村の治療院で日々を過ごす少女は、毎日を日記に書き留めている。村には戦争の足音が近づいてきていたーー。
 お題『戦火』の企画で書いたものです。

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花火

 

 ぶおん、ぶおん。

 鈍くふんわりとした音が、遠いようで近いところから聴こえてくる。

 窓越しの空、四角く切り取られた快晴の空を、鳥のようなもの達が飛び回る。それらは不規則に空の外へと消えて、どこかに行ったかと思えば、また空の外から姿を現す。

 ぱぱぱっ。きっと銃器か何かの連射音が、微かに聴こえる。

 それに聴き覚えは無い筈なのに、どこか似た音を聴いたことがある気がした。

 ――此処から窓越しに聴こえるといえば、花火?

 ぼうっと自分の記憶を探り、ぐるぐるとしている鳥擬きたちを眺めながらその感覚に答えを出す。

 ――そうだ、花火の散る音。

 ぼんと弾けて、ぱらぱらと散る火の花。

 この病室から眺められるもので、一番綺麗なものが、空から落ちる音。

 あの音に似ているのだと、その音が続いている空を窓越しに眺めながら思った。

 街の方の祈念祭で打ち上げられるそれは、此処から動けない自分でも空への祈りに参加しているような心地にしてくれる。

 手元の日記帳に目を戻す。

 毎日書くように言われたそれ。言った人が居なくなっても律儀に書き続けているそれを見ると、どうにもそれが篤実なものであるかのように思えてしまう。

 他にすることも無い、というのが真実だけれど。

 昨日のページをぺらり、と捲ってみる。

 

 【十の月 二十三日 雪のち晴れ】

 今日の空は、初めて見た。青々と広がる空から、雪の粒が降りている。あんまりにも珍しく思ったものなので院長の部屋から文献を拝借したところ、その空は風の花と呼ぶそうだった。それは風雅な名称に過ぎるのではないかとも思ったけれど、そのような字をあてただけのことはあるとも感じた。

 大砲の音は今日も近付く。けれど村の通りに姿は無し。

 

 先生へ。わたしは今日も健康です。それと、院長室に入って左向かいにある本棚の、下から二段目の本を借りました。許可は頂いているので大丈夫です。

 

 

 ページを捲って、今日の日付にした。やはり、同じ書き出しになりそうだ。

 十の月、二十四日、晴れ。今日の空は、初めて見た――。

 

 *

 

 ようは宗教的な問題なのですと先生は言った。

 肌の色が異なる彼の国々は、まあ色々あるけれど、肌が薄黒いこちらの南部連合とは仲良くしていた。しかし、どうやらその腹内ではぐつぐつと煮ていたものがあったのだという。

 例えるなら、あなたが窓を開けて風を感じていたら村の子供達が泥団子を投げ入れてきた時のような気持ちです。と先生が言っていた。

 なるほど確かに、そのような気持ちだというのなら仕返しとして傍に置いてある花瓶を引っ掴んで投げてしまうのも仕方がないのだろう。当てる気は無かったと説明しても、何故かこっ酷く怒られるけれど。

 ――ではわたし達は、彼らに泥団子を投げてしまったのですか?

 そう言えば、先生は首を振った。

 人は泥団子を投げられていなくても、適当な理由があればやってやりましょうという気になるのです。と先生は言った。

 なるほど確かに、あの鼻垂れのがきんちょ共はわたしは何もしていないのに泥団子を投げてくる。

 ――それがええっと、つまり、宗教的な問題ですか?

 まあざっくばらんに言ってしまえばだいたいそういうことです。と先生はそう言って、さらに続けた。

「しかし、肌の色だったり信仰の教義であったりは建前というもの。彼らはね、私達の豊かな地が欲しいのです」

 途端に難しい言葉を使い始めた先生の話にわたしはわかったような相槌を打って、その日の診察は終わる。

 十の月に入る頃、治療院の庭の木が紅く色付き始めた頃のことだった。日記帳を捲れば、そのことが書いてある。

 

【十の月 二日 曇り】

 戦争という言葉が先生の口から出た。いつも通りに先生の話を聞いていても、わかりそうでわからなかった。泥団子も投げられていないのに、肌の色が違うというだけで北部連合は泥団子を投げるのだろうか。でも確かに、村の子達はそうしてる。

 本当は豊かな地が欲しい。先生の言葉。考えてみた。じゃああの子達も、本当はこの部屋やわたしのベッドが欲しいということ?

