青春エピローグと黄昏ティーチャー。 作:禁止薬物
放課後になり屋上でのんびりしているとカズくん、という声が掛かって振り返った。そこにはうちの生徒の中でのアイドルコンビが立っていた。一人は先日から元に戻って、正しい意味でやり直してる白鷺千聖、そしてもうひとりはもう呼び方の時点で説明する必要はねぇと思うが氷川日菜だった。
「ヒナ、千聖も」
「三年生の担任になったのに暇そーだね」
「だろ、実際は休憩中なだけだがな」
千聖は何も言わないし、なんか表情が固い。そんでヒナが連絡もナシに突撃しに来たと。なるほどな、さてどうしようか、今頃結良のヤツは新入部員と色々な計画を立てている最中だからな。助けに来てくれそうな人は誰もいねぇんだよなぁ。
ヒナのヤツ、表面上はいつもと代わった様子は見られねぇけど、オレの勘と経験が伝えてくる。
──メンヘラ悪魔だもんな、コイツ。安定してきてるとはいえ、根っこが変わるわけじゃねぇもんな。
「あは、カズくんわかってるーってカオしてる♪」
「浮気すんのか? オレじゃないやつと幸せになるとか言ってたヤツが」
「か、一成さん……あんまり煽るのは」
そうだな、煽ると危ないのは理解してるけど。けどヒナはオレの横を通りすぎてポケットから見慣れたタバコを取り出して、オレに向かって手渡してくる。おいお前、一応屋上どころか学校の敷地内は全面禁煙なんだからな。それは昔から変わんなくて、いつもオレも破ってタバコ吸ってたけどさ。
「ライターは」
「カズくん持ってないの?」
「……いや、持ってるけど」
「じゃそれ使う」
百円ライターを手渡したところで悪いけど、と目線を送ったところで巻き込まれたであろう千聖はため息混じりにそれじゃあ結良ちゃんのところに行ってるわねと去っていった。残されたのはヒナとオレの二人だけ。それこそコイツに振り回されていた頃のように、言葉ではなくタバコの煙でお互いの時間を消費していた。
「千聖ちゃんと、えっちしたの?」
「ああ」
「ゆーらちゃんがいいって言ったから?」
「……そうなるな」
「ふーん」
怒ってる、だろうなそりゃ。結良にならって送り出したハズがこの体たらくだ。殴られてもおかしくねぇだろうよ。そう思って、殴られる覚悟も、ヘラって犯される覚悟もしていたがヒナが選んだのは肉体的な訴えではなく、紫煙をじっと見つめながらのか細い後悔の言葉たちだった。
「あたしのせいで、カズくんはおかしくなっちゃった」
「そうだな」
「そーじゃなくて、あたしが変に浮気したせいで……みんな」
「それはお前のせいじゃねぇだろ」
それを誰かのせいにするつもりもねぇよ。そりゃあん時は裏切られた、とかやっぱり都合が良すぎたんだとか思ってヒナを突き放したけどさ。結局はオレがお前のことを信じてやれなかったせいであって、オレが素直にヒナのことを好きだって言えなかったせいだ。絶対に、そこは譲らねぇよ。
「つか、お前の後悔はそれなのか」
「当たり前じゃん! あたしが、カズくんの笑顔を奪ったんだから」
「……ヒナ」
手すりに顔を伏せて、涙声で懺悔の言葉を紡いでいくヒナに、オレは胸が締め付けられるようだった。
確かに、あれが始まりだったのかもしれねぇ、けどオレとしてはモカのこともあったから何かきっかけを探してたって事情もあるんだよな。そのきっかけってのを全部ヒナに持たせたオレの責任だ。
「カズくん」
「それに、オレは今のお前の言葉がめちゃくちゃ嬉しいって思っちまうんだよな」
「うれ、しい?」
「大人になったな、ヒナ」
このやり取りそのものに、オレはヒナの成長を噛み締めていた。あのバカヒナがこうやって誰かの笑顔のことで悩んでる姿が、誰かの幸せや気持ちを汲み取ろうとする姿勢が、誰かをまっすぐに愛してるんだってわかる言葉が、全てがお前の成長の証だ。愛されないからってただヘラるだけのクソガキだったお前が、わがままにタバコ吸った後にはキスしよえっちしよって迫ることしかなかったお前が。
