ライナー曇らせ?…いや、曇らせお兄さまだ!   作:栗鼠

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「掴もうぜ!」「何を?」「わからッない!」

 私、アウラ・イェーガー。

 

 私は今、とても()きている。この世界の誰よりも生きて、幸福を感じている。

 

 

 屋根をどんどん伝って行き、すぐに我が家の近くへたどり着く。上から覗き込むように下を見れば、なんてことはない。そこにはエレンくんとミカサ、カルラがいる。ただし家は壁の瓦礫により潰れ、その下敷きに母親がなっている。

 

 弟も義妹も必死に母を救おうと、彼女の上に乗った柱を退けようとしている。

 

 エレンくんってば、あんなに必死な顔しちゃって、かわいい。

 家族以外の他人には表情を変えないミカサちゃんも、目を見開いて、口をつぐみ懸命に柱を動かそうとしちゃって、かわいい。

 

 

 母も痛みにうめきながら、二人に何度も逃げるよう言っている。足が瓦礫によって潰れてしまっているようだ。これでは助けたところで歩けない。縦え子供二人が大人の女性を支えて逃げたとしても、巨人は甘くない。すぐに追いつかれ、捕食され、家族三人ドロドロになってしまう。

 

 三人ドロドロ。ふふ、三人ドロドロ。

 

 

 おかしいな。私は先まで、三人を助けるつもりでここに来たというのに。

 

 でも仕方ない。まさかこんな()()()状況になっているなんて、思いもしなかったのだから。ハンネスを寄越さなくてよかった。私の代わりに彼がここにいたら、すぐにカルラを助け彼女を背負い、子供二人を走らせながら門へ向かってしまっただろう。

 

 

 不意に周囲から大きな足音が近づく。視線を向ければ、自身がいる後方に7m級が一体。さらにその後ろに10m級。距離はまだある。が、二体はこちらに向かって近づいている。

 

 これもまた、神の思し召し────いや、ユミルたそが私にくれたご褒美なのだろうか。

 

 まぁ、私がすべきことはたった一つ。今、この時を、最大限に味わうこと。

 

 

 

「エレンくん!!ミカサちゃん!!」

 

 

 あたかも今到着したばかりのように、二人の元へ駆け寄る。すでに少し息が切れているが、これは先程急ピッチで走り続けた影響。

 二人は後方の頭上から現れた私に目を見開き、痛みに瞳を閉じていたカルラも目を開ける。

 

「アウラ、あんた骨折は…」

 

「わたしよりお母さんの方が先よ」

 

「姉さん!!母さんが、母さんがッ……!!」

 

「おばさんが巨人が壊した瓦礫に巻き込まれてしまったの!!」

 

「落ち着いて、三人で持ち上げるよ」

 

 私も加わり瓦礫を動かすが、コイツは中々重い。冗談抜きに肩が軋む。三人の中で一番上背があり、ちょうど瓦礫の中央を担当しているため、重さが直球で襲ってくる。もう一人いないと無理だ。

 

 その間に頭上で確認していた巨人の二体が、悠然と近づいてきた。弟と義妹は大きくなっていく足音と震える地面に、ようやく巨人が近接近していることに気づく。

 

「アウラ、エレンとミカサを連れて逃げて!!」

 

「イヤだ母さん!!母さんも一緒に逃げるんだ!!!」

 

 イヤイヤ期なエレンくんかな?母は話の通じぬ息子からミカサに変え、逃げるよう叫ぶ。しかし一年近い同居を経て、イェーガー家の「家族」の一員となった少女もまた、首を振る。おばさんと共に、逃げるのだと。

 

 

(すごく、イイ……♡)

 

 

 ────まるでそれは、宗教画のような光景。

 

 

 必死に子供たちに逃げるよう叫ぶ母親と、そんな母を救おうと懸命な息子。そして血のつながらない子供でありながら、必死に義理の母を助けようとする少女。そこに襲いくるのは絶対的な「死」。

 

