あとまた個人的アンケートがあるので、よければお願いします。
建物から上がるケムリが。風に吹かれて踊る木の葉が。地面に倒れ行く兵士が。そこから噴き出た赤い血潮が。
ゆっくりと、緩慢に移ろう。
体を修復した鎧の巨人がエレンにつかみかかる一方で、その近くにいる女型の巨人は呆然と立ち尽くす。
マーレ兵は建物から敵の頭部に照準を当て、イェーガー派や104期生は雷槍を用いて迎撃し、義勇兵の一人の女はこの戦場で指揮者となり、悪魔の行進曲を奏でる。
エレンに想いを寄せる一人の女は、複雑な思いを抱えながら戦って。
ナイスガイは何度も死にたいと願った先で、仲間のために戦い。
マーレの総帥と車力の女は敵の攻撃に遭いながら、私兵となる巨人を量産しうる獣の巨人を狙い。
戦士候補生の少年少女は、獣の巨人の「叫び」の脅威を止めるべく、一芝居打つことを決め。
そして弟を守りたいがため、二人に付きしたがう青年。
さまざまな思惑が交差し、この戦いが紡がれる。
かつて巨人の脅威を受けたシガンシナ区に、今度は人間の脅威が刻み込まれていた。
そんな中でジーク・イェーガーは、砲弾でえぐり取られた背中とは別にポッカリと腹に穴を空けられた気がしていた。
鳴り響く轟音が、異様に遠くに聞こえる。
眼前で起こった光景。弟が、巨人化した妹を食った。食い殺した。
なぜジークが「叫び」を使っていないのにも関わらず、アウラは再び巨人化したのか。
ジークの脊髄液とは関係なく、始祖ユミルが巨人化させたのか。
巨人となった妹は一度、うなじから出てきた。巨人化能力者ではないというのに。それもまた、ユミルの寵愛の賜物なのだろうか。
しかしてもし始祖ユミルの仕業なら、アウラを巨人にさせた理由がつかない。
普段の様子と比べて、水たまりを見た直後の妹は明らかにおかしかった。
アウラが言っていたことをまとめると、「私の願いを聞いた」「始祖ユミルは王家の人間であるアウラ・イェーガーに逆らえない」「私の一番はユミルではなく、ジーク・イェーガー」「
願いについては、ジークを治すことだろう。
ユミルが寵愛するアウラが、ジークが死ぬことをヨシとしないために、妹の意思を汲み取って治した。
ただし、夢現な中でユミルに拒絶の意思が見て取れたことからも、ユミル自体はジークのことを嫌っているのだろう。まるで人間のようである。
愛しているはずの
ここから来る疑問こそが、巨人になる必要性が妹にあったのか、というもの。
真相はアウラも知らなさそうであったゆえ、始祖ユミルのみぞ知る──のだろうか。
次に、始祖ユミルが王家の人間に逆らえない点について。
これは恐らく「ユミル=奴隷」という話にも関わる。
ユミルが逆らえない存在が王家の人間であり、彼女は元々奴隷だった。
この事実が本当であれば推測できるのは、ユミル・フリッツが初代フリッツ王の奴隷であった────という可能性。
これが本当であれば、歴史が大きくひっくり返る。
かつて世界を巨人の力によって恐怖で縛りつけたエルディア人が、奴隷の子孫。
始祖が“道”に居続けるのも子孫のためなのか、はたまた王のためなのか。
いや、アウラが「奴隷」を多用していたことからも、ユミルを縛り付けているのは文字どおり“奴隷”の在り方なのかもしれない。
また王家の人間に逆らえないならば、ジークにも逆らえないということである。
逆らえない。このワードを切り取った際ジークの中で浮かんだのは、彼の命令に従う巨人だった。
通常なら命令に従うはずのない無知性巨人。それが自分の命令は聞く。さながらジークの脊髄液を摂取して巨人化した人間が、奴隷のようではないだろうか。
ゆえにジークは、この二つに関連性を見出す。
ユミルが王家の人間に逆らえないという構図が、自分の巨人にも適応されているのではないか──と。
元よりジーク・イェーガーの「驚異」たる部分は、“叫び”を使い彼自身の脊髄液を摂取した人間を巨人化させることと、その巨人を意のままに操れることにある。無論、投石攻撃による圧倒的な“矛”としての攻撃性もあるが。
脊髄液で言ってしまえば、例えば他の知性巨人から作られた巨人化薬でもエルディア人は巨人化する。
ジークの特異な点は脊髄液を摂取した段階では巨人にならず、彼の意図的なタイミングで巨人化させられる──という点だ。
以上を踏まえ、過去の疑問に焦点を当てよう。
アウラがジークの巨人に右足を食われた時、ユミルが間に入らなかったのは、助けなかった──のではなく、
王家の人間の命令で動く巨人だからこそ、ユミルは逆らうことができなかった。
そう考えていくと、かつての罪悪感でジークの精神に追い討ちがかかる。
