個人的なネタバレ基準がアニメとして、それに該当する部分がチラホラ出てくるので、苦手な方はご注意ください。
日もまだ高い中、おおむねの準備が整い走り出した列車。
ここから港までしばしの旅路である。
敵と味方が入り交じる奇妙な相席だった。
当然と言えば当然だが、みな口数が少なく中には疲れのせいで船を漕いでいる者や、持ってきた食料を口に入れたまま大の字で眠っている猛者もいる。
その中に、隅で空を仰いでいる女がいた。
アウラ・イェーガー、残念ブラコン美女である。
アニの件に内心ニコニコしているこの畜生女もまた、作戦に参加する流れとなった。
ユミルの「寵愛」を受けし女。彼女が語った始祖の本当の保有者や、ユミル・フリッツの目的は全員を驚愕させた。
マーレ側からすれば、目と鼻の先に目的の人間がいたことになる。
この際アニがアウラと組んでいたことも、明らかになっている。
しかしてアウラ本人が彼女を利用したことを強調して告げたため、アニへの批判的な視線は少なかった。
また、マガトが疑問に思っていたヴィリー・タイバーの件。それについてもアウラは語った。
歴史の転換点になる場面で現れた、始祖ユミルと王家の血を継ぐ女。
これをひとつの“
だからこその、『神は罪深き
無論アウラが作戦に参加するに至って、難色を示した者もいる。
そもそも、多くの人間を騙してきた女の発言を信用することができない。
しかしユミルの「寵愛」という事実はホンモノであり、気になる矛盾を除いても彼女がユミルを説得すれば始祖を止められる可能性は十分にあった。
そして、アウラがエレンたちを止める理由もある。
──────ジークを助ける。
その一点のみを鑑みれば、これ以上に彼女を信頼できる理由があるだろうか。
逆に言えば、それしか難色を示すメンバーを説得できる理由がなかったのだが。
この説得を行ったのはやはりというか、アルミンだった。
エレン・イェーガーを止めるべく、短期間の間に彼はもやしのような成長速度で育っている。
「何を見ているんだい?」
体育座りをし、縁に頭を乗せて上を見ていたアウラ。
彼女の隣に腰かけたのはハンジだった。
「思い返せば君ってさ、よく空を眺めていることが多かったよね。壁外調査中なんかもさ」
「……ずいぶんフレンドリーに、話されるんですね」
「なに、もうムカムカしていた分は殴ったからさ。何なら着くまで巨人につい「嫌です」…………」
しかめっ面を隠さず、「NO」とアウラは告げる。
頬をかいたハンジは複雑な心境ながら、今は不思議と懐かしさの方が勝っていた。
なぜだか考えて、彼女の服を見て、あぁ、と独りごちる。
アウラが着ている服。急きょ用意された末に彼女が着たのが、調査兵団の服。
新式のそれに袖を通した姿に、仲間だった頃のことを思い出してしまったのだろう。
片や副分隊長で、片や分隊長。
それが今や、パラディ島とマーレの裏切り者と、調査兵団団長。
しかしその距離感は、変わっていないように思えた。少なくともハンジは遠ざけていたが、アウラは変わっていない。だからこそハンジはその距離を縮めてみようと思ったのだ。
知りたいこともまだ、あったため。
「これまでのことをすべて水に流そうとは思わない。けれどその上で私は、今の君と話がしたい」
「巨人の話はしませんからね」
「わ、わかったって」
どうやら相当アウラ・イェーガーにとって、ハンジとの楽しい(語弊)巨人トークはトラウマを残すものだったようだ。
畜生女の顔色が若干悪くなっている。ゾエは悲しんだ。
「まぁ、質問になってしまうのだけれど、君は四年前の《獣の巨人》が威力偵察に来たとき、右足を食われたそうじゃないか。始祖ユミルなら、普通止めそうだと思ったんだけど」
それにアウラは「個人の推測である」と前置きして、ユミルが初代フリッツ王の奴隷だったことを挙げ、似たような構図がジークにも起こっていたのだろう、と語る。
要約すればジークが命令を下した巨人に、ユミルが介入できなかった──というもの。
なるほどねぇ、とハンジはつぶやいた。
「というか、ミケ・ザカリアスはいないんですね」
「ミケかい?彼については参加する話もあったが、妻がいるからね。死ぬ可能性の高い旅路に、巻き込むわけにはいかないからって、私たちが合流する前に参加させないことになったみたいだよ。その代わりとして団長の私が抜けるから、その間に代理団長として調査兵団の指揮を頼んだ」
「ツマ………?」
「あれ、知らなかったかい?……いや、知らないか。結婚したんだよ、ナナバと」
「……………え゛っ!!?」
「子どももいるよ」
「ふえぇ………」
驚いたまま固まったアウラ。
ミケ本人から衝撃の事実を聞かされた時のハンジと、同じリアクションをしている。
「それと、ヒストリア・レイスを助けた件だ。あの場面については、君の利点になることは一切なかったように思える」
「……似ていたからですよ」
「ジーク・イェーガーと?」
「私の思考回路がすべてお兄さまに直結すると思うなよ」
