私、アウラちゃん。今病室のような場所で手足を拘束されているの。ついでにお口も。
ベッドの上に仰向けになって、鎖が繋がったベルト状の器具を手足につけられ、四肢を投げ出す形でいる。
かわいい少女にこんなプレイをするなんて、いったい全体私はどうなってしまうんでしょう。凌辱?拷問?まぁ別に、何をされようとどうでもいいのですが。むしろ殺してくれた方がいいんですが。というか殺してくれないんですか?
私、アウラちゃん。どうして斯様な状態になったか、一度思い出してみましょう。
確か私は、メガネをかけた男の人と話していたのです。駐屯兵団に入りたい──という発言が嘘であることはおろか、本当に入りたい兵団が調査兵団であることも見透かされていた。その人を説得しなければ、私は調査兵団に入れなくなってしまうので、私も覚悟を決めて話し合いに望んだ。
いや、そもそも何故私は、調査兵団に入りたかったのだろう?
私、アウラちゃん。
メガネの男の人と地下室で話し合いになり、私は男の人が彼の息子と娘に、決められた道を歩ませようとしていたことを知っていたので、それを利用しました。どうして私がそれを知っていたかについては、置いておきましょう。何故知っているのか、わからないので。
私とジークお兄さまの人生を強制させたのは、その男の人だ。
私なら窮屈なカゴの鳥、お兄さまならエルディアが革命を起こすための道具────といった風に。
結果、私は今でも家族に執着する少女ちゃんになってしまった。お母さまも亡くなり、お父さまと二人だけになってしまった私。
新しいお母さんと弟では、本当の意味で心を満たすことはできない。だから外の世界へ出て、少しでもお兄さまと近づこうとする。狂った少女ちゃん設定です。実際はもっと狂っているのですがね。
そして、
私は、アウラちゃん?途中まで話は上手く進んでいたの。
会話の中で、ずっと気になっていた私が生きていた理由まで知ることができて、万々歳だった。ドロドロアウラちゃんから復活した事実と、巨人になったお母さまの腹から出てきた事実。その上謎のバンダナと、色々謎が多いですが、私は設定モリモリの主人公かなんかか?「寵愛」とか怖いですし、私が寵愛するのもされるのもお兄さまだけで結構です。
またその男の人には、「あなたのせいで娘はこんなに狂っちまったんやで?」という罪悪感を上乗せできたし、最高でした。
娘?私がその人の?
しかしまさか謎の少女ちゃんに、「ユミル様」疑惑が出てくるとは思わなかった。違うとは思うけど。だって私と容姿がそっくりなんですもの。個人的には、前世の私説が一番高いです。もしかしたら本当にユミル様で、エルディア人たちの心の中に、「神」として平等にいる可能性もありますけどね。
───そして、男の人の目的はやはり、始祖奪還だった。
マーレの戦士──即ちお兄さまがいずれ攻めてくる前に、“壁の王”に戦うよう求める。
全てはエルディアの未来のため。さらに言えば、始祖の力を手に入れたマーレに今後奪われるかもしれない無辜の命のため。その男の人は、進み続けている。たとえそれで自分や家族を犠牲にしても。
犠牲、に?犠牲?誰が?誰……。
────巨人の力を継承すれば、その人間は
じゃあ、お兄さま、お兄さまは13年しか生きられない?今は何年?私がここに来てから何年経った?私は今12歳、そしてここに来たのは約4歳ごろ。
8年経った?8年、お兄さまがもし7歳の時巨人の力を継承していたら、あと5年しか生きられない?あと5年のうちにマーレが攻めてくるの?本当に攻めてくる?攻めてきて会えたところで、その後お兄さまが生きられる時間はわずかじゃないの?そもそもどうして13年なの?男の人が言った巨人の継承方法が本当なら、お兄さまは誰かに食べられるの?誰に?巨人に?許せない。お兄さまが死んじゃう。どうしよう、会えないままお兄さまが死んじゃったらどうしよう。その前にお兄さまはまだ生きていらっしゃるの?
