「うおお! 流石ドリフトキング、たまんねーよぉ!」
「アクセルワークだけでコントロールしてるもんな」
ガソリンスタンドの事務所内で、車がドリフト状態で走っているビデオ映像を見ながら盛り上がるイツキと池谷。
「俺達もこんな風にカッコよくドリフト決められるようになりてぇよなぁ!」
「ああ……」
「見ろよこのドリフト! 凄すぎるぜ!」
「ああ……」
興奮するイツキに対し、雑誌を読みながら適当な相槌で返事を繰り返す拓海。
「あのなぁ拓海ぃ。お前さっきから気の抜けた返事ばっかしてるけど、ドリフトって知ってるのかよぉ?」
「バカにすんなー、それぐらい俺だって知ってるよ」
拓海は読んでいた雑誌から視線を外し、イツキの方を見る。
「じゃあドリフトってどういう事なのか言ってみろ」
「ええっと……カーブで……」
「カーブって言うなダセェから。走り屋はコーナーって言うんだよ」
腕組みをしながら突っ込みを入れるイツキ。
「あっそう。だからさ、そのコーナーでさ。車が内側に行きすぎないように、前のタイヤをこうやって流すんだろ」
「はぁー?」
拓海が両手でステアリングを握る形を表しながら説明すると、イツキと池谷は目を見開いて困惑の表情を浮かべると同時に、腹を抱えながら大爆笑を始めた。
「勘弁してくれよ拓海ぃ!
「ドリフトってのはフロントタイヤじゃなくて、リアタイヤを流すんだよ。お前っておかしいよ、サイコーだよ拓海」
「ホントですよねー、あははは!」
爆笑しながら拓海にドリフトの解説をするイツキと池谷に対し、拓海は何が間違っているのかあまり理解できていない様子で首をかしげる。
そんな3人の様子を、先ほど出勤したばかりで更衣室から出てきた俊樹と、それと同じタイミングでトイレから戻ってきた立花は疑問に思った。
「皆で楽しそうに笑ってるけど何事?」
「いやー、拓海が相変わらずボケたこと言うからさー」
未だに笑いが止まらないイツキが俊樹にそう言うと、俊樹と立花もなるほどなーと言った納得の顔をする。
「おっと、お客さんだぞ!」
「俺、先に行って誘導して来ます」
事務所の窓から給油客がやって来るのが見えた立花は4人にそう伝えると、拓海がまず給油客に向かって走り出し、給油場まで誘導を開始する。
「いらっしゃいませー!」
帽子をかぶり直しながら拓海の後を追う池谷は、入ってきた給油客の車種を見て驚く。
(黄色のFD型RX-7……高橋 啓介か!)
拓海は誘導を終えると運転席に近づく。
「ハイオク満タンだ」
「はい。ハイオク満タン入りまーす!」
拓海が給油ノズルを引っ張り出し、FDの給油口にセット。そして池谷が前の窓、俊樹が後ろの窓を拭き始める。
そんな給油の間、FDのドライバーである啓介はじっと何かを感がる様子を見せていたが、ふとバックミラーに写る俊樹の姿を確認すると同時に、前側の窓を拭いているのが池谷だという事に気付く。
「随分と熱心ですね、お客さん」
池谷もそんな啓介の雰囲気を感じ取ったのか声をかける。
「どっかで見たシルビアと顔だと思ったら、やっぱりスピードスターズか。それなら、一つ聞いても良いかな。あんたなら多分知ってるだろ?」
「……何でしょう?」
無視を決め込んで仕事をこなそうと思っていた池谷だったが、そういった言い方をされると客相手に無視をするわけにもいかなくなる。
「秋名山には鬼みてぇにばかっ速いハチロクの幽霊が出るだろ?」
「……からかうのは止めてもらえませんかね、お客さん」
予想の遥か斜め上の質問をされて、池谷は思わず悪態をついてしまう。
「まぁ幽霊ってのは俺の冗談だけどな。白黒のパンダトレノで見た目は普通のハチロクだけど、中身は途方もないモンスターだ」
啓介が池谷にそう話す間、給油の対応をしている拓海はFDのリアにそびえたつ大きなリアウイングを眺めていた。
「すげーなこれ、空でも飛ぶんか?」
「あのなぁ、車が空を飛ぶわけねーだろ」
拓海の素っ頓狂な疑問に対して突っ込みを入れるイツキと、それを聞いて苦笑しながら窓を拭き上げる俊樹。
「後ろの窓を拭いてる若いヤツは知らなかったみてーだが……あれほどの車だ、秋名をホームにしてる地元の走り屋が知らないワケねーだろ?」
「あんた……何言ってんだ?」
「フッ、ばっくれやがって……まぁ良いさ。土曜日の交流戦に向けた秘密兵器のつもりならこっちも望むところだ。あのハチロクのドライバーに伝えておけ。この前チギられたのは、コースに対する熟練度とハチロクが相手だという油断だ、俺は同じ相手に2度は負けねぇってな」
給油を終えてエンジンをかける啓介は不敵な笑みを浮かべて、困惑する表情の池谷に言い放つ。
「ありがとうございましたー!」
拓海の誘導でガソリンスタンドを後にするFDの姿を見つめながら、池谷は呆然と立ち尽くす。
(高橋啓介が負けたぁ? 一体どういうことだ……そんなハチロク、俺だって知らねぇぞ!)
