ライナー曇らせ?…いや、曇らせお兄さまだ!   作:栗鼠

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カッチカチではない。

ハァァ〜〜ジーク……(アニメ77話感想)


ドーナツのようなこのカラダ

 ヒストリア・レイスは、孤独だった。

 

 幼い頃から小さな牧場を営む祖父母の手伝いをし、本を読んで、動物とたわむれ、夜は薄い毛布に包まり目をつむる。

 

 レイス家の妾の子として生まれた彼女は産みの親だけでなく、祖父母や周囲の人間からも疎まれていた。時折木の後ろに隠れ彼女を見つめてくる一人の男の子がいたが、ついぞ話すことはなかった。

 

 いつも友人は動物か、本の中の「クリスタ」という少女。その少女はいつも他の人を思いやっている優しい子。ぽっかりと空いたヒストリアの心を埋めるように、笑いかけてくれる。所詮は空想の友だちでしかなかったが、不思議とよく頭を撫でられていたような気がした。

 

 

 そんな彼女はある日から、「クリスタ・レンズ」として生きることになる。本の中の少女の名前を父親からもらった彼女は、地面を見つめた。

 

 赤い水たまり。夜風に吹かれ、かすかに漂う鉄の匂い。

 

 それは、母の死体だった。

 

 父と母と共に生きることになるはずだったが、母はコートと帽子をかぶった大人たちに殺された。父は共に暮らすことを撤回し、少女は別人として生きねばなくなった。詳しい大人の事情はヒストリアにはわからなかった。

 

 だが「ヒストリア」は死んだのだと、地面に染み込んだ赤黒い跡を見て感じた。

 

 

 

 それからクリスタは訓練兵団に入り、「優しい子」を努める。笑顔も、怒りも、涙も、何もかも、薄っぺらい上辺。しかし優しい彼女は皆から好意を持たれた。まさしく荒廃した世界に舞い降りた天使のように。

 

 ただ本当の彼女は無表情で、無感動だ。いつもどこか冷めた気持ちを抱き、終わることを望んでいた。

 

 親からマトモな愛情を得られなかった少女。彼女はやはり一人。───否。

 

 

「なぁ、お前…“()()()()”しようとしてるだろ」

 

 

 初めての友人。

「クリスタ」ではなく、「ヒストリア」の部分を見抜いて、自分に話しかけてくれる人間。

 

 その一言一言がクリスタを想っての言葉だとわかるからこそ、少女は「ユミル」を特別な人間と思うようになった。

 

 人を揶揄うのが好きで辛口なコメントが多いが、存外その多くは向けた相手の内面を的確に表しており、ユミルなりの優しさがこもっている。

 

 雪山で半ば死ぬ気で仲間を助けようとした一件や、訓練兵団を卒業し調査兵団になってからも、何度もユミルはクリスタを引っ張り、道に迷わぬよう進ませてきた。

 

 その温かい手に、彼女は甘んじていたのかもしれない。子供の頃から孤独だった心を埋めようと、まるで幼子が母に甘えるように。

 

 

 ずっとその手は離れないと思っていた。

 

 でも、離れた。

 

 

 

 ウドガルド城の一件の後、ライナーとベルトルトに誘拐されたユミルを追って、どうにか許可を取りクリスタは巨大樹の森へ向かった。

 

 そこで彼女は森の中で待ち伏せしていたユミルに攫われ、二人きりになった場所でうなじから出てきた彼女に、「もう一度だけ会いたかった」と告げられた。

 

()()()()()()って、何よユミル!あなたも一緒に…」

 

「いや、ダメなんだ。私は……私は、アイツらと一緒に行く」

 

「どうし、て?アイツらってライナーたちと?もしかして脅されてるの?だったら──」

 

「脅されてない。これは私の意志なんだ。…ごめんな、自分勝手で」

 

 ユミルは調査兵団の煙弾が上がったのを見た時、堪えきれなくなったと言う。

 きっとあのクリスタ(バカ)なら、自分を追ってきているだろう、と。

 

「……じゃあ、私も一緒に行く」

 

 そうクリスタが呟いた瞬間、ユミルの頓狂な声が響く。

「バカ野郎」と4、5回は言われた気がする。その顔はしかし嬉しそうで、悲しそうに歪んでいた。

 

 だがその直後けたたましい音が聞こえ、ユミルはそちらに視線を向け目を凝らすと、血相を変え巨人体に戻り走り出した。対しクリスタも相手の意思を無視し、ユミルの巨人体にアンカーをかけ、掴まった。

 

 

 それからはあっという間だ。

 

 エルヴィン・スミスが先回りし連れてきた巨人の群れと、鎧の巨人の衝突。その間エレンの奪取には成功したが、肝心のエレンが巨人化できずピンチになるなど、状況は芳しくなく。

 

 しかしてまるで神の御技のように、ハンネスの死を間近で見た少年の叫びに合わせ、無数の巨人がハンネスを殺した巨人に食らいかかった。

 

 

