第57回大規模壁外調査の作戦中、右翼側から14m級の巨人が突如出現。
一般的な巨人と違いその巨人は女性的な体格をしており、当初は奇行種と判断された。
この「女型」の巨人は右翼側の索敵を一部壊滅に追いやった後、右翼中央に入り込んだ。同時に女型が誘導させた巨人が他の右翼側の索敵と遭遇。被害はさらに増した。煙弾と伝達によって複数の巨人の襲来が、隊全体へと伝わっていくことになる。
それから間もなく、アルミン・アルレルトが女型の巨人と接触。彼はこの時、女型がうなじを狙おうとした兵士を
アルミンは女型が横スレスレを通った際落馬したが、殺されることはなかった。
「どうし…て……」
その後彼はライナーとジャンの二人と合流。女型を追い、馬を走らせた。ライナーが心配の声をかける中、アルミンは思考を巡らせる。
既に“奇行種”の煙弾を撃ったが、明らかにこの女型には他の巨人と一線を画す異質さが存在している。
巨人は人間を殺す際、そこに意図など存在しない。食うために食らう。
だが女型は
(でも僕は殺されなかった…何故だ?)
女型は現在右翼中央へと入り込み、前方に向かって進んでいる。何故彼は殺されなかったのか。今この時現れたことには意味があるはずなのだ。
考え込むアルミンに、ジャンは現在の状況を伝える。
「アルミン、右翼索敵が右翼後方から現れた大勢の巨人に襲われ、壊滅状態らしい」
「えっ…!?……女型も右翼索敵がいる方角から来た。でも女型の情報は来ていないよね、ジャン?」
「あぁ、こんな特徴あれば絶対伝わって来るっての」
「ということは、索敵の間をすり抜けて来たのか?…いや、そんなわけない。あり得るとすれば…」
女型が来た方角から奇行種を示す煙弾はなかった。となると、撃つ暇なく女型に殺された一部索敵がおり、その間を通ってきた可能性が高い。
また、右翼側に現れた無数の巨人と女型の関連性を見出し、アルミンの頭は「女型が巨人を率いて来た」という可能性に至る。これについては女型の前提が“知性巨人”ということもあり、可能性を飛躍的に上げている。
アルミンは、誰がどこに配置されているか全てを把握しているわけではない。知っていたとしても新兵である仲間の多少の位置くらいだ。しかし奪われた命があることに、歯噛みした。
その時、脳裏に疑問がよぎる。
(いや…待て。いくら何でも、流石に撃つ余裕ぐらいはあったはずだ)
それこそ女型が「殺す」意図をより明確に持って、行動に移さなければあり得ない。そこで彼の中に妙な
アルミンやジャンたちが殺されていない状況と、索敵が壊滅になったと考えた時、行き着く一つの思考。アルミン・アルレルトの頭脳は、一歩一歩、高速に前へ進んでいく。
(最初は殺していた。けれど今は恐らく僕らを泳がせていることを考えても、何か女型の中でこの作戦における目的───あるいは、行動指標が変わったと考えていいんじゃないか?索敵側に現れた無数の巨人を女型が誘導したと考えれば、現在の行動の理由は恐らく……隊を混乱させること…とか)
「アルミン、まずいんじゃないか?このままじゃ作戦中止もあり得るぞ?」
ライナーが難しい表情を浮かべる。三人は今女型の後を追従している形だ。このままだと前方の右翼人員とぶつかってしまう。なるべくなら止めるべきだ。
アルミンは立体戦術に乏しいが、二人…特にライナーは彼と打って変わり、その才能たるや、並の調査兵団の兵士より力があるだろう。
「そも女型はどこに向かってるんだよ…。アルミンはちと難しいが、俺とジャンなら足止めできるんじゃないか?」
「冗談よせよ、ライナー。あの速さ見りゃあわかんだろ…」
そうは言いつつ、ジャンは冷や汗を流しながら、真っ直ぐに女型を見つめている。
やるしかない、そんな意志が彼の様子から見てとれた。
アルミンは動こうとする二人に待ったをかけ、思考を巡らす。
女型の行動指標の変化。そこに何かきっかけがあったのは確かだ。しかしその原因がわからない。あの巨人が超大型や鎧の巨人の仲間であるのは間違いないだろう。
ゆえに敵側は、少なくとも三人。後二人の居場所は不明だが、調査兵団の兵士に紛れ込んでいる可能性は十分にある。その人間と接触し女型の行動が変わったのなら、理由が付きそうだ。