いつも、
そもそもお兄さまは戦士になったの?戦士になっていなければ、私は本当に一生会えない。
そんな、お兄さまと会えないなら生きたってしょうがないのでどうして生きているのかよくわかりませんので私は「私」であることをやめるべきだと────
────そう、思った直後、私は発狂したのでございます。喉が潰れるのもお構いなしに叫んで、目の前の男の人が何か言っているのを無視して、いつの間にか顔の肉をえぐっていた手を、首元に持って行こうとして。
「アウラ!?アウラ!!!」
私はアウラと言うらしいです。私アウラちゃん。
その後、女の人が何事か、と地下につながる階段を降りてこようとした。けれど男の人はそれを制止して、私の両手を掴んだまま強く抱きしめ、上へ連れて行った。
女の人は私の顔を見るなり、ヒュっと、息を漏らしていた。悲痛に歪んだ表情はとても心地よくて、男の人の絶望に染まりきった顔もとても素敵。私生きている?私生きていた。生を実感した、この時。生きていたくなどないのに「生」を感じてしまった。
これはいけない、これほど
ですので私、アウラちゃん。男の人に渾身の力で殴って、蹴って、抜け出して、目先にあった包丁を掴んだの。
これが最適解。死ぬことこそ最適解。
死ぬのが怖くないのかって?死などは恐るるに足りぬものですよ、私にとって一番怖いのは、お兄さまを失うことですから。私が生きる理由なのですから、お兄さまは。
人が呼吸をし、食べ物を取り、寝て、あるいは誰かと交尾をする。それと同じように、私にはお兄さまが必要で、なければ生きられない。
私が死んだ後にお兄さまが死ぬなら、まだいいです。ですが私が生きている間にお兄さまに死なれたら、私も死ぬしかないです。
私、私ちゃん。それから、どうなったのでしょう?わかりません。蒼白した男の人と女の人がいたのは覚えています。名前を呟いていた、女の子の名前。誰の名前でしょう?
私、私ちゃん。そして包丁で己の首を切ろうとした時、誰かの声が聞こえた気がした。幼い子供の声だった。
見れば小さな男の子が男の人と女の人がいる後ろにいて、私を見た瞬間、溢れんばかりに翡翠の瞳を開かせて。
────おねーちゃん!!
そう、言った。
私、おねーちゃん。その子の、おねーちゃん。
お兄さまはいましたが、私には弟もいたのですね。驚きました。しかし驚いただけで、その子が私の生きる理由にはならない。その子は
でもその時、私に一瞬の隙ができたのもまた、事実なのです。
私は男の人に止められ、その後病院のような場所に連れられていった。
精神がおかしいとか、過去の話をしたせいで一時的に気が狂れ、家族のことも忘れてしまった──とか。私が拘束されている間、メガネの男の人とお医者さんみたいな人が色々言っていましたが、よく頭に入ってきません。舌を噛み切りたくても、口枷をされているのでできない。これじゃあ自分の世話さえできないじゃないですか。
まぁ、どうでもいいですが。どうでもいいです全て。
私、だれか。
だれか、殺して。
⚪︎⚪︎⚪︎
アウラ・イェーガーが、地下室で発狂してから一週間。彼女は病院で四肢を拘束されていた。
固定具を外せばすぐに自傷行為、および自殺に走る。目や鼻、口元を隠すようにして顔中に巻かれた包帯は、愛らしかった顔を恐ろしいものへと変化させていた。
何故発狂したかについては、少女の父であるグリシャ・イェーガーの発言から、過去の記憶を思い出してしまったため──とされた。
しかし実際は巨人の継承期間の13年を踏まえ、父親の寿命があと5年である点と、少女の兄のジークも戦士になっていた場合、寿命が長くはなくなっている───と知ったことにより精神が壊れたからだと、グリシャは考えた。
少女の世界。父親によって作られた窮屈な世界。
既にその世界に母親はおらず、あとは父親と兄、祖父母しかいない。特に父と兄は共に暮らしていた家族であったため、依存の傾向が強い。その上で一人は確定で消え、もう片方も消える可能性が高いと知り、少女の世界が急速に壊れた。
だが、実際は違う。
少女の世界には、ジーク・イェーガーしかいない。この場合人の悲劇は彼女の
アウラの生きる理由は兄。兄がいない世界は彼女にとって、どうでもいい世界────縦え明日滅んでも構わない、無価値な世界。
ベッドに拘束された少女の瞳には、およそ生気というものがなかった。口枷から涎を垂らし、ただ虚空を見つめるばかり。食事を流動食にして無理やり摂らせても、水以外は全て吐いてしまうので、このままだと栄養失調で死ぬ。
