※始祖ユミルにまつわる進撃の核心をつくネタバレがあるので、苦手な方はご注意ください。個人的なネタバレ範囲はアニメ基準です。
夢の国の変態
暗闇の中、
「
彼女は得体の知れない『悪魔』と出会った。一見してムカデのような、気味の悪いそのヤロウは沈んでいく彼女の背に近づき、そして触れた。
瞬間、木々がアリのように見えるほどの巨大な巨人へと、彼女は姿を変える。『悪魔』と接触した彼女は、バケモノの力を手に入れた。
次の場面に変わると、少女から女性へと近づいたユミルが王の下にかしずく。圧倒的な力を手に入れたのだから、殺してしまえばいいものを。
踏み潰して、自身を虐げていた者たちの悲鳴を聞いていくのは、何とも心の踊る光景でしょう。
人の不幸は蜜の味。その悲劇を享受してこそ、「生」は花開く。私の場合は、だが。
ユミルはしかし、殺さなかった。王は彼女を“奴隷”と呼ぶ。
彼女は奴隷だった。力を手に入れても心に課せられた“奴隷”としての在り方は、彼女から自由を奪うのです。
長年支配されてきた人間の心は、容易く歪んでしまう。
そもそも狭い世界で生きてきた人間が急に世界が広いことを知ってしまったら、どう歩めばいいのかわからなくなってしまうのかもしれない。ゆえに後ろを向いて、これまで縛られてきた人生に奇妙な安心を覚え得るのかも…しれない。
「私」に彼女の心はわからないから結局、想像するしかない。
ユミルは橋などの建築に大きく貢献した。同時に多くの人間を殺した。すべて王の命令だ。
王は彼女に「*1ひひぃん」した。
王の命令に従って、ユミルはマーレを蹴散らした。巨大な巨人を前にして、機械文明に遠く及ばない重装歩兵の人間たち。見ろ、人がゴミのようだ。
「ひひぃん」の結果、子供も産まれた、三人だ。三人の娘たち。壁内の名前の元になった娘たちの名前。
激怒している私とは反対に、彼女は意外にも幸せそうだった。相変わらず喋ることはないけれど。治るはずの舌は、ずっとそのまま。“奴隷”であるから、舌を治さないのか。それとも治せないほど、彼女は“奴隷”であるのか。どちらにせよ、ユミルに舌はない。
欠けたその部分に魅入ってしまった私は、新しい性癖の扉でも開いてしまったのだろう。
彼女の最期はあっけない。
謀反を起こし、王を殺そうとした兵士が放った槍を受けて死ぬ。王を守るために。
なぜ助けたのだろう───と、私が悩み始めたところでいつもなら夢は終わる。
しかし今日は、まだ続くようだった。
「奴隷」と、ユミルを見て言い放った王。ユミルは瞳を閉じて、そのまま死んでいった。傷を治せるはずなのに、彼女は死んでいった。子供たちは彼女に走り寄って涙を流している。可愛らしい娘たちだ。
愛らしい娘たちはその後、口元を真っ赤にして、涙も流せず食べている。ユミルを食べている?ユミルは美味しいのだろうか。ユミルを食べている。
皮も、肉も、骨も、内臓も、髪も、目玉も、すべて娘たちの胃の中へ収まっていく。
いったい彼女が死んだというのに、私は誰の目線でこの夢を見ているのだろう。
不意に気配がして隣を見れば、少女の姿になったユミルが三人の娘と、その後ろで母親の遺体を食うように命令している王の姿を見ていた。
ユミルは憎悪も何も浮かべず、無表情にその光景を見ている。名前を呼んでも、彼女は反応しない。この彼女すら、ユミルの記憶なのかもしれない。手を握ろうとしても、触れることはできなかった。
変化のない表情の中で一滴だけ、蒼い瞳から涙がこぼれ落ちた。空の色だ。
王は、ユミルの死骸に
ユミルの力を娘たちが受け継いでいく。その娘たちは子を産んで、その力を永遠に引き継がせ続ける。王亡き後も、エルディアの君臨を。
ユミルが消えていく。私も消えていく。
次の場面は砂と柱の世界。そこで彼女は巨人を作っている。王の命令に従って、死んだ後も“奴隷”で居続ける。
彼女はなぜ王の命令に従い続けるのだろう。“奴隷”だからか?
