ライナー曇らせ?…いや、曇らせお兄さまだ!   作:栗鼠

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次回で最終回です。長かったね…。みんな今までありがと…(遺言)


おにいちゃん

 白。白。白。

 

 飽和する白。始祖のエレンを喰らい、それでもなおその白は増え続ける。

 

 地上にばら撒かれ続ける狂気の中心におはすのは、白い母体。

 

 始祖の首を食いちぎったのち、始祖の体の切断面の部分から飛び出した光るムカデのようなものも、その白いバケモノがつかみ食らった。

 

 その直後、白い人間の数はさらに増殖のスピードを増し、それまで上半身しかなかったバケモノに、下半身が生えた。

 天にもそびえんとする、その巨体。また顔や腕も変化し、完全なヒト型へと変わった。

 

 白い姿は豊満な胸と、地にまでつく髪の長さを除き、アウラ・イェーガーそのもの。

 そのバケモノは瞳を閉じたまま天をあおぐ形で、動きを止めた。

 

 しかして、地面に落ちたエレンの首が呑まれたにも関わらず、一向に大型巨人は止まらない。

 このままでは地上にある赤色が、白色に変わるまでそう時間はかからない。

 

 アルミンらは頭上から、その光景を眺めることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 その世界の時間は一瞬にして、悠久。

 矛盾した言葉であるが、実際体験する側としては、そのように感じられる。

 

 目覚めてから、砂と光の柱の世界で囚われたままのジーク。

 

 その側にはユミルがおり、途中せっせと巨人を作っていた。しかしそれも無くなってから、小さな砂の城を作っている。

 

 

 二人だけの世界で、少しずつ少しずつ、ジークはユミル・フリッツのことを理解し始めていた。

 

 この世界はすべてのユミルの民と繋がっており、それは死んだ人間も例外ではない。

 彼らの記憶や感情などが、目に見えた物体であるわけではないものの、ここに存在する。それを自由に読み取ることはできないものの。

 

 ということはつまり、ユミルの記憶や感情も存在するということ。

 

 不思議ではあるが、少女とともにずっといるためか、その記憶が時折ジークの中に流れ込んでくる。

 

 そうして、気の遠くなるような時間を過ごした。

 

 

 

 おおむねわかったことは、ユミルの過去。

『アウズンブラ』という双子の少女についても、ジークは知った。

 

 ユミルが大嫌いだった『アウズンブラ』。そして今は、大好きなアウラ。

 

 何ならユミルが『アウズンブラ』に「大きらい」と、言われたことも。

 始祖がエレンごと白い異形に食われたことも知っている。

 

 そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 おそらく先に旅立ったのだろう。

 

 しかし座標はまだ消えていない。ユミルが接触した光るムカデが、白い異形に食われたというのに。

 

 光るムカデは謂わば、ユミルの民の根源だ。その存在がいなくなれば何が起こるのか、ジークは長い思考の末にたどり着いた。

 

 それは、巨人からの解放である。

 

 ユミルの民はバケモノではなくなり、普通の人間となる。

 

 

「アウラは何であんなひどいこと、ユミルちゃんに言ったんだろうな」

 

『………』

 

「ずっと答えてくれないな、ユミルちゃん。「ちゃん」をつけたら最初は睨んできたのに」

 

『………』

 

「ユミルちゃんの記憶はわかっても、心まではわからない。…なんだか皮肉だよ」

 

 ユミルは『アウズンブラ』の気持ちを、最後まで理解できなかった。

 

 同時に『アウズンブラ』も、ユミルの気持ちを最後までわからなかった。

 

 あるいはジークがユミルの記憶のみわかるのは、彼女が心を閉ざしているからかもしれない。

 むしろ記憶が見れるのは、始祖によって、エレンとジークが繋がっていたせいなのかもしれない。

 

 

「エレンは先に行っちまったみたいだし、俺も死ぬ流れだよな」

 

 始祖が食われて以降の世界がいったいどうなっているのか。

 ユミルが見た奇妙なエビが、世界を侵略しているのかもしれない。

 

