兵士長を除いて、座り込む三人。
アウラの方はアニの上着だけだったため、ハンジが身につけていた調査兵団のマントを渡した。
自由の羽が刺繍されたその部分を、アウラはジッと見つめてから羽織る。
壁の規模を考えて、今日中に巨人の進行が終わることはないだろう。
その前に三人も疲労しており、話し合うと決めた以上、無為に争うことはしない。少なくとも、現状においては。
「まず聞きたいんだが…アウラ、君が始祖の力を手に入れたのは、時系列的にレイス家がグリシャ・イェーガーに襲われた時で間違いないね?」
「えぇ、その前後かはわかりませんけど、シガンシナ区で巨人に食い殺されて、数日後に目覚めた時にはすでに始祖の力があったと思います」
「食い、殺……??」
「ハンジ、これから私と話す場合は、頭を空っぽにされた方がいいですよ」
ハンジはその言葉に一つ咳払いをして、「…わかった」と返す。
「…で、自分が始祖の力を持っているかもしれないと気づいたのはいつなんだ?」
「片鱗はありましたよ。王政の件で外が騒がしい時に、ロッド・レイスや彼の護衛だったケニー・アッカーマンと会いましてね。──あっ、その前に、ケニーとは組んでいたわけですが」
「………」
「その時彼に言われたんです、「目が王の証である」──と。その王とは、始祖を持つ人間を意味する。この言葉がきっかけで、私がその力を使えるのではないかと思った。けれど完全には使えなかったので、この時は「始祖ユミルから力を借りている」と解釈していました。始祖の力そのものを持っていると気づいたのは、今日のことですよ」
巨人化して人間に戻った点を挙げて、度を越した変化が始祖を自分が持っていると、半ば確信を抱く理由になった──と話すアウラ。
「力って、どの程度の範囲で使えたんだい?」
「できても、他人の記憶をのぞくとかくらいですよ。人を巨人にするとか、ましてや「地ならし」を起こすとかはできません。それに一人の記憶をのぞくだけでも、精神がすり減ります。ねっ、アニたそ」
「…もしかして、君は記憶をのぞかれたのかい?アニ・レオンハート」
「あぁ、そうだよ。ついでにそこの変態は私の記憶の中の兄貴を見て、発情してたからね」
「………」
ブラコン畜生女を見て、露骨に引いた顔を浮かべたハンジ。
心外だ、とアウラは訴えた。
しかし彼女が変態であることは誰も覆せない。世界の真理である。
「……それでユミル・フリッツの過去や、始祖の目的も知っていたんだね?」
「そうですよ。ジーク・イェーガーがエレンに取り込まれて、どうしよう、って状態ですけど」
「それは始祖ユミルが君の意思に反して、行動を起こしてる……って、ことかな?」
「…わかりませんよ。私は、彼女のことを何でも知っているわけじゃない」
「ではジークを助けたい、と思う気持ちはあるんだね?」
「それしかありませんよ。むしろお兄さまが助かるなら、全人類が滅んでも構わない」
「……そうか」
ハンジが顔を下げた拍子に、ゴーグルが光を反射して、その奥の瞳が見えなくなる。
三人の意思は各々の目標は違えど、「地ならし」を止めたいという点でおおむね一致している。
しかしハンジの中で現在エレンを止める有効な手は、一つしか見出せていない。
50mの大型巨人がかわいらしく見えるほどの、エレンの巨人体。
たとえ超大型の力を使っても、物理的に倒すのは難しいように思える。
どうやって接近するのか、という問題もあるが。
そしてエレン本体を狙うのが難しいなら、ジークを狙う手もある。
それが今のところハンジが考えている方法である。
エレンがジークを取り込んだということはつまり、あの規格外の巨人が動くには、王家の血を継ぐ巨人が必要ということ。
その元を探して倒せば、止まる可能性はある。引きずり出すのは囚われている以上、難しいだろう。
だがこの手段を、アウラが認めるはずがない。
