ライナー曇らせ?…いや、曇らせお兄さまだ!   作:栗鼠

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最終回です。


ライナー曇らせ?…いや、曇らせお兄さまだ!

 空を仰いでいた白いバケモノの瞳が開く。

 のぞいたその奥に宿るのは、深い深淵。眼球のすべてが黒く、三日月を描いた口内も黒い。

 

 眩い太陽に手を伸ばした異形は狂ったように笑いながら、そのままゆっくりと地面に倒れていった。

 

 そのバケモノをアルミンの超大型によって吹き飛ばすべきか、と作戦が立てられていた中、飛行船は急きょ高度を上げる。

 巨大な物体が倒れれば必然、爆風が起こるからだ。

 

 全員が側の物につかまった中、ソイツは地面にぶつかり、まるで液体のようにドプンとその形を崩した。

 

 しかし生じるはずの爆風は起きず、おろか音さえ生まれない。

 

 異様なほど辺りは静寂に包まれる。

 聞こえるのは飛行船が宙を飛ぶ中で生み出す、外の空気を揺るがす音だけ。

 

 白いバケモノが波打った瞬間、地に広がっていた白い群れも次々にその姿を溶かしていく。

 そして、あっという間に白い姿は無くなり、残ったのは蒸発し始めた大型巨人だけになった。

 

 何が起こったのかわからない。

 だが一同は「地ならし」が終わったことは理解した。

 同時につい先ほどまでそこにいた白いバケモノが、静寂の中で消えたことも。

 

 狐につままれたようです──と、乗船していたキヨミは思わず呟く。

 

 

 そんな中、地上では一人の男が体を起こし、またエレン(その姿)を探していた一人の女が、生首を発見する。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 この「地ならし」により、およそ7()()の人類が虐殺されるに至った。

 

 この主犯である、エレン・イェーガーは死亡。

 そしてその男を止めたのが、テオ・マガトが率いる戦士と、彼らと手を組んだパラディ島の()()()()

 

 ミカサによってエレンの真の目的を聞いたアルミンが、自分たちがエレンを殺したことにしよう──と、打ち出したのである。

 

 この意見にマガトも賛同し、これによってエレン討伐に向かった彼らは英雄として、歴史にその名を刻むこととなった。

 

 

 しかしアウラ・イェーガーと思しき光るムカデ(?)を食った白いバケモノなど、疑問はいくつか残る。

 

 その「光るムカデ」の正体を知る男こそ、ミカサとともに白いバケモノの中から生還した、ジーク・イェーガーその人。

 

 彼曰く、光るムカデとは、はるか昔に有象無象の“何か”が生じては消えて────を繰り返し、やがて生き残ったものだという。

 それこそが「生命」。

 その正体はユミル・フリッツが出会ったとされる、「悪魔」であるのだ、と。

 

 そして光るムカデは、白いバケモノにより食われた。

 

 ユミルの民(われわれ)は、ただの人間になったのだ──と。

 

 

 にわかには信じがたい話である。一方でジークの話を聞き、巨人化能力者たちが感じていた違和感に説明がついた。

 彼らは“喪失感”ないし、自身の体の変化を感じ取っていたのである。

 

 その変化は同時に、“巨人科学の副産物”たるアッカーマンにも起こっていた。

 

 巨人の力を人間でありながら使いこなすことができる特異な一族。

 彼らはその力の代わりに、巨人化の影響を受けない。

 

 そんなミカサやリヴァイは、目に見えて体の変化を感じていた。

 今まで自身の中にあった、体の内側からあふれる“力”。その感覚がなくなったのである。

 

 それがもし本当であるなら、血液検査を行えば確実にわかる。

 

 ユミルの民に存在する彼らが「バケモノ」であると明確に区別される、特有の血の構造。それが変わっていれば、物理的な証拠になる。

 

 

 

 

 

「何があったのだ、ジーク」

 

 

 飛行船を着陸させ、話し合いに至った中、呆けたツラのまま座っていた男に容赦のない蹴りを入れたのは、テオ・マガト。

 それからジークによって、これまた衝撃的な内容が語られたのだ。

 

「………」

 

