緋月望は孤独であった   作:Feldelt

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第六話 混乱の果て

研究部での報告書の精査が終わり、本部に定期報告ができるようにまとめる作業が終わったのがついさっきのこと。研究部に戻ってからは一週間もかかってしまった。ちょくちょく烏丸さんに呼び出しをされていたが全部断っている。本部に報告書を持っていくからその時に要件を聞くとだけ言っていたがために、まとめた報告書を持っていくのはやや面倒ごとに感じていた。

 

件の実験の報告書も入っている。実はもう注射は受けており、特段身体に異常は感じられない。少なくとも今のところはだが……何かしらの異常が認められ次第ボツになることは研究メンバーには伝えたうえで身体を張ることを選んだ俺を彼らは輝いた眼で見ていた。そんな人間ではないのに。

 

「通知……」

 

ぴこん、と携帯に通知が入る。舞の妹の愛ちゃんからだった。天恐がよくなってきてるらしい。それはよかったと返信して、彼女との出会いを思い返す。

 

実を言えば、舞に妹がいたことを俺は知らなかった。確かに面倒見はいいなとは思っていたが、それが妹がいたからだとは露ほども思いもしなかった。舞は、俺の前では自分の話をせず、ただ俺の興味がある話をひたすら聞いてくれていた。その様子を楽しんでいるかのように笑って。ある時聞いたことがある。なんで、俺の話ばかり聞いてくれるのかと。

 

『だって、面白いんだもん。望がさ』

 

舞はただ、興味のあることを話す俺の様子を見て楽しんでいたのだ。なんだよそれ、なんて言いながら、俺はまた……当時は空がなんで青いのかという話をしていたんだった。レイリー散乱。どうにかして理解しようとして、さっぱりわからなかったことを思い出す。

 

空か……愛ちゃんに出会ったのは、七・三〇天災がひとしきり落ち着いたときだった。近くの神社で打ちひしがれていた俺に声をかけてきた少女。それが愛ちゃんだった。

 

『あの、お姉ちゃんのお友達の人ですか……?』

『お姉ちゃん……?きみ、名前は……?』

『愛……陽本愛です』

 

俺は、愛ちゃんにまだ舞の最期を言っていない。逃げる時に人混みではぐれてしまったと。探しに行きたいけどもうここから動く体力がないことを話した。愛ちゃんも逃げる時に両親とはぐれ、やっとの思いでたどり着いた神社がたまたま俺が逃げ込んだ神社と同じだったというだけだったのだ。何故彼女は俺にたどり着いたのか、それを聞いたら、『お姉ちゃん、いっつも面白いお友達の話をしてるんです。写真も見せてもらったことがあって……』なんて話していたっけ。当の俺は写真なんて撮られた覚えがなかったから混乱していた。だが見せてもらった写真に写っていたのは紛れもなく俺だった。確か、アリの巣穴についての話をしていたときだったか。

 

そんな舞の妹が天空恐怖症候群を発症したのはそれからすぐのことだった。すぐに入院させたが、肉親が一人もいない未成年ともなると受け入れがやや面倒であったことは今でも思い出す。だが俺が大社の研究部に配属されたことで話はするすると進んだ。あぁ……本当に大変だった。だけど……今はもはや彼女にとって俺だけが肉親に近い存在であり、俺も俺であの子が唯一の肉親に近い存在だろう。俺の両親も天災に巻き込まれているのだから……

 

『それはよかった、お見舞いに行く時間がなくてごめん』

 

それだけ送り、本部の報告会に出席する。長丁場になるな……

 

 

 


 

 

 

「以上が、現段階での研究部の成果になります」

 

4時間以上にも及ぶ報告会の最後の言葉を言い放ち、一礼したのちに研究部主任と名札のある席の椅子に深く腰掛ける。このまま深いまどろみへ落ちていくのもやぶさかではないと思いながら、質疑応答があることを思い出してまだ意識を手放すわけにはいかないと思いとどまった。

 

「星屑の人体への注射について、現在緋月主任が被検体となって実験しているとのことでしたが……それから特に身体に異常は?」

「現在のところは不明です。ラットにおいて特性が発揮されたのが1,2日経ってからという点を考えると体積比から考えてあと数日はかかるでしょうか。あるいはすでに再生能力は付与されているのかわかりませんが、少し試してみます」

 

配布されていた資料の紙で左手の指を切ってみる。痛い。が、少しの出血の後に回復していた。この傷は普通なら治るまで数日はかかるというのに。だが、痛いままだ。

 

「治りました。が、痛覚は残ります。報告にもあった通り、早すぎる再生速度は逆に神経系に負荷を与え痛覚をより刺激してしまう可能性があります。今回の実験の最終目的は勇者様に注射することで損耗を抑えることを目的としていますが……肉体よりも先に精神が崩壊してしまう可能性が無視できないためこれ以上の実験は停止させています」

 

ざわつく会議室。

 

「なんということだ……」

「これでは天災の二の舞を引き起こしかねん」

「勇者様に外敵を注射など言語道断……!」

 

無理もない反応だろう。倫理的にも人道的にももうとっくにアウトの領域の話だ。それは何もこの研究に限った話ではない。だけれども、この研究によって勇者システムへの細やかなフィードバックが行われていたことも事実。精霊システムの危険性だってそうだ。だけれども、切り離せるものではない。力には対価がある。

 

「緋月主任!これは、あまりにも人道から外れている!」

「存じ上げています。しかし、人類存亡のためとはいえ年端も行かぬ少女たちを戦わせている我々大社の人間も、とっくに人道なんてものは外れているでしょう。外道は外道なりの考えを持ってやらねば、半端者で終わってしまう。戦うというのなら、覚悟が必要です」

「青二才の小僧が何を言うか……!」

 

正直、こうなることはわかっていた。鷲尾にはすでに言ってあるが、報告会が終わったら多分研究部は閉鎖されるぞと。俺たちのやってきたことはお偉方は認めないだろうと。だから後始末は全部鷲尾に託してある。

 

「会議中失礼します!」

「なんだ、こんな時に」

 

紛糾めいていた会議室の戸が開けられ、血相を抱えた神官が報告に来た。

 

「郡千景様が、ご乱心され、乃木若葉様と戦闘に……!」

「なんだと……!?」

 

その報告をまとめるとこうだ。

千景は実家に帰っていたが、その村の住人に己が獲物の鎌を振るったところを若葉に止められたという。おそらくは精霊の影響だろう。杏の報告書もここでまとめて報告していたため、俺は資料のページ数を読み上げる。

 

だが、報告は続いた。別の神官がまた血相を抱えて飛び込んできたのだ。

 

「た、大変です!」

「今度はなんだ!」

「先ほどバーテックスとの戦闘があり……郡千景様が戦死されたと……」

「なん、だと……!?」

 

バーテックスとの戦闘は時間が止まっている間に起こる。だから、認識したときには終わっている。

全て、手遅れなのだ。

 

 

 




次回、第七話「終焉の時」

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