頭文字b -貧乏学生の走り屋生活-   作:ケンゴ

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第9話

「あのさ、今度の日曜に車使うぜー」

 

 スタンドから帰宅してきた文太を見るなり、拓海はそう言い放った。

 

「日曜はダメだな」

 

 そんな拓海の言葉を一刀両断で切り捨てる文太。

 

「なんでだよ。朝の配達はちゃんとするし、それに日曜は店休みだろ?」

「そういう問題じゃなくて、商工会の寄り合いがあるから俺が車使うんだよ」

 

 拓海の問いに文太はまともな回答をする。

 

「それマジかよ……まずいよぉ、俺どうしても日曜に車使いてぇんだよなぁ……」

 

 頭を抱える様子の拓海を見て、文太は何かを察したのかニヤリとあくどい笑みを浮かべた。

 

「ははーん、さては女だな?」

「うっ!?」

 

 ド直球で図星を突かれた拓海は顔を真っ赤に染め上げながら、文太から視線を外して言葉を続ける。

 

「何だっていいだろ……。勿体ぶらねぇで貸してくれよ、どうせボロい車なんだし。勝手に乗って行くからなー」

「へへっ、車はキーが無きゃ動かねぇよ。紐に付けて首から下げとこうかなぁ?」

「汚ねーぞそれ!」

 

 車のカギをくるくると回す文太に抗議する拓海だが、車自体は文太が所有する物なので強くは出れない。

 どうしようかと思案していると、文太が不意に提案を出してきた。

 

「どうしてもってんなら考えてやっても良いぞ」

「ホントかよ! 良いトコあるじゃん!」

 

 一気に顔を明るくする拓海。

 

「ただし条件付きだ」

「条件……?」

 

 怪訝な顔をする拓海の前に、文太は車のキーを突きだす。

 

「土曜の夜、あの車で赤城最速とかフカしたガキを軽くひねってこい。秋名の下りでな」

「はぁ? なんだそれぇ……?」

「そうすれば車は無条件で貸してやる。しかもガソリン満タンのオマケ付だぜ?」

「ガソリン満タン……!?」

 

 言っている意味が良く分からないと言った表情の拓海だったが、文太の付け足した一言で心がぐらぐらと揺れ始めた。

 

(この条件はめちゃめちゃグラッと来るぜ……なんせ金ねぇからな俺……)

 

 拓海は眉間にシワを寄せて考え込むと、文太はしたり顔でそれを見る。

 

「どうするんだ?」

「ちょ、ちょっと考えさせてくれ……」

「良いぜ、好きなだけ悩みな」

 

 拓海は自分の部屋に向かうため、悩みの表情を見せたまま階段を上って行った。

 

 

 時を同じくして、啓介は部屋の扉をノックして中に入る。

 その部屋の中では、兄である涼介がパソコンの前で何かを考えている様子だった。

 

「啓介か……ちょうど良かった、お前に聞きたいことがあるんだ」

「なんだよアニキ?」

「お前が秋名で見たっていうハチロクだけど、そいつの速さを理論的に解説できるか?」

 

 部屋に入るなり兄に無茶振りをされた啓介は、ベッドに腰掛けながら口をとがらせ勘弁してくれと言い放つ。

 

「アニキと違って俺はそういうの苦手だからさぁ……」

「いつも言ってるだろう、ドラテクで一番大切なのはここだって」

 

 涼介は自分の頭を指差しながら啓介を見る。

 

「アニキはバトルしながら後ろで観察すると何でも分かっちまうんだよな。相手ドライバーのクセや欠点、車に対しても足回りの仕上がりやエンジンパワーまで当てちまうし、その分析力はバケモノじみてるぜ」

「俺に言わせれば、何も考えずに走ってタメ張るお前の方がよほどバケモノだよ。啓介の走りに理論が加われば理想的なドライバーなんだけどな」

 

 少々呆れた顔をしながら、涼介はリベンジに燃える啓介にそう伝える。

 

「あんな屈辱的な抜かれ方されたのは初めてだぜ。やっぱあのハチロクの中身はモンスターだ」

「なるほどな。お前がそこまで言うそのハチロクとドライバーには少し興味が出てきた……」

 

 涼介はパソコンの画面に視線を移す。 

 

(今度の交流戦、俺も行ってみるか……そのモンスターとやらを、自分の目で確認してやるさ)

 

 彼は心の中で静かに決意を固めるのであった。

 

 

 さらに同時刻。秋名山には俊樹の姿があった。

 

「うわぁ……改めて現場を見ると壮絶だな……」

 

 彼は捲れ上がったガードレールを見て小さく呟く。

 