 思い返せばガビに撃たれて発狂してから、妹は「アウラ」では、なくなっていたのかもしれない。

 

 兄の全裸を見て鼻血を流していたのは、間違いなくアウラだと思うが。むしろ残念な妹以外あり得ない。

 

「死ぬ前にクサヴァーさんに会いたいよ、ユミルちゃん」

 

『………』

 

「会わせてくれないと、妹みたいに駄々をこねるぞ」

 

『………』

 

 ジークは砂の上に転がり、手足をバタつかせた。ギャン泣き幼女のマネで、「やだやだー、クサヴァーさんに会わせてよー!!」と宣ってみるが、少女は無反応。

 

 ただただ、アラサーの尊厳が破壊されただけである。

 

 長い拘束の中で、ジークの精神もイかれ始めているのは確かだった。

 

 

 

 ────ま。

 

 

 そんな折聞こえた、何者かの声。

 

 だんだん近づいてくる声にジークが耳を澄ませば、その声はさらに近づいてくる。

 そしてその声が聞こえる方角が上からだと気づいた時、彼は目の当たりにした。

 

「アウラ?!」

 

 親方、空から変態ブラコン女がッ!──────襲来した。

 

 

「ジークお兄しゃまぁぁぁんっ!!!」

 

 

 瞬間ジークは、落ちてきた調査兵団の服を身にまとった妹に潰されることになる。

 クレーターができた中で、狙うようにして貧相な胸を顔に押しつけられた男は、気を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

「ユミル」

 

 伸びたジークから離れたアウラは、ユミルの元に向かい抱きつく。

 

 そのまま少女の頬をすり寄せたと思えば、頭に顔を押し付けて呼吸し、ひたすらに抱きしめて、ともに砂の上に転がる。

 

 それでもユミルは、無反応のままだ。

 

 アウラはジッと、その様子を見つめる。

 そして少女の上に覆いかぶさると、額同士をコツンと押し当てた。

 

 

 

 ユミルが見たのは、エレミカのイチャイチャシーン。

 とうとう両片想いではなく両想いになった、普段の始祖様なら地平線の果てまで転がっていきそうなシーンを見ても、表情一つ変えない。

 

 額を離したアウラは、「あれ…?」と、戸惑いの声を上げる。

 

「ゆ、ユミルの大好きなエレミカだよ!?しっかりしてユミル、ユミルゥ────ッ!!」

 

 なすがままにアウラに肩を揺さぶられているが、心ここにあらずといった風に、ユミルは反応を示さない。

 どうしたものか、アウラは頬をかく。

 

「えっと……なんて言うの?「大きらい」っていうのは、()()()()()、本当じゃないっていうか…。それ以上に大好きの方が「()()()」は強いよ」

 

『………』

 

「……ごめんね」

 

 お互い、無言になった。

 

 その中で、意思を持って動かなかった少女の手が動き、アウラの手を掴む。

 影になった顔からは、表情をうまく読み取ることができない。

 

 

「「私たち」はもう一度キミに会いたかった。ただそれだけだった。あの回遊魚(クソヤロウ)と契約してでも」

 

 

 それから、()()()()は回り続けた。

 

 

『アウズンブラ』が愛したユミルにたどり着くまで、彼女は死に続けた。死体へと還り続けた。

 

 そしてようやく彼女は、ユミルのもとにたどり着いた。

 

 もう『×××××(自分)』の名前だけでなく、彼女が愛したユミルのことも、すべて忘れてしまっても。

 

 ユミルのためだけに捧げたその回遊人生で死に続けた彼女たちは、だからこそユミルを憎んでいるし、それ以上に狂気の「愛」をひしめき合わせている。

 

 

「でも「私たち」はキミに会えた。もう終わっていい」

 

『………』

 

「けど最後のお願いがね、一つだけあったの。だからもう一度だけ、回遊魚(クソヤロウ)と契約した」

 

『………?』

 

