澄み渡る空の下、大地を轟かすは
その上に跨る者たちは自由の羽を羽ばたかせ、勇姿を示す。
真っ直ぐに前を見つめる彼らを招き入れるは、人型を成した巨大なバケモノたち。
一人の男が檄を入れたところから、此度の第57回壁外調査が始まったのであった。
────と、自分に似つかわしくない歯が浮くような前置きしたのは私、アウラ・イェーガーちゃん。
壁外調査を何度も経験した者たちも、近年稀に見ぬ大規模な壁外調査に神妙な面持ちを見せている。新兵は緊張で身を固くしたり、蒼い顔をしていたりと様々だ。むしろ冷静な表情のミカサちゃんや、戦士組の方が異常であるのか。
作戦決行前、調査兵団の刺繍が施されたマントを支給され、嬉しそうな新兵の先と今の温度差がすごいですね。
いつもの癖でフードをかぶっているのは私くらいで、側から見れば浮いていそうだ。馬の走行スピードと風の抵抗を受けながら、フードが取れないよう乗りこなすのは少し技術が要ります。…そんなスキル、普通なら必要ないんですけど。
それから市街地まで連れ添った援護班と別れ、長距離索敵陣形を展開。私は右翼初列索敵位置へと向かった。
本作戦の真の意図を、エルヴィン団長から知らされている者はごく少数である。
表向きの作戦目標は、“来たるべきウォール・マリア奪還作戦のための予行演習”。カラネス区から出発し、南下してシガンシナ区へ向かうルート模索に近い。
内通者の条件はある程度絞れてはいるものの、確実に犯人が誰かわかっているわけではない。全員に話せない分、今作戦での死者も多くなるでしょう。
その後全体は通常種を避けつつ、奇行種が出れば仲間と連携して狩った。
基本的に新兵は次列より内側に配置されている。最も危険な位置が初列であることを踏まえれば、多少は安全な位置に彼らが配置されていることがわかる。いきなり実戦で戦え、というのも難しいですからね。
まだ異変は起こっていない。しかし必ず来る、アニ・レオンハートは。
「ッチ、森か…」
索敵班の一人が、舌打ちを溢す。平野続きではあるが、小規模の森や村に当たることもある。その場合、建物の後ろや木の横に隠れている巨人に気をつけなければいけない。
異変にいつでも気付けるよう、しっかり意識を集中させておかなければ───、
(……?)
右後方付近から、足音のような音が微かに聞こえた。その距離はどんどんこちらへ近づいている。巨人だ、しかし通常の個体より足が地面に着く感覚が早い。つまり相当なスピードで走ってきている。
いよいよおでましか。奇行種の可能性も考えながら、異変に気づき始めた周囲も息を殺す。巨人が近づいているとわかっても、それが通常種か奇行種かを確認できるまでは煙弾は撃てない。
「えっ」
一瞬のうちだ。
木と木の間から、馬車に轢かれる猫のような唐突さで、ひょっこりと現れた巨人。ウソだろ、まだ距離はあったはずなのに。
基本的に巨人は男性的な肉体をしているが、その巨人には全体的に丸みがある。しかも結構胸がありやがる、巨人の分際で。私に喧嘩を売っているなら買ってやる、うなじを削ぎ落としてな。
いえ、冗談抜きにそんなことを言っている場合ではないですよ、私。
今、私の目の前にいた人間が、横から現れた女型にそのまま蹴られるようにして吹っ飛んだ。人間の7〜8倍以上ある馬も、嘶いたまま空中に弧を描く。
一歩間違えれば、一瞬遅れていれば、私が愛馬と共に血を降らせて人間ボールに早変わりしていた。洒落になりませんよ、やはりあのけしからん胸を削いだ方がいいですね。一丁前に揺れやがって……(ギリィ)
「き、奇行種だ!!!」
「煙だッブァ」
一人の兵士と馬を吹っ飛ばした女型はブレーキをかけて止まり、方向転換して他の兵士を蹴り飛ばした。先よりも飛んでいる。しかしアニたその蹴る動作が早すぎて、吹っ飛ぶ間際の人間の顔が見えない。悲鳴すら聞こえないじゃないですか。
しかも女型一体ではなく、右翼側からどんどん巨人が来始めている。
