頭文字b -貧乏学生の走り屋生活-   作:ケンゴ

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第4話

 俊樹が愛車であるアルトの存在を拓海とイツキに紹介していると、秋名山を下って行った秋名スピードスターズが続々と帰ってくるが、メンバー各自の表情は曇り顔であった。

 

「すげぇよアイツら……根本的になんか違う」

「赤城は走りのレベルが高いって聞いてたけど、これほどまでとは思わなかったな……」

 

 暗い雰囲気のなか、スピードスターズの面々は赤城レッドサンズに対するそれぞれの印象を話す。

 

「走り慣れてるホームグラウンドの秋名山で、ヨソ者にチギられるなんてすげぇショック……」

 

 健二も相当落ち込んだ顔をして、自身の愛車である180SXの前で力なく呟いた。

 

「あいつら足回りにも金かけてるしエンジンのパワーも出てるからな……レッドサンズに張り合おうなんてムチャだよ」

「けど地元が逃げるわけにはいかねぇだろ……やると言ったからにはやるしかねぇよ!」

「でも根性だけじゃアイツらには勝てねぇよ」

「そりゃあそうだけどよぉ……」

 

 そんなメンバーたちの話を聞いていた池谷も浮かない表情をしていたが、あくまでもチームリーダーという立場上、少し強めの声色で言葉を出す。

 

「今日はもう遅いから解散して、明日またどっかで打ち合わせしよう。場所が決まったら連絡する」

 

 池谷の一言で秋名スピードスターズのメンバーたちは続々と車に乗り込み、秋名山を後にしていく。

 

「悪いな3人とも。誘っておきながらこんなことになっちまって」

「い、いえ。そんなこと無いっすよ!」

 

 イツキがぶんぶんと凄い勢いで首を横に振る。そんな姿を見て、池谷も少し表情を柔らかなものにした。

 

「走り屋って負けず嫌いな奴が多いんだよ、自分の事は相当速いと思い込んでるからさ。走りの事になるとついムキになっちまう」

 

 池谷は静かに話し始める。

 

「ふだん走り慣れてる峠でよそ者に負けることほ情けねぇことってないからな。だから地元はよそ者には負けちゃいけないんだ、それは走り屋のオキテみたいなモンだ」

 

 どこか遠い目をしながら、池谷は自分の愛車であるシルビアを見る。

 

「お前らも走り始めれば俺達の気持ちがわかるようになるかもな……。しかし俊樹が車を買ってた事にも驚いたよ」

「まぁ買ったというか何と言うか……元々この車、ウチの店で使ってた代車だったんですよね」

 

 俊樹は実家が小さいながらも中古車屋を営んでいることを説明しつつ、アルトが愛車になった経緯を話す。

 

「少し前に新しい代車用の車が来て、お役御免になったコイツを免許取得祝いに譲って貰ったって感じです」

 

 どうせ免許取りたての学生ならこんなので充分ですしね、と俊樹は言葉を続けた。

 

「ってことはタダってことかよ。くぅ~っ、ますます羨ましいぜ!」

「でもこれ、お前の嫌ってるFF車だぞ」

 

 意地悪くイツキを茶化す俊樹に、先ほどまでの暗い空気を感じさせない笑い声が聞こえてくる。

 

「それじゃあ、そろそろ帰るか……拓海とイツキは俺の車に乗りな」

 

 池谷は行きと同様に2人をシルビアに乗せると、アルトに乗り込もうとした俊樹に声をかけた。

 

「お前はどうするんだ?」

「オレはしばらくココで運転の練習していきますよ。車が納車されたらそうしようと思ってたんで」

 

 そう言いながらアルトのエンジンをかける俊樹。

 

「そうか、じゃあ俺たちは帰るから。気を付けて運転しろよ」

「ええ、お疲れ様でした」

 

 俊樹は池谷にそんな声を掛けながら、シルビアの車内に収まるイツキと拓海にも手を振って別れを告げると、3人はシルビアでその場から走り去って行った。

 それをアルトの車内から見届けた俊樹は暫く時間をおいて軽くアクセルペダルを煽ると、アルトから子気味良いエンジンサウンドが聞こえてくる。

 クラッチを踏み込みギアを1速に入れ、ゆっくりとアルトは発進してコースイン。

 

「さてと……それじゃあ練習開始と行きますか」

 

 気合を入れた俊樹は、秋名山を下り始めたアルトのアクセルペダルを何の躊躇も無く全開にした。

 搭載されるK6A型エンジンが唸りを上げ、わずか600キロ程度しかない軽量さも合わさり、アルトの車体は思ったよりも鋭く加速していく。

 