「「私」は『アウズンブラ』じゃない。「アウラ」として、アウラ・イェーガーとして死ぬ。あの回遊魚(クソヤロウ)光るムカデ(クソッタレ)を食う代わりに、私がこの世で一番愛している人間を、救う」

 

『   』

 

 ユミルが指したのは、彼女(ユミル)自身。

 アウラはモゴモゴと、「キミも大切なんだけど…」と口ごもり、少し頬を赤くさせながら一つ咳払いをこぼした。

 

 

「名づけて、[ジーク・イェーガー(お兄さま)は絶対死なせねぇ作戦]です!」

 

 

 その壊滅的ネーミングセンスの作戦のために、アウラはユミルに「大きらい」と言ってでも、事を起こした。

 

 すべては光るムカデを引きずり出すために。

 そしてムカデを捕食し終えたエビは、進化を果たす。

 

 

 

「光るムカデが“有”ならば、あのクソヤロウは“無”。二つが合わさって奇妙なエビはようやく「命」を手に入れることができる。そして生きて、────()ねるんだ」

 

『………』

 

「ユミルは光るムカデと遭遇して、『アウズンブラ』は奇妙なエビに出会った。これが偶然だとしても、仕組まれた運命だとしても、どうだっていい。やっぱり私たちは唯一無二なんだ。ふふふ……それにキミと一緒になることも、こうしてようやくできた」

 

 嬉しそうにユミルを抱きしめるアウラは、泣いていた。

 

 彼女自身、今自分が『アウズンブラ』なのか、「アウラ」なのか、それともこれまで死んでいった自分たちの中のうちの誰かなのか、わからない。

 

 

「キミが意思を持っちゃダメなんだ。何かを成し遂げようとしちゃ、ダメなんだ。だって光るムカデは「命そのもの」であって、感情を持つことは許されないのだから。その本質と異なる在り方をしたら、光るムカデが出てこなくなってしまう」

 

 

 逆にその「感情」を司るものこそ、奇妙なエビ。

 

 それはいわゆる、“理”というものなのかもしれない。かく言うアウラとて、奇妙なエビの内側をすべて理解しているわけではない。

 

 ただ彼女は契約して、そのコマとして動くだけの人形である。

 その先でユミルと出会えたように、ジークを助けられるなら、本望なのだ。

 

 

「ずっと、ずっと………会いたかったよ」

 

『………』

 

「私のユミル。私だけのユミル…」

 

 

 ユミルの姿が、変化する。

 背丈が伸び、少女から妙齢の女性の姿へと。

 

 並んだ二人は見た目も、身長も、すべて同じ。違うのはその胸の大きさと、髪の色と、瞳の色である。

 

 アウラを抱きしめ返したユミル・フリッツは、安らかな表情を浮かべ、その肩元に顔を埋めた。

 

 

 

 

『…アウラ』

 

 

 

 

 瞬間、目を丸くしたアウラ。

 

 唇を震わせ、顔を伏せ、嗚咽をこぼす。

 ずっと聞きたかったその声を、ようやく聞くことができた。

 

 それはつまり、ユミルの舌が治ったことに他ならなくて。

 

 これの意味するところは、彼女が王の呪縛から完全に解放されたということであった。

 

 

 ユミルの体が少しずつ、空気に溶けていく。

 それに従って、柱を作っていた光が失われていく。

 

 

『だいすき、アウラ』

 

 

 そして、穏やかな表情を浮かべていたユミルの姿が、完全に消えた。

 

 

「……っ、………!!」

 

 下の砂が地面に吸い込まれるようにして消失していく中、アウラは涙を拭いて、兄の元へ駆ける。

 

 

 

 一方ジークはというと、クレーターの中で大の字になって仰向けに転がっていた。青い瞳はぱっちりと開いており、斜面を滑る妹を視界に入れると目を留める。

 

 そこで兄が起きていたことを知ったアウラは、急ブレーキをかけて固まった。

 ジークは半目になっており、彼女は先ほどのユミルとの話を全て聞かれていたことを察する。

 

