ライナー曇らせ?…いや、曇らせお兄さまだ!   作:栗鼠

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ロッド・レイスってまる子のお父さんと同じ声かよおおおおおお……!!

というか最近「斉Ψ」のアニメを見返していて、楠雄(リヴァイ)と燃堂(エルヴィン)という事実に震えている。小野Dどこに声帯持ってんだよ。ついでに明智(エレン)と窪谷須(ライ……おっふ)もいる。何なんだこの亜空間は。


赤裸々カーニバル

 結晶に覆われた洞窟。地上の光が入らぬその場所は、まるで昼のように明るく輝いていた。結晶そのものが発光しているのだ。広い空洞は上と支えるようにし、同じように結晶でできあがった大きな支柱が無数に存在する。

 

 その場所の階段を登った場所。さながら処刑台のような場所に、一人の少年が四肢と口を拘束されていた。

 

 

 少年の背後には真の王家の血を継ぐ二人の親子がいる。父親は娘に手を出すよううながすと、少女は息を呑み、ゆっくりと少年の背中に触れた。

 

 瞬間、少年と少女の身体に電流が走る。

 

 少女が見たのは、失っていた幼き頃の記憶。小さな牧場で母から愛されず、祖父母や周囲の人間から疎まれていた彼女。そんな少女に唯一接してくれた、長い黒髪をもつ美しい女性。その女性(ひと)こそ、腹違いであれど、ヒストリアを実の妹のように「愛」してくれた、フリーダ・レイスだった。

 

 しかしすでにフリーダがこの世にいないことを告げられ、ヒストリアは呆然とする。

 

 レイス卿は娘をなだめ、話を続ける。

 

 

「私の子供たちと妻は、ある男に殺されたのだ」

 

 そう言い男が見つめたのは、翡翠の瞳を濁らせたエレン。

 

 

 

「始祖」は王家の血を継ぐ者しか扱うことができず、継いだとしてもその思想は初代レイス王の“不戦の契り”によって縛られる。来るべき時に、滅びを受け入れんとして。

 

 対し王家ではないエルディア人では、たとえ「始祖」を得てもその力を使いこなすことはできない。

 

 しかしこの時王家の人間がいるのならば話は変わる。ロッドは一つの方法を、受け継がれるレイス家の知識の中で知り得ていた。

 

 

 例えるならエレンはリモコンで、王家の血を継ぐ人間が電池。

 電池を入れれば、リモコンが使える。この場合取り扱う側に該当する人間がおらず、リモコンを操作して機械を動かすことはできない。

 

 通常ならオフの「始祖」の力は、レイス家の人間との接触で、一時オンの状態に切り替わった。

 

 その中エレンが見たのは、自分ではない()()()()()

 

 

 子供たちやロッドらしき男を守るように前に立つ、黒髪の女性。

 

 その女性が自傷し、こちらに殴りかかってくる光景。

 

 そして巨人化したその女性の首を、引きちぎる大きな手。

 

 足にこびりついた子供の死体。

 

 燃える教会らしき建物。

 

 どこか見覚えのある長身の男が、こちらを振り返る姿。

 

 小さな手の上にあるカギ。

 

 そのカギを握り、驚いている幼い自分の姿と、視界の隅に映る注射器。

 

 巨人になった自分(オレ)

 

「オレ」が近づく。

 

「オレ」は、口を開いて。

 

 その瞳に映ったのは、父グリシャの姿。

 

 生気を無くした男は小さく呟く。

 

 

 

 ──────()みなさい、エレン。

 

 

 

 少年の瞳から、訳もわからず涙がこぼれた。

 

 レイス家の人間を父親が殺した。ロッドがヒストリアに語っている、王の力を奪った人間が、グリシャ・イェーガー。

 そしてその力を託されたのがエレン。

 

「進」まなければいけない、エレン・イェーガーは。

 

 だがそれは果たして、犠牲の上に成り立ってよいものなのか。

 