 ジークは、ミカサの腕の中で安らかな表情で眠る生首を見る。

 その瞳が開き翡翠の色をのぞかすことは、もう二度とない。ミカサの周囲には調査兵団のメンバーが集まり、みな堪えきれず、涙を溢していた。

 

 道を違え、あるいはすれ違ってしまったとしても。到底、積み重ねてきたエレン・イェーガーと仲間たちの思い出が、なかったものになるはずがなかった。

 

 

「……いい天気ですね、マガト隊長」

 

「…貴様は裏切り者の身だ。相応の処罰があることは、覚悟しておけ」

 

 とは言いつつ、一周回ってジークの行動は、カール・フリッツの意志を踏襲した計画であったことは間違いない。

 

『エルディア人安楽死計画』について、マガトはアルミンから知らされている。

 

 そのラインは微妙だった。

 ジーク・イェーガーの行動は世界から見れば“救い”であり、対しパラディ島側からすれば、決して容認できない計画である。

 

 そもそもそのような計画に至るまでの男の人生に同情しきれない部分があることを、ジークが少年だった頃から知る元帥殿は理解している。

 現状マーレのトップはマガトだ。ゆえにジークの処罰は、彼の手中にある。

 

「アウラ・イェーガーはどうした」

 

「……アイツは…」

 

 と、二人が話していた折、感じた殺気にジークは肩を跳ねさせた。

 

 その出どころはやはり、無愛想な顔をはりつけた160センチの男である。男の三白眼がより細まり、手にはブレードを握られている。ただその足取りは、ひどくおぼつかない。

 

「元気そうじゃねェか、リヴァイ」

 

「よぉ、クソヒゲ」

 

「俺を殺しにあの世から戻ってきたってわけか。おっかないねぇ」

 

「ちょ、ちょ、リヴァイ!!」

 

 ハンジが慌てて背後からリヴァイを羽交締めにする。

 その勢いでわずかに足が地面から離れた兵長殿は、射殺さん目つきでハンジを睨めつけた。

 

「テメェから先に殺すぞ、クソメガネ」

 

「ごめんって、でも落ち着こう?ジーク・イェーガーは後でいくらでも斬ったり殴ったり、蹴ったりしていいから」

 

「え……?」

 

 完全に兵長を止めてくれるかと思っていたジークは、豆鉄砲を食らった顔をさらす。

 かく言うハンジの目も笑っておらず、そこに深い私怨があることに気づいた男は、静かに目を伏せた。

 

「あなたが私たちの仲間を大勢殺したことは事実だからね。……大事な副分隊長も、あの時私は失っているから。まぁそれは、ベルトルトの爆風が原因で、死んだんだけど……」

 

 ベルトルト、の部分に反応したアニが、それぞれの輪から離れた場所から視線を向けた。

 彼女の周囲には、104期生を見つめているライナーと、あくびをしているピークもいる。

 

 

「だが元々作戦を立てたのは、我々マーレの上層部だ」

 

 ピリついた雰囲気の間に入ったのは、マガト。

 

 マガトは反対したものの、子どもたちに「始祖奪還計画」を託したのは今は亡きマーレの上層部である。

 無垢な幼子を洗脳するようなマネをして、人間兵器としての有用性を作り出した。

 

「もっとも咎められるべきは、私にある」

 

 言い切った元帥に、ジークは耳をかいた。ひどく居心地が悪い気分になったのだ。

 戦士と戦士候補生たちに向くマガトの“親心”が、透けて見えていた。

 

 

「……ハァ、責め合っていてもしょうがないね。私たちだって「地ならし」が始まる前の段階で、エレンを止めることができなかったんだから。むしろ私がマーレに視察に行くことを決定しなければ、エレンは和平の道に見切りを付けなかったのかもしれないし……。ということだ、リヴァイ。今は一旦、抑えようか。私も、あなたも」

 

「…………ッチ」

 

 団長命令ならば、仕方ない。

 そう続けたリヴァイは、ブレードをしまった。ジークはホッと、胸を撫で下ろす。目先の脅威は一時去った。

 

「それで、結局アウラ・イェーガーはどこに行ったんだい?……いや、そもそも彼女は()()()()()()?」

 

 光が反射したレンズの奥で、難しい表情を浮かべるハンジ。

 ジークは今一度、空を見る。

 