何故だ?確実に死ぬイメージが近づいてきていて笑えません。
(…あ)
そうだ、ベルトルトくんが言っていたではないか、女型の能力を。
女型は
思い返せばシガンシナ区の崩壊の際も、中に入った巨人の数は異様に多かった。ユミルちゃんが私を美味しく食べさせるため、多めに呼び寄せたのかとも思っていた。
しかしあれが、事前に女型が呼び寄せていたのなら説明がつく。
恐らく移動役もアニ・レオンハートだ。そして外の壁を壊すのがベルトルト・フーバーの役目で、その穴にアニが呼んだ巨人が侵入するという仕組み。壁内を混乱に陥れるためなら、巨人は多いに越したことはない。
して今、この状況。
エレンを攫う上で、彼以外の調査兵団の人間は戦士にとって邪魔である。ただ一々殺すには手間がかかるため、手っ取り早く巨人を呼び寄せた。ついでに混乱させることもできますから。
「早く煙弾を撃てッ!女型が次列に向かう前に!!」
仲間が叫び協力して巨人を狩りに行きますが、うなじを捉える間もなくワイヤーが掴まれ、そのまま地面へ盛大にキスする。グチャッと、肉の潰れる音がした。煙弾を撃とうとしていた者も、アンカーを捨てた女型が大きく跳躍し、潰され、平たくなる。
その間の私といえば、女型の様子を一定の距離を空けて見ながら、立体機動で愛馬から離れ、カラ馬へ乗り換えていた。
愛馬くんには目の前で二つのブレードで、「キィン」と音を立て逃がす。足を失ったら終わりだ。ゆえに愛馬は残しておきたい。他の馬では主人以外の指笛で戻ってくる可能性は低いので。
完全に錯乱状態に陥った場。間違いなく壊滅するでしょう。しかも次列へ危険を知らせる前に。
まだ女型には私の顔は見えていない。馬が逃げ、巨人に食われ、遂にはほぼ壊滅間近に。
私は今、恐怖に引き攣った顔をしている。身体が震え、動くこともできない中、逃げることしか考えていない。仲間を助けることもできず、煙弾も手が震え、途中で落としてしまった。
巨人に身体を掴まれた仲間の一人は、そんな私に叫ぶ。このことを早く伝えろ、と大声で叫んだ。それに糸が切れたように馬を叱咤し森の中を疾走した。
いやしょうがないね、いきなり目の前で巨人が飛び出てきたら、そりゃあビビってしまいます。え、嘘つくんじゃない、お前絶対動けるだろって?女型さんと内密デート♡するために、最適な状況を作るしかないんですよ。みんなの壮絶な最期とその表情は決して忘れないから、安心して死んでください。
まぁ当然、壊滅し終えたら、女型は私を追ってくるわけですね。
状況は森の中、そして私一人。次列に様子が見える位置ではないですし、煙弾を放とうとする輩から集中的に殺されたため、緊急事態を伝えることもできていない。正に今、話すしかない。
多少離れましたが、すぐに後ろから速さのおかしい巨人が追ってくる。
その前に馬を乗り捨てて、立体機動で木の上に潜む。そして時を待たずして、私の乗っていた馬は蹴り飛ばされた。走ってきた女型の風圧で木が揺れる。彼女にアンカーをかけるのは危険だ。掴まれて殺される。というか近づくだけでペシャンコにされる。
だが考えてみろ、彼女は私を追ってきた。そこには確かな意味がある。
フードをかぶっていれば低い位置にいる人間からは私の顔が見えても、視線の高い巨人からならばまず見えない。エレンを狙っている以上彼女は、その人間の顔を確かめなければいけないというわけだ。
私が意図的にフードが取れないよう気を遣っているのもこのため。ツギハギにつけた作戦ですが、それでも運は私に味方している。後はお話し合いができるかどうかにかかる。
「アニ・レオンハート」
後ろから声をかければ、女型は振り返った。青い瞳を大きく見開かせて。
あぁやっぱりその瞳、好きですわ。
舐めて、舌で穿り出したいくらいには。
⚪︎⚪︎⚪︎
卵が二つある。白く、見た目や大きさはほぼ同じ。
それは間違いなく卵だ。
その中から生まれてきた赤ん坊は、同じ雛。