 エレンに人類の未来を託し、死んでいった兵士たち。ストヘス区の例を挙げれば、関係のない民間人も亡くなっている。死体で築かれた山の上から望む景色は、決していいものではない。鼻腔は常に鉄くさい匂いで満たされ、身体には他人の肉と血潮がこびり付く。

 

 

 ベルトルトやライナー、アニに利用された姉の一件を受け、これまでどうにか堪えていた十字架の重さ。それにとうとう限界が来た。

 

 アウラ・イェーガーは弟を守るため、敵に加担し人類への反逆行為をおこなった。現在は憲兵団に隔離され、治療が進んでいると聞く。

 

 だが本当に無事であるとは思えない。エレンは兵法会議において、憲兵団に解剖のち、処分の案を出されている。非人道的な行いが姉に及んでいないと考えるのは、難しい話だった。

 

 アウラは拷問を受け、情報を吐かされているかもしれない。もしかしたら、ニック司祭のように殺されている可能性も。

 

 恐ろしい考えを抱きながら、それでもエレンは堪えた。

 

 感情を抑え、ウォール・マリア奪還を目指し硬質化実験を行う。彼がムリをしているのは、妖怪パァン泥棒(サシャ・ブラウス)にまで伝わっていた。

 

 

(オレは、何のために進んでいるんだ?オレは……どれほどの人間を、犠牲にすれば………)

 

 

 会話をするロッドとヒストリアの声が、エレンの耳からだんだん遠ざかっていくような感覚。

 視界が歪み始め、少年は無性に吐き気を覚えた。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

「フリーダが巨人の力を使いこなすことができれば、この世の巨人を駆逐することもできただろう。その力はエレンの父、グリシャ・イェーガーに奪われてしまったが…」

 

 

 ロッドによって語られる、代々レイス家に受け継がれてきた巨人の力。その力によって三重の巨大な壁が作られ、壁内の人間の記憶は改ざんされた。

 

「さぁ、力をエレンから取り戻すんだ、ヒストリア」

 

 ロッドはカバンから取り出した注射器を、娘に握らせる。

 

 注射器の細い針先が、洞窟の清浄な輝きにより煌めいた。ヒストリアは息を吞み、針先に映る、小さな自分を見つめる。

 

 これを使えば、彼女は巨人になる。そうやって王の力は、レイス家に受け継がれてきた。先々代のロッドの弟ウーリから、フリーダ・レイスに受け継がれたように。ヒストリアは巨人化し、エレンを喰らう。仲間を、殺す。

 

 父親は彼女に求めている。自分を愛してくれる父の気持ちに報いたい。そして牧場に訪れ、彼女を本当の妹のように接し、微笑みかけてくれたフリーダを、取り戻したかった。

 

 王の力は「フリーダ(お姉ちゃん)」がこの世に残した、唯一のつながり。

 

 

「注射を打っても、巨人になった時の記憶はない。だから安心しなさい」

 

「……う、ん」

 

 震えるヒストリアの背を、ロッドが優しく撫でた、その時。

 ワイヤーの巻き取られる音が、洞窟内に響いた。

 

 

「ケニーか、どうした」

 

 

 レイス家親子の側に降り立ったのは、テンガロンハットの似合う長身痩躯の男。その両手には()()()()()()()()

 

 ケニーは少し焦った様子で、外の状況を説明した。

 

 

 

 曰く、調査兵団がクーデターを起こしたとのこと。

 

 王政を動かす中心人物たちと、同席する駐屯兵団や憲兵団のトップの前でエルヴィンへの判決が下る中、急転した事態。

 

 ちなみにエルヴィン・スミスは王政へのエレンの引き渡しの拒否や、ディモ・リーブスを利用しエレンを誘拐したように見せかけ、その罪を中央憲兵になすりつけようとした自作自演、およびディモ・リーブス殺害の罪を問われていた。

 