 どれをとっても美しい。人間の感情をぶつけ合った、ありのままの姿。心が震える。脳も震え、瞼の裏の眼球まで震えて裏返ってしまいそう。

 

 

 顔も身体も溶けてしまいそうになるのを堪え、私は瓦礫から一歩身を引く。

 驚いた表情のエレンくんと、ミカサ。対しカルラは涙を流しながら、安心したように笑った。

 

「二人を頼んだわ、アウラ……」

 

 母の言葉に少年少女は次の展開を察したのか、私を見つめる。

 弟は、鋭い視線を。義妹は、困惑と懇願を混ぜた視線を。

 

 母さんを見捨てるのか、と気が動転しているエレンくんは叫ぶ。そうだね、見捨てる。私は彼女の命を見捨てる。

 

 しかしそれは、()()()

 

 

 表情を消し、意識を集中させる。普段の私と雰囲気が一転し、三人は息を飲んで見つめた。

 

 ブレードを抜き、こちらに接近する目標二体に向かい、アンカーを屋根へかけた。単独討伐はしたことがないが、私のスペック的には可能。今まで行ったことがないのは、以前エルヴィン分隊長に抱いた「有能すぎると死人が減る」という理由があるからだ。

 

 私がクソ真面目に本気で巨人を殺していたら、周囲の被害が減ってしまう。そうなれば壁外調査を頑張った私のご褒美──仲間の悲劇が、見れなくなってしまうではないか。

 

 だからこそ、そこそこで活躍してきた。

 

 

 しかし実際に単独討伐経験がないので、どうなるかはわからない。しかし私が積み上げた「家族」の最大にして、最高のイベントが今。

 

 やる以外に選択はない。壊すんだ、とても手が震える。恐怖ではない感情で。

 

 そもそも私はジークお兄さま関連以外のことで、恐怖に思うことなんてないのだけれど。

 

 

「姉さん!!」

 

 

 エレンくんが叫ぶと同時に、急接近していた7m級の背後へ高速で回る。我が身が他の兵と比べ極端に体重が軽いからこそ、なせる速さ。これにガスの噴射を強くすれば、通常の巨人はまず追いつけなくなる。

 

 ただし筋肉量が極端に劣る分、立体機動を使った際身体にかかる負荷は大きい。また一度巨人の打撃を受ければ、簡単にその身は壊れる。

 

 7m級の首元へアンカーを発射。そのままうなじを削ぎ落とした。その際一瞬見えた弟の顔は、衝撃と───歓喜で染まっている。

 

 そう、お姉ちゃんは強いのよ、エレンくん。ミカサもカルラも、口を開いて固まっていた。

 

 

 だが三人の表情が一斉に強ばる。えぇ、7m級を倒したばかりの宙に浮く私の後方にはもう一体、10m級が。

 

 絶望に染まった家族の表情がとてもキレイ。けれどアウラちゃんはまだ死ぬわけにはいかないので、アンカーを前方斜め右の壁にかけ、先と同様ガスを高速で噴射しながら移動。

 

 ついで壁に足がつく間もなく10m級の右肩へアンカーを固定。

 

 巨人の瞳が私に追いつく前に、遠心力で下から上へ上がった身体は、見晴らしのいいデカい頭の上へと降り立つ。頭の違和感に巨人が腕を伸ばす前に、うなじを削ぎ落とした。

 

 10mの景色はいい。建物の頭上で暴れ回っている私に気づき、近辺の巨人が歩いてくる。有名人の美少女ちゃんに会いに来たファンのようだ。

 

 ファンサとして、うなじ斬り回をしているのでよろしくな!

