ライナー曇らせ?…いや、曇らせお兄さまだ!   作:栗鼠

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三章はここまで。次回から四章に入ります。「お ま た せ♡の回」
現状書いてるとこ主人公が多方面からの圧力がかかって、究極の尻軽女感が出ている。書きにくい。


濁りし翡翠の眼

 ある日の対人格闘戦の授業において。

 

 エレンはみんなの兄貴分、ライナー・ブラウンとペアを組んでいた。だが現在のエレンは思考が鈍っている。その原因は授業が開始する前、訓練場に集まっていた時にまで遡る。

 

 まだ人が全員が集まっていない中、エレンはミカサやアルミンと雑談していた。

 

 

 

「…エレン、この間みたいにアニとは組まないで」

 

「オレがボコボコにされてたからか?大丈夫だって、お前は心配しすぎなんだよ」

 

「………」

 

 ムゥと、口を尖らせるミカサ。二人の様子を見ていたアルミンは、相変わらず乙女心に疎い友人にため息をつく。

 

 エレンは同期の間で猪突猛進な「駆逐野郎」でかなり引かれがちだが、顔の容姿は母親に似て端正で、裏では女子にかなりモテている。それを彼女らが口に出さないのは、エレンセコムがいるからに他ならない。

 

「…あれ?」

 

 アルミンは仲睦まじい友人二人から視線を外した際、不意にキースの元へ近づく別の教官の男と、その教官の後ろに付いて歩くフードをかぶった人物に目を留める。

 

 深緑のマントを羽織る兵団の人間はそう多くない。目を凝らせば、背中に見えたのは羽の刺繍。調査兵団だ。外部の人間が訪れるのはかなり珍しい。

 

「エレン見て見て!調査兵団だよ!」

 

「はぁ?……本当だ!」

 

 憧れの調査兵団に翡翠の瞳が輝く。「カッケェ…」と呟くエレンの姿を、隣でミカサは少し頬を染めて見つめた。

 

「でも、何で調査兵団の人間が来てるんだ?」

 

「理由はわからないけれど、教官に何かしら用があるみたいなのは確かだよね」

 

 キース・シャーディスが、元調査兵団の団長であることを知らない彼ら。

 

 三人の視線を集める調査兵団の人物は、キース教官の元に着くとフードを取り、敬礼のポーズを取る。流石訓練兵を終えて巨人と戦う人間と言うべきか、後ろ姿でも堂々たる姿が美しい。

 

 背中を覆う長く色素の濃い髪が、風に揺れたなびいた。体型がフードに隠れ見えなかったが、女性だ。

 

 キース教官と一言二言話すと、女性は彼女を連れてきた教官の後に続き戻っていく。

 

 その姿を目で追う三人の表情はそれぞれ固まっている。ちょうどその時、女性と瞳が合ったエレン。瞬間女性が少し口角を上げ微笑する。

 

 途端に顔がボッと、熱くなった。トキメキではない羞恥心で。

 

 

(姉さんンンンン!!?)

 

 

 キースの元を訪れていたのはエレンの姉、アウラ・イェーガーであった。固まっていたエレンがミカサを見れば同じように驚いており、アルミンに至っては石像ミンに。こうかは ばつぐんだ!▼

 

 

 

 そんな初っ端からのパンチを食らった後、対人戦の授業に入り、ライナーがエレンに話しかけてきてペアを組むことになったというわけだ。

 

 ライナーやベルトルトとは以前、エレンが調査兵団を目指す理由になった母の死や、弟以上に死に急ぎ野郎(とエレンが思っているだけで、ミカサやアルミンは思慮深さが姉より劣る分、エレンの方が危なっかしいと思っている)の姉を守りたいから──と話し合った仲。

 

 一方で、ライナーたちの「故郷に帰るため兵士を志願した」という話も聞いている。当時立体機動をうまく操作できず、ひどく落ち込んでいた時に励ましてくれた二人に、エレンは感謝していた。

 

 ライナーたちはエレンと同じ、シガンシナ区が大型巨人に襲われた際現場にいた。つまり「オレおま同じ」というわけである。

 

 

 またベルトルトはエレンの「イェーガー」姓に興味があったのか、兄弟がいるかについても聞いてきた。

 

 曰くシガンシナで知人と二人でいた際、調査兵団の女性に助けられたらしい。後で調べると、その女性が調査兵団随一の()()()と謳われる「アウラ・イェーガー」であることを知った。

 

