ライナー曇らせ?…いや、曇らせお兄さまだ!   作:栗鼠

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続くと思わなかったけど続きました。しっかり骨組み立てて連載していくとなるとストック欲しいので、投稿ゆっくり目になると思います。感想や評価、お気に入り等ありがとナス!


おてて繋いでいきましょう。

 鏡よ鏡、この世で一番かわいいのは誰?────そう頭の中で問いかける私の前には、お母さまの手伝いで磨いている窓がある。雑巾で磨いても、果たしてきれいになっているかはわからない。元々掃除はお母さまがマメにしているし。

 

 そして先程の答えですが、答えは私じゃありません。この私の可愛さは、通りすがりの露出した中年男が汚らしい笑顔と、ヨダレを垂らして追いかけたくなるくらいにはかわいいです。ですが答えは違う。えぇ、もちろん一番かわいいのはジークお兄さまだ。異論は認めない。唱える奴らは全員駆逐してやる。この世から、全て。

 

「アウラ、お手伝いありがとうね」

 

「まま、わたちがんばる!」

 

「ふふ…怪我しないようにね」

 

 お母さまの顔がこの上なく幸せそうに綻び、笑みを作っている。

 

 

 最近知ったことだけど、お母さまの身内は私たち家族以外では既におらず、実質お父さまと結婚するまでは、お母さまは一人でフリッツ家の宿命を背負っていたようだ。

 彼女が子を為せず死んでしまえば、一族の悲願は果たされなくなってしまう。

 

 長らく孤独だったお母さまは血の繋がりに弱い。特に私には、いずれ「子を作る」という運命がある娘を自分自身と重ねているのか、優しく接してくれる。

 

 エルディア復権のため、重圧をかけているお兄さまにもう少しくらい向き合って欲しいものだけれど。ただ指摘してしまえば、お兄さまの苦しみが減ってしまう。精神的に追い込まなければ、意味がないのです。

 

 

 母親の前ではお手伝いを頑張る健気ムーブをし、父親の前では普段彼が診療で家にいない分、過剰に甘えてしまう幼女になる。

 

 頭の中で冷静にこれを考える私自身のあだ名は「クソ幼女野郎」です、どうも。

 

 

 この一連の流れを、特にお兄さまがいる前で行う。すると、劣等生のお兄さまは両親の愛情を受けるため一心に訓練を頑張っているというのに、兄の気持ちなど知らぬ妹を目にしてしまうわけです。

 

 そうなれば、嫉妬するでしょう。羨ましいでしょう。憎くもなるでしょう。

 ぬくぬく育っている妹は、努力している兄と対照的に()()()()()愛を親からもらっているのですから。

 

 お父さまもお母さまも無論、息子のことは愛している。しかしそれ以上に、彼らにはエルディア復権の大望がある。だから息子へ愛を向けるよりも先に、使命を全うさせるための教育を、お兄さまに強制しているのだ。

 

 

 

 

 

「ぱぱ!」

 

「うぉ!ははっ…ただいま、アウラ」

 

 

 それから、お母さまの夕食の手伝い(といっても食器を用意するくらいだけど)もして、ちょうど仕事から帰ったお父さまに抱きつく私。

 お父さまは気持ち悪いぐらいデレデレした顔になった。もっと可愛がってくれてええんやで?その分お兄さまが追い込まれるので助かります。

 

「今日はアウラが食器を運ぶのを手伝ってくれたんですよ」

 

「本当か!怪我しなかったかい、アウラ」

 

「だいじょぶ!おしょーじもした!」

 

 三人で他愛ない会話をしていれば、我が家の大天使、ジークお兄さまが帰ってきました。お兄さまは成績が優れないこともあり、最近遅くまで残って一人訓練の練習をしている。軍服の至る所が汚れていて、怪我をしている場所もあった。もう見ているだけで私辛いです。でもそんなお姿もかわいいですお兄さま。結婚しよ。

 

 

「ただい……っ」

 

 

