WとDouble   作:龍流

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前後編です


面授口訣

「ねえ、W」

「なんだ?」

「次は、いつ帰ってくるの?」

 

 帰りたい時に帰って休む。そんな生活をずっと続けてきたので、帰る予定を聞かれるのが、まず新鮮な驚きだった。

 滅多に帰らないような家なので、家具もろくに使ってこなかった。しかし、この数年でくたびれたソファは彼女の体重を覚えたのか、スプリングの沈み込みが一定になっている。

 太ったんじゃないか、と聞くと無言でクッションが飛んできたので、そういうことを気にする年頃にもなったのだろう。喜べばいいのか、悲しめばいいのか。おれはべつに親ではないので、よくわからない。

 

「今回は、ヘドリーの部隊と合流する。昔馴染みも多いチームで、任務の内容もつまらない護衛だ。半月もあれば、また寄れると思う」

「あ、そう。じゃあ、待ってるわ」

 

 赤い角に、短く切り揃えられた銀髪。鼈甲色の挑戦的な瞳に、短く息を吐いた。

 

「お早いお帰りを」

「心にもないことを言うな」

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◆

 

 

 

 戦場で、ガキをひろった。

 安っぽいアクションムービーの導入のような話だが、実際にその通りなのだから仕方がない。

 おれのような兵士を見た子どもの反応は、大まかにわけて三つだ。泣きながら助けを求めるか、喚きながらおれを殺せそうな刃物を突きつけるか。もしくは、すべてを諦めたような目でこちらを見詰めながら、弱々しい声で鳴き声をあげるか。

 実際、おれのようなサルカズは戦場では常に略奪者で、怯え竦んでいる子どもは奪われる側だ。だから、彼らには泣き叫ぶ権利くらいはあると思っているのだが、おもしろいことにその少女の反応は、おれの予想をすべて裏切った。

 

 少女は、その瞳をいっぱいに見開いて、おれを睨み据えていた。

 生意気そうなガキだな、と思った。

 

「きみ、1人か?」

 

 声をかけながら、物陰でうずくまっている少女に近づく。ひっそりと、頷く気配があった。短く、くすんだ色の銀髪が、誘うように左右に揺れる。その間から、角が見えた。サルカズだ。

 おれはそのまま、少女の手を取った。

 

「やめておいた方がいい」

 

 そして、冷えた地面に組み伏せる。

 おれの声がやさしかったから、上手くいくと思っていたのだろう。少女の手から、粗末な携帯爆弾を取り上げて、思わず深いため息を吐いた。

 まったくもって、油断も隙もない。これだからサルカズは、と同族嫌悪に苛まれる。

 

「自爆なんてしても、何の意味もない。そもそも、これの使い方もわからないだろう」

「じゃあ、教えて」

「あ?」

 

 予想もしていなかった答えに、今までとは種類の違う声が出た。

 聞き間違えだろうか? 

 

「さっき、あんたがこれを使って爆破してるところを見た。あたしにも、これの使い方を教えて」

 

 こんな粗末な爆弾と、大切な商売道具を一緒に語ってほしくはないが、とはいえ、おれは努めて言葉を選んで、彼女に語りかけた。

 

「……きみは知らないだろうけど、おれは殺人鬼だ。この街を破壊して、きみの両親や友達を傷つけた張本人だ」

「親も友達もいない」

「……あー、そうか」

 

 面倒だから、短剣でその細い首を掻き切ってしまおうと思った。

 そのまま殺してしまわなかったのは、本当にただの気まぐれだ。

 子どもにとって、降りかかる理不尽な暴力は、天災のようなもの。

 立ち向かうことは許されない。立ち向かうだけの力がないからだ。ただ受け入れて過ぎ去るのをじっと待つか、馬鹿のように逃げ惑うかの二択でしかない。

 

「きみは小さくて、まだ子どもだが、サルカズだ。だから……きみを楽にしてあげる前に、質問をしたい」

 

 しかし、この子は立ち向かおうとした。

 

 炎に向かう虫のように。

 罠に飛び込む獣のように。

 死が救済であるのなら、生きてこそ、苦しむことができる。

 

「戦場に、興味はあるかい?」

 

 おれの名はW。しがないサルカズの傭兵だ。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◆

 

 

 

 年頃の娘を持つと大変だ。ヤツらは、戦場で対峙するどんな敵よりも頭がキレるし、どんな商人よりも口も回る。

 家族がいる仲間から、半ば自慢のようにそんな愚痴を聞いてた時は、本当に暇つぶしにもならないくだらない話題だと思っていたが、こうして実際に年頃の娘と生活を共にする機会を得ると、今になってわかる。

 

「ねえ」

「なんだ?」

「私の服、あなたと一緒に洗わないで」

「なんで?」

「臭いから」

 