現に、恐々とした感情をオモテに出さないようにしながらハンジが話せば、白銅色の瞳がドロついた。背筋が凍るような、容赦のない殺気がハンジに刺さる。
「……ハンジ、私言いましたよね?お兄さまが助かるなら、全人類が滅んでもいいって。お兄さまが死んだなら、全人類を滅ぼすくらいの気狂いを、私はきっと起こしますよ」
「できないだろ、君はただの人間だ。始祖の力を今、本当に持っていないなら」
「それぐらい狂う、と言っているだけです。実際に滅ぼせるとは思っていない。でも……でも、ジーク・イェーガーが死ぬことだけは許せない」
「……じゃあ、どうしろって言うんだよ」
「………方法はあります」
「「え?」」
アニと、ハンジの声が重なる。
アウラは自分がユミルと話し合えば、止められる可能性が高いと語る。
「あの巨人に接触さえできれば、ユミルと話し合えるかもしれない」
「……君を、一緒に連れて行けってことかい?」
「絶対とは言えない。でも、可能性はゼロじゃない」
ハンジは考えこんだ。確かにこれまでのユミルの寵愛の件を考えれば、可能性はあるかもしれない。
だが、矛盾はある。
始祖ユミルは今、アウラが愛してやまない兄を犠牲にするようにして、ユミルの目的とやらを成し遂げようとしている。
ならばいくら「寵愛の子」と言えども、ユミルがその言葉に耳を貸すだろうか。
しかし、アウラの提案以上の有効打も思いつかない。
「…わかった。君を連れて行こう。ただし、難しかったら私たちはジークを殺すことも吝かでない。無論、エレンを殺すことも」
「絶対、ユミルを説得します」
「頼むよ。…まぁその前に、色々と課題は残っているだろうがね」
地ならしは続いている。
そしてその内側では、マーレとパラディ島勢力の戦いが続いているのだろう。
それを収めて────あるいは、その混乱に紛れてアルミンといったエレンの行動に反対を示す者を集め、裏で行動する。移動の頼りになるのはアズマビト家しかいない。
ヒィズル国が「地ならし」のターゲットに入っているかは不明だが、エレンは壁外以外を踏みならす旨を話した。
ならばキヨミの説得も、そこまで難しくはないだろう。
「……できればマーレを、こちら側に付けたいね」
「マガト隊長を?」
「アニがどうにか説得できないかな?」
「…向こうが戦っている中で難しいんじゃないの。流石にマーレ側が動けば、イェーガー派にもこっちの動きが勘付かれちまうと思うよ」
「そうだよねぇー…」
やはり、最善は争いを収めた上で、行動することだろう。
しかし「地ならし」が起こっている以上、そう長く時間はかけていられない。
「ひとまず我々が動くのは、この巨人たちが過ぎ去ってからだな…」
アニに巨人化する力はもう残っていない。
回復するにも時間を要するし、純粋に大型巨人の間を通るのは危険である。
さらにエレンを止めるなら、なるべく戦力となる巨人化能力者は、体力を温存させなければならない。
「おなか、空いたなぁ…」
ハンジとアニの視線が巨人の進行に向いている中で、空を仰ぎ見たアウラ。
彼女がポツリとつぶやいた声は響く足音にまぎれ、二人に聞こえることはなかった。
⚪︎⚪︎⚪︎
シガンシナ区では変化が起き始めていた。
時は壁が崩壊し、ガビたちがそれに巻き込まれた場面にまで遡る。
瓦礫から咄嗟に子どもたちを守ろうとしたのは、コルトだった。しかし破片は三人を容易く潰せる大きさを誇る。
もうダメか、そう思われた時。彼らを救ったのが《鎧の巨人》であった。
しかしその鎧は、壁の硬質化が解かれたと同時に剥がれていた。ライナーは三人を守れたものの、本体に大きなケガを負うことになる。
彼らはひとまず気を失った
比較的、コルトたちと近い場所にいたはずの女型については姿を消していた。
混乱の中で彼女がどうなったのかわからずどうすべきか話し合った結果、マガトの元へ向かおう、という話になったのである。