 当時のアウラは頭をケガし混乱状態にあったので、ベルトルトたちのことは覚えていないかもしれない──とも付け加えて。

 

 弟としては姉が助けた人物と出会えたこと。そして姉が人の命を救った事実に、込み上げるものがある。

 

 否定することでもないゆえエレンは、アウラ・イェーガーが自身の姉であることを、ベルトルトとライナーに伝えた。ただし、腹違いの姉であると。それに二人は驚いた表情をし、しばらくお互いの顔を見合っていた。

 

 

 ライナーが少し図々しくエレンと姉の過去を尋ねてもきたが、彼は姉と腹違いである事実と、彼女が過去のトラウマを抱え精神が脆いことしか知らない。

 

 そのためエレンはそれ以上詳しく語ることはできなかった。

 

 結局今でも、アウラにどんな過去があったのかはわからない。しかし知る必要はないと思っている。知ってまた姉が発狂してしまうくらいなら。

 

 暗い表情を浮かべたエレンにベルトルトはライナーを諌め、ライナーもまた他人の事情に深入りすぎたことに謝罪した。

 

 

 この時戦士二人の意見は概ね一致していた。アニに語ったアウラ・イェーガーの話が、一部ではあるが合っていたことを。

 つまりその部分だけでも、嘘を吐いていなかったということになる。

 

 またエレンの様子から、壁外の情報は全く知らないのだと推測できた。良くも悪くも、訓練兵団随一の進撃野郎。嘘をつけばすぐに顔に出る。

 

 エレンは所詮壁内で生まれ育った人間でしかなく、それ以上の存在ではないのだろう。

 

 また「進撃」の力を父から受け継ぎ有している可能性のあるエレンが、巨人の力を使ったことはない。以前ケガをした際も、急速に治ることはなかった。

 

 戦士たちの課題は「始祖」を探しつつ、もし手に入れられなかった保険として、「進撃」を確保しておきたいところ。

 

 

「進撃」の候補は今のところエレンとアウラ。だがエレンは期待薄だ。ならばアウラを探るべきだが、アニが完全にノータッチと来ている。少なくとも戦士の敵になることはない、と彼女は語っていた。

 

 まぁ今はわからずとも、戦士たちが動けば進撃や始祖を持つ人間に、動かざるを得なくなる状況ができる。その来るべき好機まで、息を潜めて待つのだ。

 

 

 

「…なぁ、エレン」

 

 授業中、ライナーは神妙な面持ちでエレンに話しかける。

 

「なんだよ、ライナー」

 

「お前、さっきの調査兵団の女見たか?」

 

「見たけど、それがどうしたんだよ」

 

「…………すげぇ、可愛くなかったか」

 

「………」

 

 みんなの兄貴分のライナーが、頬を少し赤く染めている。確かにエレンは石像ミンだけでなく、周囲の数人の訓練兵の男たちがアウラに見惚れているのをみた。

 だがいくら美人でも己の姉。ときめくわけがない。

 

「あれ、オレの姉さんだから」

 

「そうなの………はぁ!?」

 

「…あぁ、姉さんに助けてもらったのはベルトルトだったけど、ライナーは違かったんだっけ」

 

「実際に顔を見たことはないが…そうか、あの女が……」

 

 ライナーは今日一番の真剣な表情で考え込み、エレンに視線を向ける。きっと他の女性だったら黄色い声をあげていた。訓練兵の裏でモテるのがエレンなら、表でモテるのがライナーだ。

 

「……いるのか」

 

「は?もっと大きな声で言えよ」

 

「アウラ───いや、アウラ()()か?彼女にいるのか、男って」

 

「………いねぇと思うけど」

 

「そ、そうか!そうか……」

 

 何が「そうか!」なのだろう。エレンの翡翠の目がどんどん濁っていく。

 

 尊敬している男が姉に惚れてしまったらしい今、この時。どんな表情をすればいいのかわからない。とにかくとても複雑な心境である。

 

 お前の好きになった女はブラコンだ、と告げればよいのか。それとも、未だ一度もアウラに話せたことがないアルミン(ライバル)がいることを伝えればいいのか。

 

 いや、そもそもハンネスから聞いた話によれば────、

 

 

「付き合ってるかどうかはわからねぇけど、()()()()()()はいるらしいぜ?」

 

「…なん……だと……」

 

「5年くらい前の話だけどな」

 

「…なんだ、じゃあ今どうなっているかはわからないな」

 

「………」

 

「何だよエレン、その何か言いたそうな目は」

 