 これらの行いは、エレン・イェーガーの力を調査兵団の私物化するための行動であり、人類の脅威に十二分につながる行為である────と。

 

 そんなエルヴィンに科せられたのは死刑。

 

 

 だがしかしまるでタイミングを見計らったように、ウォール・ローゼが突破された、との情報が駐屯兵から入った。

 

 この時すでにエルヴィンとピクシス司令の間には、“仮”の協力関係があった。

 

 エルヴィンはディモ・リーブスの殺害の首謀者として連行される前、ピクシスと面会していたのである。

 

 この際真の王家の存在が「レイス家」であることが明かされ、真の王を即位させる計画をエルヴィンは伝えたのだ。レイス家が真の王家であったことは、ハンジらがニック司祭を殺した中央憲兵の人間を自白させることにより、得られた情報である。

 

 ピクシスはエルヴィンの提案に乗った。だが駐屯兵団のトップに立つ男は、調査兵団か王政か──ではなく、人類の命をどれだけ救えるか──を、選択の上で重要視する。

 

 先ほど“仮”の協力関係と言ったが、エルヴィンの作戦次第で、彼は十分王政側につく可能性もあった。人類の命がより多く、救えると判断したのなら。

 

 しかしてウォール・ローゼが突破された(嘘)との報告に、王政を動かす重鎮たちは、こぞってウォール・シーナの門を塞ぐ選択をとった。これは半数の人類の命を見殺しにすると、暗に言ったようなもの。

 

 これにてピクシスは完全に調査兵団側についた。

 

 

 対し憲兵団側は、王政の指示に従おうとした。ただここにも策士エルヴィンの手がすでに回っていたのである。

 

 エルヴィンの策にハマっていたのは、憲兵団団長ナイル・ドーク。彼は訓練兵時代、エルヴィンの同期でもあった。

 

 ナイルの家族はウォール・ローゼに住んでいる。王政に命令され、実行するか否かの最終決定を、憲兵団の行動を決めるのは、団長たる彼。

 ウォール・シーナの門を閉じれば、家族は死ぬ。

 

 

 ────選ぶのは誰だ。

 

 

 ナイルが捕まったかつての同胞にあった時、エルヴィン・スミスが語った内容。

 

 選ぶのはナイル・ドーク。

 王政に媚びへつらうのか、それとも家族───そして人類のため、行動を起こすのか。

 

 

 結果、内門を閉じることはできないと決定したナイル。

 

 調査兵団・駐屯兵団・憲兵団の三者が揃った。

 さらにまるで王政にトドメを刺すかにように現れたのは、ダリス・ザックレー総統。恐らくこの時、誰よりも一番「オラ、ワクワクすっぞ!」していた。

 

 総統殿もまた、王政をかつてから気嫌いしていた人物。

 

 この時王政の使えるコマは中央憲兵のみ。しかし大半がリヴァイ班の捕獲やレイス家の近衛に当たっており、待機していた兵士はザックレーが現れた時点で制圧済みだった。

 

 全てが王政の敵に回り、これにてクーデターが完了した。

 

 あとは攫われたヒストリア・レイスと、エレン・イェーガーを取り戻すのみ。彼らの奪還にはクーデターが成功し晴れて自由の身となった、調査兵団のリヴァイ班が動いた。

 

 王政府の重鎮たちの最後の命綱は、レイス家。エレンから力を取り戻し、記憶改ざんさえできれば勝機はある。

 毅然と、余裕の笑みを浮かべようとした彼らだった。

 

 しかしエレン奪還に備え、レイス家の守備に当たっている「対人制圧部隊」もまた、すでにどこぞのブラコン女の毒牙にかかっている。

 

 重鎮たちに待ち受けるのは、ワクワクおじさんの愉快痛快な拷問♡コースだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

「────ってわけだ。全兵団寝返って、王がニセモノであることがバレた。お偉い方も捕まっちまったし、急がねェとここにも人が来るぞ」

 