 わからない。諦めた。

 

 先生へ。健康です。それと、わたしの部屋はもしかしてとても高価なものなのでしょうか。もしそうなら、もう一度謝ります。花瓶を割ってごめんなさい。

 

 

 ぱたん、とその辺りまで見返したところで日記帳を閉じた。

 ベッド周りに積んである本に手を出すという気にもなれず、悩んだ末に日記帳に手を伸ばしてしまっていた。

 ぼんやりとセンカ・クラウディと名前が書かれたその表紙を眺める。

 ――書き続けたけれど、もっと書いてその辺に積んでおけば、他の本みたいになれるかしら。

 何にも面白くない内容だけれど。

 眠っている間に窓の外の鳥擬き達は居なくなっていて、どおんという音は続いているようだった。

 ――先生は、どうしてるかな。

 最後まで村に残ろうとしていた親代わりの人を、つい思い出して物思いに沈んだ。

 

 *

 

 誰の手も借りずに自分の生活を全うするのは難しいという実感にも慣れてきて、今では排泄も一人でこなせていることに成長を感じながら、廊下で車椅子を動かす。

 きい、きいと車輪が回って見慣れた廊下を進む。身体を拭くタオルを取りに行くため物入れ部屋へと向かっていたとき。

 建物の外側から、まだ村の人達が居た頃のような騒々しさの気配を感じた。

 ――ああ、ついに。

 ついに、来てしまったのかもしれない。

 戦争という言葉の意味は知っている。ここら一帯は戦地となることも、先生が何度も教えてくれたからわかっている。

 強引に連れ出そうとした先生には、人生でしたことがないくらいに暴れてまで此処に残った。

 その意味が、いま、やって来たのもしれない。

 止めてしまっていた車椅子を動かして、治療院の出入り口へと車輪を進めた。

 

 *

 