「良いね……やっぱこれだよ」

 

 テンポよくギアチェンジしていき、もうすぐ4速にシフトアップしようかと言うタイミングで、第1コーナーである大きく左に曲がるコーナーが現れる。

 俊樹がステアリングを進行方向に傾けアクセルペダルを踏み込む足の力少し緩めると、アルトは綺麗に弧を描くようにコーナーの曲率に沿って曲がって行った。

 

「今のは大体イメージ通りに曲がれたし……思ったよりも良さそうだ」

 

 何かを確信したような表情でアルトを走らせていく俊樹は、休憩を挟みつつ気が済むまで秋名山を往復し続ける。

 その途中、赤城レッドサンズの車と何度かすれ違ったりする事があったが、向こうはこちらに対して全く興味が無いのか頂上で同じタイミングで休憩していても無反応だった。

 先ほど秋名スピードスターズの走りを確認して、秋名の走り屋は恐れるに足らずと言った評価を下した彼らにとっては、秋名を走る車に対しては当たり前と言えば当たり前の対応である。

 増してや俊樹の乗るHA23V型アルトバンという車は、一般的な走り屋たちが好む車とは縁遠い存在であるため、そもそも最初から相手にしていないという感じだが、変に因縁を付けられる可能性などを考えれば相手の事を気にせずに走り回れるので、俊樹にとっては好都合だった。

 

「おっと、もうこんな時間か……流石に帰るとするか」

 

 気が付けば時計が示す時刻は朝4時近くになっており、そろそろ空が白んでくる頃合いだ。

 ちらりと反対側に居る赤城レッドサンズのメンバーを見ると、彼らもそろそろ帰り支度を始めている様子が見受けられる。

 

「それじゃあお先に失礼しますよっと」

 

 レッドサンズの面々に聞こえるはずもない軽口を叩き、アルトをゆっくりと出発させる俊樹。

 法定速度を遵守しながら、先ほどまで走り込んでいた秋名山を下って行く。

 

「いやー、思ったよりも楽しい車になってるなぁ」

 

 自分の愛車となる際に幾つかのチューニングを施し、代車として活躍していた頃とは全く違う顔を見せるアルトに、俊樹はご満悦の様子だ。

 彼自身は学生と言う身分の為、バイトをこなしているとはいえお金に余裕がある訳では無い。

 金銭的な面で他の車ユーザーと比べると不自由な点はあるが、そんな中で自分なりに楽しめる車に仕上がっているアルトに思わず顔が綻ぶ。

 

「やっぱ安上がりで楽しめるのは良いよなぁ」

 

 しみじみとそんな事を思っていると、後ろから光が迫ってきているのがバックミラーで確認できた。

 それは凄まじい勢いで着々とこちらへと追いついて来てくる。

 

「レッドサンズの車かな?」

 

 俊樹はハザードを点灯させてアルトの速度を落とし、コーナーを抜けた先の短い直線の途中にある待避所にアルトを停車させる。

 速い車が迫ってきている場面では、こちらが後ろからやってくる車に進路を譲る方が得策だ。

 

(いや、2台来てる……?)

 

 ドアを開けて外に出る俊樹。聞こえてくるエンジンサウンドに耳を澄ますと、どうにも2台分の音が聞こえてくるような気がする。

 それもかなりアクセルを踏み込んでいる様子で、エンジン音的にはどちらも攻め込んでいる印象を受けた。

 

「来たっ……!」

 

 やがて後ろから迫って来ていた2台の車のが姿が見えてくる。

 先行して走る車は先ほどまで見かけていた赤城レッドサンズの黄色いFD。なるほど、確かにあの車であればこの速度で走って来るのも理解できる。

 そしてそのFDの後ろにピタリと食いついて走る車の姿も見えてきた。

 

「は、ハチロクじゃねぇか!?」

 

 FDを背後から攻め立てる車――白と黒のツートンカラーのAE86型スプリンタートレノ、通称ハチロクの姿を確認した俊樹は驚きの声を上げた。

 

(レッドサンズのFDがハチロクに追いかけ回されてるだと……!?)