 とっさにアウラはUターンを決めようとして、強制力に物を言わす兄の声が届いた。

 

「来い」

 

「ひゃ、ひゃいっ!」

 

 アウラがジークに勝てるわけがない。

 

 自分が何者なのかひどく曖昧になっていたはずが、兄の一言で一気に「アウラ・イェーガー」へと引き戻された。これがジークに全てを捧げている変態女の力であり、末路である。

 

 

 

 

 

「なに、勝手に死のうとしているんだ?」

 

「え……?だ、だって死にたいから…」

 

「始祖ユミルと死ぬってことか?散々好き勝手していたお前が?ふざけるなよ…」

 

「お兄さまの頼みでも、こればっかりは。やっと死ねるのに……」

 

「………」

 

 これまで連続して衝撃的な内容を暴露されてきた中で、元戦士長殿の頭はすでに考えることを放棄している。

 

 ただ純粋に今あるのは、妹を死なせたくない思いと、ついでにこれまで受けてきた被害への怒りやら、悲しみやら。感情がメッタメタのバッキバキである。

 

「世界をメチャクチャにしてでも、お前が助けたかったお兄ちゃんの“お願い”を聞けないわけだ、へぇー…?」

 

「ま、まぁ、今後のミカサちゃんたちのためにも、人類の大半は死ぬ必要があったっていうか…」

 

「………」

 

「貴方は知らないだけ。()()()()()はもっと、残酷なのだから」

 

 ──と、言ったアウラは、途端に口を押さえて自分の発言に眉を寄せる。

 思わず話してしまったというより、アウラではない方の“彼女たち”が出てきてしまったらしい。

 

 

「…何だ、本当の世界って」

 

「……ユミルが、見ていた世界。あるいは「私たち」が()きた中の一つにあった、ユミルが見ていた内容と同じ世界線。詳細は言う時間がないけど、お兄さまは死んじゃうの。そんなの絶対許せるわけないじゃん」

 

「………」

 

「私というイレギュラーが現れたから、世界は大きく変わった。ユミルでさえわかっていた未来が予想がつかなくなって、結構彼女に迷惑をかけちゃった」

 

 崩落する世界は、砂の上にいた二人をも巻き込む。

 

 手や足の一部が砂に巻き込まれていく中、ジークは妹の手を強く握った。

 

 

「どうしたら、生きようって思える。俺が生きていても“死”を選ぶくらいには、死にたいのはわかったから」

 

「セッ「ダメ」────じゃあお兄さまの」

 

「……何だよ」

 

「赤ちゃ「ダメ」………」

 

 どこまでも、歪みない妹だ。

 これが二人の最後になるかもしれないのに、なぜ斯様な会話をしなければならないのか。ジークの頭が痛む。

 

「お前はッ、お前というヤツは本当に……」

 

「ふふふ、兄のことが好きすぎる妹を持って大変だね、おにーちゃん」

 

「………」

 

 

 妹が望むことを()たら、本当に生きようと思ってくれるのか────。

 

 一瞬よぎった血迷った考えにジークがこれでもかと唸っていれば、アウラは嬉しそうにする。

 今の兄の苦しむ表情さえ、好きで好きでしょうがないという顔だ。

 

「アウラちゃんはね、ジーク・イェーガーの涙からはじまったの。だからお兄ちゃんをいっぱいいっぱい苦しめて、苦しめたかった」

 

「最悪な妹だな…」

 

「それで、これまでもこれからも、そんな最悪な妹がお兄さまの中の大半を占めてくれたら、すごく嬉しい」

 

「………アウラ」

 

「今、泣きそうなお兄さまの顔も、ステキだよ」

 

 

 幸せそうに、アウラは笑った。

 

 手を繋いだまま、二人の体は沈んでいく。

 

 

 

 

 

「私のお兄ちゃんでいてくれて、ありがとう」

 

 

 

 

 

 ジークの意識は、暗闇へと沈んでいった。

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