青春エピローグと黄昏ティーチャー。 作:禁止薬物
①艦橋ロマンス
バカンス、と言えば日本人には馴染みのない長期休暇だ。思いっきりまとめて休みを取ることで心身ともにリラックスをし、その後の業務に励む。そんな自分に対してのご褒美のようなもんだ。
──オレもこの七月頑張ったご褒美の意味合いがあればよかったんだけどな。
「いつかを思い出すわね」
「……それなんだよなぁ」
「なにそれその辺、詳しく」
「あたしとか千聖ちゃんが高2の時にみんなで海に行ったことがあるんだよ」
「JKに囲まれてハーレムバカンスってこと〜?」
「ちっとも休まらねぇバカンスだったな、あの時も」
そう、一番近いシチュエーションはプールか海に行きたいとか言い出したバカヒナをなだめるためにスキャンダルにならねぇようにできるならいいと条件を出した結果、どっかの太陽サマの紹介で貸し切りのプライベートビーチと別荘で、思っていた人数よりも遥かに大所帯で過ごした時のことだ。いい思い出っぽく言ってるがオレとしてはあの時と同じというのは憂鬱で仕方ねぇんだよ。
「当時は紗夜ちゃんとは仲良くなかったわね」
「そうだな」
「たまに出てくるけどわたしからするとツンツンしてる紗夜ちゃん先輩が想像できない」
「あはは、でもおねーちゃん、最初は本気でカズくんのこと嫌ってたんだよ」
あの時は紗夜がオレのことを敵視してたから四人の相手でよかった。しかもそれぞれ松原とか奥沢とかのブレーキがいたからな。こいつらも明け透けに迫ってくることもそうなかった。
けどあの時とは何もかもが違うことがある。
「やっほ〜☆」
「こんばんは」
「よう、リサも紗夜も思ってたより早かったな」
「あれ、こころはまだなんだ」
「みてぇだな」
集合時間は以前とは違い夜の10時、オレは結良と一緒に四十分前から、仕事終わりの千聖とヒナが三十分前に、バンド練習が終わった紗夜とリサが集合時間の二十分前にやってきた。
あとは幼馴染コンビが今から向かうと連絡があり、レナはおそらくギリギリ、こころも多分同じくらいだろう。
「にしても紗夜のテキパキさはすごかった〜、いつもそうだけど今日は本当に五割マシ?」
「そ、そんなに変わっていません」
「やっぱり想像できない!」
「どうかしたんですか?」
「いやな、昔に同じようなシチュエーションで海行ったことあったよなって」
「ありましたね」
少しだけ恥ずかしそうに肯定する紗夜を見てヒナが楽しそうに、千聖がややからかい混じりに笑みを浮かべた。リサもそれで何かを察知してニヤケ顔で紗夜を見つめる。
そういやあのバカンスに紗夜を派遣したのもリサだったな。
「そそ、アタシは行けないからって花音とかにも頼んだね」
「おかげで思ってたよりも快適だったよ」
「私たちが一成さんに目を光らせてましたから」
「目を光らせるべきなのは我慢のできない肉食獣どもだろうが」
「いいなぁ」
結良の言葉に対して紗夜はふふと優しい笑みで頭をなでていく。
過去に起こったことは変えられるわけがねぇ。結良はあの時はまだオレたちとは知り合ってすらなくて、つかそもそも中学生で。
そんな結良からすれば自分のいねぇ間にあったドタバタだったり、恋愛したり、教師と生徒ってなんだっけと疑問をどっかに捨てた時間は羨ましいものなんだろうな。
「ゆーた〜ん」
「わ、モカちゃん先輩、蘭ちゃん先輩も」
「相変わらず早いね、みんな」
「そうだな」
「今日は思う存分、ゆーたんといちゃいちゃ〜ってするからね〜」
「オレじゃねぇのか」
「あたしは〜、ゆーたんの味方する〜って決めたも〜ん」
「なぁ蘭、これが
「自業自得でしょ」
蘭の名刀のような一言で斬って落とされ、オレはよくわからねぇ感嘆しか口から出なかった。そもそも創作なんかの寝取られってたまにいやそれお前の自業自得だろってツッコミ入れたくなるのあるしなってそうじゃねぇよ。
モカと和解したものの、やっぱりまだどうやら向き合うと感情が抑えられないんだろうな。それを結良で発散するのもどうかと思うがな。それもまぁ自業自得の範囲か。
「あんたらって、いつも騒がしいね」
「レナ」
「すごく盛り上がっちゃって」
「まぁ、これが本来のあいつらだからな」
レナもやってきたところで、最早見慣れた車が駅のロータリーに止まった。