 ごうごう。ぱちぱち。

 夜闇の空を、赤や橙色の炎が天高く立ち上る。村の家は見渡す限りに、だいたいが燃え始めていた。

 ――街のお祭りも、こんな風に明るいのかしら。

 治療院を出たところでその景色を見ながら、ぼんやりと思った。

 庭に立っている紅葉の木々は夜を照らしたりはしない。

 面識も特に無い、思い出も見つからない村の焼けている夜景は、どこかふわふわとしている現実だった。

「――ああ? 何だアイツ?」

「ガキ……?」

 夜に紛れるような色のコート。その顔よりも大きそうな帽子を身に付けた彼らがわたしに気付く。

 ――この人たちが、北部の人たち。

 忙しなく揺らめく炎に照らされた彼らの顔は、此処からでも白いのだと分かった。

 その手に灯火を持って、彼らは近付いて来た。お互いの顔を見合わせながら、ざっ、ざっと、まだ雪が残る土を、大仰な靴で踏んで歩いてくる。

「……車椅子だぜ」

「……村のガキか。どうする?」

「隊長に聞くしかねえだろ――隊長ぉ! 来て下さい!」

「おい黒人のガキ。動くな」

 片方はもう一人に灯火を渡し、懐から銃を抜いてわたしに向けた。

 そして二人とも近付いて来る。

 火の灯りに照らされ、お互いの顔がよく分かるようになってくると、彼らはその白い顔を歪ませた。

「――何だコイツ?」

「気持ち悪いツラしてやがる。女か男か、わかりゃしねえ」

「はっ、村の奴らにも見捨てられたか。車椅子に、そのツラじゃあな」

「南部の猿共ってのは、こういう奴が多いのか?」

「だとしたら、俺ぁ北の生まれでよかったと親に感謝するぜ」

「俺もだ」

 口々に言い合って笑い合う彼らの言葉は、久し振りのものだった。

 わたしは何を言うでもなく、その場に佇んでいた。

 これが終わりなのだと、こういうものなのだろうと、だんだんと受け入れてきていたから。

 心の準備は出来ているとはっきりした自信はなかったけれど、いざこの時が来れば、心とは勝手に受け入れていくものなのだろう。

「――どうした」

 ざっ、ざっ、と立ち上る炎の方から、似たような格好が一人やって来た。

 わたしの前の二人が簡潔に状況を説明すると、その彼らの隊長らしき人はこちらを向いて、目の前まで近づいて来た。

「南部人の子供か。言葉は話せるのか?」

 実際にその言葉で話したことはあまり無いが、有り余るほどの時間で読んだ言語の本から、拙い言葉で彼に応える。

「――驚いた。我らの言葉を話せるのか。南の猿が」

 彼はその厳しい顔付きを、全く驚いていなさそうな顔で驚いたと口にした。

 そして鼻を鳴らすと、その場にしゃがんで、わたしの目線の高さまでその視線を下げた。

「名前は」

「センカ・クラウディといいます」

「センカ? 南部にしても珍しい響きだな」

「東方の島国で、千の花という意味だそうです」

「ふうん。で、何故此処に居る」

「……それは、どういう意味でしょうか」

 浮かんだ疑問を口にすると、彼は淡々とした表情に似合った声で答えてくれた。

「避難令は出ていたろう。我々は通る村を全て焼いている。この村もそうなるが、貴様は何故この村に残っていると聞いている。随分と醜い顔をしているが、それが理由か?」

 わたしは、言われたことについてどう答えるか迷っていた。それは、答える内容ではなく、答え方の順番についてだった。

 頭の中で纏めるのは、幼い頃から何故か苦手であったから。

「避難するようにとは言われていましたが、わたしは断りました。わたしは、病気なのだそうです」

「だろうな。それで」

「心臓と、頭の中身と、顔のかたち。それと身体の下半分が、わたしは人より劣っているのだと先生は教えて下さいました。近い内に死ぬのだとも仰っていました。それゆえ、わたしは幼い頃からこの院で過ごしておりました」

「ん。それで」

 少し目を細めて、彼は話の続きを促す。

 彼が何故そのようなことを聞くのかはわからない。このような身の上話を聞きたいものだろうか。

 わたしには物事が上手くいくような、ちょうどのよい説明ができないので、そこに申し訳なさを感じながらも、話し続けた。

「わたしは、此処からこの身を動かし、別の地に居たとしても、自身の境遇は変わらぬだろうと思いました。そして、わたしにとってこの院の、一階の端っこの部屋、其処がわたしの家です。上手に言葉を続けられぬのですが、近いうちにどうせ死ぬのであれば、わたしは此処で死ぬことに、なにか大きな意義を感じていたのです」

「見捨てられた訳ではない、と?」

「……確かに、幼い頃より泥を投げられ、お世話になる方々には気味悪がられておりました。先生以外には、何の価値があろうと見做されていたことでしょう。きっと先生にとっても、わたしの価値とは、わたしが気軽に想像できるものでは無く――」

「――そうか、もう良いぞ」

 隊長さまがそう言い、わたしはそこで言葉を切る。

 敢えて言うなら、わたしがわたしを見捨てたのです。

 隊長さまの質問に咄嗟に浮かんだそれは、ただの独り善がりな言葉遊びでしか無く、だらだらと続けた果てにその言葉が飛び出して来ずに良かったなと、わたしは胸を撫で下ろしていた。

「つまり、貴様は此処で死にたいという話だな」

「……はい、そうです」

 そう言って立ち上がった、薄らと橙色に照らされた隊長さまの顔は、ただ冷然と、わたしを見下ろしていたように思った。

「親は」

「……父は判らず、母は流れの娼婦でした。わたしを産んで暫くしたら、姿を消したそうです」

「ふん、なるほどな。――おい、もう良いぞ」

 いつの間にか先程の二人以外に何人か集まっていて、彼らは隊長さまの言葉に勢いよく返事をした。

 何重にもなった靴音が響き、それぞれが手に持った灯火をわたしが出て来た治療院に傾け始める。

 それを見た瞬間、わたしの中で、何か大きなものが弾けた。

「あっ、あぁ……っ!」

 車輪に手を添えて無我夢中で動かした。

「ああぁぁっ、駄目っ、止めてっ!」

「ああっ? 何だコイツ急に!」

 近くの兵士に向かって必死に車椅子をこぎ、その暗いコートを勢いのままに引っ掴んだ。

 縋り付くようにしたわたしを兵士は心底邪魔そうにして、乱雑に振り解く。

「猿。どうした」

 背後から隊長の声がしたけれど、わたしは何か大きなものに突き動かされるばかりだった。

 治療院は段々と火が付き始めていた。

 ぱちぱち。

 火が弾けては散ってゆく音が、すぐ近く、目の前の現実としてわたしに訴えかけて来る。燃える。燃えてしまう。わたしのたった一つの世界は、いまここで全て火の中に消える。

 ――どうしてしまったの、わたしは。

 もう一度掴みかかったわたしを兵士は今度こそ許す気持ちが無くなったのか、凄まじい力でわたしは横薙ぎに引き離された。

「っあう……っ」

「触んじゃねえよ、気持ち悪ぃガキがっ!」

「隊長ー、何なんすかそれ」

「ああ、悪い。暇を潰していたら、急に暴れ出した」

 べちゃり。車椅子からも投げ出され、雪が溶けて冷たく濡れた地面に横付けになる。

「くくっ」

 隊長さまの、口に含んだような笑い声が頭上からやって来た。

「哀れだな。なんだ、おまえ、何も覚悟していなかったのか。何も想像しないで、本当にただ何となくその大きなイギとやらを感じて、死ねると思っていたのか」

「えっ……?」

「醜い猿。センセイの代わりに教えてやる。おまえは、自分でその誰も知らぬ大きなイギとやらを妄想して、自分が価値のあることをしているように自己暗示し、気持ちよくなっていただけに過ぎない」