残ったのは、アウラの一番がジーク・イェーガーという話だが、これについては言うべくもない。
妹のど直球デッドボールをエブリデイ受けていた兄だ。最初こそデッドボールの痛みに死にかけていたが、回数を重ねれば流石に慣れる。軽い刺激を与えてやる方が妹が黙ることも兄は学んだ。(それはしかし、ただの賢者タイムである)
つらつらと思考を重ねた中で、現実は変わらない。
迫り上がる胃酸。巨大樹生活での食事はジークだけ…というわけではなく、兵士も含めてみな質素だった。
吐くものも別段胃の中にはなし。だが、強烈な気持ち悪さは消えない。
外界の音が今度は耳の鼓膜をブチ破らんとするほど、鋭敏に突き刺さる。
細長い棒が耳に侵入し、そのまま脳みそをブチュブチュと貫いて、反対側の耳から抜け出しているような気分だ。
なぜエレンはアウラを食ったのだろう。
ジークは、わからない。
愛する弟が愛する妹を殺した。
わからない。
自分の進むべき道がわからない。
うつ伏せになったまま上体だけ起こすようにして、なぜ己が今この場所にいるのかわからない。
ジーク・イェーガーはなぜ生きているのだろう。
彼はクサヴァーとの使命を果たすため生きているはずなのに、どうして迷い続けているのか。恩人の────、“父”のために、世界を救うことが彼自身が課した使命であるというのに。
わからない。なぜ死んでいないのか、わからない。
呼吸を止めれば、苦しさに負けて酸素を取り入れてしまう。子どもの頃はそうして息を止めて、その息苦しさに涙が出て、また呼吸をしなければならなかった。呼吸をしたくないのにも関わらず、体は勝手に「生」に向けて舵を切る。本人の意思など、知らないと言わんばかりに。
わからなかった。ジークは自分が存在していい理由を見出したにも関わらず、自分が存在する理由の根底が揺らぎ、もうどうすればいいのかわからない。
話し合えばいいのだろうか。“道”で接触したエレンと?
愛する妹を殺した、愛する弟と?
彼はでも、エレンを拒絶することができない。
両親の愛に飢えて、飢え続けて、その両親を殺す選択をした幼少期。彼は悪くないのだと、クサヴァーは言う。
そうだ、ジークは何も悪くないと、当時の少年は思った。
しかし心の奥底に住み着いた罪悪感や、後悔など、重くて真っ黒な感情は彼に苦しみばかりを与えた。
よくもまぁ、まだ生きている。ジーク自身がたっぷりと皮肉をまじえて、斯様に思う。
クサヴァーに支えられて、ジークの精神状態を知った祖父母に支えられて、戦士候補生を目指す幼い子どもたちの姿に救われて、陰の功労者たるマガトにも支えられた。知らず知らずのうちに、支えられてばかりの人生だった。
「ぐっ、う゛……ハァー…ッ」
巨人体の中で漏らす息はひどく熱い。背骨までえぐり取られた背中と左腕の痛みも、もうよくわからない。
視界が歪む。溢れては落ちる水滴の感覚に気を取られ、外界の認識がおろそかになる。
そんな状態のジークをねらい、獣の巨人のうなじに着弾したマガトの狙撃。
しかして前方から当たったそれは、獣の巨人が上体だけ起き上がらせた体勢だったためか、中のジークを削ったものの頭部を破壊するには至らなかった。
リヴァイといい、いったい何度激痛を味わえばよいのだろう。
戦争で負傷慣れしているとはいえ、精神的にも肉体的にも疲労する。
「クサヴァーさん……」
もう、いいだろうか。これ以上進むことはできそうにない。
肉体の余裕はまだあるかもしれないが、心がどうにも先ほど妹が食われてしまった姿を見て、バキバキと、ぶっ壊されてしまったらしい。
何も考えたくない。
けれど、男の思考はその意に反して回り続ける。最適解を見出そうと動いてしまう。
地面に倒れ込んだ獣の巨人を見て、エレンは自身に馬乗りになっている鎧の動きを全身を硬質化させて止め、走り出す。
瞳だけ弟の姿を追っていたジークは、よぎった感情に震える息をこぼす。
「守らなきゃ、なんて…………は、ははっ」
愛する妹を食ったエレン。その弟をジークは守らなければならない。
なぜなら彼は、弟を妹と同じように「愛」しているから。
エレンはジークの腹違いであれど、兄弟であり、家族だから。
何より
もはや病的なその思考にジークはから笑いし、蒸発していた巨人体の煙にまぎれて匍匐前進する。
もう終わってよいと巨人を動かす気力も、キズを治す気力もなくしていた。
しかし懸命に自分に向かって走る弟の姿を見てしまっては、助けざるを得ない。
エレンは接触を目論んでいるのだろう。ならばジークは接触しやすいように巨人の体外に出て、スタンバイしておく。
話し合ったところで妹を殺した弟と意思疎通を図れるか、自信はない。
