ライナー曇らせ?…いや、曇らせお兄さまだ!   作:栗鼠

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アウラちゃんがメスガキムーブしてます。いや、やっぱりアウラちゃんじゃないかもしれない。


「ざぁーーーこ♡♡♡」

 エレン・イェーガーは見る。

 

 人は死の間際、今生の出来事が一瞬のうちに蘇るというが、それと似た状況なのだろう。

 

 ただし自分が死んだという自覚はなく、意識のみがどこか遠くへと引きずり込まれるような感覚だ。

 

 

 

 それは、稚児が少年の涙を認識するところから始まる。

 

 

 エレンはその少年を見たことがあった。父が残した手記に挟んであった写真の子どもとそっくりである。即ちその人物は、腹違いの兄、ジーク・イェーガーその人。

 

 今でこそヒゲヅラのおっさんな外見だが、幼少期はふくふくとした頬が特徴的な、愛嬌のある子どもだったらしい。

 

 ついで場面は、少年が妹の発言に激情あまって叩いてしまったところに変わる。

 

 両親は娘へ駆け寄る。一方で息子の元にその手が伸びることはなく、少年は両親が見ていないほんの一瞬、表情を死にそうなものに変え、外に飛び出して行った。

 

 

 その後、母に寝かしつけられた少女の寝室。

 

 窓から差し込む月夜が当たるベッド。そこから、吐息を零すような声が聞こえる。

 ふ、ふふ、と笑い声らしいものは断続的に続き、それに合わせるようにしてベッドの膨らみも蠢いた。

 

 窓のそばで月明かりを一心不乱に浴びていた男は、ジットリとした汗が額から頬に流れていくのを感じながら、一歩、近づく。

 

 膨らみの場所は境界線ができていて、それを踏み越えれば、暗い世界が覗き見える。

 

 ハッと、男の口から漏れた短い息。まるで酸欠の魚のようだ。

 

 

 闇の世界に溶け込むようにして存在するのは、エレンと似た色の焦茶に近い髪。

 

 背を向けて丸まっている少女の顔を覗き込むと、首元から上の顔が見える。

 

 少女は口元を押さえて泣いていた。それだけ切り取れば、兄に叩かれたショックで泣いているのだろう──と思える。

 

 しかしまるで堪えきれないというように、少女は泣きながら笑う。

 心から嬉しそうに口角を三日月にして、本気で泣いている。

 

 両立し得ないはずの感情が、同時に幼い体の中に存在していた。

 

 

 なぜ嬉しそうなのか、エレンにはわからなかった。

 

 ただ、その笑顔の意味が()()()()ものであると、本能的に察した。

 

 

 

 そして場面は変わり、両親を指差す少年と、連れられて行く両親の姿になる。

 

 官憲の人間に抱かれて現れた少女は、兄の止める声を無視して両親の元へ駆けて行った。

 その後を追おうとした少年はメガネの男に止められ、家族が乗せられた車を呆然と見つめる。

 

 一方で少女の視点を客観的に眺め続けている男は、娘を抱きしめている父と前妻を、向かい合う反対側の座席に座って眺めた。

 

 彼の隣にいる銃を持った官憲は、いくらエルディア人でマーレに反逆を企てた人間だとしても、少女まで犠牲になった光景が見ていられないのだろう、険しい表情を浮かべ、彼らから視線を逸らしている。

 

 

 その時、エレンは見た。

 

 

 両親から抱きしめられている中、顔を覆って泣いている少女のスキマから、覗いた紅い口元を。

 

 うっすらと上がった口角。不気味な声こそ漏らしていないが、その笑みは男が先ほど見たものと同じだった。

 

 エレンはその笑顔の意味を、理解してしまう。

 

 まだ3歳という年齢とは思えない言動を取る少女。

 他人の目を欺くのが上手いところは、昔も今も変わらないらしい。

 

 

 そんな少女が「愛」しているはずの兄に対し見せる、常軌を逸した狂気の笑み。

 

 愛しているのならば、傷つけることはしないだろう。しかし少年は妹の()()()()言動によって、怒り、泣き、苦しめられた。

 

 四年間姉によって苦しみ続けた男は、あぁ、と声を漏らす。ついでギシリと、歯が軋む。

 

 

 

