青春エピローグと黄昏ティーチャー。 作:禁止薬物
そして、無事に新学期になったオレは最後の最後まで結良に甘えっぱなしという恥ずかしい状況になりながらも、教壇に立つための覚悟を決めることができた。ここの教壇に立った瞬間、オレは生徒を送り出す気になって満足していた頃のオレでも、理想を失って死んだように過ごすオレでもなく、アイツら問題児集団と関わっていくために奔走した不良教師に戻った。
「よ、千聖」
「あら……先生」
「いいよ、別に呼び方は」
「カッコつけすぎると結良ちゃんに怒られるわよ?」
「それは困るな」
ただ今回は相手も大人だし、当時のような大変さはねぇとは思ってる。思ってるんだが、千聖がなぁ。紗夜やモカは正直、危ないという感覚はあるけどこころやヒナと一緒にいたから割となんとかなってるところもある。あれからちょいちょい連絡来るし、結良にも会いに来てるからな。
──すると、コイツの激情をなんとかしなきゃいけねぇわけで。自覚のある黄昏ティーチャーの仕事は多岐に渡るんだな。
「今日は松原とデートか?」
「違うわよ」
「よかった、オレ、多分嫌われてっからなぁ」
「何したの?」
休日にはいつもの羽沢珈琲店で独り窓側の席に座る千聖に話しかける。何したって、千聖の幸せを勝手に決めて泣かせた。勝手に二番目に成ったせいだな。当時はよくわかってなかったけどな。
そんな説明に頬杖を突いて深い溜息を吐く千聖は、なんつうか昔のような顔をしていた。あれだな、甘えたいって気持ちをひしひしと感じる、拗れる前の千聖の顔だ。
「これで構ってたらそれこそ松原に殺されちまうよ」
「いいじゃない」
「よくねぇ」
「そう、ふふ……そうよね」
寂しそうに笑うんじゃねぇよ。こっちは前と違って一種の縛りプレイで黄昏ティーチャーやんなきゃいけねぇんだから。ただ、千聖はそんなこと関係ねぇとばかりにオレに向かって流し目をしてきやがった。言葉少なく千聖が誘う際の仕草、または冗談が多分に交じった仕草の二択なんだが。これは前者だなってくらいはわかるようになっちまったな。
「千聖」
「なによ」
「二番目、なんだろ」
「そうよ」
「二番目にしか頼れねぇこととか、あるんじゃねぇの」
「ないわよ、あなたに頼れることなんて」
冷たく言われちまうけど、目はどこか期待したような、だけど値踏みをしているような。なんか懐かしい気分になっちまうな。
最初に会った時の千聖は踏み込んできてるようでその実、めちゃくちゃ慎重に近づいてくるヤツだった。
──変わらないんだよな、本質は。どんなに取り繕っても、どんなに必死で否定しようとも、過去や積み上げてきた人間性は変わんねぇよな。
「ちょっと恋人ができても、オレやお前は変わんねぇよな」
「……それ、結良ちゃんに聴かれたら」
「そん時は、必死に謝るさ」
もう過去ばっかり見てるわけでもねぇ。自分がどうなってもいいからコイツらが幸せならいいとかも思ってねぇ。
けど、別に聖人になりてぇわけでも善人になりてぇわけでもないんだ。悪者でもいい、大好きだった生徒たちの、愛してた女たちの後悔して悲しんでる後ろ姿を見ねぇフリすんのは、絶対に嫌なんだよ。
「千聖」
だから、手を伸ばす。それが世間一般的には褒められたことじゃねぇのなんて今更で。またその正しくねぇって部分でオレが躊躇ったせいで今までコイツらを泣かせてきたのも事実だからな。
その手の先にある甘すぎる毒に気づいたのか、千聖は驚きの表情でオレを見上げた。
「あなたは、どうして……そうバカなの?」
「好きだった女たちに好きだってマジメくさって言えなかったからな」
「バカ」
お前に必要なのは、もう一番でも二番でもねぇだろ。つかオレとしてもあの優良物件に白鷺千聖ってめんどくせぇ女を押し付けた責任があるんだよなぁ。いざとなりゃ回収業者もやんなきゃいけねぇわけで。