 

 青い空。晴朗な日和だ。血生臭い地上など、我知らずというように存在する。

 

 胸のうちに存在するポッカリと空いた感覚は拭えず、心が開いた口から漏れてしまいそうで。

 それを止めようと、ジーク・イェーガーは口を閉じた。

 

 

 

「アイツはようやく、眠れたんだ」

 

 

 

 その全貌を語るには、途方もなく時間がかかってしまうだろう。心の整理をしながら、事実を語らなければならないのだから。

 

 ジークが見上げた空は遠く、とても、蒼かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

「天と地の戦い」と呼ばれたその戦いから、3年の月日が経った。

 

 アルミンやジャン、サシャやコニーに、ハンジ。そしてライナーやアニ、ピークたちは連合国の大使となった。

 

 スムーズに彼らが──いや、彼らが連合国の大使となるまで途方もない苦労があったものの、元敵国側に身を置き、現在彼らはパラディ島に和平条約に赴くという、奇妙な構図ができあがっていた。

 

 

 多忙を極める彼らの一方で、リヴァイ・アッカーマンはオニャンコポンと世界を巡っている。

 

 仲間の想いや死を見続けボロボロになった男は、エルヴィン・スミスが求めた先の世界を見ることができた。

 この輪の中にハンジも一息ついたら合流しようと考えている。

 

 

 またパラディ島ではピクシスやヒストリアが中心となり、民衆をうまくまとめている。

 

 しかし、尚もエレン・イェーガーを信奉する民衆による「イェーガー派」がいる。

 彼らは世界の報復を恐れ、戦うことを切望しているのだ。

 

 交渉についてはマーレ側が取り仕切り、両者は一度、連合国大使の仕事の賜物で停戦協議を行った。

 

 協議には複数の内容があった。そのひとつに義勇兵の身柄や、パラディ島に駐留せざるを得なかったマーレ人兵士の身柄を引き渡す、というものがあった。

 そのかわり、マーレは一方的な軍事侵攻をパラディ島に行わない──など。

 

 その前に起こったマーレとパラディ島の戦いの勝敗については、形式上マーレの勝利とし、パラディ島を管理するという形で落ち着いた。

 

 地ならしの影響で滅亡をたどった国が多い中、かろうじて滅びを免れた国も再建に向け四苦八苦している現状。国内の問題で手いっぱいでパラディ島に戦争をけしかける可能性は限りなく低いが、パラディ島の安全を確実に保障するという上ではやはり、マーレ側の勝利にした方が余計な軋轢を生まずに済む。

 

 

 戦士候補生たちも無事マーレに帰還し、スラトア要塞に飛行艇を求めて逃げ込んでいた家族と再会することができた。

 

 アニやライナー、ピークたちの家族も生きのびていた。

 

 対し、キヨミらについては停戦交渉をする際、マーレとパラディ島の架け橋を担う立場で、ヒィズル国を牽引している。

 停戦協議についても、ヒィズル国で行われている。

 

 というのも、ヒィズルは地ならしの影響を受けなかったのだ。エレン・イェーガーの意思によって滅亡を免れたのは想像に難くない。

 

 かの国もまた、微妙な立ち位置であるが、マーレと不戦を結んだ。

 

 

 

 ちなみに紆余曲折を経てヒストリアと再会したユミルは、その旦那の顔面にドロップキックを食らわす、()()()()()()事件を起こしている。

 

 側にいた護衛部隊は女王が危険だと察知すれば動く。その旦那も守る対象ではあるが、何せほんのちょっとした事件ゆえ、動くことはなかった。

 むしろこの一件を、一番腹を抱えて笑っていたのがケニーだった。

 

 そしてユミルは自分の手紙が、ヒストリアにきちんと渡っていたことにイイ男(ライナー)に感謝するとともに、悶絶した。

 純粋に恥ずかしかったのだ。「結婚できなくてごめんね、ユミル…」とマジレスされたことが。

 

 でも、少し頬を赤らめて視線を逸らしたヒストリアはやはり、かわいかった。結婚しよ。

 

 その時はまだ膨れていた腹をいとしげに撫でるヒストリアを見て、ユミルは来世は必ず男に生まれると誓ったとか、誓わなかったとか。

 