「わかった。君は対人制圧部隊とともに入り口の防備を固めてくれ」

 

「仰せのままに、王サマ」

 

 そう言い、半歩下がったケニーの視線がヒストリアに向く。

 憐れみを含んだ目で、「かわいそうになぁ」と彼は続けた。

 

「ヒストリア、お前はこれから巨人(バケモノ)になるんだ。父親が巨人になるのを怖がるからよぉ」

 

「……何を言っている、ケニー」

 

「何って、事実を言ってるまでだろ?あんたは弟や娘に運命を押しつけた」

 

「勘違いをするな。私には“使命”がある。だからこそ、私が継ぐわけにはいかんのだ」

 

 ロッドは娘を抱き寄せ、近づく男をまっすぐに見つめる。

 

 

「その“使命”ってのは何だ?ウーリやフリーダ、そしてヒストリアに押しつけてまでなさなければならないモンなのか?」

 

「神のために、神がこの世に再び現れることを祈る。ウーリが継承することを買って出たときに、私に託したのだ。『祈ってくれ』────と」

 

「ッハ、ウーリ(アイツ)のことだ。本来あんたが継承するものを、兄が恐れていることをわかっていたからこそ、代わりに継承したんだろうよ」

 

「私は、恐れてなどいない」

 

「恐れてねェだって?ウソ言え、お前ほどの怖がりはそういねぇさ。少なくとも弟や娘を見ていたあんたには、信心の裏にベッタリと、()()の心が透けて見えてたぜ」

 

 表情を崩さぬロッドに、その長い足で詰め寄るケニー。長いコンパスの前に立ち塞がったのは、ヒストリアだった。

 父を庇うように両手を広げ、顔をほぼ直角に上げて眉を吊りあげる。

 

「私は……私の運命を、私に託された使命を受け入れる。力を継承して、この世から巨人を駆逐する…!」

 

 それを聞き、ケニーは深いため息を吐き、頭を抑えた。

 まるで聞かん坊の子供に呆れる大人のように、首を振る。

 

「お前の答えはそれか、ヒストリア。この楽園のために、命を懸けると」

 

「そうよ」

 

「……つまんねぇ答えだな。期待はずれだ」

 

 カチャ、と音を立て、銃口の先が二人に向く。

 

 

「やはりお前は信頼ならないな、ケニー」

 

「何言ってんだ王サマ。俺の企みを知った上で、ずっと利用してたのはあんたの方だろ?“あのオハナシ”の件でどれほど俺が傷ついたことか。王の力を奪って、この世をひっくり返してやりたかったのによ」

 

「…あのお話って何?お父さん」

 

 ヒストリアが父に尋ねる。ロッドは娘に目をやり「アウラ・イェーガーの件だ」と話す。

 

 それにまた三人の後方で、上裸で拘束プレイな少年も反応した。口枷から唾液と共に、くぐもった声が漏れる。

 

「王サマに頼まれて尋問したが、あんたが聞いた以上の内容は得られなかったぜ。そこの弟くんには悪いが、()()()()()()()ものは、もう戻って来ねェよ」

 

「…そうか。それでお前はここからどう出るつもりだ。私を撃つのか?それともヒストリアを撃つのか?」

 

「そりゃあ決まってんだろ」

 

 

 一発の銃声が、洞窟内に響く。

 

 直後ロッドとヒストリアは、()()()()聞こえたうめき声に、視線を向けた。

 

 ケニーが撃ったのはエレン・イェーガー。右腕や腹、腰辺りから複数出血している少年に、親子の意識が向いている最中、一瞬のうちにヒストリアに近づいたケニーが注射器を持っていた彼女の腕を掴み、奪い取る。ロッドには足払いをかけ転ばせ、首根っこをつかんだ。

 

「散弾銃でちこっと痛いだろうが、これで負傷したエレンは巨人化できる。巨人化したロッド(コイツ)とエレン、どっちが勝つか試してみようじゃねぇか」

 