そして、戦士候補生三人が向かっていた中遭遇したのが、アルミンだった。
屋根の上にいた彼が、下で敵に見つからないよう行動していた三人を見つけたのだ。
「動かないで!」
銃口を向けるガビ。
対し、武装し、雷槍を含めれば優位な立ち位置にいるはずのアルミンは手を挙げ、三人の元に降り立った。
「こんなことを言われて信じられないと思うけど、君たちと話がしたいんだ」
青年の顔は、鬼気迫るものだった。
さらに上でワイヤーの音が響き、ジャンやコニーなど、104期の面々が突如下に降りたアルミンを不審に思い駆けつけた。この時点でガビたちに勝ち目はないと言っていい。
「……話って、なんだ」
ガビとファルコを背に隠し、コルトは一歩前に出た。ガビが驚いた表情を浮かべた中、手で銃口を下げさせる。
争えば確実に命はないと判断しての、コルトの行動である。
「…ありがとう、話を聞いてくれて。ジャンたちも武器をしまってくれないか?」
アルミンの頼みに仲間たちが戸惑う中、誰よりも先に武器を納めたのが、一歩遅れて到着したサシャである。
その瞬間、サシャとガビの視線が交差した。
「アルミンの言うとおりにしましょう、ジャン、コニー」
二人はサシャを視界に入れ、敵の三人を見た後、ブレードをしまい両手を挙げた。
ずっと思いつめた表情を浮かべているミカサについても、武器をしまった。
「話っていうのはね────」
そう言いアルミンが切り出したのは、エレンを止めたい、という内容だった。
未だ104期生の中で、意見はまとまっていない。
エレンを止めなければならない、と考えているのがアルミンで、ジャンは苦渋の判断ながらエレンの行動に賛成派でいる。
対しコニーは迷っており、サシャも迷いながら、アルミンの意見に賛成の考えを強めていた。
そしてミカサは、おそらく誰よりも悩み、苦しんでいる。
「僕らの方も、まだ意見が纏まっているわけじゃない。エレンはパラディ島の人間を救おうとしているけれど、そのために大量の人間が死ぬことは看過できない。決して、許されるべきものではない…!!」
「……それで、私たちにどうしろっていうの」
「協力…できないだろうか。僕らと、マーレ側で」
まずはアルミンたちがマーレ側と組む。そして戦いの矛先を、イェーガー派に向ける。
その後に味方につけるべきなのが、ピクシス司令。彼もまた、エレンの行動を容認しないだろう。
ピクシスはヒトの命を天秤にかけられる男であるが、その天秤はいつも、より多くを助ける選択に向く。
その天秤はこれまで、壁内人類を乗せてきた。
だがエレンの行動で、その天秤の中に世界の人間も含まれることになった。
必ずピクシスは自分の考えに賛同してくれると、アルミンには確信があった。
だからこそ、まずはマーレ側から。
「今中央を仕切っているのはイェーガー派だ。彼らを押さえるには数が必要になる。その点、彼らが脅しに使っていたジークの脊髄液は、今効力がない」
「…なぜ言いきれるんだ?」
コルトがアルミンに尋ねる。
アルミンは瞳を伏せて、一つの考えを示した。
「そもそもジークはどうして“叫び”を使わなかったのか、って話になるんだ」
使うタイミングはいくつもあった。
エレンがヨロイと女型に追い込まれている時。あるいは、車力とマガトのコンビが放った攻撃が命中した後などだろうか。
ともかくピンチの場面で使うべき“叫び”だったはず。そのためにも、脊髄液入りのワインが用意されていたはずなのだ。
「心情的に“叫び”を使えなかったのか。もしくは……
ゆえにワインの脅しは、効力をなさないと考えた方がいいと、アルミンは言う。
その上でピクシスとワインを飲まされた兵士たちを加えることができれば、イェーガー派を押さえ込める可能性は高まる。
「…あの、ちょっといいですか?」
「何かな?」
恐る恐る、といった様子で手を挙げたのはファルコ。
ガビがエレンを狙撃し、その銃撃の反動でひっくり返った少女をコルトが受け止めたその間に、少年はエレンの一部始終を目撃していた。