 なるほど。これはたしかによく口が回る。回るというか、おれにとっては致命傷である。腹にサンクタの弾丸をくらった時も、ここまで痛くはなかった。

 自称ジャーナリストの胡散臭い記者の取材を気まぐれで受けた時「ペンはアーツよりも強いんですよ! 言葉には力があるんです!」とのたまわれて辟易したが、なるほどたしかに言葉には力があるらしい。もっとも、そのジャーナリストはおれと一緒に同行した最初の戦場で空まで吹っ飛んでいってしまったのだが。

 

「戦場では水は限りのある貴重な資源だ」

「だから? ここはべつに戦場じゃないけど」

 

 たしかにここは、おれが個人的に確保しているセーフハウスの一つだが、しかしこの家の主は深く考えなくてもおれである。なぜおれが服を洗おうとして、この子に拒絶されなければならないのか。それがわからない。

 

「服、出して。別々で洗っておいてあげるから」

「自分で洗濯ができるようになるなんて、成長したな」

「ねえ、このマント、なんでこんなに臭いの? 最低。本当に無理。ありえない」

「……」

 

 おれはキツい物言いの女は大好きだが、年下の女の子から純粋に罵倒されると、それなりに心に響くものがある。

 臭い臭いと言いながらおれの着替えを抱える彼女を労うために、とりあえずおれはコーヒーを淹れることにした。もちろん、砂糖多めで。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◆

 

 

「なあ、イネス。年頃の娘ってどういう風に付き合っていけばいいと思う?」

「あなた、とうとう頭の中にまで爆薬を詰めはじめたの?」

 

 イネスは、部隊の中でも付き合いが長い優秀な傭兵であり、同時に隊の中でおれが知る限り最も良い女である。

 

「戦場で恋愛相談なんて馬鹿げてるわ」

「今は休息中だ。トークを楽しむのに話題は必要だろ」

「私はべつにあなたとトークを楽しむつもりはないんだけど」

 

 イネスはいつも物言いがキツイ女だが、戦場ではそれくらいじゃないとやっていけないので、それは当然なのだが、しかしそれにしても今日は、いつにも増して虫の居所が悪いように見えた。

 

「あなたが私に他の女の相談をするなんてはじめてじゃない。よっぽど良い女なのね」

「いや、まだガキみたいなもんだよ。乳も脚の肉付きもお前の方がよっぽど魅力的だ」

「最低」

 

 良い女は罵詈雑言を吐き捨てていてもかわいい、というのがおれの持論である。

 

「それで、どこで引っ掛けたの? その女」

「この前の戦場」

「私にとって戦場は生きるか死ぬかの場所なんだけど、あなたくらいの傭兵になると、命をチップにのせながら鼻歌交じりに女漁りもできるようになるのね。びっくりだわ、W」

「まあ、おれは見ての通り良い男だからな。佇んでいるだけで、女が寄ってくるのさ」

「ふーん。工業用源石の破片に寄ってくるオリジムシみたいね」

「人の種族の伝統を絡めて馬鹿にするのはやめないか?」

 

 おれも大概口が回る方だという自覚はあるが、イネスも毒を吐くことに関してはかなりのものだ。

 

「それで、惚れてるの?」

「そういうのじゃない」

「でも、大切にしたいんでしょう?」

「おいおい、知ってるだろ? おれは腰の曲がった婆さんも、まだ鼻水垂れてるちびっこも、女性であれば分け隔てなく花を渡して丁重に扱う紳士だぞ」

「いやになるわね。サルカズはいつもそう。自分のことになると誤魔化してばかり」

「お得意のアーツで探ってみるか?」

 

 イネスのアーツは、人の影を見てその人間の感情を感知する。いわば読心術に近い能力だ。完璧に相手の心を読めるわけではないが、それに近いことはできる。

 

「馬鹿言わないで」

 

 しかし、彼女は頬杖を突いたまま、これまでで最も冷たい声で吐き捨てた。

 

「あなた、私と一対一で話す時、絶対に影を作らないじゃない」

 

 太陽の光を全身に浴びていたおれは、大きく伸びをして立ち上がった。

 

「日向ぼっこが好きなだけさ」

 

 

 

 ◇◇◇◇◆

 

 

 

 彼女の本格的な訓練をはじめることにした。

 最初に会った時からなんとなく予感はあったが、彼女にはおれと似たような、爆発物を扱うアーツの才能があった。年齢と経験を加味してその成長の早さを考えると、才能そのものはおれよりも上であるように思える。親バカのように聞こえるかもしれないが、こればかりは客観的な事実なので仕方がない。

 おれが拾った女には、間違いなく戦士の才能が、言い換えれば、ろくでなしの人殺しの才能があった。

 

「爆破は良い。何もかもまとめて吹っ飛ばすと、最高に爽快な気分に浸れる。瞬間、広がる火花の中には、美しさまで内包している」

「そんな風に感じるのは、あんたみたいな変人だけじゃないの?」

「そんなことはないさ。爆発物は客観的に見ても優れた武器だ。地形の利用! 待ち伏せのトラップ! その利用方は正しく千差万別。多岐に渡る! おれは、何度コイツに命を救われたかわからない」