(………アニ)
一瞬アルミンの脳裏によぎる、マルコの立体機動装置。そしてそれを二体の巨人を殺した直後の検査で出した、アニ・レオンハートの姿。
未だこのことを誰にも伝えていない事実が、一番彼にとっては恐ろしい。己の仲間を疑いたくない、敵だと信じたくないというエゴのために、彼は今兵士として行ってはならない選択を取っている。
考える人ミンの横で、ライナーとジャンは女型の目的について話し合っていた。
そして冗談のつもりでジャンが言った「あの死に急ぎ野郎(エレン)の元じゃないか?」との言葉に、ライナーが驚愕の表情を浮かべる。あまりの豹変に、ジャンは瞠目した。
「だ、大丈夫かよ、ライナー?」
「あ、あぁ……」
ライナーは深く息を吐き、頭を押さえた。
斯様な状況だ。頭の一つや二つ、痛くもなるだろう。
「それ……あり得るんじゃないのか?エレンを殺すのが目的だったり」
「ハァ!?アイツを殺すって、そんなこと…」
「いや、十分あり得るだろ」
「なら尚更、あの女型を足止めしなくちゃいけないのかよ…」
「……なぁ、アルミンはどう思う?」
「えっ?」
咄嗟に顔を上げたアルミンの横にはナイスガイが。ライナーは、女型がエレンを狙っている可能性を伝える。
「女型がエレンを?じゃあ隊の混乱は、単純にエレンを探すためか…?でもエレンを狙うのがメインなら、邪魔な兵士は殺した方がよっぽど効率がいい。それこそ僕らを生かしている理由がわからない。やっぱり混乱がメイン───」
「おいアルミン……アルミン!」
「……あ、ごめん。エレンは確か作戦企画時の説明では、右翼前方辺りって言ってたよね?」
「「…え?」」
ライナーとジャンは顔を見合わす。どうやらアルミンとは違い、エレン含むリヴァイ班の位置はライナーなら「右翼側」、ジャンなら「左翼後方」と伝えられていたらしい。
明らかに不自然な話に、アルミンの前に“一つの道”が生じた。疑問を紐解いていくことで辿り着ける、この作戦のアンサー。
「じゃあエレンはどこにいるんだ?考えてみると、この作戦も不自然に感じるよな…」
「……多分わかったよ、僕」
「…!そいつは本当か、アルミン?」
「うん」
思考の早い二人に蚊帳の外へ追い出されている、ジャン・キルシュタイン。彼は彼で、黙ったまま女型を真っ直ぐに見つめている。
「エレンは恐らく最も安全な位置にいると思う。とすると、場所は中央後方辺りだ」
「なるほどな…いったいエルヴィン団長は何を考えてんだか…」
「わからない。でも僕らのはるか先を見据えているんだろうね。この作戦にも大きな意味があるんだろう」
右翼索敵の甚大な被害を伴い、さらにまだ増えるであろう犠牲の先で生まれる「結果」。
その事実はアルミンにとって残酷で、受け入れ難いもの。
疑う行為を、行うことができない。
彼はまだ、
一先ず敵の狙いがエレンということはわかった。
ジャンとライナーは協力し、女型の足止めに向かう。だが途中ジャンが女型にワイヤーを掴まれ、あわや握りつぶされんとした。その危機を救ったのはライナーである。
ジャンの身体を押し退け、女型の手の内に捕まったナイスガイは、その身体を徐々に女型に潰された。
ヒュッと、息を零したのはアルミン。
馬を諌めライナーの元へ向かった彼が見たのは、女型の瞳。青い瞳は冷たく、訓練兵時代体験した雪山での地獄の訓練よりも、凍てつく色を秘めている。ミシミシと軋んでいく、強靭なライナーの肉体。
明確な殺意が、女型から感じ取れた。
「ぐっ、…が、………アァ!!」
女型の親指がライナーの頭部を押し、あと少しで握りつぶさようとした手前、彼はブレードで握っていた指を切り刻むようにして脱出した。
痛みにうめきながらライナーは、二人に一旦撤退することを提案する。この場で一番強い人間が手負いとなり、ジャンとアルミンも頷いて逃げることになった。だがこの間三頭のうち二頭は混乱の最中、行方知れずに。
手負いのライナーにジャンが肩をかしながら走り、馬に乗っているアルミンも続いた。しかし彼の視線は、後方の女型へ注がれる。
(さっきは明確な殺気があった…けど、今は逃げる僕らを追って来ない。何故だ……?)
