青春エピローグと黄昏ティーチャー。 作:禁止薬物
大学三年生になってもう数ヶ月経つのに今でも、夢に見ることがある。悲しそうな
──大好きだったのに、追いかけられなかった。あの時わたしはなっくんの愛を疑った。飽きたって言葉に、一瞬でもホントにそうなのかなと思ったことがわたしをその場に凍りつかせた。
「……はぁ、また遅刻だ」
この夢を見ると決まって、寝起きは最悪で……って当たり前なんだけど。すぐに
「だから、そんなことになるくらいなら先輩に……」
「平気」
「平気だなんて、そんな……!」
「飽きられちゃったんだもん、会いに行ったって結果は一緒だよ」
なっくんはわたしのことなんてずっと、遊びで好きなんて気持ちは一切なくて、わたしが二年間ずっと弄ばれてただけ。ホントはそんなことないってことくらいわかるけど、噂ではそうなってるし、わたしもそれを特に否定しない。しても、じゃあ真実はってなった時にまた大好きなヒトのあの顔を見なくちゃいけなくなるから。
「美城先輩、また遅刻ですか?」
「伊丹くんには関係ないでしょ?」
偽りの太陽だったわたしは、本当になっくんが傍にいてくれていたって輝きがあったからこその太陽だったみたいで、それを失ったことで前までどうやってなっくんが褒めてくれた笑顔を作ればいいのかわかんなくなっちゃった。そんなわたしを構ってくるのは後輩の伊丹和己くん。マジメで優しいヒトで、きっとわたしなんか構わなければとっくにカノジョさんできてるだろうなぁって感想を抱いてた。だけど、だけど今のわたしにとっては鬱陶しいとすら思えてしまう。
「関係あります」
「そうじゃなくて、ほっといてほしいって意味だったんだけど」
「……すみません、ですけど」
「伊丹くん、そこまでにしておいたほうがいい」
そんな伊丹くんを止めてくれたのは、学部の違う同学年でなっくんとわたしの本当の結末を知ってる数少ない人物、
「ごめん、セイさん」
「いやいや、みーさんがお困りとあらば、なんて言ったら清瀬さんに怒られちゃうかな」
「……なっくんは、もうそんなことで怒ったりしないよ」
「ごめん」
「ううん」
もう後期が始まったっていうのに、半年が経ったのに、なっくんがいない傷は治るどころか未だに生傷のようにジクジクと傷んでいる。胸の奥から、ドロドロと血を流し続けて痛いって叫んでた。
りーちゃんといても、セイさんとりーちゃんの早くくっつけばいいのにとすら思えるもどかしい恋模様を眺めても、伊丹くんに世話を焼かれても、ずっと痛い。不治の病は、わたしを永遠に傷つけ続けるんだって、そう思ってすらいた。これは、なっくんを疑ったバツなのだと、言い聞かせていたそんなある日のことだった。
「あの……美城先輩」
「どうしたの?」
ゼミの課題に追われて結構遅くまで大学に残っていたところで、伊丹くんがやってきた。まとめるの手伝ってくれて、ジュースほしいと言ったらすぐ買ってきますだなんて言って、なんだかパシリにしちゃったみたいで申し訳ないなと思っていたら、これ好きですよねと微糖の缶コーヒーを笑顔で差し出されて、その優しさに感謝しながら課題を終わらせた。
「はー、間に合った、よかったぁ」
「お疲れ様です」
「ありがとね、伊丹くんっ」
「い、いえっ、あ、あーっと、あの、このあと……えと、お、おれと食事とか……どうッスか。軽く食ってく、みたいな」
「確かに、頑張ってたらお腹減っちゃったよ」
「じゃ、じゃあ、行きましょう!」
「うん!」
道中やご飯中の言葉に耳を傾けてすぐに、伊丹くんの気持ちには気付いた。この子は同情でも憐憫でもない。そんなの関係なく純粋に、わたしを好いてくれてるんだ。ただまっすぐに、なんの見返りもない好きって気持ちをわたしに届けようと頑張って勇気を出してるんだ。そう思うと、なんだかこっちまで嬉しくなってしまって。
──その日から、わたしはなっくんの夢を見なくなった。そして、クリスマス前に告白されたわたしはすぐにズミくんとお付き合いを始めた。