「いい女になったよ、ホントに……それでこそオレが愛した生徒だ」
「っ、うん……あは、あはは、やったぁ、カズくんに褒められちゃった」
「お前にとって、オレはちゃんとした教師にはなってあげられてねぇって、ずっと思ってたからな」
「そんなことないよ、あたしはカズくんを、
「おい」
「だって、香織ちゃんの方がセンセーって感じなんだもーん!」
まさかヒナからこんな言葉を貰えるとは思ってなかった。そうか、ヒナにとって高校時代にいたオレや香織のことは、ただ数年いただけの教師じゃなくなってたのか。ただ二年間いたはずなのに一年の香織に負けてるのは納得できねぇところはあるけどな。それは、ホラ別の意味で教師っぽくねぇからな。認めてやらんでもない。
「だね、あたしにとってのカズくんは……初恋の人、かな?」
「オレより前にカレシいたクセにか?」
「それはどうでもいいとして〜、カズくんってカレシじゃないし?」
「……ぷっ、はは、そうだったな」
いっつも口酸っぱくしてたな、オレはお前のカレシになった覚えはねぇってな。そうやって思い出を語っているうちにすっかりタバコは短くなっていて、ヒナが携帯灰皿を取り出して火を消した。
空は黄昏の色で、ヒナと並んでその空を見上げるシチュエーションの後はいっつも同じだったな。
「そっかぁ、あたし大人になってたのか」
「おう、つかヒナは課題達成だな、流石ヒナ、一番乗りだ」
「あ、そだね」
青春を生きて、もういいなってなるまで、お前は好きに生きてみろ。
オレがいつか暴走したヒナを抱きしめた時に言葉にした約束っつうか、一方的に突きつけた宿題みてぇなもの。五人全員にちゃんと配っていったんだがな。どうやら真っ当に達成した最初の生徒もヒナらしい。なんだかんだでオレの抱えてた問題児軍団の中じゃ、優等生だったな、ヒナは。
「ご褒美はいるか?」
「せっかくだし、後悔した分はもらっちゃおうかな」
「待った、屋上は無し。結良が迎えに来るから」
抱きついてキスしてこようとしやがるから止める。流石に浮気を目の前で堂々とすんのはナシで頼む。ヒナは文句言うかと思ったがそれもそっかと笑ってじゃあ暇な時にデートしよーよとオレの腕に抱きついてくる。そうだな、ついでにリサをどうしようかとかの相談に乗ってくれると助かるな。今じゃすっかりお前はオレの味方でいてくれるみたいだからな。
カズくんとヒナちゃん先輩がくるりと振り向いたところで、わたしとちーちゃん先輩は急いで天文部の部室へと戻っていく。ちーちゃん先輩が来た頃には次の天体観測の予定は概ね決まってて、新入部員の二人と三人で駄弁ってたところだった。
──それからちーちゃん先輩による上の様子を出歯亀するかという問いには、二人にはあっさり断られてしまった。
「あれが、みんなの先生だったカズくん、か」
「ええ、そうね」
あれが昔だったらちゅーして、そのまま屋上でえっちまでしてたみたい。ヒナちゃん先輩の求めるままに流されて、半ば日課と化した性行為って、本当に教師としては最低のクズだったんだなぁってことはわかった。まぁ今はわたしとうものがありながら浮気宣言してるから人間としてもクズって名称で間違ってないけどね!
「あなたが許可したのでしょう?」
「じゃあ、えっちしないで、浮気したら許さないってゆったら、ちーちゃん先輩はスッキリしてた?」
「……それは」
だよねぇ、浮気一番乗りはちーちゃん先輩だもんねぇ。とはいえ、わたし的にはこころん先輩とリサちー先輩のが危ないと思ってるからそこはいいんだけど。
でもさ、ホラそれとこれは別ってゆーか、やっぱ恋人なのになぁみたいなところは感じるのがフツーなわけじゃん? 嫉妬しちゃダメって言われたら床に寝転んで暴れてやるんだから!