その見慣れたという感想を抱いたのはオレだけでなく、むしろレナ意外の全員だったようで自然に車の近くへと移動し始めていた。
「こんばんは、少し準備に時間が掛かってしまったわ!」
「いや、時間的には問題なしだな」
「これで行くの?」
「おう、中はもっと広く感じると思うけどな」
「ガチのお嬢様なんだね、あの子」
そう言いつつ、オレの隣で少しだけ身体をくっつけてくるレナに対して、苦笑いを浮かべたくなっちまう。
前回は四人だった。蘭とモカと、ヒナと千聖の四人。これがオレの腰と頭を悩ませていたやつらだ。
──けどそれが今回はどうだ。前回安全だったはずの紗夜とこころがいて、リサがいて。果ては結良とレナも同じことを言い出しかねねぇからな。
「よかったじゃん、ハーレムで」
「嬉しかねぇな」
「ふん、あたしは遠慮しとくから」
「それは困るな」
「なにそれ」
「後悔させたくねぇからな」
「……変態クズ教師」
「さぁ、出発するわよ!」
ありがたい罵倒をいただいたところでこころが手を引いてきて、夜にあっても太陽が出てるのかと勘違いしそうなほどキラキラの笑顔でオレを誘ってくる。
はぁ、こんなバカンスを軽率に許可した少し前のオレを殴りてぇ。でも結良が今のこころに負けないくらいの笑顔で言うんだからしょうがねぇんだよな。
「ねね、みんなとどこかお出かけしたい! 夏休みだし、海とか!」
「……それは、8月中になんとかしろってことか?」
「カズくんなら、できるでしょ?」
「できる限り、誠心誠意込めてやらせていただきます」
「下ネタ?」
「ちげぇよバカ」
──とまぁこんな感じで。結良の頼みとあればオレは最高の結果を引き寄せてみせるってもんだ。それでオレの腰がとんでもねぇ結果を巻き起こそうともな。
港までの道のりはいつもだとじゃんけん大会が始まって、上座にいるオレの両隣を争うことになるんだが。
「え、わたしとこころんって決めるのか」
「ゆーらちゃんが決めるのはズルくない?」
「ん?」
「……ゆーたんつよ〜」
「あたしでいいのかしら?」
「もちろん!」
「お前が許可出すのかよ……」
「な、なら……失礼するわね」
つかなんで照れてんのこいつ。慣れないリアクションされるとこっちも照れそうになるじゃねぇか。
まぁそんな照れなんて感じる暇もなくもう片方にいる結良が抱きついてくるからそっちの相手も含めてフラットに戻っちまうけど。こころはなんかそんなオレのテンションに少しほっとしたみたいな顔をしてた。
「一成は、やっぱり一成なのね」
「なんだ、別だったらよかったか?」
「わかっている質問をしてくるのは、いじわるなのよ?」
「誰の受け売りだ、おい千聖」
「さぁ、誰かしらね?」
どうもテンションが違うな、とオレはやや戸惑っていたが、モカが大きなあくびをしたあたりで察しがついた。
そうか、この健康良児、早寝早起きが基本の生活習慣良い子ちゃんだった。もう眠い時間なのか。そう思って手を握ると幼児よろしく体温が少し高くなっているらしい。
「これでも……少しは夜ふかしできるようになったのよ?」
「そうかよ」
「あなたが、寝かしてくれないもの」
「……そうだったな」
でもそれは、オレであってオレじゃねぇんだよな。その会話をしたのは、今のオレじゃなくてこころに惹かれて結婚しちまったオレと、想いが通じて最高に幸せだったこころのいじらしくも愛おしい会話だ。
──過去形で、そうだったななんて言う権利は本当はオレにはねぇし、それに対して頬に触れてキスをする権利も本当はねぇ。
「はぁ……マジでどうすっかな」
「なにに悩んでるの?」
「ようレナ、タバコか?」
「ん」
すうすう寝息を立てたこころをあやしているうちにいつかの時のように車ごと豪華な船に乗せられて、オレは夜の海風にあたりながらタバコを吸っていた。レナは悩めるオレの話し相手になってくれるつもりなのか口にタバコを咥えたまま火をよこせというリアクションを取ってきた。
「なにこれ、安物じゃん」
「別に喫煙に独自のスタイルを求めてるわけじゃねぇし」
「なんだ高いヤツだったら海に捨ててやろうと思ったのに」
「最低すぎるだろ、オレにも環境にも」