「え、付き合うことにしたの?」
「そそ、だからりーちゃんもクリスマス前にコクった方がよくない? このままじゃボッチになっちゃうよ、なんてね!」
「う、うん……そう、だよね」
セイくんとりーちゃんは正式なお付き合いこそ少し遅かったけど、クリスマスは二人で過ごせたのだと知った。わたしも、ズミくんのおうちに招いてもらって幸せな夜を過ごした。その時のことだった。ズミくんに国語教師になるのって問われた。
体育教師になるつもりだったわたしはびっくりしちゃって、どうしてって訊き返すと、更にびっくりしちゃうようなことを言われた。
「未来って、なんか詩人だし、言葉選びがキレイだから得意科目は国語なのかと」
「は、初めて言われたんだけど、それ」
「そう? おれ、ずっと思ってた」
原因なんてすぐに思い当たった。詩的な言葉を紡いで、ちょっとカッコつけてみて、わたしへの愛を語ってくれたヒトがいたことを。そのヒトと一緒にいたことが、わたしの煩雑で、上手じゃなかった言葉選びをキレイに整理してくれたことに。後日にりーちゃんに訊ねても確かにそうだよねと微笑まれてしまった。
「みーちゃんの言葉、星を感じるようになったよね」
「うーん、それはよくわかんない」
「でも、みーちゃんは物語から何かを伝えるの、結構得意なんじゃないかなって思うな」
「そうかな……そっか」
そこで現国の教師になろうとした理由は、単純だった。忘れたくなかった、忘れるなんて絶対に嫌だったから。お前は太陽みてぇで、あったかくて安心すると笑ってくれたなっくんがくれたものを、将来なんていう名前ばっかりの真っ暗な道を照らす道標にしたいって。そうしたら、同じ場所できっと教師をしているだろうなっくんにまた、会える気がして。
──もう薄れていた、というかほぼなくなっていたと思ったなっくんへのおっきな愛と後悔と未練、それを踏みしめて、ズミくんと幸せになろうって決めたわたしの最後の抵抗みたいなものだったんだ。
──って感じかな、と締めくくられた長い話に聞き入っていたオレは香織とゆっくりと目線を交わした。知ってたのか、いや知ってて当然だな、だってお前はいい性格してるもんな。旦那との馴れ初めを含めた話は、なるほどなぁという感慨ともう一つの気持ちが湧き出していた。どうだったと感想を求めてくるようなみみの言葉に、オレはグラスの焼酎を飲み干してから口を開いた。
「そんな愛しの元カレのことをつい最近まで隠してたのか」
「う……それは言わないでよ」
「まぁ、流石に大学時代に元カレがいたことは知っていたみたいですけど」
「セイさんが教えてたみたい」
「荻原くんか」
荻原くんからすれば、惚れた女の親友で、自分の背中を叩いてくれた戦友で、元カレであるオレともそれなりに交流がある以上は口を出さずにはいられなかったんだろうな。にしてもまさかの飽きたっつって雑に別れたあの話、大学に広まってたのかよ。まぁオレは悪名高い男だったしな。
「尾鰭ついてたよ、しかもかなり」
「んでみみはそれで憐れまれ続けたと」
「相当ね」
「……悪かったな」
「なっくんの本心は知ってるから許してるよ!」
そんなみみの遠回しな馴れ初めと惚気から始まり、今度は傍で見てきたみみがツッコミ混じりで荻原くんと香織が付き合う話をしてくれて、今度は結良やアイツらとの関係が今現在はどうなってんのかを問われた。そういやみみと前に会った時はヒナと一緒だったし、蘭やモカともちょい話してるんだもんな。そう思って別に隠す必要ねぇこともあり明け透けに今の自分のクズっぷりを元カノに暴露していく。
「それは大変だね、なっくん」
「まぁ自業自得だしな」
「それがわかるようになってくれただけ、私としては嬉しいですね」
「うるせぇよ」
「でもなっくんなら必ず、やり遂げるって信じてるよ」
「……いいのか? お前のことは裏切った男なんだけどな」
