頭文字b -貧乏学生の走り屋生活-   作:ケンゴ

2 / 12
第2話

「そうか、お前は一緒に来れなくなったのか」

「今朝、急に父親から野暮用を入れられてしまって……。すんません先輩、折角誘って貰ったのに」

 

 池谷が3人を秋名山へ連れていくと約束した土曜日の夕方、突如として用事が舞い込んでドタキャンに近い形になってしまった俊樹が、申し訳なさそうに池谷に謝罪していた。

 

「大丈夫だよ、親父さんの用事なんだろ。そっちを優先して当然さ」

「こんな日に用事だなんて、残念だったなぁ」

 

 池谷とイツキが同情に近い言葉をかける中、唇を若干尖らせ不満気味な拓海に、俊樹は苦笑いで両手を合わせる。

 

「なんだよー、お前は来ないのかよ」

「そんな顔すんなよ拓海、用事が早く終わったら合流するからさ」

「合流するったって、お前どうやって秋名まで来る気だよ?」

「車を使う用事だから、それが終わったらその車で向かうさ」

 

 4人はそんな会話をしながら仕事をこなしていると、俊樹が用事のためにいつもより早めにバイトを終える時間となってしまった。

 

「それじゃあ俺はこれで失礼します。お疲れ様でした」

「おう、お疲れ。今夜、秋名に来れると良いな」

 

 俊樹は3人に声をかけて事務所へと入り、タイムカードを押してから更衣室へと向かって着替えを済ませる。

 

「店長、お疲れ様です」

 

 制服から私服へと着替え終えた俊樹が、レジ横で帳簿を確認している店長と呼んだ男性――立花 祐一(たちばな ゆういち)に声をかける。

 

「すいません、急にバイトのシフト時間ズラしてもらっちゃって……」

「気になるな。お前は普段から良く働いてくれてるし、偶にはこういう時があっても良いさ」

 

 笑みを浮かべながら立花は俊樹にそう語る。

 

「そう言ってくれると助かります。それじゃあ、お先に失礼します」

「ああ、お疲れさん。気を付けて帰れよ」

 

 立花に一礼し、彼はバイト先の事務所を後にした。

 

 

 ――それから数時間後。

 閉店となったガソリンスタンドの事務所から出てきたイツキと拓海が、閉店作業を行う池谷へと声をかける。

 

「それじゃあ池谷先輩、お先に失礼しまーす」

「おう、それじゃあ8時にバス停で拾ってやるからな」

 

 池谷は先に帰り支度を終えた2人を見送ると、再び作業へと移る。

 

「好きだなーお前ら。どこの峠に行くんだ?」

 

 そんな様子を見ていた立花が、タバコを吸いながら池谷に声をかけた。

 

「店長、この辺りで走るって言ったら秋名山しかないでしょう。ウチのチームは一応、秋名山最速を宣言してるんですよ」

「秋名山最速を自称してるヤツはゴロゴロ居るぞ」

 

 力強く語る池谷に、立花はニヤニヤと笑みを浮かべながらタバコを吹かす。

 

「俺が現役で走ってた頃には、自他共に認める秋名山最速の走り屋ってのが居たんだよ」

「まさか店長……それは俺のことだ、ってオチじゃあないでしょうねー」

 

 池谷もタバコに火を点け、立花の話に耳を傾ける。

 

「違うよ、本当に居たんだ伝説の走り屋ってのが。しかもそいつは今でも現役で走ってるんだよ、秋名山を」

「今でもぉ? 俺、秋名の走り屋はだいたい知ってるけど、そんな歳食ったヤツ見たことないですけどねぇ……」

「悪かったな歳食っててよ」

「いやぁ、そういうワケじゃあ。あはははっ……」

 

 立花の視線に思わず苦笑してしまう池谷。

 

「お前らとは走る時間帯がズレてるだけさ。そいつは今は、とうふ屋のオヤジだからな」

「はぁ? 伝説の走り屋がとうふ屋ですかぁ?」

 

ニヤリと口元に笑みを浮かべた立花の言葉に、池谷は信じられないという顔をする。

 

「朝の4時とかそんな時間帯に、車に豆腐を載せて秋名湖畔のホテルに卸しに行くんだ。その帰りに空っぽの車で秋名山を下って行く姿は、そりゃあ一見の価値があるぞ。なんせ尋常なスピードじゃねぇからな」

 

 ポンポンと灰皿にタバコの灰を落としながら立花は話を続ける。

 

「何せ商売だから、雨が降ろうが雪が降ろうが毎日走るんだ。年季が違うよ。秋名の峠ならアスファルトのシミひとつまで知り尽くしてる男だからな」

 

 自信満々に語る立花は吸い終わったタバコの吸殻を灰皿に押し付ける。

 

「お前らが今時の速い車に乗って勝負しても、下りならアイツには歯が立たないだろうさ。何なら賭けても良いぜ。秋名山の下り最速は〝とうふ屋のハチロク”だ!」

「秋名最速がとうふ屋のハチロクぅ!?」

 

 池谷の驚いた声が、閉店したスタンド内に響き渡った――。

 

 

 ・

 

 ・

 

 ・

 

 

「うわあぁぁぁっ!!」

 