「お父さん!!」

 

「おっと、こっちに近づくなよヒストリア。さっきも言ったが俺が持ってるのは散弾銃だ。父親の頭をハチの巣みたいにしたくないだろ?」

 

「………ッ」

 

 ヒストリアは親の仇と言わんばかりにケニーを睨んだ。父と似た大きく青い瞳が、グツグツと煮えたぎる。

 その視線を受け流しながら、ケニーはロッドの頭に銃を当てつつ、顎でエレンを指す。

 

「巨人化できるはずなのに、そこで項垂れてるヤツに()()()()遺言くらい、聞いてやろうじゃねェか」

 

「……わか、った」

 

 

 口枷を外すよう言われたヒストリアは階段を登り、エレンの顔を持ち上げようとし、少年の膝下に目が向かった。

 

 ボトムスに転々と水が滴った跡があり、今もまた上から雫が落ちてくる。

 

 泣いている───そう気づいた彼女は、息を呑んだ。震える手で口枷を外し、一歩、後ろに下がる。

 

「エレン……どうして、どうして泣いてるの?それに…巨人化しないの?でないとあなたは、このままじゃ……」

 

「……ない」

 

「え?」

 

 

 ────オレは、いらない。

 

 

 多くのカバネの上で、成り立つ命。これからも少年の命は誰かの犠牲の上で存在し続ける。人類を救うという、大きな使命を伴って。

 進み続ける。それがエレン・イェーガーの運命。

 

 しかし少年は自分を、“普通”の人間だと感じている。

 

 ミカサのように、圧倒的な力はない。アルミンのように、窮地を乗り越える頭脳もない。母のように強く凛々しい心を持っているわけでもなく、父のように他人を殺してまで、進む強さもない。

 

 そして姉のように、大切な存在のために人類を裏切ってまで守ろうとする覚悟も、ない。

 

 

「オレは、“特別”なんかじゃなかった。これ以上犠牲を生まずに人類を救えるなら、オレは食われていい……。いや、食われるべきなんだ」

 

「………」

 

「殺して、くれ……()()()()()なんて………」

 

 静かに泣き始めたエレン。時折しゃくりあげ、それでも声を殺そうとする。

 

 その時ヒストリアが感じたのは悲しみではない。

 

 

 

 

 

「“こんなオレ”って、何よ」

 

 

 

 それは、──────「怒り」だ。

 

 

 

「エレンはいつだって、頑張ってきたじゃない」

 

「でも、オレは……」

 

「みんな、あなたに命を懸けた。それは同時に、人類のために捧げた行為でもある」

 

 青い瞳が、涙で歪むヒスイの瞳と合わさった。「けど」と弱音を吐く少年の頰を、ヒストリアは思いきり抓る。

 

 

「エレンのために命を捧げた人たちには、大切な人がいた。家族や友人、仲間────尊い存在を守るために、彼らは戦った」

 

 ヒストリアの脳裏にそばかすの少女の姿がよぎる。

 

 少女はいつだって、ヒストリアを守っていた。母親や祖父母にも大切にされなかった妾の子を、“特別”に想ってくれた。そんな少女をヒストリアもまたいつしか大切な友人として、“特別”に、想っていた。

 

 

 そうだ──そうであった。

 

 

 ヒストリア・レイスは、そばかすの少女の───ユミルの、“特別”な人間だ。

 

 “普通”じゃない人間なんていない。

 誰にだってその人を“特別”に想ってくれる人がいる。

 

 即ち生きているだけで、人は誰かの“特別”になるのだ。

 

 ヒストリアはそんなことも、忘れていた。

 ユミルの手が離れ、寂しさから、牧場にいた頃の愛されなかった少女に戻ろうとしていた。…否、あの時だって彼女は覚えていなかっただけで、フリーダから大切にされていた。

 

 

 