「よくこれであんな怪我で済んだよな……不幸中の幸いだよホント」

 

 俊樹の隣には健二の姿もあった。

 珍しい組み合わせに見えるが元々2人は約束して会った訳ではなく、池谷が事故を起こしてしまった左コーナーで俊樹の姿を発見した健二が、彼に寄って行ったのがきっかけだ。

 

「ぶつかる直前までブレーキ踏んでたのが効いてますよね。もしノーブレーキで突っ込んでたら確実にガードレール吹っ飛ばして崖下に落ちてますよ」

 

 シルビアの車体を受け止めたであろうガードレールの支柱を見ながら、俊樹はそう分析する。

 

「だよなぁ……」

 

 健二も同じ意見なのか、俊樹の言葉に肯定した。一つ間違えば死亡事故に繋がるぶつかり方だったが、池谷の命に別状が無かったのは幸いであった。

 

「……交流戦はどうするんですか?」

「それが問題なんだよなぁ……」

 

 暫くの無言の後、俊樹から問われた健二は歯切れの悪い返答をした。

 

「正直な話、メンバーの皆はだいぶ士気が下がってるんだ。実際、ホームグランドでレッドサンズの連中に着いて行けなかったわけだし……」

 

 そもそも秋名スピードスターズはそこまで速さに対して追及しているチームでは無く、単に走るのが好きな秋名の走り屋が集まった集団である。

 レッドサンズに対しては最初こそ意識していたものの、実力差を見せつけられた今の現状では、既に諦め半分でシラけているメンバーが居るのも事実だった。

 

「池谷は今回の交流戦に随分と入れ込んでたから、それが良い意味でチームを引っ張って行ってたけど……」

 

 スピードスターズの精神的支柱ともいえる池谷が事故を起こしてしまい交流戦で走れない以上、スピードスターズの面々がモチベーションを保つことはかなり難しい問題だ。

 

「代役を立てなきゃいけないけど、レッドサンズの高橋兄弟と走るってなるとな……」

 

 勝ち目のないバトルで走るという選択をする者は数少ない。ましてや相手は有名な走り屋である高橋兄弟が率いるレッドサンズである。

 秋名スピードスターズの面々も例に漏れず、そんな状況下で走りたいという人間は居なかった。

 

「……健二先輩は、この秋名でめちゃくちゃ速いハチロクって知ってますか?」

 

 健二の話を静かに聞いていた俊樹は、不意にそんな質問をぶつける。

 

「なんだそれ?」

「あー……やっぱ健二先輩も知らないですよねぇ……」

 

 心当たりが無いといった顔をする健二を見て、俊樹は言葉を続けた。

 

「実は俺、白黒のハチロクトレノが高橋啓介の黄色いFDをブチ抜いて行ったのを見たんですよ」

「高橋啓介がハチロクに抜かれたぁ!?」

 

 驚いた声を上げる健二。見間違えじゃないのかと問われる俊樹だが、彼は首を横に振る。

 

「FDが抜かれたあと本人にも聞かれたんですよ。あのハチロクは何者だって」

 

 あまりの衝撃に言葉が上手く出ない健二。正直な話、俊樹の妄言なのではないかと疑うレベルだ。

 

「池谷先輩も知らなかったみたいだし、ここまで誰も知らないとなると本当に何者なんでしょうね」

「俺にはとても信じられないけどな……そんなに速いハチロクが秋名を走ってるだなんて」

 

 健二も秋名を走り始めて割と年月が経つが、そんなハチロクは見たことも聞いたことも無かった。

 

「この前スタンドに来た時、チラッと池谷先輩と高橋啓介の会話を聞いたんですけど、どうも相手はそのハチロクがスピードスターズの代表だと思ってるみたいですけどねぇ」

「マジかよ……ややこしいことになっちまってんなぁ……」

 

 ただでさえ池谷の代役が決まっていないというのに、メンバーですらない謎のハチロクがバトル相手と捉えられているのは忌々しき事態である。

 

「池谷先輩の代役として、そのハチロクを見つけることが出来たら手っ取り早いですよねー」

「だよな……そのハチロクの話、池谷に聞いてみるか」

 

 思わずそんなことを言い出す2人。

 

「まぁ何にせよ、レッドサンズとの交流戦までもう少しだからな。ギリギリまでメンバーの皆に相談するしかないぜ」

 

 (きた)る交流戦の日を思い浮かべ、健二は小さくため息を吐くのであった。

 

 




もうだいぶダレてますね。
はてさてスピードスターズとレッドサンズの交流戦はどうなることやら。
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