ライナー曇らせ?…いや、曇らせお兄さまだ!   作:栗鼠

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二章最後。感じろ!が強い今話かもしれないエレン視点。
ミカサはまだ出てきません、すまんね。ただしいろんなミンはいます。
あと誤字報告いただきありがとうございます((恥))。もし見つけた場合はドシドシ進撃(ご報告)ください。


Guess(ゲスゥ) what ?

 エレン・イェーガーには7つ歳の離れた姉がいる。

 

 母似のエレンとも、父とも似ていない容姿の姉。幼少期の少年はそれを不思議に思うことはあれど、それほど深く気にしたことはなかった。

 

 

 

 

 

「エレンのお姉さんってさ、その…すごくキレイだよね?」

 

 そう呟いたのは、少年の友人であるアルミン・アルレルト。最近仲の良くなった同い年の子供である。

 

 家の手伝いが終わった後、川べりの草むらで寝転がりながら空を見上げるのが、近頃の二人の趣味。鳥の囀りに、風が草木を揺らし奏でる音。どれをとっても平和そのものだ。壁の外に出れば、巨人(バケモノ)がわんさかいるというのに。

 

「急になんだよ、アルミン」

 

 エレンがため息をつきながら隣のアルミンを見れば、頬を赤く染めて何やらモジモジしている。

 

 それに少年の翡翠の目は半目になった。今まで何度も見たことのある光景だ。もっと幼い頃姉と外に遊びにいった時、周囲の子供がよく浮かべていた表情。それをまさか、この知的な友人が浮かべるとは。

 

 

 以前二人で壁外調査から帰還した調査兵団を眺めていた際、エレンは姉が調査兵団に所属していることと、どの人物であるかをアルミンに教えた。

 

 対し人だかりの中、後方で樽の上に乗り背伸びをする弟と、その友人らしきアルミンを見た姉は、少し暗い表情ながら笑みを浮かべ小さく手を振った。

 

 それも仕方あるまい。壁外調査に出た半数以上の人間が減っていたのだ。

 

 エレンの姉が入団してからまだ一年も経っていないが、五体満足で何度も壁外調査から帰還している。

 

 ハンネス曰く、新兵でありながら中々の活躍を見せているらしい。

 “副分隊長”クラスに上がるのも、そう遠くない未来だろう、と語っていた。

 

 自由の羽を翻し、巨人と戦う姉。その姿を想像し、エレンの心は湧き立つ。少年もまた戦うことを望んでいる。戦い、進み、壁の中で家畜のように暮らす人類の姿を否定したい。

 

 ゆえに姉に()()を抱いている。いずれは自分も調査兵団に入りたい──と。

 

 しかし、しかしだ。

 

 

「言っとくけど見た目は()()()でも、家に帰ってきたらチョーウゼェからな」

 

「えっ!?そ、そうなの…?」

 

「オレにベタベタするし、「身長伸びたねエレンくん!」とか、「おねーちゃんと一緒に遊ぼ!」とか……オレはガキじゃねぇっての!!」

 

「…それって単純に、エレンのことが好きだから甘やかしてるんじゃないの?中々仕事で会えないわけだし」

 

「けどよ、毎回毎回人のこと抱っこするんだぜ?しかも「たかいたかーい」って」

 

「……いいなぁ」

 

「よくねぇよ!!」

 

 そりゃあエレンも姉が訓練兵団に入る前くらいまでは、抱っこされて嬉しかった。むしろ自分から遊んでもらいに行っていた。

 

 しかし彼もまた、思春期。

 

 姉がいない三年間、寂しくて泣いたことなど決してなかった。そう、なかったのだ。あるわけがないだろ、そんな過去など。

 

「そう言って、本当は泣いたことあったんでしょ?」

 

「人の心読むなよ!」

 

 エレンに近づき、「ゲスゥ…」と絶妙な笑みを浮かべるアルミン。

 

「エレンはでもさ、お姉さんのこと嫌いではないでしょ?」

 