「あなたが“こんなオレ”なら、エレンに命を捧げた人たちはどうなるの?彼らの想いはどうなるの?────バカ言わないで!「こんなエレン」に、みんな命を懸けたわけじゃない。あなたが自分を卑下することは、彼らの犠牲にドロを塗ることに他ならない。他人があなたのことを罵倒しても、エレン自身が自分をバカにしちゃいけない…!!」

 

 

 

 ヒストリアもまた、同じだ。自分を卑下してはならない。

 ユミルに「胸張って生きろ」と言われた。

 

 胸を張って、前を見て、現実から逃げようとしてはいけない。

 

「いい子のクリスタ」はもういらない。()()()()()に生きるのではない。自分のために生きる。それが胸を張って生きることだ。

 

 

「でももう、オレ、生きたくない…」

 

「泣くなバカ!弱虫!!シスコン!!!つらくても「戦う」って決めたのなら、最後まで最後まで、あがいて生きろ!!それが犠牲の上で生きて、そして命を背負って戦う者の責任だ!!!」

 

「ねえさ、しんで、オレ、オレ………」

 

「私だって……私だってユミルがいなくなってつらい!!けど………それでも、生きなくちゃいけない。エレンがつらいなら、私が手を引っ張ってってやる!!」

 

「ヒス、トリア……」

 

「だから一緒に、前を向こう。歩くって決めたのなら、隣の誰かがいなくなっても、それでも進め。私たちは、自由なんだから」

 

「………う、っあ…」

 

「……ごめんエレン、あなたを犠牲にしようとして」

 

 ヒストリアはボロボロと涙をこぼす少年を抱きしめた。その場にいなかった一人の少女(セコム)が「ピクッ」と反応した気がしたが、気のせいだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「────ハハッ!!」

 

 

 感動的な少年少女の光景に、目尻にシワを作り、大笑いし始めた一人の男。

 ケニーは片手でロッドの首を軽く締めながら、ひとしきり笑った。ヒストリアは今日イチの鋭い眼光を向ける。

 

「いいね、いいねぇ。つまらねェなら殺していたが、()()()じゃねぇか、お嬢ちゃんよぉ」

 

「………は?」

 

「俺をちゃんと楽しませてくれたわけだ」

 

 

 いいぜ、認めてやる──と小声で呟いた部分は、ロッドにしか聞こえなかった。

 

 ケニーは銃をしまうと、ロッドを拘束したままヒストリアの下に落ちていたカバンから、エレンの拘束を外す鍵を取り出すよう告げる。

 

「それで外しといてやれ」

 

「え……えっ?」

 

「早く戻らねェと、ドチビが俺の仲間を殺しちまうかもしれねぇからな」

 

「どういう、こと……」

 

 そこでヒストリアは、ケニーがこの儀式の間に来た時、銃を持っていた違和感に気づいた。

 

 普通なら王の前だ。武器を持つなど許されないだろう。その後彼女やロッドに銃を突きつけたが、最初から抜いているのはおかしい。仮に武器を使うなら最初はしまっておいて、油断させる。

 

「まさか……!」

 

「お察しのとおり、姫さんを悪いヤツから助ける騎士(ナイト)が来てるってわけだ。一旦交戦になったが、どうにか態勢を崩させて、ヤツらが通れないよう途中の道で大アミを張ったわけよ」

 

「みん、なが…」

 

「安心しろ、殺してはねェ」

 

 多少負傷した兵士は出たが。殺しはしない代わりに、戦闘できぬよう人体の一部を狙う。その交戦で対人制圧部隊にも少なくない被害が出た。

 

「まぁ向こうも加減しているように見えたあたり、俺たちの意図に気づいているだろうな」

 

「……!ケニー貴様、まさか」

 

「あぁロッド、あんたのご想像通りだ。俺はしっかり、()()()()()()()と言っただろ?お前に尻尾を振る忠犬はもういない」

 

「…ウーリへの恩を忘れたか」

 