だが一方は親鳥に大切に育てられ、一方は巣から蹴落とされる。
蹴落とされた雛は親に餌をもらい、幸せそうに鳴く赤ん坊を見た。
何故親に捨てられたのか、わからない。何か自分に悪いことがあったのだろうか。考えども考えども、答えは見つからない。
そしてある日、雨に打たれた雛は大きな葉の下で身体を小さくした。
寒い、身体が。心も自分の肉体から抜けてしまうような感覚。
ぼんやりと脳内に浮かぶのは、兄弟の姿。雛が死にそうな中、親に捨てられなかった方は、ぬくぬくと、こんな寒さなど知らず過ごしているのだろう。
ピィ、と溢れる小さな鳴き声。
意識が沈んでいく感覚に身を委ね、疲れ切った雛は、暗闇を受け入れんとする。
そんな時、大きな手が触れた。温かい手だ。雛を包み込み、その凍てついた身体を、心を溶かしていく。
その手に引っ張られた雛は、よろよろと歩く。気付けばいつの間にか、雛の身体は大きくなっていた。
足を踏み出せば、グチャリと、ぬかるんだ土の感触。転ばぬよう下を見れば、水溜りが広がっている。
雛は「あぁ」と、独りごちた。それに雛の手を握る温かな存在が一瞬振り向いたが、雛は何でもない、と溢す。
そうだ、雛が捨てられてしまうのは当然だった。
雛だったはずの自分に、いつの間にか肌色の手や足が生えていたのだ。
こんな
そもそも親鳥と雛は別の生き物だった。巨体を得た今の雛なら、親鳥など容易く踏み潰し、殺せてしまうだろう。
──いや、違う。
頭からゆっくりと血が降りていく。歯をガタガタ震わせ、震える手を抑え、雛は己の足の裏を見やる。
先ほど感じた
足の裏は土と、赤い液体と、肉が混じって雛の足の裏にこびりついている。
鳥だった。
それが親なのか、はたまた兄弟なのか。それか他の鳥なのかはわからない。原型がなくなるほどその身体は平たく薄く、まるで履き物のように足の下敷きになっていた。
視界が真っ白くなり、倒れそうになった雛を、大きな手が受け止める。
その手は雛が倒れてしまわぬよう、真っ直ぐに引っ張り続けた。宛ら雛が道に迷わぬように。その温もりに涙を零し、雛は大きな手を強く握りしめる。決して離さぬように。その大きな手が、雛の道標になるように。
だが途中で、その大きな手が離れた。
斜め前を歩いていた温かな手の主は立ち止まり、雛は後ろを振り返る。
そのひとは泣いていた。
泣いて、雛を見ていた。
『私…絶対帰ってくるから』
そう呟いた雛の服が、軍服姿に変わる。腕につけられた赤い腕章。その中央には星に似たマーク。
『待ってて、お父さん』
抱きしめている父の手を解き、雛は一歩踏み出した。
踏み出したその先で、彼女はプチプチと気色の悪い、身の毛もよ立つような感触を味わいながら進み続ける。何を踏み潰したのか、踏み潰した足の裏がどうなっているのか、考えてはならない。
全ては帰ってくるために。そして父に「ただいま」と一言、言うために。
途中酸が喉から競り上がり、焼けるような痛みを伴っても。
同じ仲間が、食い殺されても。
進み、進む。
こんな地獄、早く終われと願って。
⚪︎⚪︎⚪︎
「アニ・レオンハート」
静寂の中で鈴を鳴らすように、アニの耳に届いたその声。声の主は巨人化した彼女──女型の後方からだ。
先ほど壊滅状態にした、一部の右翼側の索敵。残り数名生き残っている人間もいたが、女型が奇行種と比較にならないレベルで不規則に暴れたことで、馬が暴れ全員落馬。あとは彼女が連れてきた巨人の群れのエサとなるため放っておいた。
ベルトルトの情報によれば、エレン含むリヴァイ班は右翼側に配置されている。
一人フードをかぶっている索敵の人間がおり、顔を確認するため最後に回していたが、途中仲間に頼まれ、事を伝えるべく去っていった。
そこで一瞬アニは疑問に感じた。最初視界に入れた時、フードの人間は目立つ白馬に乗っていたはずだ。栗毛が多い中、白い馬は中々珍しい。
