青春エピローグと黄昏ティーチャー。   作:禁止薬物

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①引越ニューデイズ

 春が来る少し前、オレは引越し作業に明け暮れていた。ボロアパートとはいえ長い間暮らした、大学時代から暮らしてきた我が家だ。離れる時は少し思い出を振り返って感慨に耽るもんがあった。

 と言っても、バカやってきたダチとは別の基地があったからな。ここに誰かがいた記憶はそれこそ、女の記憶でもあるわけで。

 

「ありがとな」

 

 大学後半になって半同棲した時は狭かったもんだ。そいつのもんが帰ってきたら無くなってた喪失感も、きっと一生遭遇できねぇ後悔なんだろうな。そうであって欲しいと願うばっかりだ。結良にまで愛想を尽かされるとか考えたくもねぇ。次に暮らすところは一人じゃちょい広すぎる場所だ。そこで一人暮らしすんのは来年度だけにしておきてぇとこだな。

 

「センチメンタルになってるのはいーんだケドさ、手が進んでないよ〜?」

「悪い」

「ううん」

 

 はっとして謝罪すると手伝いに来てくれた今井リサはどうしてだか嬉しそうに首を横に振るった。結良も手伝いたいと言ったが、友達との約束を全部すっぽかすのは絶対に許さねぇからなと言い含めてなんとか了承させた。友達は大切にしろ、ただでさえオレと付き合ってんのがバレるのはまずいんだからな。

 

「ゆーらの気持ちもわかってあげなよ?」

「リサに取られるかもって気持ちか?」

「当たり前じゃん」

 

 そう言うってことは取る気があるのかと問うと、リサはアタシはフリーだからねと笑ってくる。笑えねぇ冗談だな、ロクでもねぇ。

 だが安心したのは荷物をまとめて引越し先のマンションに向かうと、そこには金髪ピカピカの太陽サマがお出迎えしてくれたことだった。コイツらは平日にもすぐ天文部に顔を出すようになってて、春休みだもんな。結良が大学生っていいなぁとかボヤいてたな。

 

「じゃあ、こころは後ヨロシク、夜は紗夜と二人で来るからね〜」

「おう」

「ええ、行ってらっしゃい!」

「……ん、行ってきます!」

 

 昼からバンドがあるらしいリサは少しだけ慌ただしく、だけど笑顔でパタンとドアを閉めた。

 するとどうだろうか同じく笑顔で見送っていたこころが、怪しい瞳を向けてオレの方を見上げてくる。けどオレはそれに向かって先回りで止めることができるくれぇには、こころの思考を把握できちまってた。

 

()()()、まだ四月じゃねぇからな」

「……ええ、わかってるわ」

「ホントか? 今ケダモノみたいな目してたからな」

「わかってるわよ」

「わかってねぇだろ実は」

 

 リサよりこころの方が二人きりになると食われかねねぇだなんて誰が想像しただろうか。今なら多分コイツはヒナや紗夜より危ねぇ猛獣のような気がしてならねぇんだよな。

 ただモカや千聖みてぇに誘い上手でもねぇし蘭みたいに覚悟決めた途端に抗えないロックを奏でるわけでもねぇからな。というかそういう男女の攻防みたいなのは金髪お嬢様には経験不足なんだよ。

 

「あたし、一成に誘われるばっかりだったわ」

「それ、正史じゃねぇから」

 

 あたしにとってはどっちも本当にあったことだわと言われて苦い顔をしちまう。そうだな、あれはいわば記憶をちょいといじられただけで精神的には実際に体験してるんだよな。全員の夢を繋げるなんつうクソみたいな未来技術(ごつごうしゅぎ)は今度二度と実装しないでいただきたいもんだ。

 

「……もしかしてアタシ、お邪魔だった?」

「まさか、助かったよ蘭」

「じゃあお礼はもらおうかな」

「こころ、助けてくれ」

「あら、自分で蒔いた種じゃない」

 

 だから、その言い方は下ネタに聞こえるから嫌なんだって。こころと攻防しているとまさかのロックで美人な美竹蘭がやってきて、二人きりじゃねぇ、助かったと思いきやコイツまで女の顔をしてくる始末だ。なんかマジでお前ら遠慮なくなってきてねぇか? 前はもっと誰かいると牽制しあってただろ。

 

「はぁ、みんなまとめて愛したかった、が未練だった男のクセに」

「うるせぇ」

「みんな一つ屋根の下で暮らしたことあるのに、今更遠慮するわけないでしょ」

 

 それは正史じゃねぇっつうの。ただあれを体験してしまった以上、全員それぞれのオレとの関係についての隠し事がなくなったようで……ああいや、千聖とかリサはまだ隠し事もあるっぽいけどな。アイツらはただ単純に甘えベタというか、モカもなんだかんだであの悪魔の本性を蘭とオレ以外には隠し通してたしな。

 

「報告、ちゃんと戻ってくること、って釘を刺されたよ」

「そっか、特に親父さんには申し訳ねぇことしてるよな」

「ホントに」

 

 結良は、許可というか覚悟って言った方が正しいのか? 甘すぎて幸せすぎる夢の国のデートで何やら腹は決まったようでオレに向かって宣言をした。四月になったらもう一回、ちゃんとみんなと向き合ってほしい。この現実で、わたしにバトンを渡してくれた大好きな先輩たち一人一人に言葉と愛を贈ってほしい。そうじゃないと結婚なんてしたくないなんて言われちまった。

 