「なーに千聖困らせてんだよ結良」
「……む、困らせてないもん」
「そ、そうよ一成さん、大丈夫だから」
鬼のような形相で睨まれてしゅんとしてしまう。はい困らせてました。ちーちゃん先輩が浮気したの気にしてるの知ってて暴れてましたごめんなさい。結局そのことすら見抜かれてちーちゃん先輩はおろおろした挙げ句に感情の行き場を失ってカズくんに隣のお部屋に連れてかれてしまった。
「ダメだよ、千聖ちゃんはあたしとかと違って気にするんだから」
「……ヒナちゃん先輩も気にしてほしい」
「あはは、無理無理」
いや無理無理じゃないんですよ。そんなカラっとした笑顔で否定しないでほしいよ。今頃ちーちゃん先輩はカズくんに甘えまくりですよ、なんならちゅーとかもしまくりですよ。それで我慢できるの? わたしは絶対無理だよ。
──でも、五人でカズくんを取り合ってみたりシェアしてみたりしてたヒナちゃん先輩はよしよしと笑顔でわたしの頭を撫でるだけだった。
「ごめんね」
「なんで、謝っちゃうの?」
「やっぱりさ、あたしのせいなんだよ」
それ、ちーちゃん先輩もゆってたよ? カズくんがわたしと付き合ってるのに浮気しなきゃいけない原因は自分なんだって。みんなみんな、自分に責任があるって。きっと、蘭ちゃん先輩も、紗夜ちゃん先輩も、モカちゃん先輩も、同じことを言う。でもカズくんに訊けばなんてゆーかなんてわかりきってた。
「オレがダメダメでクズだったから、かな?」
「だと思う」
「……あはは、みんな考えてることはおんなじだ」
本当はきっと、誰のせいでもあって誰のせいでもない。みんなその時は必死で、先輩たちは自分の青春を生きるのに一生懸命でカズくんの幸せが何かに気づいてあげられなくて、カズくんは教師としての自分を取り戻すのに一生懸命で、みんなを傷つけたことにも気付けなかった。
──今は、昔のやり直しをしてる。それを未来に生きてるわたしが見ちゃってるだけ。
「じゃあそんなゆーらちゃんに、あたしからアドバイスしてあげる」
「え、なに?」
「カズくんのこと、いーっぱい振り回してあげて、愛してよって言えばカズくんは気づいてくれるから」
「……いいのかな?」
「そーやって遠慮したから、あたしたちは今こうやってカズくんに頼らなくちゃいけなくなってるんだからね」
クズ教師として忙しくてもなんでも、カノジョであるわたしの声には振り返ってくれる。ヒナちゃん先輩はそうやって笑ってくれた。そうしているとカズくんとちーちゃん先輩が戻ってきて、わたしに向かってこれ以上先輩をいじめてやるなよと声を掛けてきた。ごめんねちーちゃん先輩、と謝ると元のアダルティな余裕を取り戻した先輩は逆に借りてしまってごめんねさいねと謝られてしまった。
「ね、カズくん」
「どうした?」
「わたしにも遠慮なく、手出していいからね」
「……いいのか?」
帰り道、最後にしてくれて二人きりの時にそう言ってみると、やっぱり遠慮しようとしていたらしい反応が帰ってきた。もう、カズくんのバカ。わたしはカズくんの恋人なんだよ? 浮気相手には手が早いのにわたしに遠慮するのって意味わかんなくない? と謎の怒りを向けたらカズくんは驚いたような顔をしてから、確かにと頷いた。
「後、今日も泊まるからね」
「おう……ホントは、泊まるじゃなくしてぇんだけどな」
「それはどのみち気が早すぎるから」
ああ、その言葉だけでわたしはカズくんを許せてしまった。そりゃあね、高校卒業したらわたしの家になる予定とはいえさ、まだ見つかったら色々と危ない目に遭うのはカズくんなんだよ? なのにそんな寂しそうな顔されちゃったら、嬉しいに決まってるじゃん。
──そう、卒業したらわたしの家にもなるんだから、その時までには他の女の子連れ込んでえっちとかしないでね。
「ああ、ごめんな結良」
「うん、その代わりわたしも遠慮なくわがままゆっちゃうからね」
「そうしてくれ」
すっかり慣れてしまったカズくんとの夜を過ごして、好きっていっぱい言いながら、名前をいっぱい呼んでもらって好きっていっぱいゆってくれて。わたしはカズくんの腕の中で荒く息を吐き出した。そのまま、また誘われながらふと、そう言えば、ヒナちゃん先輩はわたしのえっちがどうなってるのか訊いてきて、こんなこともゆってたなぁ。
「カズくん、あたしたちの先生やってた時はえっちしたいって誘ったことなかったんだよ」
「そうなの?」
「うん、誘われたのはカレシになってくれたあの夢だけ。つまり誘われてる結良ちゃんは、幸せものだね♪」
わたしなんて自分からよりカズくんからの方が多いのに、そう思いながら太腿を触れて押し倒されてキスされると、カズくんへの愛おしさが溢れ出して止まらなくなりそうだった。
浮気者なのに、そういうところは一途っぽいんだよねカズくんって。また一つ、カズくんのことを知れたから、とりあえず許してあげることにしたよ。