そりゃあの朴念仁という名の聖人が千聖を手放す気がねぇってのは知ってるけどさ。つかオレはコイツらのカレシに恨まれなきゃいけねぇのか、めんどくせぇことになってんな。オレのせいなんだが。
「あれ、千聖ちゃんと……清瀬先生、ですよね?」
「おう、丸山か」
「はい! なんだかお久し振りですね!」
そんな誘いを掛けて揺れてる千聖に後ひと押しだって思ったところで、オレは既知の声に振り向いた。そこにはまぁすっかりあどけなさを失ったようでもありながら、それでも笑顔は正しく彼女の職業そのものだという称賛すらするような美人でありかわいい子でもある、アイドルがいた。
──丸山彩、花咲川に交換された時は話してみればフツーのガキだと思った記憶があるんだが、人は変わるもんだ。見違えたよ。
「えへへ、そうですか?」
「しゃべると安心するけどな」
「そういう先生も、変わらなさそうで安心しました」
この年になると変わらないって言われる方が嬉しくなっちまうな、と笑うとそうですねと丸山が微笑む。その笑い方もすっかり大人でアイドルになってるのは、子ども成長の早さみたいなのを感じるな。
まぁ、その間で見た目以外は特に全然変わんねぇアイドルさんもいらっしゃるわけだけど。
「え〜、千聖ちゃんもしかしてまた喧嘩したの?」
「……またって言い方はよくないわね」
「だって」
「そういうあなただって風の噂で痴話喧嘩してたって言ってたわよ」
「うっ、それは……」
アイドルの会話とは思えねぇけど確かヒナが会議室の中でめっちゃデカい声で喧嘩してたよってゲラゲラ笑いながら教えてくれたな。どうやらあのクズマネージャーも元気にクズやってるらしい。憎まれっ子は世に憚るらしいからお互い息災だとなんとなく安堵するな。千聖がなにやらクズを見る目をしていると後ろからおずおずと声を掛けられた。
「あ、あの〜お席は」
「あ、私待ち合わせだからこっちで」
「この男は私と相席でお願いするわ」
「かしこまりましたっ! 清瀬先生はいつものでいいですか?」
「おう」
ツインテロリっ子に声を掛けて……って言ってもあの子って宇田川妹と同年代だったっけ。まぁそれはいいや、とはいえオレは常連、顔見知りのためいつものようにブレンドコーヒーを頼み千聖の向かいに座る。
どうやら話は訊く気になったみたいで安心したよ。
「どういうつもりかしら?」
「……もしかしてなんにも聞いてねぇのかお前」
「ロケよこっちは」
「あー」
忘れてた、って言ったらキレられそうだけど、こいつそういや謹慎解けたんだっけか。昔の遊び友達という名のお得意様の圧力もあって即座に復帰、パスパレとしてはまだ動かすわけにはいかねぇけど女優としての仕事は舞い込んでくる、みたいな話だったか。ロケか、しまったな。そりゃ知らねぇわけだ。
「そ、それなら早く言ってくれればいいのに」
「悪い、連絡し忘れてたオレのミスだ」
「それに、みんな遊びに行ってたのね」
「おう」
「……ずるいわ」
そう言って千聖はついに頬杖を崩して机に突っ伏した。コーヒーを運んできたロリっ子ツインテ、もとい二葉もそれには驚きの表情をしていた。悪い、気にしねぇでくれ。羽沢から常連の特徴みたいなまとめをもらっているらしい二葉は大丈夫です! とあんまり大丈夫とは思えねぇ感じに言われたが。
「珍しいな」
「そりゃそうよ、あの日からすぐにロケでカレにも会えない、あなたに後悔も伝えられない。そんな日々を過ごしていたのだから」
頭を撫でてやるとめちゃくちゃ甘えてくる。完全に幼児退行かつ普段の仮面をどっかに置いてきちまったなコイツ。オレとしてもここまで甘えん坊な一面を出された記憶は、現実の時間軸にはねぇな。なんならあの幸せいっぱいの世界でもここまで甘えられたことってあったかってレベルだよ。