「……嫌いではねぇけど」

 

「けど?……す」

 

「す?」

 

「すき…?」

 

「好きじゃねぇよ!!」

 

「素直になりなよエレン。甘えられるのは今のうちだよ?」

 

「別に甘えなくたって、向こうが勝手に甘やかしてくるし」

 

「いいのかい?いずれ僕が君のお兄さんになった時甘えたくなっても、絶対に甘えさせてあげないからね?」

 

「そうかよ、兄さん」

 

「え、あ、いや……き、気が早いなエレンは…僕まだお姉さんと話したこともないのに……」

 

「自分で言っといてガチで照れるなよ」

 

 赤面ミンは顔を隠しながらうずくまる。きっとエレンの前ではこうして冗談混じりに語っているが、いざ姉の前で喋るとなったら、アルミンは石像ミンになってしまうだろう。

 

 

 そもそも姉が結婚するなど、エレンには想像しがたい。職は調査兵団で致死率が高く、いつ命を無くしてもおかしくないため、独り身の者も多い。姉が母親に「いい人はいるの?」と夕食の時聞かれ、答えていた内容だ。

 

 思えばあの時、姉と久しぶりに顔を合わせた父の身体が微妙に震えていた気がする。体調でも悪かったのだろうか、医者なのに。

 

「そう言えばエレンってさ、あんまりお姉さんと似てないよね」

 

「ん?…あぁ、母親が違うからな」

 

「………え?あ、ごめっ」

 

「いいよ、オレは気にしてねぇし。というか家族みんな気にしてないし」

 

 

 エレンが姉と血が半分しか繋がってないことを知ったのは、いつだったか。

 

 姉が訓練兵団に入り帰って来ず、寂しさのあまり泣いていた当時。外でぐずっていたのを、悪ガキの子供に見られバカにされた。それにキレて殴りかかろうとし、逆にボコボコにされたのだ。

 

 

 ────男の子が泣いてちゃ恥ずかしいんだぞ。

 

 そう姉に言われたにも関わらず、以前よりも少年は泣き虫になってしまった。

 

 

 挙句、悪ガキたちにエレンと姉の容姿が似ていないことを理由に、本当に姉弟か、と言われる始末。

 

 泣きながら家に帰ったエレンはその後、母に聞いたのだ。

 自分は姉と“きょうだい”だよね?──と。

 

 当然YESの回答が返ってくるかと思いきや、母のカルラは目を見開かせ、少しの間をおき泣いているエレンの頭を撫でながら、二人の母親が違うことを話した。

 

 血は繋がっている。ただし、それは半分。

 

 まさかの事実にエレン少年は衝撃を受け、涙も引っ込んだ──が、それも一瞬で、ジワジワと襲ったのは前より大きい感情の波。

 

 母はそんな少年に言うのだ。血の繋がりは些細な問題でしかない、と。

 

 見るべきはそこではない。姉────アウラがエレンを、どのように見ているかだ。

 一時でも彼女が、弟を大切に思わないことなどあっただろうか?いつもエレンに笑いかけ、手を繋ぎ、遊んだ姉が。

 

 

 答えは「否」。

 

 姉がどれほどエレンが大好きであるか、その愛情を受けている少年本人が一番わかっているに決まっていた。

 

 

 だからこそ、思春期が早めに到来してしまったのだろうか。

 

 姉が弟を大好きである事実。成長するに連れ、その感情に対しむず痒さを感じるようになってしまった。

 それは単にエレンもまた、姉を大好きであるからだろう。

 

 

 

「はぁーあ」

 

 エレンは立ち上がり、大きく伸びをする。晴れわたる空が彼とアルミンを覗いている。

 

「アルミンオレさ、将来調査兵団に入りたいんだ」

 

「それって、お姉さんと同じの?」

 

「あぁ。それで、巨人と戦う」

 

 狭い世界で家畜同然に生きるのはごめんだ。

 そう思考する少年は側から見えれば異端に違いない。アルミンもまた、似たような意見を持っている。

 

