「うわぁ……すげぇ人だなぁ……」
秋名山を登るアルトの車内で、助手席に乗るイツキが沿道に溢れるギャラリーを見てそう呟いた。
「赤城レッドサンズのネームバリューの凄さを実感させられるよな」
アルトを走らせる俊樹も、大勢のギャラリーの姿を見て感嘆の声を上げる。
「頂上まで行くのか?」
「ああ。最初は途中で止めようかと思ってたけど、こんだけ人や車が居ると駐車する場所がねぇよ」
何ヶ所か目を付けていた駐車スペースはすでに他の車が止まっていて全滅しており、ここまで来ると山頂まで登り切ってしまった方が手っ取り早いと俊樹は考えた。
「だけどやっぱ見てるだけでもテンション上がるよなぁ……あーあ、俺も自分の車があればなぁ。お前や拓海が羨ましいよ」
「はははっ、ハチロク欲しいんなら頑張って金を貯めないとな」
沿道に止まっている走り屋の車を見つめながら羨ましがるイツキに対し、軽口をたたく俊樹。
「そう言えばさ、俊樹の家って中古車屋だったよな?」
「ああ、それがどうかしたか?」
イツキの突然の質問に、俊樹は何となく察しがつきながらも質問返しを行う。
「お前の店でハチロクを安く買えたりしないか?」
「うーん、どうだろうなぁ……俺に言われても困るよ、店を経営してるのは親父だからさ」
「はぁ……やっぱそうだよなぁ」
「本気でハチロク探してるなら親父に話くらいは通しといてやるから、何処かのタイミングでウチに来て親父に相談してみな」
溜息を吐いて落ち込むイツキを見て俊樹が譲歩案を出した。
「マジかよ、それなら助かるぜ!」
「まぁあんまり期待はしないでくれよ?」
そんな話をしながら走っていると、やがて頂上が見えてくる。
既に両チームとも揃っている様子だが、互いのチーム間に流れている空気感は凄まじいまでに対極の位置にあるように思えた。
俊樹はスピードスターズの面々が居る方向へアルトを走らせ、適当な位置でアルトを駐車させる。
「どもっす」
アルトから降りた俊樹は、池谷に声をかける。
「おう、2人とも来たのか」
あまり浮かない顔をしながらも、池谷はやって来た2人に返答した。
「交流戦、もう始まっちゃいました?」
イツキがキョロキョロと周りを見渡し始めたと同時に、レッドサンズのメンバーである1人の男がスピードスターズに声をかけてきた。
「タイムアタックの件だけど、予定通り10時頃から始めよう。遅い時間の方が一般車の通行がなくなってやり易いからね」
男がスピードスターズに、今回の交流戦の進め方を話していると、他のレッドサンズのメンバーもスピードスターズの元へやってくる。
「スタートとゴール地点で無線機を2台使ってスタートカウントをするんだ。アタッカーが安心して道中を全開で走れるように、ブラインドコーナーにはオフィシャルを立たせて、対向車が来てる場合は誘導棒やライトを大きく回してドライバーに合図をするってわけさ」
「なるほどな……」
手際の良いレッドサンズに、池谷は敵ながらも少し感心してしまう。
「手慣れた感じだな、レッドサンズの連中……」
「ああ……あちこちでタイムアタックやってるんだろうな」
健二や他のスピードスターズのメンバーは、レッドサンズのやり方を見てヒソヒソと小声で話す。
「それじゃあタイムアタック開始の10時頃まではフリー走行ってことで。お互い楽しく走ろう、ギャラリーも多いことだしな」
男が不敵な笑みを浮かべながら言い終わると、それと同時にレッドサンズのメンバーは各々の車に乗り込み、勢いよくスタート地点を後にしていく。
そんなレッドサンズに対し、地元であるはずの秋名スピードスターズは既に場の空気感に気圧されているのだろうか、誰も走りに出ようとはしない。
「あのー……タイムアタックは誰が走るんですか?」
そんな空気感を知ってか知らずか、イツキが池谷に問う。
「ん……ああ……。健二、心の準備だけはしておいてくれ」
「健二先輩が代表なんですね! 俺、応援してますから!」
イツキが健二に激励を飛ばすが、本人は浮かない顔で苦笑するばかりだ。
そんな様子を見ていた俊樹は、隣に居た池谷に小さな声で話しかける。
「池谷先輩。この前、高橋啓介がスタンドに来た時の話ですけど、本当に例のハチロクを代表として走らせるんですか?」
「……ああ、そのつもりだ」
池谷と俊樹はスピードスターズのメンバーから少し離れた場所に移動する。
「でもそのハチロクの姿が見えませんけど……?」
「10時までにはきっと来るはずさ、そのハチロク乗りと約束したからな」
「えっ……例のハチロクを見つけたんですか?」
池谷がハチロクを見つけていたことに驚く俊樹。
「ああ。本人は来れる可能性は五分五分だと言ってたけどな……」
「……なるほど。もしそのハチロクが来なかった時の代役が、健二先輩ってワケですか」
スピードスターズの面々に流れる重たい空気感を察知している俊樹は、優れない表情の健二を見て少々心配になる。
車の運転と言うのはメンタル面が多大な影響を与える物であり、重度のプレッシャーに
もしハチロクが姿を現さずに健二が走るとなれば、最悪の事態として先日の池谷と同様、今夜も悲惨な事故が怒ってしまうのではないかと危惧してしまう。
(大丈夫かな……?)
