朝日が降り注ぐ中、登校中の拓海とイツキが話していた。
「相変わらず寝ぼけた顔してんなー」
「悪かったな、生まれつきだよこの顔は。てか本当に眠いんだっての」
「今度の土曜日、忘れんなよハチロク~」
下駄箱の前でイツキが拓海をジトーッと見る。
「わかってるけど、しつこいぞイツキ」
「これくらい念を押しとかないと不安なんだよ。それにしても土曜日が待ち遠しいぜ、ドキドキするよぉ」
「そうかよ」
1人テンションの上がっているイツキを放って、校内移動用の上靴に履き替える拓海。
「池谷先輩たちには勝ってもらいたいけど、高橋兄弟のドリフトも見てみたいし……。俺らも走り屋を目指すからには、いつか秋名最速と呼ばれるようになりたいよなぁ」
「別に俺はそんなんになりたいとは思ってねぇけどな」
相変わらず冷めた良い草をする拓海を、イツキは鼻で笑う。
「まっ、お前は目指しても無理かもな。池谷先輩の車のリアシートで、あんだけ怖がってるようじゃ才能の欠片もないぜ」
ドヤ顔で話し始めたイツキに、拓海は心底興味が無いと言う顔をする。
「そこへ行くと俺は違うぜ。そりゃあちょっとは怖かったけど、歯を食いしばってコーナー出口を睨んでたからな」
どうにも話が止まらない雰囲気なので、拓海はさっさと教室に向かい始め、イツキは下駄箱に置いてけぼりになる。
「池谷先輩もひそかに思ったんじゃねぇかな。拓海は見込み無いけど、イツキは将来楽しみだってさぁ!」
テンションが上がるイツキだったが、ふと拓海が居ない事に気付く。周りに居た生徒からは、また武内かというような笑い声が出ていた。
「おい待てよ拓海ぃ! いくら俺の才能に嫉妬したからって、ちょっと冷たいんじゃねぇか?」
「嫉妬なんてしてねぇよ」
階段をのぼりながら2人がワイワイと話していると、そこに声をかけて来る人物がいた。
「おはよー拓海君」
「も、茂木?」
挨拶をしてきた茂木を見て、2人は思いもよらなかったのか少しフリーズする。
「あっ、そうだ拓海君。ちょっと話があるんだけど、一緒に来て」
「え? あ、おい!」
茂木に手を引かれ、拓海はそのまま階段を駆けあがって行った。
「どうなってんだぁ? 茂木なつきに嫌われてるってハナシは何処行ったんだよぉ」
1人残されたイツキは何がどうなっているのか理解できずに呆然と立ち尽くす。
学生たちがそんな青春を謳歌しているころ、池谷は藤原とうふ店を訪れていた。
「いらっしゃい」
池谷が店内に入ると、店主と思われるぶっきらぼうな男性が出迎えた。
(この人が秋名下り最速のハチロク乗り……あの高橋啓介のFDをチギるほどの走り屋なのか……!)
池谷が店主である男性――
「お客さん、なんにします?」
「えっ!? あっ、えーと……厚揚げ下さい」
「はいよ、毎度」
商売人として至極まっとうな質問に対し、池谷はふと我に返り焦りながらも厚揚げを注文する。
(いやいや! 何やってんだ俺!)
此処へ来た本来の目的を達成するため、池谷は気合を入れ直して文太の方を見る。
「あの俺……池谷っていうモンですけど、秋名スピードスターズっていう走り屋のチームやってます」
「ほう?」
手際よく仕事をこなしながら、文太は池谷の話に耳を傾ける。
「実はある人から変わったウワサを聞いてここに来たんですけど……秋名の下りで一番速いのは、ハチロクに乗ってるとうふ屋の親父だって言うんです」
「何処の誰が言ったかは知らないけど、俺じゃねぇよそれは」
文太は池谷の言うことを否定するが、池谷は全く引かない。
「しらばっくれないでください。群馬中を探したって、ハチロクでとうふを配達する店なんて他には絶対に無い!」
「おいおい、お客さん……もしそれが俺だとしたらどうする気だい? まさか秋名最速を賭けて勝負しろだなんて言わないでくれよ」
文太は厚揚げの入った袋を池谷に渡しながら、呆れた顔でそう言い放つ。
「いや、そんなつもりじゃなくて……実は込み入った事情があって、俺の話を聞いてもらえませんか?」
「困るんだよなあ、仕事中だしからさー」
明らかに面倒くさそうな声を出す文太だが、引き下がれない池谷も喰らいつく。
「ヒマそうじゃないですか! 他に客もいないし!」
ガランとした店内を見渡し池谷が言い寄ると、文太は痛い所を突かれたという顔をする。
「失礼だなアンタ……言いにくいことをズバッとさぁ……」
「す、すいません。俺もちょっと必死なモンで……」
「なるほどな。そこまで言うなら話くらいは聞いてやるけど、時間の無駄だと思うよきっと」
