頭文字b -貧乏学生の走り屋生活-   作:ケンゴ

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第5話

「間違いない、このとうふ屋だ」

 

 赤城レッドサンズと遭遇した翌日、池谷はとある商店通りの中に位置するとうふ屋の前に居た。

 

(これが……店長の言ってた秋名山の下り最速マシンなのか)

 

 店舗横に駐車してある車――白黒のAE86型トレノを見ながら、池谷は立花から昨日聞かされた話を思い出す。

 

(パッと見たところ、どこにでもありそうな普通のハチロクだ。初期型のGTアペックスで、外観はワタナベのホイールとフォグランプを付けている以外はノーマルっぽいな)

 

 池谷は目の前に止まってあるハチロクを観察するが、この車が秋名山最速だとは想像できなかった。

 

(確かに下りならパワーの差は小さくなるけど、物事には限度ってモンがある。こんな古い車が、今の新しい車より速いわけねぇぜ)

 

 ふぅ、と一息ついて頭をポリポリと掻く。

 

「わざわざこんな車を探しに来るなんて、俺もどうかしてるな」

 

 池谷は自嘲気味に呟きながら路肩に止めてあったシルビアに向かって歩み出したが、ふと誰かから呼び止められた。

 

「あれっ、池谷先輩?」

「えっ、拓海!?」

 

 思わぬ人物から声を掛けられた池谷は少し驚く。

 

「何やってんすか、こんなとこで」

「もしかして、ココお前の家なのか!?」

「ええ、まぁ」

 

 件のとうふ屋――藤原とうふ店と掲げられた看板が設置された店に、さも当然のように入ろうとしている拓海を見て、池谷は更に驚くのであった。

 

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「それにしても先輩、俺ん家の前で何やってたんですか?」

 

 シルビアの助手席に座る拓海が、ステアリングを握っている池谷に至極まともな質問をぶつける。

 

「いや、まぁ……たまたま近所に用事があって通りがかったんだ。しかしお前、本当に車のこと何も知らねぇんだなぁ」

 

 まさかお前の家の車を見に来た、などとは言えない池谷は話を適当に合わせ、本音を誤魔化すことも含めて話題を変えた。

 

「昨日イツキ達との会話でハチロクなんて知らないって言ってたけど、お前の家にあるあの車がハチロクなんだよ」

「えぇ? ちょっと待ってくださいよ、あれはハチロクじゃないっすよ。確か後ろにトレノって書いてましたよ」

「だからさぁ……そのトレノがハチロクなんだよ。AE86って型式のトレノとレビンをひっくるめて、ハチロクって呼んでるんだよ」

「はぁー?」

 

 2人の勤務先であるガソリンスタンドへ向かう際の車内で、そんな会話を繰り広げる池谷と拓海。

 そして2人がガソリンスタンドへ到着して仕事を開始すると、先に仕事をしていたイツキと俊樹も加わり、拓海の家にあるハチロクについての話が始まる。

 

「ええ!? 拓海の家にハチロクがあったぁ!?」

 

 大声で驚きの声を出すイツキ。そんな驚くことなのかと、当の本人である拓海は大きく欠伸(あくび)をする。

 

「それマジっすか先輩」

「ああ、マジだ」

 

 俊樹も少し驚いた表情で池谷に再確認すると、池谷は首を大きく縦に振った。

 

「拓海ぃ! なんで内緒にしてたんだよぉ!」

「だって仕方ないだろ、知らなかったんだからさ。トレノならトレノって言ってくれよ、普通の人はハチロクなんて言い方しねーよ」

「まぁ確かになぁ」

 

 当たり前すぎる拓海のツッコミに、イツキや池谷は呆れた顔をし、俊樹は苦笑しながら拓海に同情する。

 

「それより拓海、物は相談なんだけどさぁ」

 

 イツキが拓海の肩に手を回し、媚びるような声で喋り出す。

 

「そのハチロクをさぁ、来週の土曜日に借り出せねぇかなぁ?」

「何でだよ?」

「決まってるだろ、俺らもスピードスターズとレッドサンズとの交流戦をギャラリーしに行くんだよ! 昨日の一件以来、走り屋の世界にぞっこんなんだよ。お前だって、赤城最速と言われる高橋兄弟の走りを見たいだろ!?」