 ドアを開けた瞬間お兄さまの目に入ったのは、私を抱きしめ微笑んでいるお父さまと、その隣でお父さまの上着をコート掛けにかけているお母さまの姿。

 陰った表情を浮かべたお兄さまに、必死に己の顔面が崩れないよう死力の限りを尽くした。

 

「お帰り、ジーク」

 

「……ただいま、母さん」

 

「ジーク、今日の訓練の方はどうだったんだい?」

 

 お父さまが私を下ろして、お兄さまに尋ねる。やはり思ったとおり、今日も成績は芳しくなかったらしい。

 

 クソ幼女のムーブで和やかだった雰囲気が一転、家の中に重い空気が流れる。こんな時にはこのクソ幼女たる私が、一肌脱がなくてはなりませんね。ほら、私が脱ぐんだからお兄さまも脱ぐんだよ。

 ──えぇ、もちろんいつものジョークです。しかし半分本気(ガチ)です。

 

 

 

 さて、ここで突然問題ですが、落ち込んだお兄さまに妹が投げかける言葉として正しいのはどれでしょう?

 

 

 1.「おにーたっ、おかえり!」と笑顔で抱きつく。

 

 2.「けが、いたいいたい…?」と泣きそうな顔で言う。

 

 3.「や ら な い か」

 

 

 答えはそう────4番の、「きょうわたちね、ままのことてつだったの!」です。

 

 1と2番は好感度を上げるか、現状維持になってしまうので論外。3番を回答した方は惜しかったですね。「4番がなくね?」と思われた方は、正解というものが必ずしもこの世に用意されていると思わないでくださいね、という────そう、これも私なりのジョークでした。

 

 正解か否かが毎回わかるかどうかも、わからないこの世界。所詮人間社会は、エゴの手押し相撲。その中で明日を生きていくことが、私たちには強いられている。少なくとも、管理されている土俵際のエルディア人には。

 

 

 閑話休題。

 

 して、4番であれば、私の発言から両親が娘を褒める流れに変わります。そうすれば空気は一転して明るくなる。

 しかしお兄さまにとっては、自分は頑張ったのに妹が褒められるという状況が生まれ、私に負の感情を向けること間違いなしなのです。

 

 

「そう…なん、だ」

 

 そして予想通り、ジークお兄さまはかわいらしいお顔をさらにー曇らせた。唇を噛んで下を向いてしまった息子に両親は気づかず、お母さまは料理の支度に戻って、お父さまは私を再度抱っこしたまま席に着きます。

 

「あらジーク、夕食は?」

 

「…僕は、いいや」

 

「きちんと食べないと、体力がもたないぞ?」

 

 お父さま、夕食を食べて体力が回復しても、精神の方は中々回復しないものなんですよ。

 お兄さまはそのままフラフラと、浴室の方に向かった。それに両親は「訓練で疲れているのだろう」と、その日はそっとしてやることにしたようだ。

 

「おいしい!」

 

「そう?いっぱい食べて大きくなるのよ、アウラ」

 

 

 ──えぇ、本当に美味しいですお母さま。脳内では食事の味などすっかりぶっ飛ぶほど、お兄さまの表情が渦を巻いている。

 

 もっとお兄さまを曇らせて、いつか私に激昂する姿が見たい。あくまで私は外面は優しい内面クソ幼女でいる気なので、その優しい妹が傷つき泣いて、それにやり過ぎてしまったと後悔するお兄さまも見たい(ニチャア…)

 

 

 しばらくはこのまま、少しずつお兄さまに妹への負の感情を溜めさせていこう。

 

 次の段階は、そうですね…間近にあるお兄さまの公開訓練の日でしょうか。お兄さま自ら志願したらしく、両親は息子の成長ぶりを見る機会だと、嬉しそうに語っていた。その裏でお兄さまがどれだけ苦しんでいるかわからないクセに、皮肉なものだ。

 

 かく言う私もお兄さまの訓練姿を拝見したいので行きたい。普段はまだ幼いこともあって外に出たことがないけれど、ギャン泣きクソ野郎になってでも頼み込めば連れて行ってくれるはずだ。

