緋月望は孤独であった   作:Feldelt

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第七話 終焉の時

報告会から二か月が過ぎた。研究部の研究は想定通り停止され、残っていたサンプルや資料などは全て破棄された。この二か月、俺は謹慎処分を受け自宅で軟禁状態だったわけだが、その間の出来事は鷲尾がこと細やかに教えてくれた。

 

郡千景は、大社の記録には残らないことになった。葬儀も行われず、家族で行われたらしいというのが鷲尾の報告だった。

鷲尾には、大社の要職のポストを用意してもらった。それが俺の計画した後始末。すべては俺の狂気じみた研究精神が起こしたこととして悪人を演じ、俺以外の研究部のメンバーに後腐れがないように仕向けた。鷲尾はどうしてそこまでするんだと言っていたが、俺が大社を辞めたいだけだと言ったら理解された。大社の人間は、こんな時代でも地位的に保障される一種の国家公務員だからこその考えだった。もっとも、最大の誤算はその鷲尾がこねた駄々がうまく通ったのか俺は大社の末端のポストに飛ばされるらしいということがつい最近教えてもらったことだ。謹慎はまだ解けないが、鷲尾は嬉々として今度はお前をこき使ってやるからななんて言っている。全く……いい奴だよ。

 

「望さん?」

「あぁ、愛ちゃん。考え事してただけさ」

 

愛ちゃんも天恐がだいぶ回復したのか月に二回の通院でよくなった。今は大社からあてがわれた自宅で二人暮らしをしている。

 

「お姉ちゃんのことですか?」

「いいや、仕事のことだ」

「もう、望さんはいろいろやらかしたって自分で言ってたでしょ?」

「はは、そうだな……ごめんな」

「なんで謝るんですか。私の治療が進んだのは全部望さんのおかげですから、私こそ謝りたいですよ。負担かけて、ごめんなさいって」

「それこそ、謝る必要のないことだって……」

 

今、愛ちゃんは15歳。もう、あの時の舞よりも年上だ。俺は……この子に舞の話をするべきだろうか。舞の最期を。

 

「舞に、似てきた」

「そうですか?お姉ちゃん、家ではけっこうぐーたらだったんですよ?私はいろんなことがてきぱきできるんです。似てませんよ」

「はは、確かに……俺の話をただひたすら聞くだけだった舞には似てないな……それがどれだけ、救いになってたんだろうか……」

「お姉ちゃん、見つからないですね」

「そうだな…………」

 

嘘をつき続けてもいい。真実を話してもいい。だが俺は楽になりたかった。思えばずっと勇者が、世界がどうとかのそういう次元の話をしていて、個人について考えることなんてなかった。舞のことを思い出しても、すぐにしまって目の前のことにただひたすら打ち込むだけ。そんな一種の機械みたいな生活だった。昔みたいに、あの日が来る前みたいに、ただ興味をもったことを調べるだけ調べて話すなんてことを、もう俺はできなくなっていた。

 

「望さん。もういいですよ」

「え?もういいって、何が?」

「教えてください。お姉ちゃんのこと。あの日、何があったんですか」

 

そんな油断が、聡明な彼女に答えを与えてしまった。

2015年7月30日。もう4年も前になるあの日、何が起こったのか。

吸い寄せられるような浅葱色の瞳に、俺は真実を零す。

 

「舞は……俺を、庇って……星屑に喰われた」

「……ッ!」

「だから、見つかりなんて、しないんだ……すまない、黙っていて……言いたくなかった、受け入れたくなかったんだ……」

 

正面にいる少女の両肩を震える手で掴み、声を絞り出す。舞は生きていると言い聞かせていたのは嘘ではない。あれは、舞に似た誰かだったのかもしれない。そう思い込んでいたのもある。だが、他でもない俺がそれを否定する。あれは紛れもなく陽本舞だと。瞼の裏に焼き付いて離れないあの笑顔とあの最期が、それを否定させてくれない。

 

「同時に、俺は怖いんだ、君を、舞と認識してしまいそうになることが……!」

 

ぽっかり空いた心の穴。それを埋めるために舞の妹を『舞』として認識してしまいそうで、それが本当に恐ろしいことだと思った。孤独を埋めるように、代替を求めてしまう。こんなに残酷なことはないだろう。個人も故人も、蔑ろにしてしまうことだ。許されない。

 

「望さん……」

 

少女はただ、俺の背中に両腕を回した。膨らみかけの胸に頭がうずまる。心音が聴こえる。

 

「お姉ちゃんは、やっと安心したと思いますよ」

「舞が……?」

「ずーっと隠してたこと、やっと話してくれたって。そうやって心の赴くままに喋ってくれないと、望さんじゃないって、きっと、そう思ってたんだと思うんです」

 

確かに、俺は舞と話すとき、ただひたすらに心の赴くままに興味のあることを話していた、自然科学への興味をただひたすらに喋って、生物系がより顕著で、自由に喋っていた。あぁ、喋りたいことを喋るだけって、こんなにも難しかったことだったのだろうか。

 