「アイツには感謝している。だがアイツが死んじまった時点で……いや、王家の力が無くなった時点で、俺がレイス家に従順でいる理由はなくなっていたさ」

 

「……お前のようなノラ犬を、あのトチ狂った弟が引き入れさえしなければ──」

 

「ウーリを、侮辱するなよ」

 

 一瞬銃を抜きかけたケニーは、娘の視線に気づき、手を止める。

 忌々しく舌打ちを一つこぼし、ロッドを拘束する首への圧を強めた。

 

「お前がこれからどうなるか、楽しみにしてろよ。聞きたいことが山ほどあるだろうからなぁ、特に調査兵団のヤツらは」

 

「ま、待って!」

 

「……ヒストリア、お前はコイツから娘や息子が殺された話について聞いたか?」

 

「?聞いたけれど…」

 

「じゃあよく考えてみるんだな。コイツが家族が死ぬ様子について語ったことと、()()()()()()()()()事実を踏まえてな」

 

「…?」

 

 首を傾げた少女から視線を外し、ケニーは帽子を深くかぶり直す。

 そして背を向け歩き出そうとした時、「あっ」とわざとらしい声を上げた。

 

 

「ヒストリア、何か勘違いしているらしいそのガキに言っといてくれ。───何で姉貴は生きてるのに、死んでると思い込んでるのか、ってな」

 

 

 エレンとヒストリアの「えっ?」という声がハモる。ロッドもまた二人と同じ解釈だったのか、瞳を丸くする。

 

 ニヒルな笑みを作った男は、ロッドの両手を後ろに拘束させ、そのまま去って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 これにて一件落着に思えた──が、しかし。

 

 

 ケニーのいない間に、対人制圧部隊が味方(こちら)側ではないか──と、疑っていたハンジやリヴァイたち。

 

 トロスト区で一戦を交えてから、疑問はあった。それこそ「対人」戦に特化した部隊。そして王政の命により、人を殺してきた暗部でもある。

 

 だが死者が出なかったのは、明らかにおかしかった。この違和感にいの一番に気づいたのはリヴァイ。かつて『切り裂きケニー』と謳われた男にしては、生ぬるいやり方であると。

 

 リヴァイと戦った時は、お互い本気だったが。

 

 

 またディモ・リーブスの件に関してもだ。

 

 殺すなら、わざわざ遺体を回収する必要はなかったはずだ。のちにリーブスの殺害を、調査兵団の仕業であることに仕立て上げたことを踏まえても、遺体があった方が民衆に悪感情を抱かせることができた。

 

 この殺害の犯人は中央憲兵であることに違いない。

 

 だが本当にディモ・リーブスが殺されたかどうかは怪しい。

 

 彼が殺害された夜、その息子が現場近くの路地裏でムスコをさらし、立ちションしていたことは判明している。調査兵団の窮地を救おうと、ハンジやミケたちが動いていた中、彼らは「中央に殺される」と怯えていたリーブスの息子と接触することができたのだ。

 

 息子はその際殴るような音と、「ビチャッ」という音を聞いた。必死に声を抑え、出しっぱなしのムスコを震わせて。

 

 ついで聞こえたのは現場にあったリーブスが使っていたものとは違う、荷馬車の音。内容はわからないものに男女の声が聞こえ、ドサッ、という音が聞こえた。遺体を載せた音であると、リーブスの息子は判断した。

 

 その後犯人と思われる二人も荷馬車に乗り込む気配がし、姿を消したのである。

 

 

 トロスト区での戦いを踏まえ、ディモ・リーブスを殺した───否、さらったのが対人制圧部隊である可能性を見出したのは、アルミン・アルレルト。

 

 それと同時に、もしかしたら彼らが味方であるかもしれない、と考えた。

 

 調査兵団とは異なり、憲兵団の内側は指揮系統が分かれる。ケニーという男の人間性を知るリヴァイは、王政に()()()()()()ができたのなら裏切る可能性もある、と言及した。