「別に、何でもねぇよ。ただオレはいずれお前を、“義兄(にい)さん”と呼ぶ日が来るかもしれないと思ってな」

 

「バ、バカ野郎!気が早ェよ!!」

 

 頼れる兄貴もやはり年頃の男の子だった。顔を先より真っ赤にして否定の言葉を呟いている。

 

 そんな兄貴を無視し、エレンはぼんやり空を見上げた。彼もまたハンネスから姉に意中の人がいると知った時は、驚いたものだ。それも相当入れ込んでいるらしい。ハンネスに語った時のアウラの顔は、恋する乙女そのものだったそうだから。

 

 まさか信じられない。弟にデレデレの姉に好きな男。モヤモヤとした感情が、少年の中で渦巻く。その様子を片想いミンが見たのなら、「エレンもシスコンなんだよ」と、ゲス(絶妙な)顔でモヤモヤが起きる原因を教えてくれるだろう。

 

「うおっ」

 

 その時エレンの背中に誰かがぶつかった。ぼんやりと立っていたいせいで周囲に気を遣うのを忘れていた。

 

 少年が振り向けば、そこにいたのは冷たい表情(いつものことだ)のアニ。ぶつかったせいか眉間にシワが寄っており、静かにエレンのことを見つめている。

 

「おっ、アニじゃねぇか。暇してるなら手合わせしようぜ」

 

「…私はパス。それより授業中に恋愛話なんて、あんたの方がよっぽどヒマでしょうがないみたいだね、ライナー」

 

「そう言うなって…仕方ないだろ、なぁエレン?あんな美人な女が来ちゃあ、話題にしない方がおかしい」

 

 エレンの肩に腕を回すライナー。アニは鼻で笑い、翡翠の色を死んだ魚のような瞳に変えているエレンに近づく。

 彼女の青い瞳にはうっすらと同情心が滲み出ていた。

 

「愛している人…か」

 

「聞いてたのかよ、オレとライナーの話」

 

「少しね。対人戦なんて今更学ぶこともないから」

 

 愛している人。それが誰なのか、アニならわかる。間近でアウラ・イェーガーの()()()()()を味わってしまった、彼女だからこそ。

 

 

「あんた、頑張りなよ」

 

 

 そう言い残し、アニは二人の元を去って行った。

 

 生まれ持った血の繋がりがエレンとあの女にはある。それだけでエレンが哀れで仕方なく、アニの瞳には映るのだ。

 

 彼女と違い逃げることは絶対にできない。人間の狂気たる深淵の部分が、これからもエレンには付きまとう。さらさら助ける気はないが。

 それでもアニは、「頑張りなよ」と忠告はした。

 

(まぁそれ以上に同情するのは、戦士長だけど)

 

 本当にどうやったらあそこまで、アウラ・イェーガーに偏愛されることになるのだろう。

 

 エレンが言っていた女の「愛している人」は間違いなくジークだ。エレン以上に絶対に逃げられない。何なら来世まで付きまとわれそうだ。末恐ろしい限りである。

 

 

 それにライナーもライナーだ。アウラを見た時完全に心が奪われていた。恋する人間を間違えている。

 

 マルセルの一件以来、アニの中でライナーというドベ野郎は、視界に入れたら殴りたいランキング1位に入っている。何なら時折どうやって殺そうか、真剣に悩む時もある。

 

 それでも頼れる仲間が自分を含めて三人しかいない以上、見捨てるわけにもいかない。

 

 王政に近づきやすいからと憲兵になるため訓練兵団に入った以上、まだしばらく壁内に留まらなければならないだろう。その期間ライナーがアウラと接近してしまうのかと思うと胃が痛い。ひたすらに家に帰って父に会いたい。

 

「ハァ……」

 

 それでも使命のため、アニやベルトルト、ライナーたちは進む。

 

 深くため息をついた後ろでは、どこからともなく現れたアルミンが、ライナーにアウラ・イェーガーに意中の人がいることを例に挙げ、恋が実る可能性がどれだけ低いかを理路整然と語っていた。

 

「……まさかアルミンもかい」

 

 アニは少し傷ついた。女性の魅力が自分にはあまりないのだろうか──と。

 

 そんな彼女の様子を見つめている少年がいることに気づかずに。

 

「アニ暗い顔をしてるけど、どうしたんだろ……」

 

 兵士を目指し日々励む少年少女たちの裏では、甘酸っぱい色恋沙汰が展開されている模様である。

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