落馬でもして咄嗟に乗り換えたのかと思いながら、彼女はフードの人物を追った。そしてその人物が乗っていた馬を発見し、逃げられないよう蹴り飛ばして、うなじを隠して辺りの気配を探ろうとしたのだ。
正しくその時、後方から声がかかったのである。
聞き覚えのある声に、アニは冷や汗を流し後ろを振り向く。
ちょうど女型の腰より少し上の部分の高さ。その位置に木の上に身を屈ませている人間がいる。
アニは一瞬殺そうと考え、身体を屈ませ手を伸ばす。しかしフードを取った人物と目が合い、動きを止めた。
「あなたと対話したい。できることなら手短に」
そう言い、女───アウラ・イェーガーは、
以前ブレードを収めた時とはレベルが異なる。マルコの一件の時、戦士らは人間であった。だが今アニは巨人化している。そしてそんな彼女が起こした殺戮を、フードをかぶっていたこの女は見ていたはずだ。
だのに対話を求めている異常性に、彼女は裏を感じ取った。一先ず立体機動装置がない以上、脅威とはなり得ない。
女型の肉体は木の上の女に背を向け、かしずく体勢を取った。そのうなじからアニは上半身だけ出し、アウラを睨め付ける。
「わぁ、そうやって出てくるんだ…」
「…何?三秒以内に言わないと、両手足だけ潰して放置するよ」
「あ、この作戦は罠です」
「………は?」
「エルヴィン・スミスが壁内の裏切り者を見つけるために実行しているの。エレンは知性巨人を誘き寄せるための囮、このまま行くと君は捕縛されて……」
「ちょ、ちょっと待ちなよ」
「だから撤退して欲しい。ただ班ごとにエレンの位置がバラバラに伝えられている以上、右翼側から現れた女型の巨人に、内通者が「右翼側」と伝えられた班、それも新兵が怪しまれるからこのまま一旦不規則に動いて、撤退を──」
「………」
「うわっ」
アニは巨人体を動かし、アウラの肉体を掴んで前方へ移動させた。もちろんいつでも殺せるよう握ったままで。この際関わらないため殺さない、の心情は放棄している。
一応周囲に視線を探らせたが、人の気配はない。また周囲が森であることと屈んでいるため、姿は接近されなければ見えない。
「囮?捕縛?何言ってんだいあんた、殺すよ」
「う、嘘じゃないの、信じてもらえないかもしれないけど…」
「もしそれが本当だとして、私はあんたを信用も信頼もしない。というか私からは絶対関わらないって決めたんだ、接触してこないでくれ。それもこんな時に…」
「わ、私も本当なら協力しなかった。でもベルトルトくんに頼まれたの…!」
「……ムリ、信じられない。あいつは私やライナー以上に物事を冷静に考えられるし、アウラ・イェーガーと関わらないと戦士間で決めた以上、ベルトルトが破るとは思えない」
「理由はある。けれど、それについては彼じゃない私が告げられない」
「ベルトルトの理由を話せないならムリ、死んで」
「ッ……あ゛」
アウラの骨が、肉が、巨体な手に潰されるようにし悲鳴を上げる。ジワジワと与えらえるその痛みには、アニの苛立ちが込められていた。このままいけば、体の上と下が押し潰された勢いで離れ、二つを辛うじて繋ぐのは内臓のみになろう。
エレンが見たら、その勢いで本当に巨人を全て駆逐しちまいそうだ───そんな考えが、ぼんやりとアニの脳裏によぎる。
だが全ては父のため。
戦士を知る存在は、もっと早く殺しておくべきだったのだ。そうすればアニは女の内側を、異質さを知り、漠然とした恐怖に怯えることなどなかった。
そうだ、この女を殺して……、
────なんでも、何でもする。お兄さまに会えるなら。
(あっ…)
ジークに会うために、何でもできると言ったアウラ。
対しアニは、父に再び会うことを望んでいる。
彼女はベルトルトよりも、ライナーよりもアウラの言葉に心が揺さぶられていたのだ。だが認めたくはなかった。女の異常なまでのドロドロとした「愛」と、己が父に向ける感情が同じであると信じられなかったからだ。
だがどうだ、アニは父に会うためにどれだけの人間の命を犠牲にした?