 

 

 それからエルヴィンのクーデターが成功し、エレンとヒストリアの救出に向かったリヴァイとハンジたち。対しミケ班はエルヴィンと合流するため、別れた。

 

 向かうはレイス領。そしてかつてその地の教会で起きた、レイス家の人間が強盗によって殺害された場所。

 

 この事件が五年前、それもウォール・マリアが破壊された日に起こったとなっては、むしろ怪しまない方がおかしい。

 

 

 そしてその場に着き、対人制圧部隊と戦闘になった調査兵団一行。

 

 相手の出方をうかがいながら一度戦った後、態勢を立て直した彼ら。出方を考えるハンジに手を挙げたのは恥しょ……智将アルレルト。内容は、敵の前で武装を外し対話を求める───という、驚きの方法だった。

 

 話に出るのはアルミン本人。彼はミカサの反対を押し切り、こう告げる。

 

 

「人には本当に、たたかう術しかないのかな?」

 

 

 アルミンは平和的な解決を望んだ。仮に話し合いの最中敵が銃を使ったのなら、その時は戦うしかない。

 

 だがエレンやヒストリアを救う上で血を見る可能性が少なくなるのなら、それに越したことはない、と。

 

 そしてアルミンは、洞窟を遮るように張られた大アミの前で対人制圧部隊の副リーダー、トラウテ・カーフェンと話し合いを行った。少年の覚悟と意志を尊重した彼女は、仲間に銃を下ろさせた。

 

 結果、彼ら(正確には隊長の意思に従っている)が、調査兵団側であることが判明する。

 

 だが事が終わるまでは、待ってほしい──とトラウテは語った。曰く今は隊長である男の、「お楽しみタイム」なのだと。

 

 

「あの人は気分を損ねると面倒なので、少し待っていてください。エレン・イェーガーと、ヒストリア・レイスを傷つけるつもりは最初からありませんから」

 

「お楽しみタイム…?」

 

 怪訝な表情を浮かべたアルミンの後方で、相手の様子を見ていたハンジとリヴァイたちが合流する。

 トラウテがため息を吐きながら、語った内容。

 

 

「───()に相応しいかどうか、見物するそうですよ」

 

 

 

 その後ロッドを拘束したケニーが合流し、ミカサと彼女の後を追ったアルミン、そして104期生のメンバー以外が、外へ出ることになる。

 

 セコム・アッカーマンはケニーから「二人は後で…」まで聞いたところで、重機機関車ばりの勢いで駆けていった。一瞬全員沈黙したが、何事もなかったように歩き出した。

 

 地下に続く扉から出た面々は教会に出る。そして外に出た際ケニーからハンジへと、ロッド・レイスの身柄は移された。

 

「あなたが真の王か…」

 

 そう呟いた彼女に腕を引かれるロッド。彼はリヴァイに噛みつかれそうになっている、かつての忠犬へと目を向けた。

 

 

 

「君は私を甘く見すぎだ、ケニー。お前が前に話を聞いていた時から、予定通りにいかない可能性は考えていた」

 

 

 

 そう言った瞬間ロッドは片手を懐に入れ、むき出しの注射器を手にする。咄嗟にハンジが注射器を持ったその手をはたき落とした。しかしその勢いでロッドは倒れ、地面に転がる。

 

 ちょうど彼の顔の位置は、割れた注射器の場所。

 

「あっ」

 

 ハンジの掠れた声が漏れた刹那、ロッドの肢体が光った。

 巨人の脊髄液を舐めとった男の身体は、瞬く間に巨大化していく。

 

 全員は急いでその場を離脱し、距離を取る。通常の巨人の大きさを遥かに超すロッドの巨人体は、その重みにより地下に広がる空間を壊し、沈む。

 

 圧倒的熱量によって周囲の木々を燃やすその光景は、まるで地獄の業火のようだった。

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