 その間ウドやゾフィアも、ガビたちと再会している。

 

 

 この件でおそらく一番驚くべきできごとは、ユミルとポルコが()()()()()になっていたことだろう。

 これを聞いたピークは、邪智暴虐の王にブチギレたメロスレベルに激怒した。

 

 先ほどの「紆余曲折を経て」の中には、二人がイイ雰囲気になるまでのエピソードも含まれているのだが、詳細に語ると長くなるため、今回は省くとしよう。

 

 後日、ピークに詰め寄られたポルコ曰く、ピークのことは“大切な友人”と認識していたようだ。結婚の話も、冗談だったんだろう、と。

 

 

「だってお前が嫁にくるならまだわかるけど、俺は男だから、「嫁」には行けねぇだろ」

 

 

 こちらもまたマジレスだった。脳内まで筋肉でできているんじゃないかと、ピークはまた激怒した。

 

 しかし結局、ポルコの恋を応援することにしたのである。

 ユミルと共にいる男の姿は、色々と吹っ切れたように幸せそうであったから。

 

 その二人については現在、マーレで暮らしている。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

「ミカサは元気にしてるかなぁ…」

 

 船の外で潮風を浴びながら、そう呟いたのはアルミン。彼の横にはアニがいる。

 現在彼らは和平条約の締結のため、パラディ島に向かっていた。

 

「アイツなら大丈夫だろ」

 

「…うん、そうだね」

 

 3年前は、一方は死にかけて、一方はその一方を殴り殺さんとしていた間柄の二人。

 

 今は時間も過ぎ、アニの中のわだかまりも次第に解けていった。ライナーに対しては今でも容赦のない蹴りを入れるくらいには嫌いだが。

 

「……ねぇ、アニ」

 

「何だい」

 

「その………ううん、やっぱり何でもない」

 

「…そう」

 

 何か言おうとして、口をつぐんだアルミン。

 もう何度目かのこのやりとり。頬を赤くしながら海へ視線を向けた青年に、アニは深く息を吐いた。

 

 まどろっこしいうちは、答えてやる義理はない。

 

 もし「好きだ」と言ってきた時は、盛大に、それもみんなの前でフってやろう──という気持ちで。

 

「………」

 

 ふと思い出すのは、3年前のこと。

 

 果たしてアルミンが覚えているかはわからないが、飛行船から蒸発していく大型巨人をアニが眺めていた中、声がかけられた。

 

 

 ──────アニ。

 

 

 声の主はアルミンだった。

 ただ、その浮かべる表情が、口調が、そして自身に向かう既視感のあるものが。

 

 まるでそこにベルトルト・フーバーがいるように、感じられた。

 

 その一言だけを呟き、すぐにハッとした様子でアルミンは地上を見た。

 

 アレが何だったのか、アニにはわからない。しかし、もしかしたら消える前に、ベルトルトが彼女に会いに来たのではないかとも、思うのだ。

 

「…ふふっ」

 

「ど、どうしたの、アニ?急に笑って」

 

「何でもないよ、ばーか」

 

「え、えぇー…」

 

 

 アニ・レオンハートはかすかに口角を上げ、今の安穏とした気持ちを享受する。

 

 二人の頭上では、一匹の白い鳥が羽ばたいていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、飛んでいったその白い鳥が羽休めに選んだ木の上。

 

 その下では、花が飾られた小さな墓石の隣で、赤いマフラーを首に巻いた女性が座っている。

 

 もうすぐアルミンたちが来る。彼女は────ミカサは、墓石をそっと撫でた。

 

 

「あっ、ここにいたのね、ミカサ!」

 

 

 その時、彼女の元にやって来た人物。

 子どもを抱えながら歩いてきたのはヒストリア。側では護衛隊も控えている。

 

 どうやらもうすぐアルミンたちが来るため、ここ、シガンシナ区まで女王は足を運んでいるようだ。そのついでとヒストリアは久しぶりにミカサに会いに来た。頭に冠も置かず、そこらの庶民と変わらぬ出立で。

 

「…不用意に動いたら、危ない」

 

「大丈夫、護衛がいるもの」

 

「……なんかヒストリア、カルラさんみたいになった」

 