文太はタバコに火をつけて池谷を見据える。
「実は赤城レッドサンズってチームから、タイムアタックの挑戦されてるんです。向こうのチームには物凄いテクニックを持った走り屋が居て、情けない話ですけど俺達じゃあとても太刀打ち出来そうにない……でも、地元の走り屋として絶対に負けたくないんです」
「なるほど、確かに昔から赤城の走り屋には上手いやつが多かったな。それで、俺にどうしろっていうんだ?」
「藤原さん。俺に秋名の攻め方を教えてくれませんか?」
必死の形相で池谷は問うが、文太の態度は変わらない。
「残念だが、そいつは無理な注文ってヤツだ」
「なっ……! 少しでも良いんです! コンマ1秒でも速く走れるようになりたいんです!」
「あんたの気持ちはわからんでもねーが、ドラテクってのはたった2日3日で何とかなるようなモンじゃねぇよ」
文太の言葉に、池谷はハッとした表情を浮かべた。
「どうすれば車が思い通りに動いてくれるのかを、自分でトコトンまで考えて走り込むしかない。俺が現役の頃なんざ夢の中まで秋名山を攻めてたさ」
焦る池谷を諭すかのような口調で話す文太。
「寝ても覚めても考えるのは走りのことだけ。ドラテクなんてのはそういうモンだ。人から教えてもらうモンじゃない、自分で見つけて身に付けるモンだよ」
「……そうですか」
「悪かったな、力になれなくて」
池谷は文太にそう告げられると、店を出てシルビアに乗り込む。
「……俺は諦めてませんよ藤原さん。また来ると思います」
ゆっくりとシルビアを発進させ、池谷は文太の元から走り去って行き、そのまま仕事場へと向かう。
そして夜になると、池谷は相変わらず秋名山へと赴いていた。
今日は他のスピードスターズのメンバーの姿はなく、レッドサンズのメンバーの姿も見受けられない。
「誰も居ないなんて珍しいな……」
山頂にシルビアを止めた池谷は、辺りをきょろきょろと見渡しながら呟く。
昼間、文太から突きつけられた現実と向き合うため他のメンバーの意見を取り入れようと思っていたのだが、どうも当てが外れてしまった様子だ。
「タイミング悪ぃなぁ……」
ポリポリと頭を掻きながら、タバコに火をつける池谷。
(トコトン考えて走り込む……か)
タバコの煙を吐きながら文太の言葉を思い出す。仕事中にも走りの事を考えていたが、それはそんな経験がない池谷にとっては無理難題に近い物だった。
(いくら考えてもわかんねーよ……だからこそヒントが欲しいんじゃねーか!)
心の中で思わず悪態をついてしまうが、ここにとどまっていても仕方がない。タバコを吐き捨てたあとに気合を入れ、シルビアに乗り込む。
「とにかく走るしかない……!」
いつものようにストップウォッチを首から下げて4点式のシートベルトで身体をギュッと締め付ると、池谷はシルビアは勢いよく出発させる。
アクセルはもちろん全開、順調にシフトアップを重ねていき、大きく左へと回り込む第1コーナーが目前に来る。
「っ……!」
アクセルを少し戻してステアリングを切り込む池谷。コーナリングを開始するシルビアだが、その動きは何処かぎこちない。
忙しく修正舵を繰り返しながら、お世辞にも綺麗とは言えない姿勢でコーナーを曲がって行く。
(こんなんじゃあ駄目だ!)
具体的に何が駄目なのかは池谷自身にもわからないが、少なくともこんな体たらくではレッドサンズに太刀打ち出来ないのは事実だ。
次に現れる第2コーナーは先ほどと違って緩く右へと回り込むコーナー。それを抜けるとちょっとした直線の後に右のヘアピンコーナーが待ち構えている。
シルビアは緩い右コーナーを抜けると、次の右ヘアピンに向けて直線部分でブレーキングを開始。池谷はヒール&トゥを使用してシフトダウンを行おうとするが、エンジンの回転数が合っておらず急激なエンジンブレーキが作用する。
(くっ……!?)
シルビアが自分の想像していたよりも減速してしまい、池谷はブレーキペダルから足を離してしまうがそれは悪手だった。
減速しすぎたと言っても普通に走る分から考えれば充分にオーバースピードであり、フロントタイヤの荷重が抜けたシルビアはステアリングを切り込んでも曲がって行かない。
いわゆるアンダーステア状態に陥ってしまった。
「くそっ!」
池谷はすぐさまブレーキペダルを踏み込んでスピードを殺し、更にステアリングを切り込む。
すると何とかシルビアは体勢を持ち直し、フラフラとコーナーを曲がって行くことに成功した。
(ヤバかったぜ……!)