 その後駆逐モードの「悪・即・斬」なヌッ殺の矛先は、ライナーたちへ向いた。

 人間の姿であるにも関わらず、目を血走らせたエレンの姿に、戦士たちの肝は震え上がった。

 

 そして森から走り現場に追いついたユミルはライナーたちの援護に向かおうとし、クリスタに止められることになる。

 

「待ってユミル!!あなたはライナーたちの仲間じゃないんでしょ?どうして、どうして……っ」

 

『………』

 

 人間とは異なる黒い虹彩の中に浮かぶ白い瞳孔。その瞳はまっすぐにクリスタに向けられた。

 

 小さく微笑み、周囲をうろついていたカラ馬に少女を乗せたユミルは、金の髪を壊れものを扱うように、優しく撫でる。

 

 

ヒストリア(ヒスオリア) 私は(ワアシア) お前だけの(オマエアエノ) 味方だ(ミカタア)

 

 

 生きろ(イキオ)、そう続け、遠ざかっていくユミルの姿。

 クリスタ──ヒストリアがどんなに伸ばしても、その手が届くことはなく。

 

 彼女はエルヴィンの撤退命令を聞き側にきたコニーに手を引っ張られ、連れられていった。

 

 

 

 ウドガルド城にてユミルに「胸張って生きろ」と告げられ、一度は前向きに生きようとしたヒストリア。

 

 だが彼女のぽっかりと空いた穴を埋めていた温かな存在は目の前から消え、少女はまた寂しさに自分の身体を抱きしめることになる。

 

 新リヴァイ班に加入した後も孤独な心が埋まることはなかった。

 

 

 そして一日一日と時が過ぎていく中、エレンの硬質化の実験を行った夜起こった、ニック司祭の殺害。その事件は翌日ヒストリア含むリヴァイ班にも伝えられた。犯人は恐らく中央憲兵だろう、と。

 

 ニック司祭は壁の秘密を知る手がかりとなる人物として、「ヒストリア・レイス」の名前を調査兵団に教えた。ニック司祭の行動は王政への裏切り行為と言ってもいい。都合の悪い人間は始末される。このことに一番責任を感じたのは、情報を聞き出そうとする中で彼と関わることの多かったハンジ・ゾエであった。

 

 また話し合っていた最中、エルヴィンに伝達に行っていたハンジ班の「ニファ」という女兵士が、王政(中央)から『調査兵団の壁外調査の全面凍結』、およびエレン・イェーガー、ヒストリア・レイス二名の引き渡し命令が下ったことを話した。

 

 さらにエルヴィンの元に、ナイル・ドーク率いる憲兵団が訪れたとのこと。幽閉とまでは行かずとも、エルヴィンが迂闊に行動できなくなることは容易に想像できる。

 

 

 となると団長の指示なしで、調査兵団は動かなければいけない。

 

 エルヴィンのみならず、エレンやヒストリアたちがいた小屋にも武装した憲兵が訪れ、リヴァイ班はトロスト区へと移動することになる。

 

 現在王政方面へ向かうのは危険である。トロスト区ならば以前の襲撃の混乱がまだ残っており、身を隠すにはちょうど良いとされた。向かうのは、いざという時立体機動が活かせる街中。

 

 ちなみに一部の第四班はペトラとオルオがまだ手負いで戦力にならないため、待機となる二人の代わりに、リヴァイ班と行動。対しハンジやモブリットは、エルヴィンに付いているミケ班と合流することになった。

 

 

 その後変装をしたジャンとアルミンが、それぞれエレンとヒストリアの身代わりとなった。誘拐されたアルミン(ヒストリア変装)が、「ハァ…ハァ…」おじさんの尊い犠牲になりかけたのは余談だ。

 

 これは敵の目を身代わりに集中させ、その間に本物をこっそりと馬車で移動させる算段である。

 

 だがしかし、中央第一憲兵団の中でも厄介な魔の手が、彼らに襲いかかった。

 

 

 

 作戦の状況を考えながら、建物の上でニファと下の様子をうかがっていたリヴァイ。

 その時背後に感じた微かな衣擦れの音に、彼は反応した。

 

 銃声の音が届く一瞬前に、咄嗟に煙突の後ろに隠れた兵長。

 対しニファは足を撃たれ、うめきながら屋根を転がり、下に落ちる。

 

「……ッ!」

 

 背後でリヴァイに向かい近づいてくる気配。

 

 先ほどまでトロスト区に入ってから、中央憲兵にしては()()───と言うべきか、敵のやり方に違和感を感じていた兵長。中央憲兵が動いている上でこのような野犬を思わせる方法を取るならば、一つ、思い当たる節があった。

 

 昔の顔馴染みの男。リヴァイに()()()としての生き方を教えた、ニヒルな笑みが似合う野郎。

 

「おおっと、いけねェ。手が滑っちまったぜ」

 

 聞こえた声に、リヴァイは舌打ちを零した。気分で言えば死刑判決。しかしいくらでも地下街にいた頃、死にかけたことはある。

 

 相手の「手が滑った」という言葉に妙な引っかかりを覚えたものの、今は悠長に考えている暇はない。

 