 要は、“お母さん”のようになった、と。

 

 久しぶりの会話ということもあり、二人の話も弾む。

 

 その声につられて、うぅ、と声が上がった。ヒストリアの腕の中にいた子どもは周囲をキョロキョロと見渡して、ふいにミカサに目を留める。

 

「あら、この子が泣かないなんて珍しい」

 

「……か、かわいい」

 

「ミカサと会うのははじめてだよね。ほら、私のお友だちだよ」

 

 もう少しで3歳になろうという子どもは髪の色こそヒストリアと似ていないが、くりくりとした大きな目は似ている。少し濃い目の眉も。

 

 ジッと、ミカサを見つめていた子どもは、徐に手を伸ばす。

 その意思を汲み取ったヒストリアがミカサへ子どもを渡した。ミカサは戸惑いの声を上げたものの、恐る恐る受け取る。

 

 

「おもい、結構…」

 

「ふふ、こう見たらミカサがお母さんになったみたいだね。持ち方はもう少しこうするの」

 

「う、うん」

 

 指を咥えていた子どもの手がペタペタと、ミカサに触れる。ついたよだれで汚れる顔に反射的に彼女はうめきつつ、子どもを下ろすことはない。

 

 不思議とその幼子の瞳に、心が吸い込まれる気がした。

 

「みかちゃ」

 

「……!か、かわいい…」

 

「みかちゃ!」

 

「かわいいばっかり言ってるね、ミカサ」

 

「でも、本当にかわいい……」

 

「みかちゃ、ちゃっちゃーまん」

 

「ちゃっちゃーまん…?」

 

「ちゃっちゃーまん」とは、何だろうか。首を傾げたミカサにヒストリアは、「アッカーマンって言いたいんじゃない?」と告げる。しかし言った側で、ヒストリアは首を傾げる。

 

「あれ、この子にミカサの苗字は教えてないはずなのに……」

 

 子どもはぎゅう、と抱きついて、至近距離で黒い瞳をのぞき込んだ。

 

 

「みかちゃはね、オレがちあわちぇにしゅるの!」

 

 

 キラキラと輝く翡翠の瞳に、ミカサは固まって。

 

 そして思わず、聞き返した。

 

 

「あなたの名前を……教えて?」

 

 

 マフラーをつけた、震えるその体。我が子の名前を言おうとしたヒストリアも、そのただならぬミカサの様子に出かけた言葉を飲み込んだ。

 

 

 

「オレのなまえは、エリェン・イェーガー!!」

 

 

 

 ミカサは腰を抜かしたように子どもを抱きしめたまま、座り込み。

 

 そして声を上げて、泣き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 これは和平交渉があった日から随分と遡った、とある某日。

 

 仕事で疲れ果てた一人の男は家に帰宅した直後、そのまま玄関で倒れ夢の世界へ旅立とうとした。

 

 件の一件で極刑も免れないと腹を括っていた男────ジーク・イェーガーは、マガトの采配により、再びマーレ軍に拝任された。

 

 当然、ジークの存在はマーレ兵士の反感を買った。だが裏切りの事実を、マガト元帥は「ジーク・イェーガーは裏でエレン・イェーガーを止めるため動いていた」という風に変えたのである。義勇兵についても同様に。ただしイェレナは、しばし牢屋行きになっていた。

 

 

 マーレを裏切ったと見せかけ、実は裏切っていなかった。

 

 ややこしい設定を背負わされたジークだが、すでにそれ以上にややこしい妹の被害に遭ってきたため、そこまで苦労することはなかった。

 

 ──いや、苦労はしている。マーレ復興に尽力するマガトに馬車馬のように働かされ、まだ戦士時代の方が数倍ラクだった目に遭わされている。

 

 これまで多くの人間を殺してきた男には、甘すぎる罰だろう。毎日「過労死」の言葉が脳裏をよぎっているが。

 

 マガトがジークへ処罰を下さなかったのは、もしかしたら彼がすべてを語り終え、アウラ・イェーガーにヘイトが向いたのが原因だったのかもしれない。

 

 まぁ、最たる理由は別にある。それはレベリオ区襲撃事件でマーレの上層部が一掃され、トップの地位にマガトが就任したが、その下がほぼ並の兵士しか残っていなかったためだ。

