現状書いてるとこ主人公が多方面からの圧力がかかって、究極の尻軽女感が出ている。書きにくい。
ある日の対人格闘戦の授業において。
エレンはみんなの兄貴分、ライナー・ブラウンとペアを組んでいた。だが現在のエレンは思考が鈍っている。その原因は授業が開始する前、訓練場に集まっていた時にまで遡る。
まだ人が全員が集まっていない中、エレンはミカサやアルミンと雑談していた。
「…エレン、この間みたいにアニとは組まないで」
「オレがボコボコにされてたからか?大丈夫だって、お前は心配しすぎなんだよ」
「………」
ムゥと、口を尖らせるミカサ。二人の様子を見ていたアルミンは、相変わらず乙女心に疎い友人にため息をつく。
エレンは同期の間で猪突猛進な「駆逐野郎」でかなり引かれがちだが、顔の容姿は母親に似て端正で、裏では女子にかなりモテている。それを彼女らが口に出さないのは、エレンセコムがいるからに他ならない。
「…あれ?」
アルミンは仲睦まじい友人二人から視線を外した際、不意にキースの元へ近づく別の教官の男と、その教官の後ろに付いて歩くフードをかぶった人物に目を留める。
深緑のマントを羽織る兵団の人間はそう多くない。目を凝らせば、背中に見えたのは羽の刺繍。調査兵団だ。外部の人間が訪れるのはかなり珍しい。
「エレン見て見て!調査兵団だよ!」
「はぁ?……本当だ!」
憧れの調査兵団に翡翠の瞳が輝く。「カッケェ…」と呟くエレンの姿を、隣でミカサは少し頬を染めて見つめた。
「でも、何で調査兵団の人間が来てるんだ?」
「理由はわからないけれど、教官に何かしら用があるみたいなのは確かだよね」
キース・シャーディスが、元調査兵団の団長であることを知らない彼ら。
三人の視線を集める調査兵団の人物は、キース教官の元に着くとフードを取り、敬礼のポーズを取る。流石訓練兵を終えて巨人と戦う人間と言うべきか、後ろ姿でも堂々たる姿が美しい。
背中を覆う長く色素の濃い髪が、風に揺れたなびいた。体型がフードに隠れ見えなかったが、女性だ。
キース教官と一言二言話すと、女性は彼女を連れてきた教官の後に続き戻っていく。
その姿を目で追う三人の表情はそれぞれ固まっている。ちょうどその時、女性と瞳が合ったエレン。瞬間女性が少し口角を上げ微笑する。
途端に顔がボッと、熱くなった。トキメキではない羞恥心で。
(姉さんンンンン!!?)
キースの元を訪れていたのはエレンの姉、アウラ・イェーガーであった。固まっていたエレンがミカサを見れば同じように驚いており、アルミンに至っては石像ミンに。こうかは ばつぐんだ!▼
そんな初っ端からのパンチを食らった後、対人戦の授業に入り、ライナーがエレンに話しかけてきてペアを組むことになったというわけだ。
ライナーやベルトルトとは以前、エレンが調査兵団を目指す理由になった母の死や、弟以上に死に急ぎ野郎(とエレンが思っているだけで、ミカサやアルミンは思慮深さが姉より劣る分、エレンの方が危なっかしいと思っている)の姉を守りたいから──と話し合った仲。
一方で、ライナーたちの「故郷に帰るため兵士を志願した」という話も聞いている。当時立体機動をうまく操作できず、ひどく落ち込んでいた時に励ましてくれた二人に、エレンは感謝していた。
ライナーたちはエレンと同じ、シガンシナ区が大型巨人に襲われた際現場にいた。つまり「オレおま同じ」というわけである。
またベルトルトはエレンの「イェーガー」姓に興味があったのか、兄弟がいるかについても聞いてきた。
曰くシガンシナで知人と二人でいた際、調査兵団の女性に助けられたらしい。後で調べると、その女性が調査兵団随一の
当時のアウラは頭をケガし混乱状態にあったので、ベルトルトたちのことは覚えていないかもしれない──とも付け加えて。