壁内に来る前に力の操作の練習を兼ねた戦場で、殺した人間。
間接的ではあるが、ウォール・マリア陥落時呼び寄せた数多の巨人。
そして今も、索敵の人間を殺したばかりだ。
自分はアウラと違う?───否、同じだ。人を殺し、その上で己の目的にために殺す。
涙を一筋流す彼女に、アウラは血を吹きながら瞳を丸くする。驚きの仕草がどことなく、戦士長を思わせた。
「…わかった。罠があるのは頭に入れとく。でも作戦は中止しない」
「ゴホッ……危険よ」
「危険?ッハ、笑わせるじゃないか。命を失う覚悟なんてできてるよ。まだ死ぬわけにはいかないけど」
「なら、何で」
「
「………罠は巨大樹の森の中。位置的にもうすぐ着く」
「エレンの位置は、あんたなら知ってるんだろ」
「……………」
「知ってるけど言いたくない、って顔だね。まぁそりゃあ、私たちはあんたの弟を拉致ろうとしてるんだ、そこまでは協力できないってことか。…いや、ベルトルトが本当に関わっていたとして、あんたに協力する条件を持ち出すなら……」
きっとベルトルトはマーレへ彼女を連れて行くことと引き換えに、協力を望んだのだろう。
そも「アウラ・イェーガーとは関わらない」と決めておきながら、協力を持ち出した彼の理由とは何なのか。
アニの直感はどうも“戦士”の矜持から離れた理由があると告げている。決め事をしたのが兵士ではなく、戦士として、だったからということもある。後でベルトルトを絞めて話を聞き出そうと、アニは強く心に誓った。
ベルトルトもアウラではなく、ライナーに話せばよかったの………。
(あ、
どうやらボコるべきは他にもいるようである。ベルトルトは理由がありそれを一人で抱えていた。その上で恐らくライナーに話すことができず、追い込まれてアウラに話したのだ。この可能性が最も高い。
無論ブラコンイかれ女が独断で動き、口実として「ベルトルトが協力を申し出した」と述べている可能性もある。
だが今まで彼女が戦士と接触して来なかったことからも、基本的にアニたちが近づかなければ、向こうは不用意に関わりを持って来ない。
以前のマルコの件は偶然であったのだろうし、そもそも他にも人間がいる中、留まっていた戦士たちが迂闊だったと言える。むしろ見つけたのがアウラで幸いだったか。
別の人間──それこそ
一先ず右翼側を回る。ライナーやベルトルトも右翼側にいるため、彼らを危険に晒せば、疑いの目を緩められる可能性がある。
罠が巨大樹の森であるなら、囮のエレンは確実に内部へ入るだろう。であれば正面突破は危険である。
森の横から入り、エレンを狙う。隊の混乱と情報錯乱を招く必要があるため、女型が全体的に動き回らなければならないのは必須。しかし右翼から左翼側へ行く時間や、隊を混乱させた上でエレンを捕まえる余裕はない。
どの道巨大樹の森へ入ってからが、エレン奪取の肝となる。
不意打ちで罠を食らった場合流石に捕まってしまうが、あると分かっているなら話は別。アニの反射神経は女型でも十分発揮される。ゆえにいざという状況でも逃げられるだろう。それも“最終手段”を使わなくてもだ。
「アニちゃん」
アウラを立体機動装置が転がった上に戻し、巨人体の中に上半身を戻そうとしたアニに声がかけられる。
「調査兵団のマントをどこで手に入れたかわからないけど、その立体機動装置で…大丈夫なの?」
「マントはさっきの連中からかっぱらったよ。立体機動装置は……マルコの」
「あぁ、なるほどね。そういうこと」
「…知らないよ、あんた疑われても。
「他人の心配より自分の心配よ、アニちゃん」
「………思ったけどさ」
「?何かな」
巨人体の中に沈んでいくアニの身体。女を背にし、その身を戻す少女は仰反るようにし、下にいるアウラに顔を向ける。
「あんた
ベルトルトの協力(仮)を飲んだのも、恐らくは対価にジークと会えることを持ち出されたから。…否、アニの出現を彼女はわかっていた節があった。そう考えればベルトルトの協力要請はほぼ確実であろう。
兄のためなら、アウラ・イェーガーは何でもできる。
ベルトルトに大規模な壁外調査時、アニの出現を聞かされていた。その上で対話する時間を作るために
巨人を単独討伐できる女だ。その場で力を発揮していれば、索敵はもう少し機能したはず。煙弾ぐらいは送れただろう。まぁ下手に動けば、アニに殺されると考え、静観を選んだ部分もあるだろうが。
さらにアウラは戦士に向く疑惑の目をなるべく逸らすため、隊を混乱させるよう勧めた。仲間を殺せ、と言っているようなものだ。
エレン・イェーガーをイかれていると思っていたアニである。だが弟以上に、姉は狂っている。
それがベルトルトのように
でもきっと、アウラ・イェーガーは、「死んだ方がいい」存在であることは間違いない。
それはアニも、ベルトルトも、ライナーも当てはまる。
己がために他を殺す。殺すことができる。そんな人間は等しく死んだ方がいいのだ。それでも彼女は父と会うため、惨たらしく生きる。
────確かに私たちは悪魔だよ、マルコ。
涙が幾重にも、少女の瞳から溢れる。青い瞳は冷たく、機械的だ。
女型は咆哮し、走り出した。
このまま女は放っておく。馬が来ないまま死ぬかもしれないし、アニが誘き寄せる巨人に巻き込まれ、死ぬかもしれない。
(死んでくれ、できることなら。私も、他の人間も、誰も見ていない場所で)
地上に、女型が地を踏みしめる足音が響く。
ズシン、ズシンと、悪魔の行進。
その裏にこびり付く罪に、雛の心は揺らぎを見せなかった。
だが己が死ぬべきだと、皮肉げに思うのである。