不可解な現状。再生する手を見つめた女型は、そのまま立ちすくんでいた。アルミンは眉を寄せながらも安全な場所へ逃げるべく、前を向き直りライナーに後ろに乗るよう告げた。
「すまん、アルミン」
「大丈夫だよ。僕こそ力になれなくてごめん…」
アルミンの後ろに乗ったライナーは二人が前方を向いている中、後ろを向きやる。
一瞬女型と目が合い、彼の背筋には薄ら寒いものが走った。
ゾワゾワと、まるで背中にムカデでも這い回っているような。
青い瞳が捉えているのは、
彼女の口角は、微かに上がっていた。だがその瞳の奥は、未だ凍てついた色を孕んでいたのである。
あんたを殺せなくて、残念だよ────そんな言葉が、聞こえてくるようだった。
⚪︎⚪︎⚪︎
女型の巨人と、複数の巨人が確認された後。
女型は右翼前方に向かい、隊を大きく混乱させた。
命令指揮を執るエルヴィン・スミスに従い、全体は右翼側の脅威から逃れるように左へ移動。撤退命令が出ない状況に、兵士たちはさらに混乱することになった。
そして行き着いたのは巨大樹の森。中央など一部を残し、左右の人員は森の外を回るようにして移動。その後は外側で待機。また巨人の迎撃態勢に。──とは言っても木の上で立ち、巨人を誘き寄せるだけであるため、間違えなければ命を落とすことはない。
対し中央後方、森に入ったリヴァイ班は、巨大樹の森へ入っていた。
エレンは森に入る手前聞いた「右翼索敵の壊滅」との口頭伝達に、右から何か来ている、と認識している。
彼だけでなく兵長以外のリヴァイ班が動揺を見せる中、
右翼索敵に大打撃を与えた巨人。14m級のその身体から放たれるスピードは、驚異の一言。
リヴァイ班の後方に現れた「女型」の巨人に他の増援が応戦する中、エレンは戦いを求める。しかしそれに兵長は首肯することなく、進み続けた。
最強の男はエレンに問う。力だけ持った、何も考えようとしていない少年に。そんな脳では、障害物を避けきれずそのまま死ぬのがオチだ。
考えなければならない。そして、最善を導き出さなければ、人はあっけなく死んでしまう。「生」に
既にエルヴィンから、エレンはヒントを得ているはずだ。
「考えろ、足りねェ頭にクソでも詰められたくなければな」
リヴァイ班のペトラやオルオたちは兵長の言葉を前に、冷静さを取り戻した。彼らの役目はエレン・イェーガーを、彼らの命を賭して守り抜くことである。
ただ一人まだ心を決められていないのはエレンのみ。戦わなければ、皆殺される。せっかく力を得た。エレンはかつて母の命をみすみす見逃し、姉と共に戦うこともできなかった弱い自分ではない。巨人の力さえあれば全て────、
「エレン」
手を噛もうとした少年に声をかけるのはペトラ。
その行為を咎めるように、再度「エレン」と声をかける。彼女の手には……否、彼女だけではない、オルオやエルド、グンタの手には、彼ら自身の歯形が刻まれている。
巨人化の力を恐れ、エレンさえも恐怖の対象と認識したリヴァイ班の面々。
彼らはしかして少年の心に触れ、自分の早計さを恥じ、戒めとして己の手を噛んだ。
即ちそれはエレンを信じよう、という彼らの意志の表れ。
「お前は間違っていない。俺一人であのバケモノに勝てるか否か……勝てるとも言いきれねぇし、負けるとも言いきれない。戦況においていつ何時、何が起こるのか、それは誰にだってわからない。あのエルヴィンでさえな」
「………兵、長」
「やりたければやれ。お前には
「……ッ」
エレンは一人一人、リヴァイ班の顔を見た。兵長の言葉とは反対に、皆彼を見つめ、「信じろ」と目で訴える。
後ろには増援を羽虫を潰すが如く殺す、
やらなければやられる、世界はいつだってそうだ。ミカサが誘拐犯に攫われた時や、母カルラが巨人に食われた時。
その手を血で汚すことで少年は少女を救い、対し何もしなければ、何もできなければ母は死んだ。
世界は残酷にできている。
でも、それでも。
「オレは……、信じます────ッ!!」
慟哭するように大声で叫んだエレン少年。
彼は一人で進むのではない、仲間と共に進むことを選んだ。そうして進み、彼らの行き先に現れたのは獲物を捕らえるための罠。
追い込まれたのはエレンたちではなく、
「え」
翡翠の瞳に映ったのは、その巨体が、跳躍する様。
女型は跳ぶ寸前、視界の横、木の裏に隠された特定の巨人を拘束するために生み出された、兵器の一部を見た。
積載されている樽の中には、七本の鉄の筒が敷き詰められており、その筒には矢尻を両端につけたワイヤーが螺旋状に内包されている。