弟としては姉が助けた人物と出会えたこと。そして姉が人の命を救った事実に、込み上げるものがある。
否定することでもないゆえエレンは、アウラ・イェーガーが自身の姉であることを、ベルトルトとライナーに伝えた。ただし、腹違いの姉であると。それに二人は驚いた表情をし、しばらくお互いの顔を見合っていた。
ライナーが少し図々しくエレンと姉の過去を尋ねてもきたが、彼は姉と腹違いである事実と、彼女が過去のトラウマを抱え精神が脆いことしか知らない。
そのためエレンはそれ以上詳しく語ることはできなかった。
結局今でも、アウラにどんな過去があったのかはわからない。しかし知る必要はないと思っている。知ってまた姉が発狂してしまうくらいなら。
暗い表情を浮かべたエレンにベルトルトはライナーを諌め、ライナーもまた他人の事情に深入りすぎたことに謝罪した。
この時戦士二人の意見は概ね一致していた。アニに語ったアウラ・イェーガーの話が、一部ではあるが合っていたことを。
つまりその部分だけでも、嘘を吐いていなかったということになる。
またエレンの様子から、壁外の情報は全く知らないのだと推測できた。良くも悪くも、訓練兵団随一の進撃野郎。嘘をつけばすぐに顔に出る。
エレンは所詮壁内で生まれ育った人間でしかなく、それ以上の存在ではないのだろう。
また「進撃」の力を父から受け継ぎ有している可能性のあるエレンが、巨人の力を使ったことはない。以前ケガをした際も、急速に治ることはなかった。
戦士たちの課題は「始祖」を探しつつ、もし手に入れられなかった保険として、「進撃」を確保しておきたいところ。
「進撃」の候補は今のところエレンとアウラ。だがエレンは期待薄だ。ならばアウラを探るべきだが、アニが完全にノータッチと来ている。少なくとも戦士の敵になることはない、と彼女は語っていた。
まぁ今はわからずとも、戦士たちが動けば進撃や始祖を持つ人間に、動かざるを得なくなる状況ができる。その来るべき好機まで、息を潜めて待つのだ。
「…なぁ、エレン」
授業中、ライナーは神妙な面持ちでエレンに話しかける。
「なんだよ、ライナー」
「お前、さっきの調査兵団の女見たか?」
「見たけど、それがどうしたんだよ」
「…………すげぇ、可愛くなかったか」
「………」
みんなの兄貴分のライナーが、頬を少し赤く染めている。確かにエレンは石像ミンだけでなく、周囲の数人の訓練兵の男たちがアウラに見惚れているのをみた。
だがいくら美人でも己の姉。ときめくわけがない。
「あれ、オレの姉さんだから」
「そうなの………はぁ!?」
「…あぁ、姉さんに助けてもらったのはベルトルトだったけど、ライナーは違かったんだっけ」
「実際に顔を見たことはないが…そうか、あの女が……」
ライナーは今日一番の真剣な表情で考え込み、エレンに視線を向ける。きっと他の女性だったら黄色い声をあげていた。訓練兵の裏でモテるのがエレンなら、表でモテるのがライナーだ。
「……いるのか」
「は?もっと大きな声で言えよ」
「アウラ───いや、アウラ
「………いねぇと思うけど」
「そ、そうか!そうか……」
何が「そうか!」なのだろう。エレンの翡翠の目がどんどん濁っていく。
尊敬している男が姉に惚れてしまったらしい今、この時。どんな表情をすればいいのかわからない。とにかくとても複雑な心境である。
お前の好きになった女はブラコンだ、と告げればよいのか。それとも、未だ一度もアウラに話せたことがない
いや、そもそもハンネスから聞いた話によれば────、
「付き合ってるかどうかはわからねぇけど、
「…なん……だと……」
「5年くらい前の話だけどな」
「…なんだ、じゃあ今どうなっているかはわからないな」
「………」