額にブワッと出てきた嫌な汗を拭った池谷は、前方を走る1台の車の姿を確認する。
その車の正体は若葉マークを貼り付けた白いアルトバン。数日前、俊樹が秋名山に乗って来ていた車だった。
そんなアルトバンの車内では、ドライバーである俊樹がバックミラーで池谷のシルビアの姿を確認していた。
「あのシルビア……池谷先輩か? 今日は誰も居ないと思ったんだけどな」
恐らくレッドサンズとの交流戦に向けての走り込みをしているのだろうと、そう判断した俊樹はハザードを出してアルトを減速させる。
あれだけの入れ込み様を見せていた池谷の邪魔をするのは忍びない、という思いが俊樹にはあった。
(ちょっと心配だよなぁ……)
ゆっくりと減速して進路を譲るアルトの横を勢いよく駆け抜けていくシルビアの姿を見て、俊樹は少し憂いを持っていた。
シルビアがコーナーを曲がっていく姿に、どうにも無理をしているような雰囲気を感じられる。走りの経験が浅い俊樹から見ても、池谷はシルビアをコントロール出来ていないように思えた。
「無理しすぎなきゃ良いけど……」
俊樹は心配そうに呟きながら、あっという間に遠くへ離れていくシルビアのテールランプを見つめた。
(タイムが縮まらない……。もっとだ……もっとアクセルを!)
俊樹の乗るアルトバンを追い抜き、ストップウォッチに目をやる池谷。
表示されているタイムに少し苛立ちを覚えながらも、アクセルペダルを踏み込む足に力を込める。
少し長めのストレートでシルビアの車体はどんどんと加速する。スピードメーターの針は悠に時速100キロを超える数値を示しており、池谷にとっては体験したことのない速度の領域だった。
(地元の走り屋がよそ者に舐められて――たまるかよっ!)
池谷の目前に左コーナーが現れる。ステアリングを切り込むがいつもよりスピードが出ているからか、アンダーステアを誘発してしまいコーナリングラインが膨らんでいく。
このままでは曲がれない。そう判断した池谷はブレーキペダルを踏み込み減速しようとした、その瞬間に池谷の目に衝撃の光景が飛び込んでくる。
(ヘッドライトの光……!?)
コーナーの奥側からこちらにやってくる明るい光。それは紛れも無く対向車両の存在を表していた。
(しまった……! 対向車の存在に気付くのが遅れちまった……!)
このまま行けば間違いなく対向車との正面衝突は避けられない。
池谷は必死にステアリングを切り込むが、アンダーステアが発生しているシルビアは、それ以上に曲がる気配を見せてはくれない。
(ひでぇアンダーだ! ラインが膨らむ――避けきれねぇ!)
こうなってしまえば池谷に出来ることは、対向車が避けてくれることを祈りながらブレーキペダルを踏み続ける事だけだった。
(頼むっ、イン側に逃げてくれ!)
対向車のドライバーも、池谷のシルビアが突っ込んでくるのが見えた。驚いた顔で叫び声をあげながら、シルビアとの接触を避けようとステアリングをコーナーのイン側に切り込んでいく。
それが功を奏し、2台は接触することなく文字通り紙一重ですれ違うことに成功した。
(かわせたぁ…!)
対向車とシルビアが衝突を回避したことを確認した池谷は安堵の気持ちを覚えるが、視線を前方に戻すとその目前にはガードレールの姿があり、もはや池谷に為す術は無かった。
シルビアはそのままの勢いで一直線にガードレールに激しく衝突し、運転席側がガードレールとの間に挟まる形で停車した。
その激しい衝突音は、池谷に進路を譲った俊樹の音にも聞こえてくる。
(まさか!?)
背筋に悪寒が走った俊樹はアクセルペダルを全開にしアルトを加速させ、シルビアが走り去って行った方向へと急ぐ。
2つほどコーナーを抜けると、左コーナー手前の車線に進行方向とは逆を向いた1台の車が停車しており、その車内からドライバーが慌てて飛び出し、後ろ側へと走り去って行くのが見えた。
「あぶねぇな! ひどい運転しやがって!」
車から飛び出した対向車のドライバーは怒りの声を上げながら、ガードレールにめり込む形で停車しているシルビアに駆け寄る。
「おい君! 大丈夫か!?」
助手席側のドアを開け、運転席で頭から血を流して項垂れている池谷に安否を問う。
「す、すいません……俺の不注意で……」
池谷は首だけを動かし対向車のドライバーに謝罪をするが、その見た目と声は痛々しい物だった。
「池谷先輩! しっかりしてください!」
アルトをシルビアの傍に停車させ、車内から飛び出してきた俊樹も対向車のドライバーと一緒に池谷に呼びかける。
「と、俊樹か……カッコ悪いトコみせちまったな……」
俊樹に心配させまいと軽口をたたく池谷だが、その表情は苦しそうだ。
「いますぐ救急車を呼びますから!」
俊樹は対向車のドライバーに救急車を呼ぶように指示をして、その救急車が到着するまで池谷に声をかけ続けたのであった。
池谷先輩クラッシュしちゃった…(他人事)
もうだいぶダレて来てるので気が向いたら消すかもしれん。
ご了承願います。