 

 

 このまま引き寄せて、最終的にガスが切れる私はカルラの言うとおりにせざるを得なくなる。最初から逃げてしまっては、アウラちゃんの好感度が激落ちくんしてしまうのでね。

 

 その上でエレンくんたちに()()()()()姉を見せつつ、どうしようもない現実を突きつける。

 

 弱い者が淘汰される現実。弱肉強食。力のない人間は所詮巨人のエサであるという、わかりきった構図。

 

 まぁどうあがいても、本気で瓦礫は持ち上がらないからしょうがない。

 

 

 そして、エレンくんとミカサを連れて逃げる。もちろんその時点で倒し損ねた巨人か、接近している巨人がいるので、三人が逃げている最中カルラがちょうどよく食われるだろう。

 

 その様を見やすいように、弟と義妹は両脇に抱えて、顔が後ろに向くようにする。

 二人のお顔が走っている私に見えないのが残念だが、声だけでも満足。その後門に着いたら、死にそうな二人の顔を見てあげよう。

 

 

 ────えっ、弟と義妹は殺さないのかって?

 

 流石にエレンくんは殺さない。ミカサも抱えられる以上殺す必要はない。というか彼女に関しては例外的に思う部分もある。

 

 そも弟はまだ自分の感情に気づいていないようだが、ミカサに特別な感情を持っている。私や家族に向ける笑顔とは、少し違う笑顔。ミカサに対してだけ向くそれに、お姉ちゃんレーダーは敏感に反応したのだ。

 

 お父さまだって散々傷つけてきたが、殺そうと思ったことは一度だってない。「殺したい」とは思ったことがあるが、それは文が少し足りない。

 

 自分の中では「殺したい(ほど大好き)」──または、「殺したい(ほど愛している)」という意味合い。

 

 ただ私は、大好きな人が苦しむ様を、見たいだけなのだ。死んで欲しくはない。お父さまについては巨人継承者の寿命が間近なので、仕方ない部分もあるが。しかしお兄さまだけは絶対に死なないよう、早く手を探さなければならない。

 

 

 

 真っ黒な考えを頭に流しながら倒れていく10m級の首元から、私は飛び降りる。そして壁にアンカーをかけ、一旦地面へ向かう。

 

 私に視線を奪われていたエレンくんとミカサは正気を取り戻し、また瓦礫を持ち上げようとし───、

 

 

 

 

 

「えっ」

 

 

 ドォン!と音がした方向を見れば、こちらに向かい跳んでくる一体の巨人。予測のわからぬ奇行種である。また10m級か。先までいなかった個体がどうして突如現れた?

 

 音がした位置を見れば、崩壊していく建物が。巨人のサイズ的に裏に隠れていれば死角になる大きさがある。あぁ、その裏にいたのならわからない。私が周囲を確認した後に、向こうもまたこちらに気づいたというわけだ。まずいな、とてもまずい。

 

「アウラァ!!!」

 

 私の異常事態を察したカルラが叫ぶ。子供たち二人がちょうど視線を向けた時、私と奇行種の距離はすぐ近く。

 

 

「………ッ!!」

 

 アンカーを左の建物にかけ、ガスを急速に出しながら奇行種とスレスレで身体が横へと引っ張られる。

 

 咄嗟の判断で我が身は思いきり建物に打ちつけられ、そのまま地面へと落ちた。壁と衝突した際「グシャ」とか、嫌な音を聞いた気がする。

 

 ぶつけてしまった頭がガンガンと痛み、左がなんだか生ぬるい。…生ぬるい?触れば、血だ。真っ赤だ。素敵な色。

 

 

 視界がグルグルと回っている中、目の前に誰かが降り立つ。金髪。お兄さま?──いや、違う、ハンネスおじさんだ。

 来たのか、私がせっかく止めたのに。本当にこの人は義理堅い。生きづらそう。

 

「嫌な予感がすると思ってきてみれば……!!」

 

「えへへ」

 

「笑ってんじゃねぇよバカ野郎!!」

 

 肩を掴まれて立たされる。いけないな、奇行種が今度はエレンくんたちを捕食対象に変えている。

 

 私が注意を引くから三人をどうにかするよう頼み、ハンネスの声を遮り走り出して、奇行種の足元にアンカーを付ける。こちらを向いた瞬間、アンカーをかけた足とは逆の建物へ移動し、屋根に上がって駆け出す。

 

 走りながら喉から迫り上がった何かを噴き出したら、血だ。これは内臓をやられてるな。肋が折れてどこかに刺さった。本当アウラちゃんったらドジっ子なんだから。

 

