースだと全く報告書の精査が進まないが……鷲尾にも手伝ってもらおう。

 

「あ、主任戻ってたんですね。おはようございます」

「おはよう、俺は山ほどある報告書を精査してるから……鷲尾が来たら教えてくれ」

 

研究部のメンバーが集まってきた。大社本部に定期報告するから、ほんと早めに終わらせないとな……

 

 




次回、第六話「混乱の果て」

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