「じゃあ空を見るのは?」
「お兄さまを感じるからです」
「………」
ハンジの胡乱な視線を無視し、アウラは話す。
彼女曰く、意識が朦朧としていたこともあり、ヒストリアをユミルと勘違いしたそうだ。
それならばまだ納得が行くのかもしれない。ハンジはユミル・フリッツを見たことがないため、比較できないが。
「では、サシャ・ブラウスを助けたのは、なぜだい?」
ゴーグルを付けた顔が近づく。まるで逸らすことを許さないというように。
白銅色の瞼がゆっくりと瞬いて、ハァ、と息をこぼした。
「撃たれて、それで、お兄さまのすぐそばで死のうとしたからですよ」
「本当かい?」
「えぇ」
「じゃあ君は首尾一貫として、これまでずっとジーク・イェーガーのために生きてきて、他の人間には見向きもしなかったってことかい?私たちのことをなんとも思っていなかったと?」
「…さぁ」
「はぐらかすな」
「……あなたやっぱり、まだ根に持っているじゃないか。私が裏切ったこと」
ハンジは口を噤み、距離を離す。
例えばフロックの言っていた通り、アウラがジーク・イェーガー以外に何の感情も抱かない人間であったのなら、彼女も線引きできただろう。
だが共に過ごした期間が長いからこそ、うまく否定することができない。
いつものようにキッパリと、切り捨てることができない。情けない話だった。
エルヴィンであれば、自身の感情ひとつ、強靭な精神力をもってして抑えることができただろう。
「正直に言ってあげましょうか?気持ち悪くなると思いますけど」
「…あぁ」
「友人と思っていましたよ、一応。その上であなたや仲間、そしてエレンを切り捨てた美女がこの私、アウラ・イェーガーちゃんです」
「………」
一応、友人だったのか。それに自分を美女と形容する美女がいるのか。
「あのがめつい少女を助けたのは、助けたいと思ったから。それだけですよ」
「………それ、サシャ本人には絶対言ってないだろ?」
「言いませんよ。言いたいなら勝手にあなたが言ってください」
もういいですか?──と、アウラはまた顔を上げる。
「最後にもう一つだけ、いいかな」
「…まだ何か?
「ウォール・マリア奪還作戦のとき、私と目が合っただろう?何をその時思ったんだい、君は」
「そうですね…」
白銅色の瞳はぼんやりと、どこか遠くを捉えている。
「あなたが片っぽになった瞳で私を見ている事実が、嬉しくて、さみしかったですよ」
そう言い、アウラは自嘲げに笑った。
⚪︎⚪︎⚪︎
港へと到着した一行。
キヨミの協力を得られたものの、沖では大量の蒸気が上がっていた。巨人の熱が海水を蒸発させているせいである。
また飛行船の整備には半日かかるとし、その進行速度から「地ならし」によりすべての大陸は踏み潰されるまで、4日程度しかかからないとされた。
時刻は夕暮れを間近としており、そこから夜を跨いで急ピッチで用意したとして、朝になってしまうだろう。
つまり地ならし開始から3日目の朝となる。
さらに準備ができ、観測できる巨人の進行方向の先を割り出した上で言えることは、彼らがマーレ大陸に向かった頃にはすでに、巨人が上陸しているだろう、ということ。
巨人が向かう先はパラディ島から南西。
マーレに巨人がたどり着いた場合最初に被害を受けるのは、北東部である。
マーレ────特に戦士らは、沈黙した。
大陸の北東部には、レベリオ区もある。突きつけられた現実は、「今向かったところで、家族は死んでいるだろう」というもの。
「…それでも、俺は行く」
ライナーが言う。
その言葉に「私も」と、ピークが続いた。
マガトは険しい表情ながら、戦士たちの顔を順々に見つめた。男が最後に視界に入れたのは、アニ。
アルミンの顔だけでなく、腕や足、腹まで蹴りつけていた彼女。その後は一人、ずっと思いつめた様子で黙ったままだった。
アニを幼少期から見てきたマガトは、肉親を救えないと知った彼女が、戦いに不参加を示す可能性を考えていた。
彼女は誰よりも肉体的戦闘に長け、その手や足で人間を壊し、殺してきた。
だからこそ戦士の誰より戦いに辟易としていることは、隊長たる男もわかっていた。しかし戦士が戦争への出兵を拒もうものなら、戦士候補生に食われるだけ。
しかし今は彼女が拒んでも、それを理由に彼女を殺すことはない。
「……私も、行くよ」
アニは言った。それを聞いた瞬間、戦士やマガトが目を見開く。三人が三人、予想外の返答だったのだ。
「何、面食らった顔してんだい。私が参加しないとでも思ったわけ?
殴るではなく、嬲る。その違いに彼女の殺意が透けて見えた。
マーレ側が思い描いた、アニの反応との差異。
それが引き起こされた原因がアウラかもしれないと行き着くのは、そう難しいことではなかった。少なくともアニは父親を引き合いに出して、脅されている。
四年前から精神的に暴力性が増していたのも、これが所以なのかもしれない。
「………」
ライナーは無意識に、ケツを押さえた。