自分でもかなり鬱陶しく、かつ面倒くせぇ問いかけだと思ったがそれでもみみは、それでも信じてるからねと笑ってきやがった。その顔はまさに昔のような、オレのカノジョとして過ごしていた太陽の微笑みだった。ドキっとしつつも、ちょっとリセットするためにトイレと言って離席する。ただ、これが失敗だった。
「なっくん、おいで〜」
「お前、酔ってんのか?」
「え、まだ飲めるよ?」
「だろうな、香織はやめとけよ」
「わかってます……ちょっと私も」
「行ってらっしゃい」
少し覚束ない足取りでオレと交代するようにトイレに向かった香織、これはまだいい。やめとける理性も残ってることだしな。この後テキトーにつまみやら水やらで間を持たせればおそらく荻原くんの手を借りる必要もなくなるだろう。問題は、酔ってねぇはずのみみなんだよな。何故かコイツ、離席してる間にオレが座ってた方にいて隣に誘導してきやがった。
「リアクション、ビミョーじゃない?」
「不倫はNGで頼む」
「しないって!」
いやオレ、そのへんの言葉マジで信用してねぇから。つか、羽沢珈琲店で再会した時からずっと思ってたんだけどさ、お前って距離の詰め方が昔となんも変わってねぇのよ。何が言いてぇかっていうとそれで不倫は絶対ないって言い切れるところが逆にすげぇなってことくれぇかな。
「一ヶ月だよ?」
「何が」
「出逢って付き合うまで、そこから別れて顔見なくなる時まで、ずーっとなっくんはわたしのカレシだったもん」
「……言われてみりゃそうか」
変わらないんじゃなくて、わからねぇってだけか。卒業するまでずっと、つか卒業してもずっと、みみは大学の先輩後輩にはなったことねぇんだよな。だから余計に危険だって話じゃねぇかな。お互い、恋人としての関わりしかしてこなかったのに、大人になったから再会して飲んだらもはやそれだけで不倫だろ。
「なっくんのことだけはズミくんに一生赦されなくていい。恨まれて、それが原因でいつか離婚しちゃうとしてもずっと」
「バカ野郎、幸せになれよ」
「幸せにしてほしかった」
まっすぐな瞳を向けられて、オレは思わず逸してしまう。そんなこと言われても、もうやり直しなんてできやしねぇし、オレには結良がいて、お前にももう旦那がいる。その左手の薬指にある指輪はただのオシャレじゃねぇだろ。そこに気持ちを込めて、どんな時だって共に乗り越えるって誓いの口づけをしたんだろ。それを即座に裏切るようなこと、言うんじゃねぇよ。
「……確かに、わたし最低だよね」
「そうだな、旦那のことちゃんと愛してるんだろ?」
「うん、大好きだよ」
「じゃあ過去ばっかり振り返ってんなよ」
「うん」
こんなこと言ってるオレだって、お前のウェディングドレスを見て真っ先に感じたのは後悔だったよ。逃げねぇとかカッコつけたのはいいものの、目の前に広がってた景色は思わず眉間に皺を寄せるようなものだった。なんでオレじゃなかったんだ、なんでオレはあの時みみのことを信じられなかったんだって。でも、お前から投げられたブーケを手に満面の笑みを見せてきたヤツがいるんだよ。アイツが、オレの後悔とか痛いもん全部ひっくるめて、幸せにしてくれる。オレに幸せを届けてくれるんだ。
「だからオレは今まで信じてこれなかった明日の分まで、結良を信じてるんだよ」
「なっくん」
「そんな顔すんなよ、みみ」
ああでも、みみは流石にオレがこの雰囲気で自分のことを突っぱねられねぇってことを熟知してやがる。もちろんこのままホテルへ、って流れじゃねぇことをも含めて全部、わかってオレに迫ってきやがる。こんな小狡い性格だったか?
そう言うとみみは狡くもなるよ、とオレの肩に頭を乗せてきた。
「せっかく、なっくんの隣にいるんだもん!」
「ふふ、仲良しですね」
「それで済ませんな」
「撫でてよ〜」
酔ってんのかと思うほどベタベタに甘えてくるみみに対して、オレは結局折れて要望通りに甘やかしていく。
その日は本当に昔に戻ったかのように、みみや香織と言葉を重ねていった。それが、とんでもなく楽しかったのは、言うまでもねぇことだった。