「甘えられなかったもの、ずっと」
「そうだったな」
「甘えたかったの、ずっと」
「そうか」
「もっと、もっと素直な言葉を言いたかった」
「オレもだ」
「すきって、泣いて縋りたかった」
「知ってる」
ならカレシにもそう言ってやれよ。絶対お前がそうやって素直になる日を待ってるんだからな。ああ嫌われることなんてねぇよ絶対に。なんせ恋愛相談されてるの誰だと思ってやがる。どうしてもダメそうな時にはお願いしますとか言われて、こう言ったらめちゃくちゃ失礼なんだがこの男はもしや
「あるんじゃないかしら、ドMだし」
「お前……」
「そうよ、あの朴念仁ったら、時々あなたと同レベルのバカなのよ?」
「引っかかる物言いだなこの野郎」
なんでも、浮気しようかしらってチラ見したら真剣な顔でそれで千聖がちゃんと戻ってきてくれるならそれで構わないって言い放って、オレとマジで浮気してきてそれを報告したら
「んで、どうすんだよ?」
「私、そういう軽い女になりたくないわ」
「じゃあ、後悔は?」
「もうそれも顔見て、甘えただけでどうでもよくなってしまったわ」
「嘘だな、それは」
「……そこは気づかないフリした方が賢いわよ?」
バカでいいんだよバカで。賢いフリして千聖が後悔したまま爆発しちまうよりは、後で土下座した方がマシだよ。
それは千聖もそうなんだよ。別に賢いフリしてなくて、わがままな魔王様でいい。むしろそうやってオレを振り回してくれよ。お前にはフツーの恋なんて必要ねぇんだろ?
「気づくのが遅いわよ、早いのも嫌だけど、遅いのも嫌よ」
「知ってるよ、焦らされるのは……だろ?」
「なら、連れ出してくれるのよね? この独り退屈な日常から」
「行くか、ほら」
「……ええ♪」
まぁこれは始まりに過ぎねぇ。今までは全員がオレと距離を取って誰もオレと再び関係を結んでなかったから我慢できてただけで。誰かが抜け駆けすればなし崩し的に全員が迫ってくるってのがうちの生徒たちの困ったクセで。
そして結良はもちろん、オレは土下座しなきゃならねぇやつが増えちまって。
「……本来は、こんなこと報告することすら、許せることじゃねぇとは思うけど」
「そうですね、千聖が求めた手前、言葉では幾らでも言えますけど……実際に報告されると非常に腹が立ちますね」
「悪い、全部オレのせいだ」
「はい、清瀬さんはいつも、そうやっていつも自分勝手な正しさで、人を苦しめるんです」
ぐうの音も出ねぇ。オレが抱えた業、オレに関わるやつらを笑顔にしようとしてこなかったせいでこの現状なんだ。その誹りは甘んじて受け入れるさ。だけど、覚悟したとしても胸が痛んだ。今、風呂に入ってのんびりしてる千聖にも、またちゃんと謝んねぇと。
だけど、彼は優良物件というオレが評価した通りに、千聖が素敵な人だと表現した通りにまっすぐ言葉を向けてきた。
「信じてますよ、どちらのことも」
「ああ、ありがとう」
「はい、それじゃあ」
「私には、何かないのかしら?」
そこで男との電話を終えようとすると風呂上がりの、中々刺激的な格好をした千聖がそこにはいらっしゃった。千聖は誰と電話しているのかわかっていたらしく。
オレからスマホを引ったくり、千聖は何故か楽しそうに言葉を紡いでいく。
「そう、そうよわかってきたじゃない……ふふ、ええ、私も……ちゃんと戻ってくるから、安心して頂戴、なんて言っても信用しては……そこは疑いなさいよ、お風呂上がりなの、意味はわかるわよね? そう、よくないの……ええ、ごめんなさい」
そこには、確かにオレのよく知ってる、けど知らねぇ千聖がいた。でも、それでいいんだ。
やっぱり、オレの見る目は間違ってなかったな。そこに至るまでの道筋はえらく間違いが多かったけど、千聖は間違いなく幸せになれる。そういう確信があった。