しかし死んでまで従い続ける義理なんてない。私だったら転生して、ジークお兄さまを見つけ出して生涯ストーカーする。
『ユミルちゃん、教えてよ』
私の問いかけに、彼女は反応しない。せっせと砂をこねこねして、桶に入れた水を運んできて、またこねこねする。全ての巨人を作っているのが彼女であるなら、鬼畜すぎる労働環境だ。恐らくエレンの巨人もユミルが作っ────、
『お兄さまもこねこね♡してるの!!!??』
ユミルちゃん!!ユミルちゃん!!!あぁん無視しないでユミルちゃん!!!!ユミルちゃん!!!!!
その時、服の裾を引っ張られた。
よだれやら涙やら、他にも色々ビジョビジョになっている美女の横に、ユミルちゃんがいる。向こうにもこねこね中のユミルちゃんがいるんですがね?ということは、今隣にいるのは……本物のユミルちゃんということですね。
『お兄さまこねこねしてるの!!!??ねぇ、ねぇ!!!!!』
『………』
何だか無表情の中から読み取れる表情が、「そういう意味で見せてるんじゃないんだよなぁ…」と物語っている。
お兄さまこねこねを自慢するために見せてるんじゃないんですか?王───カール・フリッツが、娘たちにユミルちゃんを食べさせたというトンデモな内容があった気もしますが、大事なのはお兄さまこねこねの部分です。むしろ世界の真理はお兄さまこねこねです。断言できます。
お兄さまこねこね私もしたいです。させろ(豹変)
お構いなしに彼女の肩を掴んで揺すりますが、相変わらずユミルちゃんは無表情だった。
『いいなぁ…アウラちゃんに隠れてお兄さまこねこねしてたんだ。ふーん、そうですか、ふーん……』
傷ついたので、もう起きて現実に帰ります。ウォール・マリア奪還作戦ももうすぐであり、それまでに私は英気を養わなければならないのです。
『…帰れないんですねぇ』
当然か。この夢ないし記憶を見せているのは、ユミルだ。
彼女は私の脳内に、何をするのか尋ねてきた。どうせアウラちゃんのやることどころか、世界の全てがお見通しなクセに。反対に私はユミルちゃんが何を目的としているのかわからずじまい。
『
私の瞳が変わった、と話していた男。
ユミルちゃんが勝手に瞳を変えただけなのかもしれない。それこそケニーが私から、ウーリ・レイスの面影をより強く感じるように。
ただ「もしも」を考えてしまった。
エレンくんが今発症している年頃の男の子特有な、「俺には秘められた力が──」云々の話。
私は巨人の力を継承していないわけですし、本来ならあり得ない。しかし一つだけ過去を振り返って、不自然な点に思い至ってしまった。
それは私がウォール・マリアの時に、巨人におどり食いされた過去。
長年、お父さまの最高の最期を飾るバージンロードに手向けられた花束(私の死)かと思っていました。
そして最終的に、娘の死を見てお父さまの心はポッキリいったわけだ。
だがこれまでの展開を考えて、わざわざエレンくんが「始祖」の力を使っているように見せかけるのだったら、よっぽどフリーダをお父さまに食わせてエレンに「始祖」を継承させた方が、ユミルちゃんの苦労も減った。
その場合王家の血筋を引く私は、エレンくんと接触できなくなるのですが。触れかけたらユミルちゃんが現れて、私に「ステイ!」してくれればいい。
────というかそもそもの話、
一回目はお母さまの胃の中でドロドロに。二回目はおどり食いだ。
一回目は胃に収まる前に意識が飛んだので、少々判定がし難い。しかし二回目は間違いなく絶命した。
ユミルちゃんに人を生き返らせる力があるのなら、それこそ彼女自身が生き返ることだってできるはずだ。
『教えて、ユミル大先生』
ユミル大先生は唇を尖らして私から視線を外し、口笛を吹いている。音が掠れて、あまり上手ではないその音。舌はなくても口笛は吹けるという、豆知識を得ました。ありがとう、先生。答えは教えてくれないそうですけど。
個人的には人が生き返るなんて話、信じられない。命をユミルが与えられるなら、彼女は神以上の何かだ。それこそ『悪魔』のヤロウのような。