 秋名山をかなりのスピードで連なって走る数台の車。その内の1台、池谷の運転するS13シルビアのリアシートでは拓海が絶叫していた。

 

「やかましいぞ拓海! 池谷先輩の気が散るだろ!」

「そんなこと言ったって、怖ぇモンは怖ぇんだよ!」

 

 シルビアがコーナーを曲がって行く度に、拓海は悲鳴を上げまくる。

 

「無理もねぇさ、誰だって走り屋の車に乗ったら最初はビビるもんだよ! さぁ次は2速のヘアピンだぞ!」

 

 池谷がステアリングを操作し、シルビアはテールスライドでヘアピンコーナーを駆け抜けて行く。

 

「やめてくれぇぇ!」

「やっぱうるせぇぞ拓海ーッ!」

 

 スキール音と同時に、拓海の絶叫が響く車内。

 それはシルビアが秋名山を登り切るまで続き、頂上に着いた頃には拓海はげっそりとした表情でへたり込んでいた。

 

「大丈夫か拓海? そんな怖がるとは思わなかったから、つい調子こいてガンガン攻めちまったけど……」

 

 辛そうに乱れた息を整える拓海に、心配そうに声をかける池谷。

 

「情けねぇぞ拓海。お前ジェットコースター乗ってもギャーギャーわめくタイプだろ、男のくせにダサダサだよ」

「俺ジェットコースターなんて怖いと思った事ねーよイツキ。お前に説明しても分かって貰えねーよこの怖さは……」

 

 詰め寄るイツキにどこか諦めたようにも見える表情でつぶやく拓海。

 

「何言ってるんだお前……?」

 

 イツキは訳のわからないといった顔で拓海の顔を覗き込む。

 そんな秋名山頂上で、池谷を含む秋名スピードスターズの面々が和気藹々と車談義に花を咲かせていた頃、俊樹はとある自動車整備工場に居た。

 

「お疲れっすー、政志さん居ますー?」

 

 某メーカーの大衆ワゴン車から降りてきた俊樹が工場内でそう声をかけると、二柱リフトでリフトアップされた車の下から男性が出てくる。

 

「おう、トシ坊か」

 

 作業手袋を外しながら俊樹に近付いてくるのは、この自動車整備工場の経営者である鈴木 政志(すずき まさし)

 

「どもっす。親父から聞いてると思いますけど次の仕事持ってきました。どこ置いときます?」

 

 小さいながらも中古車店を経営する俊樹の父親とは昔からの馴染みであり、販売に対して整備などが必要な車両は決まってこの工場に整備依頼をしている。

 そして店の手伝いとして俊樹自身も免許を取る前から頻繁にここを訪れているため、店主である政志とは当たり前のように親しい仲になっていた。

 

「そうだな……その2番リフトの前にでも置いといてくれ」

「了解です」

 

 俊樹は乗ってきた車に再び乗り込み、政志から指定された場所に車を駐車させる。

 

「あれの納車予定は?」

「親父は来週の昼ごろって言ってましたけど、客もそんなに慌ててはいないみたいですね」

「なるほどな。整備が終わったらアイツに連絡するから、それだけ伝えといてくれ」

 

 政志は俊樹から何枚かの書類を受け取りそれを確認すると、その内の1枚にサインを書いて彼に渡す。

 

「了解です。それじゃあ俺はこれで帰りますけど、どの車を引き取ります?」

「おっと、それなんだけどな」

 

 書類を受け取り、帰るために店へと引き取る車の姿を探す俊樹。

 

「帰るんだったらアレに乗って行きな」

「え?」

 

 政志が指を差した方向を見ると、工場の片隅にひっそりと置かれた1台の車の姿があった。

 それは俊樹にとってはとても見覚えのある車であり、驚きの感情と同時に疑問が生まれる。

 

「予定じゃまだ先だったハズですけど……?」

「作業が思ったより順調に進んで、今日あっさりと車検もクリアしちまったからな」

「マジっすか!?」

「ああ。保険もアイツの店名義できっちり契約してあるし、テスト走行も問題なしだ」

 

 車内のグローブボックスから車検証を取り出し、驚く俊樹にその車検証を見せる政志。

 車検証の所有者の欄には神原 俊樹と、はっきりと彼の名前が記載されていた。

 

「うおぉ……マジで名前が載ってる」

「これで正真正銘、お前の車になったわけだ」

 

 車検証を持って感動する俊樹に、政志は車のキーを渡す。

 彼は車の周りを一周したあと、思わずニヤつきながら車内へ乗り込む。

 

「やべぇ……めっちゃテンション上がる」

「廃車から剥いだ中古品だけど、バケットシートとステアリングは俺からの納車祝いだ。大事に乗れよ?」

「はい! ありがとうございます!」

 

 俊樹は嬉々としながらエンジンをかけ、何度かアクセルペダルを煽ってエンジンを吹かすと、それに連動してタコメーターの針が上下に動く。

 普段から店の手伝いで車を運転しているため新鮮味とは縁遠いその行為であったが、彼は何とも言えない高揚感に包まれていた。

 

「これからよろしくな……相棒」

 

 ニヤつきが止まらない顔のままステアリングを撫でながら、彼はそっと静かに呟いた――。 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。