『──────それが本当の、アウラ・イェーガーか』

 

 

 

 さらに場面は変わり、少女とその父が壁内へ移り住んだところまで進む。

 慎ましい幸せを送る二人の家族。そこに兆す、一人の女性の存在。

 

 九年前に巨人に喰われて死んだエレンの母、カルラ。

 

 まだ口元に小ジワもなく、若々しい。居酒屋の場面でウェイトレスを務める彼女のそばに立っていたエレンは、カルラとの身長の差に目を見張った。当時は胸元あたりに自分の顔がきていたというのに、ツムジが見える。

 

 カルラはエレンをすり抜けると、少女と、こちらもまた驚くほど若いハンネスに食事を運ぶ。

 

 他愛ないやり取りをしつつ、途中で父親の酒の失態を耳にした少女は、やけに真剣に聞いていた。

 

 その後、娘は失態話を父親本人にし、強く抱きしめられる。

 

 笑った姿は普通の嬉しそうな表情に見えたが、何度もその異質な笑顔を見たエレンは、にじみ出る狂気に眉を寄せた。

 

 

 それからカルラに懐いていた少女は、一度流行病にかかり死のフチをさまよう。助かった後は流行病の一件で親密になった父とカルラが結婚し、彼らは三人家族になった。

 

 少女のまるで、両親を意図的に意識させるような場面を見た男は、父親からカルラと付き合う話を持ち出され、「ありがとう」と言葉をかける姉を凝視する。

 

 やはり、その笑みは狂っていた。

 普通のようで、まったく普通には見えない。

 

 もしかしたらもう、エレンは姉が本当に心から笑ったとしても、狂気に染まった笑みにしか見えないかもしれない。

 

 

 キースの件も悟った男はそして、顔のパーツを中心にぎゅっ、と縮める赤子の自分を抱く少女を見る。

 

 食べたいほどかわいい────そんなことを、少女は言う。

 

 鳥肌が立つと同時に、男の中で焚べられた大量の薪が着火した。

 

 

 少女の人生の中心には兄と、そして人の苦しみが存在する。

 

 兄が最低最悪のその行為の、最大の被害者で。父親もまた、被害者。

 その他も見ていないだけで、数多くいるのだろう。

 

 父親を苦しめる過程で生まれたのがエレン(自分)なら、彼はもう己の人生であるとか、幸福であるとか、すべてが激しい憎悪に呑まれてしまいそうで────否、もうすでに火はついている。

 

 もし壁が壊されたあの日弟を、そしてミカサやグリシャを苦しめるために、女がカルラを見殺しにしたのだとしたら。

 

 思い出すのは三人で母を救おうと、ガレキを持ち上げていた瞬間。

 

 本当は持ち上げられたのではないのか?

 もしそうなら、エレンは。

 

 

 エレンは──────!!

 

 

 それでも彼には仲間という繋がりがあるからこそ、道を踏み外すわけにはいかない。

 ミカサやアルミンと決別し別の道を歩んでいるが、その道から逸れるわけにはいかない。

 

 

 

 エレンはでも、ダメかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 グリシャがレイス家を殺す。ロッド以外を皆殺しにする。

 

 それはしかし、フリーダも例外ではなかった。

 

 ロッドが逃げた後に始祖の巨人の首がもがれ、うなじから飛び出ていた彼女の意識が戻った時、つかまれた細い体は簡単に折れて、大量の血を口や体から溢れさせて絶命した。

 

 死んだ。グリシャは始祖の力を手に入れていなかった。

 

 その指示を出したのはユミルである。

 父から《進撃の巨人》を継承したエレンはその時の父の記憶と混線し、脳内にユミルが出した指示を聞いた。

 

 グリシャはその前に、娘の死に際を見せられていた。

 

 巨人に食われていく娘。エレンたちと別れた後、死んだ姉。

 それを見せられた時にはすでに、父親の心は壊れてしまっていた。

 

 

 場面が移る。エレンの中で自身の記憶と、グリシャの記憶が混濁する。

 

 レイス家と接触した時には見なかった内容。あるいはこの記憶は、意図的に始祖ユミルによって押さえられていたのかもしれない。いや、きっとそうなのだろう。

 