人が決して及ばぬ領域。彼女は今なおカール・フリッツの“奴隷”として、存在しているようだ。
しかしユミルは人間だ。神でも悪魔でも、奴隷でもない。「フリッツ」の名前さえ、いらない。
ユミルは、ユミル。
それ以上でも、それ以下でもない。
仮に私が死んでいないとして、一度目に丸呑みにされた身体を治すことは可能なのだろうか。巨人化能力者も傷が治りますし、それくらいならばユミルちゃんもできそうに思える。
二度目は頭を最後に食われて絶命した。彼女はその、完全に死ぬ前の絶妙なタイミングを見計らい、私をこの砂と光の柱の世界に取り込んで修復したというのはどうだろう。
前提として修復するには、この世界でないとダメなはずだ。巨人化能力者と違って自動治癒は起こらない。ユミルがこの世界で巨人を作っていることを鑑みても、やはり彼女が私に手を加えるには現実では無理なのだと推測できる。
まぁ色々と考えて行き着くのは、やはり
ユミルちゃんが手を握ってきた。…ブンブン振っている。
彼女が私に良くしてくれる理由はわからないままとして、これまでのことを照らし合わせる。
わざわざフリーダを殺すようお父さまにお願いする、遠回りな方法を選んだ点。
ユミルたそにはエレン・イェーガーという存在が必要だ。そんなエレンくんに多数現れている、「始祖」の力の発動ポイント。やはりエレンくんに継がせた方がよっぽど都合がよかったでしょう。
ユミルちゃんはしかし「始祖」をエレンくんには渡さなかった。
ならばその始祖の力はユミルの元に戻ったのか。
これについては記憶改ざんの場面を見たので、確かだと思います。ただ、なぜ百年などかわいらしく感じる時間が経った頃に力を己の元に戻したのか、疑問が残る。
ユミルの目的が成就するのが間近なのだろうか。
それとも別の理由があったのか。
そして、私が復活したタイミング。私がおどり食いされた後にフリーダは殺された。ついでお父さまの精神崩壊シーンを見た後に、私は食われてから数日経って復活したのです。
一回目の時は、そう時間がかからず復活したようですし、二回目の時の不可思議な空白の時間が気になる。すぐに復活させれば、ユミルちゃんも記憶改ざんだなんだと忙しくはなかったはずだ。
お隣で繋いだ手をブンブンしているユミルちゃんの様子からして、長く一緒にいたいから引き止めていただけなのかもしれない。私も彼女を膝枕している時間は悪くなかった。何だかあったかいような、そのままその熱で溶けて混ざり合うような、不思議な感覚があった。それがどうにも私には、心地よかったらしい。
まぁ色々と話しましたが、結論はすでに出ている。
というより、実践済みである。
純粋な実践理由は、「瞳が変わったのなら、ワンチャンユミルたその力を使えるんじゃね?」という、不埒なものだった。どの結果でも囚われの美女になることはわかっていたからこそ、現状を打破するカギが欲しかった。
調査兵団がウォール・マリア奪還を目指すのは、ライナーやベルトルトたちも予想できるはずだ。彼らの狙いは「始祖の巨人」。
つまり巨人を一時であれ操った、エレン・イェーガー。
ユミルちゃんがエレンに手を貸したのも、後のウォール・マリア奪還作戦を見越してのことだったのかもしれない。
「始祖」を奪わなければならない戦士たちは、必ず訪れるエレンと調査兵団を待っている。
そして調査兵団もまた、敵の狙いがエレンであることがわかっている。ゆえにライナーたちがスタンバっているのを予想しているだろう。
お互い戦いを免れないのは理解しており、命懸けの争いとなる。
「始祖」の関わるこの戦いに戦士長たるジーク・イェーガーがいないはずがない。お兄さまが待っているその場所に私は絶対に行けないわけですから、生きていたって仕方ない。
もう十分待った。十八年も待った。赤ん坊が大人になる年月を耐えたのだ。お兄さまが会いに来てくれたのだから、今度は私が行く。会いに、行って………正直どうしてもらいたいのか、自分でもまだわからない。
けれど会いに行きます。
愛に、生きます。
そうしてこの窮地を脱するカギを探した私。