俊樹の心配を余所に、大トリを務める高橋兄弟が操る2台のRX-7が頂上から勢いよく発進していく。
恐らくこれから秋名山に集まった大量のギャラリーを沸かすと同時に、秋名山の走り屋とはレベルが違う事を見せつけるための走りをしてくるのだろう。
(少し保険を掛けとくか)
ハチロクが来ない場合の時のことを考えつつ、俊樹は2台のRX-7が走り去って行った方向を見つめるのであった。
・
・
・
「ブースト圧のチェックは?」
「完璧だよ、タイヤの空気圧も問題無しだ」
「へへっ。今夜の交流戦もいただきだな、目じゃねぇよ」
「黙って作業しろって」
パフォーマンス走行を終え頂上に戻って来た啓介のFDをジャッキアップし、何やら数人がかりで整備を始めるレッドサンズの面々。
「何やってんだあいつら?」
そんなレッドサンズの姿を見て、池谷は不審に思う。
「どうやらFDのタイヤを交換してるみたいですねぇ、あのワンボックスにスペアのパーツやタイヤを載せて来てる感じっすね」
「状況に合わせてセッティングをしてるってワケか……本格的にやりやがって」
相手の動きを見ながら俊樹がそう言うと、池谷は小さく悪態をつく。
「レッドサンズの代表は、やっぱり高橋啓介か……」
相変わらず浮かない表情をする健二。未だに気持ちの踏ん切りはついていないようだ。
そんな健二を励ますかのようにスピードスターズの面々が彼の周りに集まる中、俊樹はフラフラとレッドサンズが居る方向へと歩いていく。
「おい、そこの12番スパナ取ってくれ」
「どうぞ」
そこに居るのがさも当然のようにFDの整備を行っている数人の会話に混じり込み、ジャッキアップされたFDの下に居る人物にスパナを渡す俊樹。
「おぅサンキュー……って誰だよ、お前!?」
俊樹からスパナを渡されたレッドサンズのメンバーの1人は、見覚えのない俊樹の顔を見て見知らぬ驚きの声を上げる。
「まぁまぁ、気にしないで下さい。車の下に潜ってる時に気を抜くとヤバいっすよ」
「いや気になるだろ普通!」
至極まっとうな返答をするレッドサンズのメンバーだが、俊樹はそんなことは意に介さずにFDの足回りをチェックする。
「おぉー、すげぇー。金が掛かったブレーキっすねぇ……これ高いでしょ?」
「だから人の話聞けよ!」
もはやコントとも思えるやり取りを2人がしていると、FDの持ち主である啓介が近づいてきた。
「何やってんだよ、整備終わったのか?」
「あっ、啓介さん……実はコイツが……」
先ほどまで俊樹に突っ込みを入れていたメンバーの1人が、啓介の姿を確認すると目線を俊樹へと誘導する。
「お前……あの時の」
「どうも、お久しぶりっす。スタンド以来ですね」
俊樹のことを思い出す啓介に、彼は片手をあげて軽い感じで挨拶をした。
「こんな所で何してんだよ」
「敵情視察ってやつですかね、山でここまで大っぴらに整備してる絵も珍しいモンだし」
ジャッキアップされたFDを見ながら、これまた軽い感じで俊樹はそう話す。
「なるほど、お前もスピードスターズだったのか」
「ちょっと違いますねぇ。オレ、先輩たちのチームには入ってないんで。単なる個人的な興味っすよ」
「へっ、どうだかな。そんなことより、あのハチロクはちゃんと来るんだろな?」
変わらず啓介の興味はハチロクにしかない様で、俊樹にそんな質問をぶつけてくる。
「どうでしょうねぇ。今の所、部外者のオレには分かりませんよ」
「チッ、あくまでもシラを切るつもりかよ。もしあのハチロクが来なけりゃあ、タイムアタックで大差をつけてスピードスターズの連中に大恥かいてもらうだけだぜ」
ハチロク以外のドライバーには目もくれないという雰囲気の啓介。かなり対抗意識があるようだ。
「はははっ、そん時はお手柔らかにしてあげてくださいね。それじゃあ」
そんなことを言いながら、俊樹は啓介の元を後にしてスピードスターズの面々が居る方向へと戻って行く。
「啓介さん、FDの整備が終わりました」
「ああ、サンキュー」
戻って行く俊樹の後ろ姿を眺める啓介に、ジャッキから降ろされたFDのボンネットを閉めたメンバーの1人が声をかける。
「まだタイムアタックまで時間ありますけど、テスト走行はどうしますか?」
「そうだな……少し走ってくる」
啓介はメンバーからFDのキーを受け取ると、整備されたばかりの愛車のFDに乗り込みエンジンを始動させた。
「さっきまでとの変更点ですけど――」
FDの整備を担当していたメンバーから、変更内容を伝えられる啓介。
「……池谷先輩。オレちょっと走ってきます」
「え? あ、ああ。無茶するなよ」
スピードスターズのメンバーの元へ戻った俊樹は池谷にそう伝えると、愛車のアルトに乗り込んでエンジンを始動させる。
そして啓介の乗るFDが頂上から発車しコースへと入って行くのを確認すると同時に、俊樹はアクセルペダルを踏み込んで勢いよくアルトを発進させた。
「お、おいっ俊樹!?」
勢いよく発進するアルトに驚き、池谷は思わず俊樹の名前を呼ぶが、アルトは止まることなくFDの後を追うかのようにコースへ入って行くのであった。
ちょっかい出し過ぎの俊樹君、ついに(勝手に)出走。
そしてストックが無くなったのでコレで終わるかもしれない。