 

 その点、ジークは「戦士長」として培われた能力がある。

 その力がマガトのお眼鏡にかなった。マーレを裏切った罪人として処理するより、再利用した方が有用性が高いと判断したのだ。

 

 

 ちなみに、「お兄さまができるだけ苦しんで、それを私が堪能できるよう努力するよ…」な人間だった妹。改めて文字にするとひどい。

 

 この一件で、どうやら戦士とパラディ勢力のジャン・キルシュタインという男の間で、マルコ・ボットの死に関してひと悶着あったらしい。

 

 最終的に「あのマルコが本当にライナーたちに「悪魔」と言ったのか……?」と疑問に思っていたジャンは、アウラに対し「人間じゃねェ…!」と、憎悪マシマシに憤りを見せていた。

 

 新たに知った妹のクズエピソードに、ジークは死ぬ思いがした。

 

 

 

 

 

 とまぁ、度々胃が死につつも、彼はまだ生きている。

 

 祖父母もほかの戦士の家族に連れられ、列車でスラトア要塞に逃げおおせていた。そのためジークと無事再会を果たした。

 詳細を省き端的にアウラが死んだことを二人に話せば、膝から崩れ落ちていたが。

 

 どの道隠しておくことも、ジークの精神状態からしてできなかった。

「アウラは元気?」などと微笑まれながら聞かれた瞬間、銃口を口に突っ込んで、引き金を引く自信がある。

 

 であれば先に事実を告げて、その痛みを分かち合った方がまだ遥かにマシだった。

 

 

 

「あら、そんなところでぶっ倒れてどうしたんですか、ジーク戦士長。…いや、もう戦士長じゃなかったですね」

 

「……また勝手に入ってたの、ピークちゃん」

 

 

 ピーク・フィンガー。ポルコとユミルの熱愛報道で史上最大級に荒れ、その怒りの矛先がなぜかジークに向かった女である。

 

 仕事終わりに酒を浴びるように飲み、彼女はしょっちゅうこの部屋に入り浸った。それを介抱してやるのが、もっぱらジークの役目になっていた。

 

 連合軍の大使となったピークは未だマーレ軍部と深い繋がりがあり(まぁ、マガト関連だろう)、こうして新しく建設された軍事基地内にある兵士用の住居にも、難なく侵入することができる。

 

 最近はそこまで荒れなくなったが、それでも酒を飲むと毎回ポルコの話題が出る。

 今日は酒を飲んでおらず、シラフだった。

 

 

「仕方ない、運んであげますよ」

 

「うん、ありが……押しつけないでくれるか」

 

「何をですか?」

 

 ジークの背後に質量のものすごい二つのそれが、存在感を放って押し当てられている。

 そのままピークは素知らぬ顔でジークをベッドに引きずって行った。

 

 嫌な予感しかしないが、チャクラ切れを起こしたKKS先生の如き男は指一本すら動かすことが億劫になっている。

 

 

「そう言えばジークさん、ヒゲ剃りましたよね」

 

「俺にも色々、心境の変化があったからね」

 

「頬も痩けてましたけど、ライナー(ドベちゃん)みたいに健康的になったっていうか」

 

「ピークちゃん……?」

 

 うつ伏せの形で、ベッドに乗せられた男。

 ベッドの隅にもう一人分の体重が乗り、音を立てて軋んだ。

 

「メガネもつけないで、飾っておくようになりましたね」

 

 そう言ったピークの視線の先に映っているのは、棚の上に飾られたボールの傍にあるメガネ。クサヴァーの遺品だ。

 

 おそらくアウラの仕業だろうが、ジークが元に戻った時に、無くしたはずのそれをかけていたのである。

 

 

「どうしよう、俺なんかドキドキしてきちゃったんだけど。色んな意味で」

 

「私もドキドキしてますよ、ジークさんが10歳ぐらい若返ったみたいで」

 

 

 ジークは、キャー助けてェー!!と、生娘のように叫ぼうとして、自分が三十路のおっさんだったことを思い出した。おっさんは生娘のように叫ばない。そんなことを考えている頭は、明らかに疲れている。

 