百円ライターがお気に召さなかったようでオレに返してくれる。そのまま海に背を向けて口から煙を出した、すっかり軽装のそのまま就寝できますみたいな格好のレナが視線だけオレに向けて、それでと訊ねてきた。
「なにに悩んでんの、センセーは。今夜のお相手?」
「んなわけねぇだろ、こころとリサのことだよ」
「……どっちにするかって?」
「あのなぁ」
「ジョーダンじゃん……あの二人だけ、学生時代に抱いたことなかったんでしょ?」
「それが原因で色々拗らせてる……って言えばいいのかな」
二人は、あの二人だけはまだどっかで今のオレにもしもの記憶の中にしかないオレを見てる。一緒に過ごしてても、それこそ抱いてても。リサは隠すのが上手だから普段はオレでもその瞬間はわからんが、こころは隠しごととかはクソほどに下手くそだからな。唯一上手だった隠し事は、オレのことを好きって気持ちをあの五人に隠した時だけだ。
「ってお前に相談すんのも、申し訳ねぇことなんだけどな」
「あたしはいいよ、ちゃんと……とは違うけど答えを見つけたんだなぁってわかるから」
「未練は、オレの傍から逃げ出したことだからだってか?」
「うん、だから今度こそこうして傍にいて、たくさん話して、伝えて……卒業する」
「レナ」
自他共に認める生徒ゼロ号は、その三年間を過ごし切ることがなかった。
それは単にオレたちに隠し事があったからとも言えるわけで。オレは隠してるっつうか蓋して忘れてたんだが、お互いに腸を見せずに終わっちまった関係だからな。
「その言い方だと元カノみたい」
「似たようなもんだろ、実際……きっと由美子のこと吹っ切れてたら、オレはお前に好きって言ってた気がするよ」
「ぷっ、マジ?」
「笑うなよ」
「いやぁ、一成から告白してきた未来とかもあったのかぁと思ってさ……どんな告白だったんだろう」
煙を吐き出しながら空を見上げてレナはつぶやいた。周囲に灯りになるもんがねぇからか、海上は星明りが夜の紺色を埋め尽くさんとばかりに輝いていて、オレも同じように息を吐き出した。
──さぁな、確実に言えることは「好き」だなんてまっすぐな言葉を吐けるほどオレはまっすぐな男じゃねぇってことだけだ。
「カッコつけてきそう」
「ちなみに、オレはカッコつけねぇ告白をしたことがねぇんだよ」
「だっさいね、一成って」
「うるせぇ」
からかうように笑ってくるレナの頭をわしゃわしゃと多少乱暴に撫でる。だが形だけでも嫌がるかと思いきや全くそんなことはなく、むしろオレに頭を寄せてくる始末だった。
だっさいオレに甘えるお前も大概なんだよ、レナ。
「さ、どうする?」
「どうするってなにが」
「予定だと一時間ちょっとくらいで着くってさ」
「そんなもんか」
やや名残惜しさのあった唇を離し、腕時計を眺めて黒服さんがたに言われた予定を再確認していると、レナの手がオレの腰に伸びてくる。身体がくっついて高校生の時よりも明らかにボリューミーであろうレナの凹凸を身体で感じる。
艶かしいまでに女となった元教え子の仕草に、オレは何を言わんとするかを察した。いや察せなかったらあいつらに逆に怒られるな。
「だから、あの子たちとゲームして盛り上がるか」
「か?」
「……あたしと二人っきりで盛り上がるか」
「言ってて恥ずかしくねぇのそれ」
「デリカシーないの──っ!」
まぁ煽られたら弱いってのはオレの悪癖なもんで。レナと同じように華奢な腰に腕を巻きつけて、ロマンスには程遠い口づけを交わす。何度か抱いたはずだがまだ慣れねぇのか、ちょっとびっくり気味なのが妙にかわいいと思うのは、もはや惚れた弱みを通り越してる気がするな。
「レナの部屋でいいな?」
「ん……いいよ」
まさかバカンス一日目どころかゼロ日で女を抱くことになろうとは思わなかったな。しかもなんの因果か相手もゼロ号で。
どうせモカあたりがあいつらにリークしてまた一日目からてんやわんやになるんだろう。そもそもホテル到着したらしたで誰に迫られるかわかったもんじゃねぇし。
──後で知ったことだが、どうやらレナの言っていたゲームってのが今晩オレの部屋に夜這いをする誰かを決めるための仁義なき戦いだったらしい。やっぱハーレムエンドなんて絶対にお断りだ。いくら一番ラクしてハッピーエンドとはいえこんな生活してたら身体が保つわけねぇだろ、オレは絶倫じゃねぇんだよ。