 歯を剥き出しにし、喉元に食らいつく覚悟で、リヴァイはブレードを抜いた。瞬間彼のいる後ろ側の煙突にアンカーを付けた人物が、ガスを派手に噴出させながら宙を舞い、彼の正面に逆さまの状態で現れた。

 

「あれ、お前縮んだか?」

 

 仲間を傷つけられ灯った怒りの炎。その火が別の導火線に引火した。

 

 恩人でもある男に歯を剥き出しにして、リヴァイは吠える。

 

 

「ケニィィィ!!」

 

 

 狂犬と狂犬の、ぶつかり合いが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 時は過ぎ、トロスト区でリヴァイ班と一部のハンジ班が、中央第一憲兵団の「対人立体機動部隊」と戦闘に陥った日の夜。

 

 幸い兵士に死者は出なかったが、複数のメンバーが重軽傷を負った。調査兵団はブレードで接近戦に臨まなければならない反面、向こうは銃持ちの上、同じく立体機動を使う。対人に特化した一撃で兵士らは足や腕を撃たれ、戦闘不能にされた。

 

 エレンとヒストリアは守りきることができず、奪われてしまった。またその夜、憲兵団に依頼され、エレン誘拐に関わりリヴァイたちに捕まっていたリーブス商会の会長が、翌日になり何者かによって殺された、と推測された。

 

 断定できないのは、遺体が見つからなかったからである。

 

 

 リーブスはどの道依頼に失敗したため、憲兵に殺される運命にあった。ゆえにリヴァイたちの言葉を受け、寝返ることを決めた直後だった。

 

 朝発見されたのは、ディモ・リーブスがいた馬車の横に残されていた致死量の血。中央の仕業だろう、とリヴァイ班は考えた。

 

 さらに憲兵はこのリーブスの死を利用し、王政の引き渡し命令を回避するために調査兵団がおこなった自作自演である──とした。

 

 協力させたリーブスを口止めとして夜にこっそりと殺害し、遺体を破棄。実行犯はエレンと共に逃亡中。この首謀者がエルヴィンであるとし、同時に調査兵団全兵士の身柄拘束が行われることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 場所は変わり、とある一室。

 

「…ん?」

 

 いつの間にか眠っていたヒストリアは、ベッドの上で身体を起こした。

 視線をさまよわすと、窓の外は暗くなっており、星が出ていた。

 

「……エレン?それに…」

 

 口枷をされ、手足を縛られ床に転がっているエレン。しかし部屋にはもう一人いた。

 

 少女の眠たげな瞳が、自身と同じ色の瞳と合わさる。その人物に彼女は一度会ったことがあった。大きな手が伸び、ヒストリアの頭を優しく撫でる。温かい、手だ。

 

「おとう、さん?」

 

「そうだよ、ヒストリア」

 

 上半身を起こした少女の身体を、彼女の父───レイス卿が抱きしめる。

 ぼんやりとした頭で、彼女は夢うつつに抱きしめ返した。恰幅のいい身体は柔らかく、耳を胸元に近づければ、心臓の音が聞こえる。

 

「すまない、今までお前を一人にして……」

 

 何度も謝り、レイス卿は少女の背中をあやすように叩いた。

 ヒストリアの孤独の穴に、その温もりは毒なほど染み渡っていく。段々と視界が歪んでいき、少女は父の胸に顔を埋めた。

 

「いつもお前のことを考えていた。寂しい思いをさせた私を、どうか許しておくれ」

 

「ゆるす……いや、ちがう。私、怒ってない。お父さんがいてくれるだけで…いい」

 

「…ヒストリア」

 

「だから、だから……」

 

 

 ────もう私を、一人にしないで。

 

 そう続けようとした言葉は、上手く音にならなかった。ただ今、父に()()()()()()()()ことは、痛いほど感じる。

 

 

 ヒストリアはレイス家が真の王であることを伝えられた。

 そのために彼女の力が必要なことも。

 

 少女は手を引く父の顔を見て、呟く。掠れそうになる声を抑えて、一つ一つ音を紡いでいく。

 

 

「おとうさんは、私のことを愛してくださいますか?」

 

 

 それにロッドは目を丸くし、顔を歪めた。男の瞳から水滴が溢れ、「当たり前だ」と告げる。

 

「子を愛さぬ親などいない。私はお前を愛しているよ」

 

「でも母は…私を愛してくれませんでした」

 

「私がお前の母親と、同じだと思うかい?」

 

 ヒストリアは父を見つめた。大きな手が彼女の涙を拭う。

 

 温かい父。彼女のために泣き、優しく抱きしめてくれる。いつも無反応で、触れれば拒絶反応を起こした母とは違う。

 

「あの女性(ひと)はもしかしたら、父と違う生き物だったのかもしれない」とさえ、思えた。

 

 

 

「これが……「()」なんだ」

 

 

 

 しばし窓から差す月夜に当たりながら、抱きしめ合う親子。

 その様子を、翡翠の瞳がじっと見つめていた。


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