「何だよエレン、その何か言いたそうな目は」
「別に、何でもねぇよ。ただオレはいずれお前を、“
「バ、バカ野郎!気が早ェよ!!」
頼れる兄貴もやはり年頃の男の子だった。顔を先より真っ赤にして否定の言葉を呟いている。
そんな兄貴を無視し、エレンはぼんやり空を見上げた。彼もまたハンネスから姉に意中の人がいると知った時は、驚いたものだ。それも相当入れ込んでいるらしい。ハンネスに語った時のアウラの顔は、恋する乙女そのものだったそうだから。
まさか信じられない。弟にデレデレの姉に好きな男。モヤモヤとした感情が、少年の中で渦巻く。その様子を片想いミンが見たのなら、「エレンもシスコンなんだよ」と、
「うおっ」
その時エレンの背中に誰かがぶつかった。ぼんやりと立っていたいせいで周囲に気を遣うのを忘れていた。
少年が振り向けば、そこにいたのは冷たい表情(いつものことだ)のアニ。ぶつかったせいか眉間にシワが寄っており、静かにエレンのことを見つめている。
「おっ、アニじゃねぇか。暇してるなら手合わせしようぜ」
「…私はパス。それより授業中に恋愛話なんて、あんたの方がよっぽどヒマでしょうがないみたいだね、ライナー」
「そう言うなって…仕方ないだろ、なぁエレン?あんな美人な女が来ちゃあ、話題にしない方がおかしい」
エレンの肩に腕を回すライナー。アニは鼻で笑い、翡翠の色を死んだ魚のような瞳に変えているエレンに近づく。
彼女の青い瞳にはうっすらと同情心が滲み出ていた。
「愛している人…か」
「聞いてたのかよ、オレとライナーの話」
「少しね。対人戦なんて今更学ぶこともないから」
愛している人。それが誰なのか、アニならわかる。間近でアウラ・イェーガーの
「あんた、頑張りなよ」
そう言い残し、アニは二人の元を去って行った。
生まれ持った血の繋がりがエレンとあの女にはある。それだけでエレンが哀れで仕方なく、アニの瞳には映るのだ。
彼女と違い逃げることは絶対にできない。人間の狂気たる深淵の部分が、これからもエレンには付きまとう。さらさら助ける気はないが。
それでもアニは、「頑張りなよ」と忠告はした。
(まぁそれ以上に同情するのは、戦士長だけど)
本当にどうやったらあそこまで、アウラ・イェーガーに偏愛されることになるのだろう。
エレンが言っていた女の「愛している人」は間違いなくジークだ。エレン以上に絶対に逃げられない。何なら来世まで付きまとわれそうだ。末恐ろしい限りである。
それにライナーもライナーだ。アウラを見た時完全に心が奪われていた。恋する人間を間違えている。
マルセルの一件以来、アニの中でライナーというドベ野郎は、視界に入れたら殴りたいランキング1位に入っている。何なら時折どうやって殺そうか、真剣に悩む時もある。
それでも頼れる仲間が自分を含めて三人しかいない以上、見捨てるわけにもいかない。
王政に近づきやすいからと憲兵になるため訓練兵団に入った以上、まだしばらく壁内に留まらなければならないだろう。その期間ライナーがアウラと接近してしまうのかと思うと胃が痛い。ひたすらに家に帰って父に会いたい。
「ハァ……」
それでも使命のため、アニやベルトルト、ライナーたちは進む。
深くため息をついた後ろでは、どこからともなく現れたアルミンが、ライナーにアウラ・イェーガーに意中の人がいることを例に挙げ、恋が実る可能性がどれだけ低いかを理路整然と語っていた。
「……まさかアルミンもかい」
アニは少し傷ついた。女性の魅力が自分にはあまりないのだろうか──と。
そんな彼女の様子を見つめている少年がいることに気づかずに。
「アニ暗い顔をしてるけど、どうしたんだろ……」
兵士を目指し日々励む少年少女たちの裏では、甘酸っぱい色恋沙汰が展開されている模様である。