「私はお姉ちゃんじゃないですよ。それは、何回でも言います。でも、だからこそ、私たちの中にはお姉ちゃんがいるんです」

「そう、だね……」

「よく頑張りました、いっぱい泣いていいですよ。私も一緒に、お姉ちゃんと、別れ、ますから……!」

 

二人の嗚咽がただ響く。

──なぁ舞。俺は、君のことが好きだったのかもしれない。君はどうだったんだい?教えてはくれないんだろうな……だから、せめてこれだけは言わせておくれよ。本当に言いたくて、今まで言えなかったことだ。

 

話を、聞いてくれてありがとう。

 

 

 


 

 

 

その日からまたいくつかの夜を越えた先、俺の謹慎が解除され大社本部に顔を出した。

どうやら、戦いは終わったらしい。その事後処理の仕事が俺の役回りということらしいが……本部の様子はややおかしい。もはや末端も末端の俺には入ってくる情報が皆無に等しい。与えられた仕事をつらつらとこなすだけだ。だから、話が通じるやつに連絡を取る。

 

「よ、鷲尾」

「おぉ、緋月。久しぶりだな」

「ずいぶん出世したみたいだな」

「誰かさんのおかげでな。それで?お前が意味もなく人を呼ぶわけないだろ?」

「あぁ。簡潔に何があった?」

「まず、もう敵の侵攻は起きない。そしてここからが重要だが……奉火祭が執り行われた」

「聞き馴染みのない祭りだな」

「要は降伏の儀式だ。俺たち人間はこの壁の外に出ない。そして勇者システムの力を手放すことで天の神から赦されたということだ」

「そうか……俺たちの苦労はこれで全部水泡か」

 

今となっては懐かしい日々が脳裏によぎる。

 

「そのことなんだが……今日のお前の仕事覚えているか?」

「あぁ、書類の整理だったが、全部勇者システムにまつわる研究部のフィードバックデータだったな」

「あれを軸として勇者システムの研究開発を元研究部メンバーでやるらしい」

「神への儚いレジスタンスってわけか、果たす価値のあるものか?」

「そうだと上は考えているようだ」

 

なるほどな、それで俺を呼び戻したのか。

 

「そしてもう一つ、これは噂だが……大赦の体制が大きく変わるらしい」

「ほう、その方が興味があるな」

「だから……変なことはするなよ」

「やけに濁すじゃないか。まぁ、そうだな。そうするよ。変なことした結果二か月謹慎してたわけだしな」

 

後日、鷲尾の言う通り大赦内部では様々な改革が始まっていった。巫女全員に降りたという『神託』は、神樹様が大赦の政治も行うとのことだった。それはそれはもう既得権益にしがみつく神官たちの反発はすごいもので、ごたごたに巻き込まれもしたが『神託』に逆らうことは神樹様に逆らうことだし、何よりもその『神託』を受けているのがあの上里ひなただったということだ。俺も面識があるのだが、前会った時とは雰囲気が全く変わっていた。強い意志に気圧される。そんな雰囲気だった。

 

そうして、改革が進んでいく。

 

 


 

 

──神世紀5年。

俺は『神託』があったということで丸亀城に呼ばれていた。

勇者システムの開発は順調で、何度となくフィードバックを続けては研究開発を続けている。俺は最近は体温が高くなっていることが増えたのだが、体調に影響は及ぼしていなかった。怪我をしてもすぐ治るし、免疫系も強化されているのだろう。すべては5年前の実験のせいだ。結局、副作用なんてものは発見されなかったな……

 

「久しぶりだな、緋月さん」

「あぁ、久しぶりだな。若葉……いや、乃木若葉様」

「若葉でいい。お前からそんな敬称は聞きたくない」

「俺も、そんな柄じゃない」

「お呼び立てして申し訳ございません、緋月さん。ですが神託があったもので」

「構わない。それで、どうして俺をここに?」

 

一呼吸おいて上里ひなたが口を開く。

 

「神樹様から神託がありました。結界内に星屑の反応らしきものがあると。それが、あなたであると」

「5年前の、実験の副作用ってことか」

「はい。いずれあなたはその力を無意識に強め、この四国の結界の中にいても天の神に感知されてしまう危険性があります」

「そうなってしまえば、5年前の和睦が無意味となってしまう」

「だから、俺を殺すのか」

 

俺はやけに冷静だった。若葉は刀を携えているし、この丸亀城本丸はこの二人以外は基本立ち入らない。隠滅には十分だろう。

 

「はい。申し訳ありませんが、人類のために犠牲になっていただきます」

「愛ちゃんは、どうなる?」

「生活を保護するように手配しています。何も、心配する必要はありません」

「そうか、よかった。じゃあ手早くやってくれ。人類のために」

 

不思議と、殺されることに疑問は感じなかった。自分が招いたことなのだから、当然と言えば当然だろう。

 

「お前たちが作ってくれた改良版の勇者システムだ。ありがとう。私達は、これからも壁の外を取り戻すために反抗を続ける。その礎だ」

 

若葉が勇者システムを使い、刀を振るう。その達人の技量に俺は痛覚よりも先にその技に魅了されていた。

 

最期に見えた空は、あの日と同じように、澄んだ青空だった。

舞、いろんな話があるよ。どれから話せばいいかな……




次回、最終話「300年後の君へ」

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