 

 ちなみにお外へ出たことがないのは、お父さまに止められているからだ。危ないから、という彼の本心ひっくり返すと、グリシャ・イェーガーの妹の「死」につながってくるらしいのだけれど、この辺はお母さまに少ししか話してもらったことがないからわからない。

 お父さまに、それとなく祖父母から妹の話を聞いたのだ──と話しても答えてくれないので、「フェイ」という少女がどういった人物であったかは不明だ。

 

 でも、誰しもが薄暗い過去や、感情を持っている。

 

 

 その事実が私にはとても、愛おしく感じられるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 ◻︎◻︎◻︎

 

 

 恥もクソも捨てて両親にねだった結果、私は見事お兄さまの公開訓練を見に行けることになった。ありがとう神様──あ、いや、ここは祖先のルーツであるユミル様にしておくか。

 

 

 ともかく今か今かと訓練の日を待ち望み、当日。私はお父さまに抱っこされて訓練場にまで向かった。この日のためにあらかじめ、「外出許可証」なるものを両親は取っている。

 

 これについては収容区のエルディア人が収容区外に出る時に必要なもので、持たずに出ていることが軍人に見つかった場合、“労働”、または“制裁”を与えられる。お父さまが私を外に出させたくないのも、勝手に私が壁の外へ出て行ってしまうことを懸念しているからかもしれない。

 

「…アウラ、静かにしてるんだよ」

 

「うん」

 

 小声でそう呟き、私に帽子を目深にかぶせる父。

 

 いつも窓から眺めるだけだった外の景色は、私に衝撃を与えるほどのものではなかった。大抵は絵本の中の“知識”として、頭の中に入っている。四つ足で歩いているのが「自動車」、空を泳いでいるのが「飛行船」────といった風に。

 

 やはり収容区を出て市内へ行くと、同じ国でも生活の差を如実に感じる。エルディア人はマーレ人と比べて制限されているものが圧倒的に多い。

 

 そして何より感じるのは、好奇の視線。エルディア人であることを示す腕に付けた腕章を見るなり、マーレの人間たちは声を潜めてこちらを見る。

 

 

(エルディア人もマーレ人も、同じ人間だろうに)

 

 

「悪魔の民」が何だというのか。誰だって()()になり得る。

 

 そう言う私は間違いなく、悪魔だ。

 

 

 お父さまは向けられる好奇な視線は娘にいかないように、隠すように抱きしめている。また私がその異質さに気づいて、傷つかないように。

 

 お兄さまは訓練に行く時、両親に守られない中、差別的な視線を浴びていたのだろう。その隣にいて、お兄さまのお顔を見たかったな。そしてお兄さまに侮蔑の目を向けた奴らを皆殺しにできたら、もっと素晴らしいだろう。非現実的な考えだから、行動には起こせないけど。

 

 

 

 

 

 そんなこともありつつ、訓練場に着いた。訓練場自体、土を深く削って平らにし作られたようで、見学する場所は土嚢袋が無数に敷き詰められ、その後ろに柵が置かれている。

 

 下の方に見えるお兄さまは最後尾からさらに遅れながらも、必死に走っていた。遠くからで表情はわかりにくいけれど、汗を幾重にも流して走っているのがわかる。荒い息を吐いている姿を見てしまい、堪らずお父さまの服に顔を埋めた。

 

 お兄さまも「ハァハァ」してますが、私も「ハァハァ」しています、心の中で。

 

(かわいいっっ!!!)