 “普通”の枠組みに入らない人間は少数いる。その人間の一人なのだ、エレン・イェーガーは。

 

 

 そしてそのような少数の人間が集まりやすいのが、「調査兵団」という場所。

 そも壁内では、外の世界そのものに興味を示すことすら、タブー視する傾向が強い。

 

 アルミンはこの時点で調査兵団というものが、壁の世界の住人が外の世界へ興味を逸らすよう作られた意図があるのでは────?と感じている。

 その意図を持つのが王政府。彼らは壁内の人間が、外の世界に興味を持つことを禁止している。

 

 以上のような考えが浮かぶのは、以前エレンと見た壁外調査から帰還した調査兵団の姿を見てしまったからだ。

 

 ボロボロの兵たち。重傷を負って運ばれる者や、仲間の死を間近で見たのか生気のない顔をする者。

 

 あんな、あんな悲惨な姿を見てしまっては、外に出たいなど思わなくなる。人間が巨人に勝つことなど不可能。

 

 それでもアルミンの友人は「巨人と戦う」と言う。正直気が狂っていると思う。だがアルミンもまた、友人と似ている。彼もまた外の世界に憧れを抱いているからだ。壁内に存在しない()()()()()。それは彼の心をつかんで離さない。

 

「僕も外に行きたいなぁ…でも人類が巨人に勝つのは、やっぱりムリだよ」

 

「戦ってみなきゃわからねぇだろ!姉さんだって巨人を何体も倒してるんだ。オレだって…」

 

「一体一体に勝てても、巨人はたくさんいるんだよ?」

 

「それでも、全部オレがぶっ殺して…」

 

「エレンが調査兵団に入ったとして、絶対に死なないなんてことあり得ない」

 

「強くなればいいだろ、その分」

 

「……君のお姉さんだって、いつ死んでしまうかわからな──」

 

 話していた最中、アルミンは胸ぐらを掴まれる。掴んだ主は翡翠の瞳をギラつかせ、彼を睨むように見ていた。

 

 

「そうだ、姉さんがいつ死んじまうかわからない。いつ死んだってきっとおかしくない」

 

「え、エレン…?」

 

 苦しさにアルミンが呻けども、エレンの手は離れない。段々と胸ぐらを掴む手は震えていき、真っ白くなる。

 

 そこでなにか友人の繊細な部分に触れてしまったのだと、アルミンは気づいた。エレンの顔を見れば、唇を強く噛んでいて────今にも、泣きそうだ。

 

「ごめ、ん」

 

「…ッ、悪い」

 

 

 

 

 

 少年の───エレン・イェーガーの、底に沈んだ暗い部分。

 

 それは幼き頃の記憶。夜、母親に寝かしつけられていた最中聞こえた、姉の絶叫。

 

 家族が目の前で殺されたのかと言わんばかりの悲鳴に、少年の目は一気に覚めた。今までやさしい姉が、斯様な声を上げたことなどなかった。誰にでもやさしく、真面目だった姿。近所では()()()娘として、有名だった。

 

 しかしエレンが見たのは、そのイメージが一瞬にして崩れる様。

 

 カルラが何事かと慌てて出ていき、開いた扉の隙間から様子を窺っていた少年。普段絶対父親に通してもらえない地下室の扉が開いており、そこから下を覗き込むように母親が腰を曲げている。

 

 下から慌てて上がってきた父親の腕の中には、両手を抑えられた姉が。

 

 姉の表情は、死んでいた。人の命が終わった後浮かぶ血の気のない顔。

 

 その後少女は暴れ、父の腕から逃れて目先にあった包丁を掴む。何をするのか一瞬エレンは理解できなかった。いや、ずっと理解できなかったのだ。理解できない光景が、ずっと続いていたのだ。

 

 だが少女の首元へ向いた包丁の刃先が鈍く光った時、声を出した。最初は掠れるような声で、動転する両親の声にかき消されてしまう。声がうまく出せない。身体だけはギシギシと動き、母親の後方までたどり着いた。