「あんたが爆弾マニアなのはよくわかったわよ」

 

 爆発物の素晴らしさを説きながら、おれは最もよく利用する手投げ弾をいたいけな少女に握らせて、それをどう扱うか。どんなタイミングで投げてやるのが効率的か。一から十まで懇切丁寧にレクチャーした。

 我ながら、悪くない指導だったと思う。時々、爆弾ごと生徒をふっ飛ばしそうになってしまったが、まあ戦場で爆撃されるなんて、日替わりで雨に降られるようなありふれたイベントだ。今の内にたくさん経験しておくに越したことはない。

 

「ちょっとあんた、あたしを殺す気!?」

「ああ。戦場では殺す気じゃないヤツなんていないからな」

「っ!」

「ほらほら、がんばれ。三つ数える間に、それは爆発するぞ」

 

 本業の合間に、彼女の訓練をする時間は悪くなかった。その訓練は彼女に生きる術を教え込むだけでなく、おれ自身の鍛錬にもなったからだ。

 あるいは、焚き火を囲みながら彼女と語らう時間は、おれにとっても癒やしであったのかもしれない。

 

「ねえ、Wはどうして戦っているの?」

「哲学的な質問だな……楽しいから?」

「クズみたいな答えね。戦場が好きなの?」

「どうだろうな。戦場はおれたちサルカズにとって、死の元凶であると同時に、生きる道を与えてくれる救済の場でもある」

「戦争の道具にされているのに、それを喜んで受け入れているなんて、あたしたちって本当に救いようのない種族なのね」

「道具じゃないさ」

「だって」

「思い上がらない方がいい。道具は磨いて大切にされるし、ものによっては愛着も生まれる。だから、おれたちは道具ですらない、使い捨ての消耗品だ」

 

 源石と、それから生み出されるエネルギーは、現在の文明社会を根本から支えている。しかし同時に、鉱石病の感染者は肉体を源石に侵され、一度感染してしまえば、絶対に助かる事のない生きた死人となる。普通の感性を持っていれば、感染は絶対に避けるべき不幸の種だ。しかし、おれたちサルカズは違う。

 

「感染することは人としては不幸だが、感染しないことはサルカズとしては不幸である。そんな価値観が蔓延してる時点で、おれたちの居場所は戦場を除いて、どこにもない」

 

 サルカズにとって、感染は祝福と同義だ。高いアーツ適性を持っているが故に、感染に起因する体の変異すら、嬉々として受け入れてしまう。

 

「じゃあ、やっぱりあたしはここで生きていかなきゃいかないのね」

「そうだな」

 

 彼女には素質と才能があったが、しかし何事においても、慣れというものは必要だ。

 雪山で、はじめて彼女に殺しをさせた。相手は3人。念のためにおれはサポートに入っていたが、彼女は危なげなく獲物を追い込み、見事討ち取ってみせた。

 

「あ……ぇ」

 

 誤算だったのは、爆破した3人の内の1人が、腰から下が吹き飛んでもまだ這いずって生きようとする、ガッツのあるヤツだった、ということだ。

 昨日から雪はずっと絶え間なく降っていたから、新雪に引きずる鮮血の赤い跡が、いやになるほど映えた。それが、殺しの経験で麻痺していた彼女の神経を、致命的なまでに撫で落とした。

 

「……ぅ」

 

 はじめての興奮によって熱っぽく紅潮していた頬が、真っ青に染まるのは一瞬のことで。

 自分が、目の前の人間を限りなく肉の塊に近い状態に変えたことを、脳ではなく視覚で理解した彼女は、胃の中身をすべて吐き出した。

 

「ぐっ、う……おぇ」

 

 気管に、吐いたものが詰まったのだろう。跪いた彼女の肩が、荒く上下する。

 おれは雪のように白くなった顔を覗き込んで、その喉笛に指を突っ込んだ。

 

「ぇ……あ、ゴホッ」

「いいよ。全部吐け」

 

 ざらりとした舌先。親指の付け根を甘噛みするような、犬歯の硬さ。

 さすがにゲロをかけられる趣味はないので、吐瀉物を浴びないように注意しながら、背中をさすってやる。彼女が落ち着いて息ができるようになる頃には、肉塊は動かない死体に変わっていた。

 呆けたようにそれをみていた彼女を引きずっていき、火を起こして体を温める。雪の冷たさを吸ったマントを脱がせて、野戦用のジャケットの首元を緩めてやろうとすると、腕を振り払われた。

 

「どうして、あんたは平気なの?」

「慣れだよ。何回か経験すれば、いつか慣れる」

「うそ」

 

 短く吐き捨てた口からは、いやな匂いがした。

 

 

 

「だってあんた、最初に会った時も、今も、ずっと笑ってるじゃない」

 

 

 

 人を殺して、どうして笑えるの、と。

 おれが育てた少女は聞いていた。責めているわけではない。詰っているわけでも、気味悪がっているわけでもない。ただ純粋に、事実として。

 

 おれが笑顔でいることを、少女は指摘していた。

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