先ほど啓介から伝えられた事実を頭の中で整理していると、ふと立花の言葉を思い出し、FDの誘導を終えてスタンド内へ戻ってくる拓海の方を見る。
(確か……拓海の家にあるハチロクもパンダトレノだった!)
その事実に気付いた池谷は、全身に鳥肌が立つような感覚を覚える。
(まさか店長の言ってた話は本当だったのか……今でも秋名下り最速のハチロクは実在するってのか!?)
混乱する頭の中を必死に整理する池谷は、啓介から告げられた言葉の中でもう一つ気になる事があった。
「なぁ俊樹」
「はい?」
FDの窓を拭いていたタオルを片付けている俊樹は、池谷に呼ばれて顔を向ける。
「お前、高橋啓介と面識があったのか?」
池谷達が啓介と初めて言葉を交わしたのは、先日の土曜日の秋名山頂上。そのとき俊樹はまだ山頂には居らず、啓介が俊樹の存在を確認していることは無いはずだ。
「面識ってほどのモンじゃないですけど……この前2つ3つ言葉は交わしましたよ、秋名山で」
「秋名で……?」
「ええ。さっきの高橋啓介の話に出てきたハチロクですけど、実は俺も見てるんですよ」
「何だって!?」
思わぬところで新情報が出てきた上、目撃者が居る事に驚く池谷。
「先輩たちも初めてレッドサンズと出会ったこの前の土曜日、オレの目の前でレッドサンズのFDを白黒のハチロクトレノがブチ抜いて行ったんですよ。めちゃくちゃ完璧なスーパードリフトを披露しながら」
「あの日にそんなことがあったのか……」
「その時にオレも聞かれたんですけど、流石に免許取りたてのヤツが知ってるわけないですから。とは言えまさか池谷先輩たちも知らないのはちょっと変ですよねぇ……」
何処か腑に落ちない表情で話す俊樹を見て、池谷は自分の中にあった疑念が確証に変わる。
(間違いなく居る、秋名下り最速のハチロクが……!)
拓海の家――藤原とうふ店に駐車されていたパンダトレノの姿を池谷は思い浮かべた。
「くそっ、またダメだ……!」
仕事が終わると秋名山を攻め込むことが、もはや日課となりつつある池谷は、秋名山を下り終えて車を止めると、ストップウォッチに表示されるタイムを見て苦い表情を思い浮かべる。
「こんな恐ろしい思いをしても、タイムは一向に縮まらねぇ……!」
先ほどまでの走りは池谷が考える限界ギリギリの走りだった。しかし、数字は無情にもそれが速くはない事を証明していた。
(今までアクセルさえ踏み込めばタイムは勝手に縮まるモンだと思ってけど、そんな甘いモンじゃない……)
モータースポーツ経験が豊富な赤城レッドサンズとは違い、秋名スピードスターズはタイムを詰めるトライなどはしたことがなかった。
(このままじゃ到底レッドサンズには太刀打ちできない……俺のテクニックなんてこの程度だったのか……!)
絶望的とも捉えられる表情の池谷を
すでに地元であるスピードスターズよりも、秋名山を速いペースで走る事が可能になっているレッドサンズ。
その事実が、池谷をはじめとするスピードスターズの面々を精神的に追い詰めていた。
「池谷……大丈夫か?」
池谷を心配する健二だったが、レッドサンズとのレベルの違いを思い知らされている彼も、あまり浮かない表情をしている。
「ああ、とにかく走り込むしかねぇ。ちょっとでもレッドサンズの連中に喰らいつくんだ……!」
己に気合を入れるかのように言い放ち、池谷は再びシルビアに乗り込むと秋名山を登って行く様子を健二は心配そうに見つめていた。
その頃、既に閉店したガソリンスタンドの事務所内で、立花は誰かと電話をしていた。
「久しぶりに電話したのに冷たいじゃねぇか。まぁただ単に、お前が元気にやってるかと思ってな」
「俺は変わらねぇよ、別に」
電話の内容から察するに、どうやら相手は旧友か何かの様子だ。
「ハチロクの方も随分と元気そうじゃないか、若いヤツらが秋名でお前を見かけたって騒いでたよ。ハチロクでFD型RX-7をチギるだなんて、良いトシしてよくやるぜぇ」
「んー? そりゃあ違う、俺じゃねぇな」
「違う事はねーだろ、ハチロクでそんなバカを秋名でやらかすのはお前だけだ」
タバコを吹かしながら電話相手にそう言い寄る立花だが、相手は否定を続けた。
「だからその……そのハチロクは俺の車だけど、運転してたのは俺じゃない」
「はぁ? どういうことだ?」
立花が相手からの回答に疑問を抱いて質問する。
「何だとぉ!?」
そしてそれに続く電話相手からの思いもよらない言葉に、立花はただただ驚くしかなかった。
走り屋系の小説なのにぜんぜん走ってねぇなこいつら()