「いや、別に?」

 

 イツキは力強い言葉で誘うが、拓海は相変わらず興味が無いと言った顔で答える。

 

「てめーっ! 友達に対してそうゆうコト言うかぁ!」

「い、痛いっ、痛いっ! 離せイツキ!」

 

 拓海は首を絞めてくるイツキの体に抗議の意味を含めてバシバシと手で叩く。

 

「なぁ頼むよ拓海ー、土曜日にハチロク乗ってきてくれよぉ!」

 

 土下座をする勢いのイツキに若干気圧される拓海は、ふと俊樹が車を買った事を思い出した。

 

「そんなに行きたいなら俊樹に頼めば良いじゃんか」

「おいおい、そこでオレに振るなよ。イツキはハチロクに乗りたいからお前に頼んでるんだしさ」

 

 厄介事を押し付けるな、と言わんばかりに俊樹は手をパタパタと振っていると、給油客が来店してくるのが見えた。

 

「お前ら、お客さんだぞーっ」

「はーいっ、いらっしゃいませー!」

 

 池谷の声に反応した俊樹が、池谷と共に給油客の元へと駆け寄る。

 

「頼んだからなー拓海!」

「そう言われてもなぁ……」

 

 シフトの終了時間までイツキと拓海は、そんな言い合いをしながら仕事をこなすのであった。

 

 

――数時間後。閉店となったスタンドのピット内で、池谷は愛車であるシルビアをジャッキアップして整備を行っていた。

 その傍らには池谷の様子を見に来た、健二らスピードスターズのメンバーの姿がある。

 

「よぉ、新品のタイヤ入れてんのか……奮発したな」

「とりあえずタイヤだけでもハイグリップ系にしてタイム稼がないとな……」

 

 近くに置かれたまだラベルすら剥がされていない新品のタイヤを見ながら、池谷はそう答える。

 

「ついでにブレーキパッドも効きの強いヤツに交換するんだ。峠の下り(ダウンヒル)はブレーキがキモだからな……っと、そこのスパナ取ってくれ」

「了解っす」

 

 池谷の手にスパナを渡す俊樹。池谷がシルビアを整備するその横には、リアをジャッキアップされた俊樹のアルトの姿もあった。

 

「やるのか……池谷」

「ああ、下りは俺が走る。死ぬ気で秋名山の下りを攻めてみせるさ」

「あんまりムチャするなよ……下りはワンミスが命取りだからな」

「わかってる。でも少しはムリしねぇとな……地元の意地があるじゃん」

 

 心配そうに声をかける健二だが、池谷は決意を固めた様子でそれに答えながら、作業をする手を動かしていく。

 

「……ふぅ。とりあえずこんなモンだ、あとは走りながら細かく調整していくしかねぇな」

 

 作業がひと段落つき、池谷はジャッキアップされたシルビアを地上に降ろす。

 その様子を見ていたスピードスターズの面々や俊樹は、池谷に労いの言葉をかけた。

 

「じゃあ秋名に試走しに行こう」

 

 池谷がシルビアのエンジンをかけると、スピードスターズの面々も車に乗りこみ、スタンドを後にしていく。

 

「終わったのか?」

 

 池谷もシルビアに乗り込もうとした所で、店長である立花が声をかけた。

 

「ええ。すいません、ちょっと長引かせちゃって」

「気にするな。それよりも気を付けるんだぞ」

 

 立花の忠告を受けて、池谷は一礼をしながらシルビアの乗りこんでスピードスターズのメンバーの後を追うように、秋名へと向かっていく。

 

「……大丈夫っすかね、池谷先輩」

 

 走り去って行くシルビアの姿を見送った俊樹は、少し不安そうに立花に問いかける。

 

「どうだろうな。赤城のチームとの事に対しては、随分と入れ込んでるみたいだしな」

 

 立花も俊樹と同じ感情を抱いてるようで、心配そうにスピードスターズが走り去った方向を見つめながらタバコを吹かす。

 

「お前はどうするんだ、山に行くのか?」

「一応そのつもりです。練習したいってのもあるし、池谷先輩たちの事も少し気がかりですし」

 

 新品のハイグリップタイヤや効きの強いブレーキパッドを用意しているあたり、レッドサンズとの交流戦をかなり意識している様子の池谷。

 テクニックの差は歴然としていることは嫌でも思い知らされているだろうが、それ故に幾分かの無茶をするのではないかと俊樹は危惧していた。

 