その無数のワイヤーが特定の位置に入った獲物に発射されたが、辛うじて女型の右足に刺さるに留まる。
それに足を取られ一度地面に身体を打ち付けた女型。しかしすぐに体勢を立て直し、拘束を振り切り、前方を走る目標のターゲットへ向かった。
まさかの失敗に、場が混乱状態に陥る。作戦の指揮を担当するエルヴィンは異常事態に、エレンの防衛命令を出した。ゆっくりと世界が動く中、エルヴィンの脳内は急速に動く。
通常なら避けられないはずであった。敵が凄まじい速度で右翼側を移動していた通り、女型の運動機能は超大型や鎧と比較にならない力を持つ。
だがそれでも、確実に仕留められた。例えば予め罠があることを知っていなければ、避けられるはずがない。罠を認識したとしても、そこから跳躍するにはラグが起こる。
女型の先の跳躍は、前提として罠の情報がなければなし得ない、状況処理能力の速さであった。
元々作戦内容が敵側にバレていた?──否、であれば、今回はエレンの奪取を見送ったはずだ。敵はウォール・マリア陥落から、5年の時を経てトロスト区を襲撃した。これを鑑みても、慎重に動いているのは想像に難くない。
ならば敵が最初に襲撃した時点では、罠について知らなかったと考えるのが妥当である。
女型が現れたのは右翼側。よって情報を漏らした内通者は、右翼側の人間となる。
そも知性巨人=女型がエレンを狙うのは、巨人化する彼に何かしらの有用性、あるいは必要性を抱いているからだ。
シガンシナとトロスト区での一見似ているようで異なる相違点は一つ。巨人化する人間───エレン・イェーガーが現れたこと。そして、ウォール・ローゼの内門が破られなかったことからも、エレンの出現は敵にとって想像だにしないイレギュラーであった、と推測できる。
エルヴィンはこの時点で、エレン・イェーガーが巨人化できる情報を持っている人間を怪しみ、ソニー&ビーンの殺害の一件で、敵が兵団関係者にいることを確信した。
彼がその後、新兵勧誘式で“地下室”の存在や壁外調査の計画を訓練兵らに話したのも、敵に発破をかけるため。要は危機感を抱かせ、エレンを狙わせようと目論んだのである。此度の大規模壁外調査は、そのために作られた場であった。
その結果、実際に今まで確認された知性巨人と異なる個体が現れた。そしてその場所は右翼側から。これでエレンが左翼側だと伝えられていた人間はシロになる。
大方既にエルヴィンの中では、疑わしい人物は絞られているのだが。それも新兵勧誘式の前に。
トロスト区防衛戦の時、エレンが巨人化できることを知り、箝口令を敷かれたのは一部の者。
その中でエレンの巨人化をいち早く知ったのは、現場にいたミカサやアルミンなど、104期訓練兵の者たち。疑わしい者の中にはジャンやライナー、ベルトルトにアニもいた。
これに立体機動装置の検査の際アルミンがアニの件を話していれば、彼女は拘束され、今回の女型の襲撃は起こらなかった可能性が高い。
しかして間違いなくエルヴィンの意図を理解し、女型に罠の存在をこの作戦中に伝えた者はいる。
一斉に兵士がエレンを狙う女型へ向かう中、一人の少年の時が止まる。
ペトラたちが戦闘態勢に入る中、リヴァイの言葉がエレンの耳に入った。舌打ちし、戦力の薄さにぼやいた兵長の言葉にエレンはついと、尋ねたのだ。
姉はこの場に、いないのか────と。
この場とは、捕獲作戦が行われた場のこと。その場にはハンジなど主要人物がおり、巨人化できるエレンの元へ鼻息荒く彼女が訪れた時も、アウラはよく巨人について語る仲だと言っていた。その時ハンジと一夜を過ごした身(地獄)としては、姉が正気がどうか疑ったものだが。
そんな姉だからこそ、無意識にエレンは捕獲の場にいると思った。彼が気づかなかったエルヴィンの意図を、姉なら当然気づいていると考えていたことも理由に入る。
リヴァイは難しい顔をし、また一つ舌打ちを溢す。
「知らなかったのか」と、前置きして。
「アウラ・イェーガーは、右翼側索敵だ」
右翼側、索敵。
それはエレンが、「壊滅」と聞いた場所であった。
瞬間ドロリと少年の中で、何かが溶けた。
溢れた黒く粘着質なものは、少年の内側から溢れ、その狂気を現す。
リヴァイがその時目にした、少年の表情。
エレンは、笑っていた。
しかしその目は、悍ましいほどの殺意を孕んでいた。その狂気を向けられた女型は一瞬止まり、一歩身を引く。
「ころす」
巨大樹の森の中。
稲妻を落としたような眩い光が生まれ、バケモノの雄叫びが響いた。
エルヴィン+アルミン=どこに逃げ道があるっていうの?