点滴の方法はあれど、それは壁の世界には存在しない。仮に代用品を作りグリシャが行ったとして、
一度ならず二度までも、
否、それもまた現実的ではない。グリシャには仕事がある。カルラに任せるのも難しい。その前に点滴で命を繋いだとして、精神が治らぬままでは────どうしようも、ない。
さらに言えば廃人となった娘の姿を見続けるなど、“父”には、限界であった。
結局医者であるグリシャは、病院へ娘の身を任せることにした。──否、本当に任せたのは娘を寵愛するユミル様に、か。
その間急速に彼は精神的に追い込まれ、満足に食事もできず。またカルラも、ふさぎがちになった。息子の前では、笑顔を作るようにしたが。
兄がいない。それでもいつか会えることを願って、生き続けていたアウラ・イェーガー。
しかし他人の悲劇を体感しても、生きる理由がない8年という歳月の中で、限界が来ていた。
そんな中知ってしまった巨人の力の継承者の寿命の事実が、ついに追い討ちをかけたのである。
────生きていたところで、どうしようもない。
彼女は刻々と間近に迫る死を、待ち望むだけの肉塊となりかけていた。
そんな折、生と死の間に至ったアウラ。
衰弱し意識を失うように瞼を閉じた時、彼女の精神は再び、暗い世界へと導かれた。
広がるのは広大な砂の世界と、巨大な光の柱。その光は天に続き、無数に別れ世界を照らす。
彼女は着せられていた病院服もそのまま、肢体を投げ出している。そして空を見上げ、ただ命の終わりを望んでいる。
そんな彼女の顔を、一人の少女が上から覗き込んだ。顔を動かすたび、空の光に照らされ、少女の眩い髪色がキラキラと光る。その手には木製の水の入ったバケツが握られていた。
謎の少女は徐にアウラの顔に巻かれた包帯を取ると、砂──あるいは土を掬い上げ、水と合わせてペタペタと、まるで修復するように直していく。
その間も、アウラは身じろぎ一つしない。瞼もそのまま死体のように開かれたままだ。
そして、えぐられた包帯の下の傷がキレイに治される。
謎の少女は動かぬ彼女を引っ張り立たせ、どこかへ導くように歩き出す。アウラは少女の不思議な行動になされるがまま──しかし抵抗することはなく、後に続いた。
して、場面は一面の砂と光の柱の世界から、どこかの街へと変わる。
駆け回る子供と、仕事で忙しなく歩く大人たち。軍人の男に、出店の売り子の女。
その誰一人として、外を歩くにしては異色を放つ少女二人に気づかない。時代錯誤な服装の少女と、歩く死体な様相の少女。
髪の色や瞳の色は違えど、二人は恐ろしいほど似ている。
『……?』
今まで反応のなかったアウラが、微かに顔を上げる。どこか見たことのある街の雰囲気だ。
かつて両親に抱かれて通ったことのある場所に似ている。兄の公開訓練を見るため、通った────。
『お兄さま!!!』
駆け出そうとした彼女は、足がもつれ勢いよく転んだ。無理もない、一週間以上ろくに栄養を摂っていない身体である。歩くことすら満足にできない状態で、それでも彼女は兄の姿を求める。
『お兄さま、お兄さま、ジークお兄さまぁぁ……』
ボロボロと涙をこぼし、鼻水まで流して無用なツラをさらす。自他ともに認める美少女フェイスは見る影もない。泣いて泣いて、はねるコイキングのように──または四つん這いの貞子のように手足を動かしながら、前へと進もうとする。
そんな彼女の手を金髪の少女は再度掴み、引っ張り起こして歩き出す。
自分の意思で握ることのなかったアウラの手が、相手の手を軽く握った瞬間、少女の蒼い瞳が丸くなった。そして、少し嬉しそうに口角を上げる。
『ひっく、えぐっ、どごに、行ぐの゛っ……』
『………』
少女はやはり、何も話さない。だが「ついてこい」という意思を感じ取ったアウラは、べそべそしながら歩いた。
それからしばらく歩き、たどり着いた場所。大通りから横道に入り、その裏側の少し開けた場所で眼鏡をかけた中年の男と、青年の面影を持つ少年がキャッチボールをしていた。アウラは途端に金髪の少女を巻き込みながら少年に突っ込もうとした。しかし途中で転び、その巻き添えで少女も転ぶ。
過去最高に泣きじゃくりながら少年の名を呼べども、やはりアウラの言葉や姿は、謎の少女を含めて見えていない様子だった。
「君も最近になってさらに身長が伸びてきたなぁ、ジーク」