 ポルコの件で親身になって話を聞いていた時点で、ピークの視線が昔の────戦士候補生時代に向けられていたものに変わったことには、気づいていた。

 

 しかしここまで肉食系であったのか。

 

 いや、奥手のおっとり女子に見せかけて、実際かなりの肉食だった。むしろよくポルコは貞操を守れたと思う。アレはアレで究極に鈍い男だ。

 

 

「……ダメですか、ジークさん」

 

 ジークは首だけ動かし、ピークを見た。ジャケットを脱いだ彼女がじっと見ている。

 

 ゴクリと、喉が鳴る。出どころは喉仏のある逞しい首からで。肝心の青い瞳は揺れていた。

 

 それは情慾に浮かされたものではなく、例えるなら帆を失い大海原を漂流する羽目になったような色を孕んでいる。

 

 

 

「ハァ………ピークちゃんはさ、俺を絶対幸せにしてくれる?」

 

「します。何なら今から天国を見せてあげますよ」

 

「それ俺のセリフな気もするけど……それでさ」

 

「はい」

 

「俺の一番にはなれないけど、それでもいい?」

 

「えぇ、いいですよ」

 

「……本当に?俺たぶん、人間の愛し方とかスゲェ下手になっちゃったと思うよ?つーか、分かんないかも」

 

「なら、また誰かに教えて貰えばいいんですよ、ジークさん。あなたを愛してくれる人間は別に、この世に一人しかいないわけじゃないんですから」

 

 ピークは目に弧を描いて、笑う。

 

 両親の愛を十分に受けられず、クサヴァーにしかし本当の子のように愛され、安楽死計画の中で情愛を切り離していた男。特に、性愛とは程遠かった。そして妹の人類を滅ぼすレベルの狂愛にフルボッコにされた結果、もう立ち直れないところまで来ている。

 

 

 愛って、何だったっけか。

 

 今のジークはずっと、そんな感じだ。

 

 

「怖いですか?誰かを愛するのも、愛されるのも」

 

「……あぁ、おっかないね。でも、ずっとこのままってわけにもいかないんだよ」

 

「…何だ、分かってるんじゃないんですか」

 

「そりゃあ生きちまったんだから、ビクビク怯えてるわけにもいかんでしょ」

 

「ジークさんはドベちゃんみたいに、もう少し可愛げがあってもいいと思いますけどね」

 

「ハハ、面白いジョークだな」

 

 

 重い体を動かし、仰向けになったジークは耳をかく。

 それでさ、と続けて。

 

 

「もし俺の妹みたいな人間でも、幽霊でも、現れて殺されたとしても文句は言わないな?」

 

「もちろん」

 

「……うん、そっか」

 

 じゃあと、手を広げたジーク。

 その中にピークは思い切り飛び込んで、その勢いに「うぐっ」と、彼はうめいた。

 

 

 ベランダの奥では、夜空がキラキラと光っているのが見える。

 

 不意にその色を目に留めたジークは、妹を思い出し小さく笑う。

 

 

 

 最後にジーク・イェーガーが、アウラ・イェーガーの兄であったことに感謝した妹。

 

 ジークの意識が落ちる中でもう一言、彼女は言葉を残していた。

 

 

 

『来世は私が()()()、幸せにするから』

 

 

 

 その言葉の裏に、「今世を幸せに生きて欲しい」という意味があったのを、兄は理解した。

 ついでに、「来世も絶対に付きまとってやるぜ!!!」という意味の宣言も。

 

 だから、ジークは幸せになろうと思う。時折、死にたい気持ちに駆られながら。

 

 その中には、自分を残して死んだ妹への皮肉も込めて。

 

 

 

「本当に、イヤな妹だよ」

 

 

 

 そんな妹を、ジークは忘れない。忘れようと思っても、忘れられないだろう。

 

 

 

 ジーク・イェーガーは、アウラ・イェーガーを「愛」している。

 

 大切な妹として、これまでも、この先も。

 

 

 

 

 

 -END-

 

 

 

 

 

 

 


 

【小話とあとがき】

 

 -小話(箇条書き)-

 

 