「結良は、強いよ」

「だな」

「だからって、同じことしないでね」

「それはねぇな」

 

 二人きりの天文部はそりゃ人には言えねぇ雰囲気だし、そのまま家までお持ち帰りで狭いベッドでイチャイチャなんてザラにある展開なんだからな。まだ初デートから一ヶ月も経ってねぇけど。相手がガキだからって強がる気もねぇし、失敗したこと突きつけられたのに同じことを繰り返すわけねぇだろ。

 

「どうだか」

「なんだよ」

「あたしも、一成はやらかす気がしてくるわ!」

「こころ……お前まで」

 

 そんな信用ねぇのか、いやねぇに決まってるな。こちとらクズ教師だしお前ら何回も泣かしてりゃそうなるか。

 ため息でそのある意味での逆の信頼を生徒から送られていると、蘭はそうじゃなくてとまるでこれからオレが陥ることがわかってるかのように言葉を紡いできた。

 

「こんなことやってるオレなんて、正しくねぇ」

「……ん?」

「やっぱりオレは正しくねぇんだって、不貞腐れる可能性があるから」

「正しく、か」

「一成は正しいって言葉に囚われすぎてるから」

 

 正解にこだわり過ぎてる、か。理想を追い求めてたオレにいつかの昔、あの性格のいい後輩兼元同僚にも言われたな。なんか由美子にも言われた気がする。まぁだからこそ紗夜の言葉がオレにとってまるで鏡のようで、ついつい構っちまったって、今思えばそういう事情もあるんだろうな。

 

「正しいだけじゃ、世界中を笑顔になんてできないわ」

「そう、なんだろうな」

「ええだって、正しいやり方じゃ一成は笑顔にはならなかったもの」

 

 確かにな。オレがこうやってまたお前らと向き合えるためのきっかけも、結良という本気で幸せにしてぇ相手と恋人でいられてんのも、こころがオレにくれた正しさの欠片もねぇチャンスからなんだからな。

 そんな会話をしながら、黒服さんの引っ越しのプロ並みの作業もあり、ある程度の荷解きを終えたオレはやってきたリサと紗夜を含めた全員でメシを食って、それから蘭を送っていった。

 

「ありがと」

「おう、じゃあまたな」

「……また」

「どうした?」

「ううん、またね」

 

 蘭は心なしか嬉しそうな顔で手を振ってくる。振り返って去っていく背中が見えなくなったタイミングで、オレは息を吐き出した。

 なんつうか、みんなそうなんだが大人になったアイツらの仕草や表情がふと昔とカブる瞬間が一番ダメージがあるというか、まだちゃんと送り出せてなかったんだなぁってなんとも言えねぇ気持ちになるな。

 ──アイツらの胸の奥にはまだオレがいて、オレもアイツらをちゃんと思い出にできてねぇ。まだ男と女、教師と生徒のまま。過去のことだってあの日々を振り返れねぇままなんだなって。

 

「それは、カズくんが逃げたからでしょ?」

「言うなよ結良、言われなくたってわかってんだから」

 

 言葉にはしなかったハズなんだが()()()()()()()()()結良は的確にオレのため息を言葉で返してくる。

 逃げ続けたツケがここに来ただけ。そうなんだけどな。オレとしては結良とくっついてめでたしめでたしで結婚式にみんな呼んでハッピーエンドっつうのを所望してぇところなんだよな。もう一波乱とかいらねぇし。

 

「今日さ」

「ん?」

「泊まってっていい?」

「もう夜も遅いこの時間に助手席に乗せて振り回してるのが答えだな」

「すぐカッコつける」

「素直にいいよって言えねぇんだよ」

「そゆとこも、すき」

 

 はいはい、オレもそこで甘ったるい空気出せる結良が堪らなく愛おしいよ。

 それに、四月になったらこの二人きりで過ごせるラブラブ空間が続けられるのかって言ったら多分無理だろうしな。事前面談、という名のそれぞれに会ってサシで会話した限りじゃヒナ蘭はセーフ、紗夜モカはギリギリセーフかくらい。残りはアウトだ。間違いなくオレはコイツらのぶり返した青春に振り回されることになる。

 

「ちーちゃん先輩はなんとなく察してはいたけど」

「リサとこころは、まだ始まってすらなかったからな」

「あーそっか、まだカズくんにちゃんと愛してもらってないのか」

「……下ネタか?」

「ばか」

 

 余計なことを言ったせいで拗ねられて数分くらいを駐車場で費やすことになった。マンションの駐車場だ、他よりは安全だろうけどやはり他の住居者とかもいるわけで、まぁ誰も来なくてよかった。おかげで早く部屋行きたいという一言を引き出すことができたんだからな。ただヒナには絶対しねぇって言い含めてたんだけどなと思った。いや最後までじゃねぇからな、何がとは言わねぇけど。

 

「カズくんってホントに、えっちなんだから」

「悪い悪い……んで、風呂とどっち先にするんだよ」

「……カズくん」

「仰せのままに」

「ちょ、ここまだ玄関……っ!」

 

 それから少しして、湯船に一緒に浸かってオレを背もたれにして口を尖らせるかわいい恋人は、お風呂が先って言ったらどうするつもりだったのと問われたけど、そりゃ一緒に入ってただけだろ。それが早いか遅いかの違いだからなと笑うと耳まで真っ赤にして再びばかと罵られた。それが別に嫌じゃないのサインだって知ってるオレが我慢できるわけねぇんだよな。なにせ相手が結良だからな。

 

 

 

 

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