 心が壊れ切った父の姿は見るに堪えず、そんなグリシャを見て狂ったように笑う姉。

 

 そこは一面に砂が広がり、光の柱が聳え立つ世界。

 不思議なその場所で一糸まとわぬ女は、ユミルのそばで狂ったように笑って、狂っていた。

 

 幸せそうだった。同時に泣いていた。

 

 

 エレンはずっとその本質を理解してから、狂っている姉を理解することができなかった。

 

 

 グリシャを苦しめながら「大好き」と言う姿が。

 

 自身が体験した女の「大好き」から来る、苦しみの味が。

 

 そしてそんな女に「愛」されてしまった、兄の人生が。

 

 

 硫酸でも無理やり飲まされてしまったかのように、ただただ気持ち悪さだけが、エレンの内に渦巻く。

 

 同時に混濁する激情の中で肥大していった火が、臨界点を迎えた。

 

 

 四年前までは守りたいと思っていた姉。

 それ以降は複雑な感情を抱きながら、苦しみ。

 そして今は、殺そうと思う。

 

 殺す以外に方法がない。

 

 それ以外の選択はすべて燃え尽きてしまった。

 

 

 

 なぜ始祖ユミルがグリシャにフリーダを殺させたのか。

 

 なぜエレンがその力を継承していないにも関わらず、使えたのか。その力は今どこにあるのか。

 

 さまざまな疑問がよぎり、そして自分と接触したガイコツの巨人の存在に至り、その巨人が姉なのだとエレンは気づいた。

 

 父親が見た娘の最期。その後に起こったフリーダの殺害。

 

 点と点で繋がっていくとは、まさにこの事で。彼は始祖を今誰が有しているのか、たどり着く。

 ずっと隠していたのか。有しているならなぜ王家の人間であるはずの女が、“不戦の契り”に縛られていないのか。

 

 

 尽きぬ疑問。しかしそれも始祖の寵愛を前にすれば、薄れてしまう。

 

 わざと接触して彼女自身の記憶を見せたのも、エレンに殺させて、苦しませるためなのかもしれない。

 でなければずっと他人に隠し続けた女の本質を、悟らせるようなマネをするわけがない。

 

 彼が姉を殺せばどんなにクソ野郎と思っても、苦しんでしまうだろう。女を殺した弟を見たら、兄はもっと苦しむに違いない。その他の人間も苦しむに違いない。

 

 でも、そのすべてを放棄しなければならない。

 

 なぜなら、殺さなければならないのだから。

 

 

 

 エレンは女を──────本当の悪魔(アウラ・イェーガー)をこの世から、駆逐しなければならない。

 

 

 

 現実に戻った瞬間、進撃の咆哮が、シガンシナ区に轟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 シガンシナ区に何重にも反響するようにして響いた、進撃の叫び。

 

 マーレ兵やイェーガー派、義勇兵などその声を耳にした者たちの視線が向く中で、エレン・イェーガーは突如現れた巨人の顔面を殴り、足を潰し、腕をもぎ取り、腹を裂く。

 

 その拍子に漏れ出た肉片や内臓が、周辺の建物や地面に飛び散った。

 

 固まったままのアニや回復中のライナーが見つめるしかない中、最後に首をもぎ取り口を開けた進撃は、そのうなじへと、食らいつく。

 

 

 

 そしてエレンが叫んだ声を聞き、意識を取り戻していたジーク。

 

 彼は心の整理がつかぬ中、それでも弟を救おうと戦いに参戦した。

 

 投石攻撃でマーレ勢力を追い込んでいたものの、マガトの狙撃を浴びることになり、本体が背中と右腕を大きく損傷する重傷を負った。通常の人間なら即死である。

 

 ジークが体を起き上がらせた時見たのは、エレンが巨人の首をもぎ取る姿。

 

 ボロボロになったその巨人はもはや見る影もない。しかし弟が投げ捨てた巨人の特徴的な頭部のガイコツを目の当たりにして、ジークの思考が止まった。

 

 

『「や、めっ」』

 

 

 重なった本体と、獣の巨人の声。

 

 伸ばした長い手はしかし、届かない。

 うなじを噛みちぎった進撃の喉元が、上下する。

 

 

 視界が歪んでいく光景に、ジークはそれ以上、言葉を紡ぐことができなかった。

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