 

 抑えきれないこの感情。他人には絶対に見せられない顔になっているのは承知なので、かわいい幼女ちゃんのイメージを崩さないためにも、隠さなくてはならない。

 

 

「だ、大丈夫、アウラ?」

 

「おにーた、かわいそう……」

 

 お母さまが私の背をさすってくれる。私のことはどうでもいいから、少しでもお兄さまの勇姿を目に納めとけ。

 どうにか規制確実な顔を戻し顔をあげようとした時、私の視界に入ったのはお父さまの顔。

 

「………」

 

 声も出せず、絶望したような表情でお兄さまを見ているお父さま。その中には落胆や失望といった、様々な感情が渦巻いている。お母さまを見れば、私のことを心配しながらも、お父さまと同じような表情を浮かべていた。

 

 

 なんだかそれを見てしまった私は、頭を鈍器で殴られたような気分になった。

 

 

 お兄さまの訓練の成績が良かった日には、お父さまが息子の頭を撫で、隣で微笑むお母さまの光景を見たことがあった。だからお兄さまに向く両親の「愛情」というものが、彼らの“大望”より優先されるものでないとわかりつつ、それでもエルディア復権の()()としてよりは、()()()として大切にされていると思っていた。

 

 だが、今のお父さまとお母さまの表情を見てしまっては、その考えが粉々に砕かれてしまう。

 

 

 お兄さまは二人の()()()であるより、()()として存在することの方が求められている。

 

 なら私はやはり、二人の我が子ではなく、道具なのでしょうか。

 

 

 ────いえ、大事に抱っこされている私は少なくとも、()()、我が子として愛されているのでしょう。

 

 この差は何故できたのか?私が“女”という生き物で、お兄さまは“男”だからでしょうか。

 それとも私がかわいいから?…いや、お兄さまの方がかわいい以上、この考えは成り立たない。であれば、他にどの可能性があるのだろう。

 

 お母さまであれば、それとなく理由は思いつく。それは私がいずれ、王家の血筋を引く子を産む──という定めに関わるもの。お母さまもまた孤独の中で、子孫を残す定めを課せられていた。だからこそ、同じ立場の娘をエコ贔屓してしまうのだろう。

 

 ならば、お父さまは?グリシャ・イェーガーは何故私を大切にする?

 

 考えられるのは、彼の妹の存在。名は「フェイ・イェーガー」だ、祖父母から聞いた名前である。

 

 私を外に出したがらないなど、お兄さまとは対照的に過剰なまでに愛情を注いで守るようにしているのも、私をそのフェイに重ねているならば、あり得なくはない。容姿が似ているかはともかく、己の妹と、自身の娘──という似通った二つの立ち位置を、重ねようとしても何らおかしなことではない。

 

 

 

 もしその考えが当たっているならば…お兄さま、ジークお兄さま。

 

 とても、可哀想としか言えません。私がいなければお兄さまは、両親からの愛をもっといただいていたはずなのですから。でも私は生まれてきてしまった。そして「私」が、目覚めてしまった。

 果たして「私」が目覚める前の“私”が、どんな人間であったかは詳しくわからない。「最近全く泣かなくなったわね」や、「急に成長したなぁ…」などとしか、両親から言われていないから。

 

 …あぁ、そうか。私が()()()()()()子供であったことも、両親からの愛情が向く理由であるのか。

 

 

 でも、少なくとも前の“私”の方が、お兄さまの人生はもう少し明るくなれたのでしょう。

 

 

 けれど仕方ありません、ジークお兄さま。私は既に、存在しています。このクソのような世界で、生きてしまっています。

 ですから私が生きている間だけでも、()()のような妹のために、たくさん笑って、泣いて、怒って、苦しんでください。そんなお兄さまのことが大好きです、私は。

 

 

 

 最下位のお兄さまの姿に見るに耐えきれなくなったお父さまは、私を抱えたまま背を向け歩いて行ってしまう。その後、お母さまが引き止めようとしたものの、結局お父さまに続いた。お父さまが後ろ向いたことで、ちょうど抱かれていた私からは訓練場の光景が見える。

 

 

 

「────ッ!!」

 

 

 

 目を溢れんばかりに見開いて驚き、あるいは絶望して、様々な感情を混ぜた表情を見せるお兄さま。

 

 私とは色の違う蒼い瞳が、とても綺麗で。

 

 

 美しいその表情に私はついと、見入ってしまったのでございます。

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