 

 そして姉の包丁の刃先と同じ鈍い色の瞳と目があった瞬間、自分でも驚くほど大きな声が出ていた。

 

 その時一瞬硬直した姉の身体が、父親に拘束される。

 

 

 それから正確な期間は覚えていないが、数週間ほど姉は家に帰って来なかった。エレンにとっては忘れられない光景で、しばらくの間悪夢として、姉が包丁を持ち自分の首を刺して死ぬ夢を見た。

 

 なぜ姉が叫んだのか、理由を聞けども両親が答えることはなく。ただ「アウラは大丈夫だ」と言うのみだった。

 しかし明らかにその表情は、嘘であるとわかる。それほど当時の二人は憔悴していた。特に父グリシャが。

 

 退院した姉は頰が痩けていたが、以前のやさしい姉に戻っていた。

 

 

 未だに何が理由で姉が狂ったのか、エレンにはわからない。だがカルラから聞いた「母親が違う」という内容を知って以来、なんとなく腑に落ちたのだ。

 

 姉が、叫んだ理由。カルラ以上にひどく憔悴していた父。そして発狂する前、姉が父と地下室で二人だけだったこと。

 

 姉は──アウラ・イェーガーは、過去に母親と何らかの形で別れた、あるいは失った。

 

 それを思い出してしまったから、叫んでしまったのではなかろうか。他に理由があるかもしれないが、エレンとしてはやはり母親の死因説が有力である。

 

 

 

 

 

「ハァ……」

 

 当時を思い出した少年は、深く息を吐く。顔の青白い彼の隣にいたアルミンが心配そうに声をかけるが、大丈夫だ、と返す。

 不安定な心を落ち着かせるように、エレンは呟く。

 

「…姉さんは死なない」

 

「エレン…」

 

「死なせてたまるか…オレの、家族なんだ」

 

「………」

 

 巨人を倒す強い姉。反面過去の記憶にとらわれ心を壊す、弱い姉。

 どちらもエレン・イェーガーの姉の姿。少年は一度姉が死のうとする──()()()()()()()()体験をしたからこそ感じる。

 

 己が守らなければ、ならないと。

 

 調査兵団に入ったのも案外()()()()()場であったからだろうか。

 それも十分あり得るが、しかしその可能性は薄そうだと、少年は思う。

 

 

 まだ小さかったエレンの手を引いて、草原に連れて行ったアウラ。先程アルミンと眺めていたような雲ひとつない青空を、二人で眺めた。

 

 空はどこまでも、どこまでも広がる。壁外にも、広がり続けて。

 

 エレンが瞳に映していた姉の横顔は、遠い空を眺めていた。

 そして、彼女は手を伸ばす。「とどかない」と呟いて、寂しげに笑う。

 

 いつもエレンに笑いかけたり、ベタベタしてくる姉ではない。別人のような()()()少年の隣にいた。不思議な感覚だった。姉であるはずなのに、別人のように感じるなど。

 

 だがそこにいたのは、アウラ・イェーガーで間違いない。

 

 姉の誰にも見せたことがないような顔を見て、その時の少年は翡翠の目を大きく開かせていた。

 

 風に吹かれ、鼻腔を掠める草木の香り。青い天井。どれをとっても、美しい。

 

 穏やかな世界は幼児を眠りの世界に誘う。じっと見つめていた姉もまた瞼が落ちかけていて、ひどく幸せな時間だった。

 

 

 あいたい──────。

 

 

 意識が落ちる中、エレンが見たのは涙を流す姉。

 

 何故泣いたのか、わからなかった。ただ呆然と少年はこの美しい世界に意識を向けて、その感覚と一体になりながら眠りにつくことに、どうしようもない違和感を感じたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「オレは、進むんだ」

 

 

 瞳を閉じそう語ったエレンを、アルミンは息を飲んで見つめた。

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