 隊長さまの言葉は、難しいものではあったけれど、言っていることは恐らく、わかるような気がしていた。

 荒く息を吐いて、指を切るような冷たく湿る地面に手を付き、上半身を持ち上げる。

 胸が、苦しい。

「おまえが本当にその大きなイギとやらを思っているのなら、俺が手伝ってやる。その車椅子に乗せてやろう。そして、あの火の中へ行け」

 治療院は既に、ごうごうと音を立て始めていた。「隊長ってマジで北の人間だよな」「わかる。あんなガキ、戦争してりゃ腐るほどいるだろうに」兵士達は談笑しながら、引き上げ始めていた。

「っ……なぜ、燃やすのですか」

「その理由が、今のおまえに必要か?」

「お答えっ……下さい……っ」

「決まっている、戦争だからだ。南部の黒人は、我々が生きる上で邪魔でしかない」

「わたし達はっ……何もしておりません」

「それが戦争をしない理由になるのか? お前達が黒い肌をしているだけでも、俺達は家を燃やせる」

「……先生は、それは建前で、本当はこの地が欲しいのだと言っていました」

「……貴様は何が聞きたいんだ? 上の連中はそういうことも考えているかもしれんが、理由の違いがそんなに必要か。いいか、先生の代わりにもう一つ教えてやる。理由なんぞ何でも良い。ようは、そうしたいかどうかだ」

「そうしたいか、どうか……」

 脳裏に浮かんだのは、泥団子の子達だった。あの子達は、わたしにそうしたかったから、わたしに投げたと、そういうことだろうか。

 隊長さまの背後に、炎に包まれる治療院が見える。心が、ざわつく。こんなの、初めてだった。

「――わからなかったけれど、わかりました。ならば、わたしは、あそこに行かなければならないように、思います」

「ふうん、そうか。よし、いいだろう」

 手を伸ばしてきた隊長さまに抵抗せず、わたしは身を任せた。

 言われた中にあった覚悟、というのはきっと、戦争の覚悟、ということだろうかと思った。

 わたしのしていた覚悟とは、単にわたしがわたしの満足の中で死ぬというだけの覚悟であったのだ。

 ようやく、現実にわたしの感覚が追い付いてきた気がしていた。

 意外なほど優しく、車椅子に乗せられて、ごうごうと燃える治療院を正面に向けられる。

「ありがとう、ございます」

 正しい状況で使っている気はしなかったが、しかし自然に口からそう出てきた。

「気にするな。顔も肌も醜いが、おまえも命だ。俺たち北の民は、命に敬意を払う」

 それは冗談かなにかだろうか。

「……それなのに、戦争をするんですね」

「? 何を言っている。言っておくが、我々は黒人にも敬意を持っている。命に肌の色は関係が無いからな」

 どこか、ズレているような感覚だったけれど、それは納得がいかないものという訳では無かった。

 ただ、この人達にはこの人達の考え方があるのだということだけは、分かったからだ。

「おまえも、今日まで良く生きた」

 そう言って隊長さまは、わたしから少し離れた。

 

 *

 

 身体中が熱さに包まれていた。先生と話した、わたしの病室まで心を燃やして何とか辿り着き、力尽きたように車椅子の背もたれに身体を預ける。

 ベッドの周りに積んであった本も、炎の中にあった。センカ・クラウディの日記帳も、しれっとその本の上に積んでいたので、既に火の中。

 ――わたしは、これまで良く生きた、のだろうか。

 隊長の言葉がぼんやりと浮かぶ。

 燃える日記帳。もう声も出せる気がしない身体。命が段々と散ってゆく感覚とは、こういうことなんだろうか。

 きっと、こうなのだろう。

 生きている感覚というのも、長いことわからなかったが、きっとこういう瞬間は、とても今、わたしは生きているのだ。

 最後に、病室から眺められたあの花火を、もう一度だけ見たいと思った。

 

 天井が崩れてきて、まともに映っていなかったわたしの視界が、完全に闇へと切り替わった。

 

 ――先生、わたしは、やっぱりこの死に方で良かったです。

 

 先生に言ったことだ。

 

「――わたしは、この死に方が良いのです。この死に方でなければきっと、わたしは、わたしでいられないのかもしれないのです」

 

 

 

 

 

 

 

 




 お読みいただき、ありがとうございました。
 世界観設定は、お題を書く上で好みに沿ったものを考えました。細かい設定はしておらず、雰囲気のみとなっています。
 しかしどうにか、戦争、差別、同じ人間、少女、病院、先生、日記などは絡めて書きたく、このように収まりました。
 道中、拙い内容にとても溢れているかと思います。
 ここまでお読み頂き、本当にありがとうございました。

 (2021/11/08) 追記
 評価、お気に入り登録ありがとうございます!!!

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