そもそも今のジーク自身、自分がどうすればよいのかわからない。
それでも駆け寄る家族を抱きとめてやるのが、「
硬質化に巻き込まれたライナーがエレンへ手を伸ばすが、ジャンたちの雷槍によって止められ、進撃の歩は進む。
それを阻まんとするのは、一丁のライフル。
コルトから借り受けた銃を握りしめ、静かに息を潜めるはガビ・ブラウン。
ブラウス家やファルコたちによって再起を果たした少女。彼女は得意とする狙撃を用いて、照準を定める。
ねらう場所はエレン・イェーガーの足。
鎮まる心には、レベリオ区で燃え滾った憎悪の何もかもが沈澱される。
エレンはジークと接触する気である。「地ならし」が始まってはすべてが終わる。
兄の方は蒸気によって視認できないため、ねらう的は自ずとエレンに搾られる。
「えっ」
トリガーを引く、ガビの目に映った物体。
走る男に絡みつくようにして、透けた何かががいた。まるで、人間の体を限界まで引き伸ばしたような何か。
人間とわかるのも肌色がかろうじて認識できるためで、視界に入れるだけでその形の悍ましさに吐き気がしてくる。
ソイツは渦を描くように、男の胴や、手や足に絡み付いていた。
その首から上が、男のうなじの後ろからのぞいて見える。
顔らしき部分は一直線にガビの方に向いていて、口元は三日月の形。赤いはずのその中は、真っ暗に染まっていた。
直後響いた、発砲音。
軌道が狂った弾は、エレンの首に当たる。
そして、落ちゆく生首。
それは伸ばしたジークの手の上へと、落ちたのだった。
⚪︎⚪︎⚪︎
次にジークが目を覚ました時、彼は地面に転がっていた。
辺りを見回すと、そこには一面に砂と光の柱の世界が広がっている。
寝転がっていた男は体を起こそうとして、途中で首に衝撃が走り尻もちをつく。
手で探ると、首についていたのは首輪のようなもの。そこから無数の鎖が繋がっており、それは地面から生えていた。動くたびにジャラジャラと、大きな音を立てる。
「……なるほど、これが「不戦の契り」か」
王家の人間に作用しているとなると、それしかあるまい。
ただジークの思想自体に変化が起きているわけではないため、思想がカール・フリッツに縛られていないからこそ、枷が繋がれているのだろう──と、判断した。
「よぉ、ジーク」
背後から声が聞こえた。ジークが振り向くとそこにいたのは、弟だった。
髪が少し伸びており、負傷兵を偽っていた時のようなスタイルに戻っている。
その側では始祖ユミルが横たわっている。
心配し、ジークは少女の元へ向かおうとするものの、自由を奪う枷がそれを阻む。
「安心しろよ、寝てるだけだ」
どうやらユミルは、泣き疲れて寝ているらしい。エレンが目覚めた時からずっと眠っているそうだ。少女の目元からは時折うっすらと、涙が溢れる。
「ここがどこかは予想が付いてるだろ」
「……座標だろ。すべてのエルディア人が繋がる場所」
「あぁ、そうだ。ずっとあんたが起きるのを待ってたんだぜ」
「………」
「そう怖い顔するなよ、ジーク」
妹を食い殺した弟。
そんなエレンに話しかける言葉が見つからない。ユミルがジークを治してからずっと泣いていたのかはわからないが、ともかく、弟は話し合いを求めているようだ。
「……何でだよ、エレン」
「なぜアウラ・イェーガーをオレが殺したか、って話か?」
「……!どうしてあの巨人がアウラだって……わかったんだ?」
「あの女の記憶を見た」
「アウラの?」
「始祖を持つのがあの女だった」
「──────は?」
エレンは兄へ近寄ると、青い瞳を見つめた。誰よりも
これからエレンが起こす行動さえ、女の思う壺なのかもしれない。
壊して、壊して、壊し尽くす。その果てにジークは狂うかもしれない。
それでもエレンは伝える。アウラ・イェーガーがこの世で最も恐れることはきっと、兄に嫌われることに他ならないから。
ジークが苦しむ姿によって一瞬の享楽を得ても、その先は一生のヘイトが待つ。
その女はすでに殺された。エレンが殺した。
もしかしたらユミルが生き返らせるかもしれないし、グリシャの時のように、死んだ後から堪能するのかもしれない。
どの道、エレンは女が最も傷つく選択をとる。
憎んでいて、恨んでいて、殺した上でさらに殺したくて、そしてまだ「愛」している自分に、吐き気がした。
「本当のアウラ・イェーガーが何だったのか教えてやる、兄さん」
エレンは笑う。
ジークはそんな弟のネジの外れた表情を見て顔がこわばったと同時に、両者の額がコツンと、音を立てて合わさる。
瞬間電流が、二人の間に走った。
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