「クサヴァーさんのことも、もうすぐ抜かせちゃうね」
「子供の成長ってのは早いよなぁ…」
まるで親子のようにキャッチボールを続ける二人。兄の姿を見た妹は、八年溜まりに溜まったクソデカな感情について行けず、地べたに座り込んで泣き続ける。その隣に金髪の少女は隙間を埋めるように、ピッタリとくっついて座った。
きっとこれは死ぬ間際の走馬灯なのだ──とアウラは考えながら、歪む視界で兄を見る。
男二人の会話の最中聞こえた、ジークがまだ戦士候補生であるという事実も知り、さらに感情が爆発していく。
謎の少女がクソ少女にくれた最後のビッグプレゼントだ。精神崩壊を起こしていたアウラ・イェーガーであるが、粋の良すぎるプレゼントで、死を待ち望む肉塊から一気に「
もう、死んでもいい。
その感情はずっと考えていた「死にたい」とは全く異なる感情。
兄を見れた。例え一方的に見ているだけでも、もしくは現実ではなく謎の少女が作り出した幻影なのだとしても、これ以上幸福なことはない。
アウラ・イェーガーにとって、ジーク・イェーガーとは彼女の全てである。
『……ありがと』
アウラは、少女を見つめ言う。
片手でボロボロ溢れる涙を拭いながら、もう片方の手で少女の手を強く握り、笑いかける。
今彼女は、幸せだった。目の前の少女のおかげで、最期に心から笑うことができた。
飾ることないアウラの本当の表情を見、嬉しそうにその少女もまた微笑む。そして音を正確に紡ぐことのできない口が動き、『ア ウ ラ』と形作った。
名を呼ばれたアウラも名前を言い返そうと口を開きかけ、止まる。
目の前にいる謎の少女──神様なのか悪魔なのか、はたまた前世の自分なのかもよくわからない存在。ただ少女が何であれ、もし本当にエルディア人の始祖であるのなら、彼女はこう呼ぶだろう。
『ユミル』
「様」などいらない。少なくとも今彼女の隣で笑いかける少女が、神さまのようにも、悪魔のようにも見えなかった。ただの少女───少なくとも、そういう風に見えた。
対し謎の少女は呆然とした表情を作り、そのままアウラを抱きしめた。頷いて、泣いて、笑う。
何故少女が泣いたのか、また笑う理由もアウラにはわからないだろう。壊れている彼女にはきっと、ずっと、少女の真意を理解することはできない。
それでも少女にとっては────「ユミル」にとっては、
ユミルはアウラの手を引っ張り、また歩き出す。
アウラは愛する兄を名残惜しく思いながら、それでも己の終わりに満足だった。
そして、戻ってきた砂と光の柱の世界。
少女二人は手を繋いだまま、歩き続ける。行き先のわからぬアウラは不意に少女から何か言われた気がし、首を傾げる。
────アウラは どうするの?
どうする?それは死後についてだろうか。
彼女の死後は──いや、違う。「どうするの」の意味は、死後について聞いているわけではない。蒼い瞳はなにせ、真っ直ぐに彼女を捉えている。終わりの話ではなく、まるでこれからのことを促すような意思を感じさせる。
「私は……」
アウラは誰かの悲劇を糧に生きている。でなければ彼女は、自分が生きていることを実感できないからだ。
しかし、胸につっかえるような感覚が取れない。その違和感が何なのか彼女が考え始めたところで、脳裏によぎったのは先程の兄の様子。
楽しそうにクサヴァーとキャッチボールをしていた兄。戦士候補生として残った彼は、現実で生き、そしていずれ壁の国へと侵略に来る。
「お兄さま、笑っていた…」
あれほど楽しそうに笑っている姿を見たのは、どれほど久しぶりのことだっただろうか。かつて妹であるアウラにも、兄の笑顔は向けられていた。今でこそ、見ることは叶わないが。
「……違う」
ボソリと、彼女は呟く。
笑顔の兄、幸せそうに生きている兄。生きていることはむしろ喜ばしいことである。しかし
「────ふふ、うひひ」
あぁ、そうであった。彼女は忘れていた。
彼女の生きる理由とは違う“
「私は、ぐふふ、
うっとりと、ねっちょりと恍惚の表情を浮かべた彼女を、ユミルは静かに見つめた。
こうしてはいられない、とアウラが思った瞬間、彼女の姿が砂と光の柱の世界から消える。
一人残された少女は先まで握られていた手を見つめ、視界を空に移す。
そこには果ての見えない光の道が、無数に広がっていた。
その頃のキャッチボール中の二人。
「どうしたんだ、ジーク。急に顔を青白くさせて」
「いや、なんか、ものすごい寒気が……」