「お前は池谷のチームと赤城のチームとの交流戦はどう思ってる?」

「……正直な話をすると残酷な結果になるんじゃないですかね」

 

 立花のある意味で意地の悪い質問に、少し躊躇いつつも自分の思いを素直に話す俊樹。

 

「車に乗り始めて日が浅い俺から見ても、向こうのチームとは悪い意味で走りのレベルが違いますし。まぁ向こうもそれを分かってて、先輩たちを挑発してきたんでしょうけどね」

 

 相手のやり口も汚いっすよね、と昨夜に見たレッドサンズに対する正直な感想も交える。

 

「でも少し気になる事もあるんですよ。実は昨日、秋名山から帰るときにレッドサンズの黄色いFDがブチ抜かれる瞬間を目の前で見たんです」

「ほぉ。FDというとRX-7の最終モデルか。お前の口ぶりからすると、相当速そうなヤツだな」

「実際速いと思いますよ。赤城レッドサンズのNo.2メンバーらしいし、雑誌にもちょくちょく取り上げられてるみたいです。そんな相手があっさりと追い抜かれたんですよね」

「それは凄いな。FDをブチ抜いた車種は何だったんだ?」

 

 何となく察しがついているような表情を浮かべながら、立花は煙草の灰をポンポンと灰皿に落とす。

 

「ハチロクのトレノでした。完璧に慣性ドリフトを使いこなしてましたね」

 

 俊樹が昨夜に見たコーナーを鮮やかに駆け抜ける白黒のハチロクの姿を思い出していたその頃、秋名山では池谷が真剣な面持ちでシルビアを走らせていた。

 

「ちぃッ……キツいぜ……!」

 

 暴れる車体を何とか制御しながら、池谷は秋名の山を下って行く。

 

(今までコーナーとも思ってなかった場所でさえ、恐ろしいコーナーに化けていく……!)

 

 2速にシフトダウンしコーナーへ進入するが、少しオーバースピードだった為か、シルビアはあっさりとテールスライドを引き起こす。

 慌ててカウンターステアを当てて姿勢を立て直そうとする池谷だが、上手くいかないのか忙しなくステアリングを操作していた。

 

(改めて下りの難しさを思い知ったぜ……走り慣れてるはずの秋名山が、まるで別人のように牙をむいてきやがる……!)

 

 四苦八苦しながらも秋名の山を下り終え、ゴール地点が近付くと首から下げているストップウォッチを停止させるが、表示されていたタイムは思ったよりも芳しくない。

 

「調子はどうだ?」

「駄目だ、ノれてねぇよ。足回りのバランスが崩れたのか、動きがぎくしゃくしてる」

 

 頂上まで帰ってきた池谷は健二にそう問われるが、あまり浮かない表情で答える。

 

「それはそうと、今夜も見かけたぜ。レッドサンズの黄色いFD」

「高橋兄弟の弟か……たまんねーよな、すげぇテクニック持ってるドライバーに、あんだけ熱心に練習されちゃあな……」

 

 秋名山を攻めながら、時折すれ違う啓介が操るFDの姿を確認していた池谷。

 そんなFDが池谷達の目の前でUターンし、再び秋名の山を下り始めていった。

 

(今夜も現れない、あの時のハチロク……地元の人間じゃ無かったのか?)

 

 FDが凄まじい速度でコーナーを駆けて行く。

 

(いや、そんなはずはない。あの走りは秋名の峠を熟知しているヤツに決まっている)

 

 途中、秋名スピードスターズのメンバーをあっさりとパスする。

 

(もう一度あいつに会いたい……リベンジかましてやらなきゃ俺の気が収まらねぇ!)

 

 軽やかにステアリングを操作し、コーナーをドリフト状態でクリアしていく。

 

(出て来い、秋名の幽霊! スピードスターズなんざどうでも良い。俺はお前に会いに来てるんだ!)

 

 内に秘める熱い心を、そのままドライビングに反映させる啓介。

 黄色いFDは文字通り弾丸となり、秋名山を何往復も駆け抜けていくのであった。




とうふ屋のハチロクついに登場。
そして俊樹君が何気にヒドいこと言ってる。
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