 ・エレン&ミカサ

 アウラの粋な計らい(?)によってヒストリアのお腹に召喚されたエレン。記憶については部分的にしか思い出していない。仲間の前では「エレン」になるが、そのほかの前では普通の子どもになる。ヒストリアには基本普通。彼女が「エレン」と言った場合は、エレンになる。そう遠くないうちにミカサにプロポーズする。ミカサも受け入れる。でも年齢差が約20歳なんじゃあ…(ノブ感)周囲は混乱したけど、かなり寛容的。両親も。今は温かな目で見守っておこうスタイル。

 

 ・アルミン&アニ

 アルミンが諦めずアタックし続ければ道はある。何だかんだでアニも絆されつつある。

 

 ・コニー・サシャ・ジャン

 いつもの三人。コニーはカーチャン戻ってよかったね。

 サシャも「お前のために美味いご飯を作るから、俺と…」な感じでニコロにその内プロポーズされた。でも「美味しいご飯」のところしか聞かずに頷いた。まぁ、いいか、な様子のサシャだった。

 ジャンは血涙を流した。

 

 ・リヴァイ&ハンジ

 雷槍でリヴァイが大怪我を負ってイェーガー派から逃げた時、「二人で暮らそうか」の言葉を聞いていたリヴァイ。ハンジが合流した時に何か話があるそうだ。え、アレってプロポーズじゃなかったんですか…?

 

 ・パラディ島

 みんな常通り働いている。進展があったのはオルオとペトラ。

 

 ・ライナー

 アウラの本性知った後でも、まだ想いを引きずっている。でもヒストリアの手紙の匂いは嗅ぐ。アニはいつまで俺の尻を蹴るんだ……?

 

 ・ピーク

 荒れた。でも復活した。男にはモテるけど男運がない。

 

 ・戦士候補生

 コルトはそのまま軍に入る。ジークとの距離感は微妙。

 その他は戦士自体がなくなったため、普通に生活。ファルコとガビはいい感じ。けど将来はマガトへの想いもあるだろうし、支えたいという気持ちでいずれ軍に入るかもしれない。

 

 ・ポルコとユミル

 ユミルのお兄ちゃんオーラにいつの間にか惹かれていたポルコ。この二人結構倒錯した感情抱いてそう。

 

 ・イェレナ

 自由の身になった後は、「悪魔教」を作りたいそうです。

 

 ・ジーク

 これからも妹のことで苦しんで生きてもろて、ドゾ。

 でもまぁ幸せになれ。来世は(スクカー時空)は一切容赦のなくなった妹が襲来する。多分。

 

 ・奇妙なエビ(回遊魚)

 元イメージはアノマロカリス。引きこもり。片想いしてた光るムカデにアタック(捕食)して、無事幸せになりました。よかったね。

 

 ・光るムカデ

「えっ?」

 

 ・ユミル

 エレミカチャートを堪能できてよかったね。何だかんだで最後は幸せになった。おやすみ。

 

 ・アウラ

 (ニッコリ)

 

 

 




 -あとがき-


 感想やお気に入り、評価に誤字脱字報告などもありがとうございました。

 まさかこんなに(100話越え)長くなるとは思ってなかったんや…。そして終わらせ方を考えて、結局アウ子を生かしておく道を作れなかった。まぁそれでジークが曇るなら……。

 はじめて挿絵をいただいて鯉登ばりに「キェェェ」と叫んだり、進撃アニメの完結が先送りになってまた鯉登になったり。
 モチベ的に続かない時もありつつひとえに続けられたのは、読んでくださる方がいらっしゃったからです。本当にありがとうございました!

 今後は前にいただいたリクエスト消化しつつ、スクカー書きたい所存です。でも今は真っ白に燃え尽きたぜ…状態なので、投稿ペースはかなりゆっくりになると思います。そもそも番外になるので、別枠作って投稿しようかとも検討中。そこら辺はアンケート置きますので、よければお願いします。いや…でも、さらに暴走しそうだから分けた方がいい希ガス…。



 最後に、性癖闇鍋(カオス)な作品に約7ヶ月間もお付き合いいただきありがとうございました!
 出発地点はショタジークの絶望顔だった……(ニチャ)

 また別の機会でお会いできましたら、幸いです。

 栗鼠でございました。

番外編の投稿形式について。

  • このまま続けて投稿してもろて
  • 別枠で小説を用意して投稿してもろて
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