 そのまま飛ばしかけている中、突然落とし穴に落ちる要領で、建物と建物の間へ落下。

 

 勢いを殺せずそのまま前へ、四足歩行で進んでいった奇行種の後ろがこれで見える。身体の痛みを無視し、そのまま再度上へあがり、奇行種の背後を取った私はうなじを削ぎ落とした。

 

 

「ハ、……ァ、ハァ」

 

 チカチカする視界に、足がふらつく。しかしエレンくんの方を見なければと視線を向けたら、カルラしかいない。あれ、しかも巨人の手の中だ。身体を潰されて、そのまま口の中へと吸い込まれていく。

 

 エレンくんは──と思ったら、カルラを捕食せんとする巨人の前方。そこにハンネスに抱えられていた。逆サイドにはミカサ。私のポジションをおじさんに取られてしまった。しかも完璧な持ち方をしている。子供たちから見たら、後ろが丸見えだ。人生で初めてハンネスを尊敬した気がする。

 

 残念ではあるが、でも今の立場の方が美味しい。

 

 

 よく見える、絶望に染まりきった弟と義妹の表情。かわいいなぁ、かわいいなかわいいな、かわいいなぁ。

 

 食べちゃいたいくらいかわいい。でも実際食べられそうになっているのは母親。

 そんなカルラは今、身体をへし折られて震えながら、口の中へ収まって。

 

 飛び出た両足がボトボトと、地面に落ちていった。既に身体を潰されていたのか、巨人の口の中から悲鳴も聞こえない。聞こえるのは肉と骨が砕かれ、あるいは潰される音。

 

 

「あぁ……ぁ」

 

 

 エレンくんは母に手を伸ばして、そのまま泣き叫びもせず、ただ呆然としていた。ミカサは母の最期を見ることができず、顔を逸らしている。

 

 仕方ないな、お姉ちゃんが仇を取ってやる。もう大分ボロボロだが大丈夫。お兄さまに会えるまではアウラちゃんは死なない。カルラを食った巨人を殺したら、お兄さまを探しに行かなきゃ。

 

 お兄さまどこだろう、お兄さま。

 

 

 我が家に戻り、一気に背後の死角から巨人を討伐。

 お兄さまの場所へ。お兄さま、お兄さま。

 

「あ……姉さ」

 

 遠ざかっていくエレンくん。距離的に何を言っているかはわからないけど、私と目が合った。今生の別れとなるので、最高の美少女スマイルやるから、見とけよ見とけよ。

 

「ねえさ、どこに…行くんだよ」

 

 ありがとうエレンくん。最後に弟の最高の曇り顔を見られて、お姉ちゃんは嬉しいゾ〜。

 

「なんでっ……泣いてんだよ…なんで……!!」

 

 

 あぁ、お兄さまに会える。お兄さまに会わなくちゃ。お兄さまどこ。

 

 

 

「姉さん!!!!」

 

 

 

 エレンくんを背にして、私は壁の方へと向かった。

 

 壁が壊れてから少し経ってしまったけれど、まだ壁を壊した戦士が近くにいる可能性は高い。お父さまが壁内へ来るために長時間巨人化していた後、私が目覚めた時彼はひどく疲弊していた。

 

 つまりは巨人化=相当なエネルギーを消耗するのだろう。先ほどの50mを超える巨人を考えても、アレは恐らく巨人化して動かすだけで相当な体力を持っていかれる。物体の大きさが大きくなるにつれて比例するように、必要とされるエネルギーも増える。

 

 マーレで見た乗り物と同じ原理だ。巨大な飛行船や列車の方が、自動車よりも有機資源を使う。

 

 また壁からであればシガンシナ区を一望できる。そこから見渡し、通常種や奇行種と異なる巨人を見つける。

 

 

「あれ」

 

 

 青いはずの空が真っ赤。おかしいな、私の届かない空。蒼い色。

 飛びそうになる意識を感じる身体の痛みで無理やり繋ぎ止めながら、私は走った。

 

 お兄さま、おにいさま。

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