ほんの一瞬の中の出来事。
エレンの首から伸びた脊髄のようなものと、それがジークに絡みついたこと。
そして、その事を知らされていなかったガビとコルトは、ファルコに詰め寄る。
「「何でそんな大切なこと教えなかった(のよ・んだ)!!」」
「いや、アレが何だったのか、ずっと考えてて…」
白く、脊髄液のような、奇妙な物体。それが少年の心を引きつけ、離さなかったそうだ。
ファルコの発言で、ジークの“叫び”の脅威は、今のところ発現しないとの考えが強まった。
この間にガビがエレンを狙撃したこと(首を狙うつもりはなかったことを踏まえて)が明らかになり、ミカサがプッツンして同期全員がかりで取り押さえるなどしつつ、仮のアルミンたちと、戦士候補生たちの共同戦線が組まれることになった。
スムーズにいったのは、斯様な場面でもっとも拒否反応を起こしうるガビがすんなりとOKしたからだろう。
その理由に、アルミンたちの中にサシャがいたことが大きいのは言うまでもない。
ちなみに義勇兵については、そこまでの脅威にはならない、と判断された。
中心のイェレナはジークの計画がエレンに阻止された以上混乱しているはずであり、その時点で義勇兵の力は半減する。
それだけイェレナが、恐ろしい人物の裏付けにもなっている。
彼らは兵士であるが、立体機動を駆使するパラディ島の勢力と比べると、相性が悪い。
仮に戦うことになっても、押さえることは簡単である。
そのため脅威の度合いが、[イェーガー派>>>義勇兵]となっているのだ。
そして、それから戦士候補生は説得も含め、マガトたちの元へ向かった。
対しアルミンたちはピクシスの元へ向かうことになった。
「表情が暗いけど……どうしたんだ、ガビ」
「…ううん、大丈夫だよ、ファルコ」
104期生の面々と別れた後、少女は少し顔色を悪くした。
ガビの中でよぎったのは、エレンに巻きついていた奇妙な人間らしき物体。
アレが何なのか、わからずにいた。少なくともファルコやコルトに見えていれば、話に出たはずだ。
しかし出ていないということは、あれは、あの不気味なものは、ガビにしか見えていなかったということになる。
「フゥー……」
ゾワゾワとした感覚を断ち切るように、ガビは首を振った。
どこか見覚えのある不気味な物体を、頭の外へ出そうと努めながら。
そして内部では戦士候補生の話を受け、マガトはアルミンたちに協力することを決める。
また事情を聞いたピクシスも、頷いた。
彼としてはマーレとこのまま戦い続け、仲間が死ぬことを憂慮していたこともある。
「なら、あの男も必要になるじゃろうな」
すでに逃られる状態のはずだが姿の見えない男、キース・シャーディス。
人には──それも仲間には、ブレードを抜かまいとしているに違いない。
ピクシスはやれやれ、という風に頭を押さえる。
訓練兵の安全を考え、あえて彼らをイェーガー派に付かせたのだろうとも、容易に想像できる。
シャーディスの拳に傷がなかったことも踏まえ、雄弁なアルミンが事情を語れば、それだけでイェーガー派の一部を仲間にできるに違いない。
「しかし本当にエレンを止める気か、アルミン」
ピクシスに尋ねられたアルミンは瞳を大きくさせ、唇を噛む。
「……一人で勝手に行くバカを止めるのが、幼なじみの役目ですよ」
あぁ、とピクシスは息をこぼした。
エレン・イェーガーは、この上ない友人を持ったに違いない。
同時に彼はおっさんを逆さにして、その隠部に繋がるホースを元貴族の男の口に突っ込み、「美しい…」と絶頂する友人の姿を思い出した。
「いや、もっと友情に満ちた思い出もあったはずなんじゃが…」
どうにも拷問しながら笑っている姿しか思い出せない。
顔色を悪くしていくピクシスに、アルミンは心配の表情を見せた。
今宵は、
それは正直見たくないな、とピクシスは冷静に思った。