 

 先ほどまで何度もレッドサンズのFDの走りを見ていた俊樹は、それなり腕の立つドライバーと言う印象を受けていたが、そんなFDをまるで邪魔者扱いするかのように後ろから攻め立てるハチロクの姿にただ驚くしかない。

 そして2台が目の前を凄まじい速度で通過していくの見届けると、ふとこの先のコースレイアウトを思い出す。

 

「――って、この先は……!」

 

 俊樹の前を通過していく2台の先にあるのは、曲率の緩い右コーナーとその後に現れる左に曲がるヘアピンコーナーだ。

 2台の姿を目で追いかける俊樹が見たのは、右コーナーの先にある左ヘアピンコーナーを意識してブレーキランプを点灯させるFDと、減速の気配を一切させずにFDを一気に追い抜くハチロクの姿だった。

 

(おいおい……! あのハチロク、コースを知らないのか!?)

 

 もはや自殺行為とも見受けられるスピードで最初の右コーナーへ進入していくハチロク。

 そんな状態で右コーナーを曲がり終える頃には、ハチロクはテールスライド状態を引き起こしていた。

 

(スピードが速すぎて遠心力でリアが振り出されてる……! そんなんじゃ曲がりきれねぇ!)

 

 そのまま明後日の方向を向いてガードレールへ突っ込んでいくハチロクの姿を想像してしまい、思わず俊樹の身体が強ばる。

 おそらく後ろを走るレッドサンズFDのドライバーも、同じことを考えているだろう。

 

「止まれッ、ぶつかるぞ!」

 

 ハチロクのドライバーに聞こえるはずもないが、そう叫ばずにはいられない俊樹。

 しかし仮に彼の声が届いていたとしても、ハチロクが減速して姿勢を立て直すスペースは何処にもない。

 嫌なものを目の前で見せられた、と最悪の事態を覚悟する俊樹だったが、その刹那に彼の目には驚きの光景が広がった。

 

(なっ……何だとぉ!?)

 

 ハチロクが一気にステアリングを進行方向に切り込むと同時に、急激な荷重変化を起こしたハチロクのリアはあっさりと逆方向へと吹っ飛んでいく。

 最初の右コーナーをテールスライドを引き起こすキッカケに使い、完璧な姿勢でドリフト体勢に入ったハチロクはそのままの勢いで左ヘアピンコーナーへ進入し、見事にコーナーを駆け抜けていくのであった。

 

(か、慣性ドリフト……!?)

 

 紛れも無い超高等テクニックをあっさりと目の前で披露された俊樹は、あまりの状況に目を見開くしかない。

 そのハチロクについて行こうとレッドサンズのFDも左ヘアピンに進入していくが、どう見てもコーナーの曲率に対してスピードが速すぎる。

 結果的にFDはコントロール不能な状態へと陥り、FDのドライバーはガードレールへの接触を避けるためか、ブレーキを踏み込んでFDの車体を道路上にとどめることを選んだ。

 

「あ、危ねぇ~……」

 

 ハチロクとFDの動きの一部始終を見ていた俊樹は、2台が無事に道路にとどまったことに対して胸を撫で下ろす。

 俊樹はFDのドライバーが気になりすぐにアルトに乗り込むと、ハザードを点けながら走行してFDの傍まで寄せて停めた。

 

「大丈夫っすか?」

 

 FDに駆け寄りドライバーに声をかける俊樹。

 ドライバーである高橋 啓介は、ああ……と短く返事をしてフラフラと車外へと出てくる。

 

「俺は……秋名山で死んだ走り屋の幽霊でも見たのか……」

「え?」

 

 ハチロクが走り去って行った方向を呆然と見つめながら、啓介は呟き始める。

 

「一つ目の右コーナーでケツを振り出したのは、次の左コーナーに対する姿勢作りのフェイントモーションだった……腹立つくらいの完璧なスーパードリフトじゃねぇか……!」

「そう、っすね……」

 

 その口から放たれる言葉は、悔しさを混じらせながらもハチロクに対する尊敬の念を含んだものだった。そしてそれは俊樹も同じである。

 

「お前は地元だから何か知ってるんじゃないのか。あのハチロク、いったい何者なんだ?」

 

 啓介は俊樹に向かって問いかけるが、彼は静かに首を振る。

 

「わかりません。俺は今日この秋名山に初めて来たし……」

 

 厳密に言えば過去に何度かこの秋名山を走ったことはあるが、この現状ではそんな事は関係なく、むしろ話がこじれるだけだと判断して多少の嘘を織り交ぜる。

 

「俺に分かるのは、赤城レッドサンズの黄色いFDを軽く振り切ってしまうくらいの、バカげたハチロクがこの秋名山に居るって真実だけっすよ」

 

 徐々に空が白んでくる中、俊樹は先ほどのハチロクの走りを思い出すのであった。

 




ようやく走りのシーンが出てきた。
原作あるとストーリーが進めやすいですね(?)
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