ケニーおじちゃんが再び現れるまで、本の紙で指を切ってみたり(自傷)、介護してくれる憲兵の肌に接触してみたり、念じてみたりしたが、特に変化はなく。
何がいけないのか考えた時ふと、ハンジ講座を思い出した。
彼女曰く、巨人化能力者が巨人化する際、自傷とは別に“目的”が必要なのだそうだ。薮からに「巨人化したい」と思うのではダメだ。大切なのは「何を」するために、巨人になるのかということ。
例えば「敵を倒す」であったり、「仲間を守る」であったり。
その“目的”の大小には大きな差がある。小さいものでは「スプーンを持つ」という意識でさえ、“目的”になり得てしまう。
これらはハンジがエレンくんを実験していた時に判明した内容である。
以上を踏まえ、私は“目的”をもった行動に変えた。
この“目的”は言わずもがな、「お兄さまとイチャイ………会うこと」である。
結果他人と接触した時、大きな変化が現れた。
バチッ、という頭の中に稲妻が落ちたような衝撃の後、歪に分かれる細い光の道のようなものをたどって見えた、「私」ではない他人の記憶。
その兵士の記憶をのぞく私は第三者視点である。しかして私の意識は、その人間の主観と同調している。私が私ではない感覚。その中に身を浸していると、私が誰なのか、わからなくなっていった。
私は「
呆然とする兵士に、咄嗟に“目的”の上で「忘れろ」と念じてその場は事なきを得た。
しかし身体は天地をひっくり返して激しく揺さぶっているような感覚。立つことはおろか、寝ることさえ出来ぬほどすべてが気持ち悪い。
外気に触れる肌も、瞼の裏と触れている眼球も、耳に入ってくる音も、動く心臓も、血液が流れる脈の感覚も、「私」という精神が身体の中に収まっている感覚も、何もかもが気色悪い。まだ全身にナメクジが這う方がよほどマシである。
そこから正気に戻るまでに、丸一日。
身体と精神が「私」に戻ってくるまでに数日かかった。
この鬼畜な症状は私が王家の血を引く点と、「不戦の契り」が影響しているのかもしれない。憶測にすぎないですけれど。
しかし勝機は見えた。果たしてユミルちゃんが力を貸してくれただけなのかもしれないが、それでも十分。
その後ケニーと再会し、王政がヒストリアとエレンの引き渡し命令を出した等の内容を聞いたのだ。
他人の記憶をのぞくことはできる。しかし連発はできない。すると「私」が私でなくなって、精神が
改ざんは微々たるものしかできない。それこそ壁内人類全てなんて、大掛かりなことは不可能だ。精々同時でも数名、それに部分的な何かを忘れさせることしかできない。これについても精神がドッと疲れる。
巨人化はできません。傷も治りません。というかお兄さまにつけてもらった傷を治すわけがないだろ。
やはり限定すぎる内容を考えて、私のこの力はユミルちゃんから
普通の人間では不可能だと思うので、おどり食いされた後にユミルに身体を少し弄られたのかもしれない。別に気にしませんがね。なぜ胸は大きくしてくれなかったんですか?
ハンジの面会を拒否していたのは、本当に体調が悪かったせいもある。でなければ、憲兵の兵士も流石に通すでしょう。
逆に言えばそれは、何度も私が力を試したことに他ならない。
此度の目的に必要な情報は得ている。
「眠りの姫」の居場所はウォール・ローゼ北のユトピア区の地下深く。
そして私の居場所は憲兵団の本部がある王都ミットラス。詰み案件かな?内門の憲兵の目をかい潜るのが至難の業ですね。
でもやるしかない。たとい無理ゲーであろうが、何だろうが。
『お兄さまに、会うんだから』
そう呟いた私の手が、強く握られた。
ブンブン振られていた勢いは収まって、碧い瞳が私をとらえている。普段無表情がデフォルトの彼女はうっすらと微笑んでいた。おっふ…こんなところに天使が。
『 』
パクパクと魚のように開いた口。そんな可愛らしい表情で『アウラ』なんて呼ばれたら私、まだ死にませんが死にます。
兎にも角にもユミルちゃんが嬉しそうなら、私も嬉しいです。
「私」はあなたとおなじになりたい。