ライナー曇らせ?…いや、曇らせお兄さまだ!   作:栗鼠

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感情がノって書いてると「私の主観、詰められすぎ…!?」と思い始めたこの頃。やっぱ理性的に落ち着いて書かなぁ…。でもそうなると理性でお前変態文書いてるの?って思われそうで……今更か。


3P

「君の大切なものは、父親か」

 

 

 そう言い、アウラ(悪魔)は微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 現実と夢の境界線。まるで一瞬のような、はたまた悠久の時を茫洋とした意識の中、彷徨っていたアニ・レオンハート。不思議と外にいる人の声だけは、聞こえていた。

 

 ところが突然彼女の意識はさらに奥へと引きずり込まれ、気づけば地平線まで続く砂と、光が柱を作りあげる奇妙な世界にいた。

 

 寝転がっていた彼女はそのまま、枝のように夜空に広がる無数の糸を眺めた。それはウネウネと、遥か遠くまで広がっている。その行き先がどこなのか、ぼんやりとした思考で手を伸ばす。そこで見覚えのある兵士服の袖が目に入った時、彼女は思い出した。自身がエレンとの戦いに負け、結晶化したことを。

 

「私は、いったいどうなって…」

 

 とうとう地獄にきてしまったのだろうか。静寂に包まれたこの世界は不思議と、地獄のようには思えない。反対に天国のようにも思えなかった。妙な安らぎを覚えてしまう自分に、アニは困惑する。

 

「え」

 

 その時。四肢を投げ出していた彼女の上に、誰かが覆いかぶさる。

 

 突如アニの上に跨ってきた人物は、彼女の顔の横に手をつく。作り物のように美しい顔立ちには見覚えがあった。ただし髪の長さは大きく変わっている。

 

 擦れ合う服の感触はまるで本物。現実であるかのように、情報の一つ一つがリアルに伝わる。

 

 

「アウラ、イェーガー……!?」

 

 

 少女漫画で幾度と繰り返されてきたシチュエーション。もしこれがベルトルトだったら、草食に見合わぬ強引さに思わずときめいてしまったかもしれない。

 

 ……と、例えに出したのがベルトルトということに気づいたアニの思考は、さらに停止する。

 

 女の顔は、すぐ側にまで迫っていた。

 我に返ったアニが足を曲げ腹を蹴り飛ばそうとした矢先、額同士が触れ合う。視界の隅に映る色素の濃い髪は頭上の光を受け、うっすらと金色に輝いた。

 

 

「少し、君を見せてね」

 

 

 瞬間、巨人化する時身体に流れるような衝撃がアニを襲う。悍ましい感覚がついで身体中に広がった。

 

 頭の中を、自分ではない誰かがのぞいている。痛みはない。だが麻酔をかけられた上で頭蓋骨を開かれ、脳味噌をいじっている様子を鏡越しに見せられているような───ともかく、ひたすらに気色が悪い。

 

 

 そして拷問に等しい時間を耐えている最中、アウラは彼女に微笑み、アニ・レオンハートの大切な人を言い当てた。世界を敵に回しても、アニにとっては代え難い人物。彼女が望まぬ道に進めさせた人物であれど、ぶっきらぼうな裏には確かな愛情が存在する。

 

「わたっ、しに……何をした!!」

 

 己の記憶をのぞいた犯人の胸元を突き飛ばし、上半身を起こしたアニは問い詰める。頭は未だジクジクとした気持ち悪さが残っていた。

 

 砂の上に盛大に尻餅をついたアウラはそのまま倒れ、両手で頭を抱えるようにし動かなくなる。聞こえる荒い息は、呼吸が儘になっていない。

 

 

「…大丈夫かい?」

 

 アニの問いかけに返答はない。女を突き飛ばした時に感じた軽さ。体格が優っているライナーをいとも容易くあしらえてしまうアニだからこそ、力任せに相手を押し退けた行動は彼女らしくなかった。

 であるというのに簡単に突き飛ばせたことには、理由がある。

 

 アウラのスカートから覗く脚は片方欠けている。残っている脚も、兵士らしからぬ細さだった。

 

 敵に協力したとして、幽閉されていたのは想像に容易い。だが仮に足を失うほどの非人道的な拷問が行われていたのだとしたら、思うところもある。

 

 ──いやその前に、疑問はたくさんあるのだが。

 

 

「…悪かったよ」

 

 アニは起き上がるのを手伝おうと、手を伸ばす。

 そして腕を掴み引き上げた時、顔を覆っていたアウラの片手が外れ、白銅色の瞳が長い前髪の隙間から垣間見えた。

 

 

 

「おにいしゃまぁ………♡」

 

 

 

 濁った瞳はグスグズに溶け、潤んだ側から涙が溢れている。しかしてその色は悲しみではない。もっと卑しく、妖しく、淫らな光景である。

 口元は半開きで唾液が糸を引き、艶めいた吐息が漏れている。これが男であったなら、美女が発情している姿に元気百倍(意味深)になっただろう。

 だが相手は女でしかもクール美少女。

 

 

 純粋にアニは、ドン引きした。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 変態の国から帰ってきたアウラは、己の痴態に頬を染めながら一つ咳払いする。いくら変態美女とて、我に返った時「うわっ……」という白い目で見られれば、羞恥が湧く。

 

 リスク覚悟でアニの記憶を覗いたまではよかった。他者の記憶に浸かるほど彼女の自己は「アウラ」から、その他者へと変わっていく。引き際を間違えればアウラが「アウラ」ではなくなってしまうということであり、連続して同様のことを行えば、いよいよ精神崩壊は免れなくなる。

 

 情報を得られるというメリットに対し、危険があまりにも多いこの能力。

 

 

 そのため最小限にアニの記憶の糸を辿っていたアウラは、「アニ」になりかけながら少女の父親の情報を得た。

 “戦士”にすべく厳しくアニを躾けた父親。少女の望まぬ道であったが、彼女は最終的に戦士となり、「始祖奪還計画」の大任を仰せつかった。

 

 そんな彼女に父親は、戦士の地位も名誉マーレ人の称号も捨てて帰ってくることを願った。厳しい父親が見せた涙。血の繋がらない親であったにも関わらず、そこには深い“愛情”があった。

 

 アニ・レオンハートの大切な存在が父親であると分かったアウラは、意識を戻そうとし、見てしまった。

 

 

 ────今日も訓練頑張ってるね、アニちゃん。

 

 

 兄だ。アニの隣に兄。

 

 瞬間、アニ色に染まっていた女の意識は「アウラ」になり、さらにメーターが吹っ切れた。

 

 マーレに住んでいた頃のグリシャの面影を色濃く残すジークの姿。かつてユミル大先生にボーナス支給してもらった時よりも、少し大人びた印象を受けた。

 

 眩い金髪も、麗しい青い瞳も何もかもが彼女の脳を破壊する。アニと同じ訓練中だったのか、額から流れる汗はさながら聖水の如し。

 

 アウラはこの時理解した。世界はジーク・イェーガーを中心に回っていると。いや、そんなことはジークが生まれる前から決まっていたことであり、彼女も周知の事実だった。

 兄がいるからこそ世界は成り立ち、逆にいない世界は無価値の存在である。

 

 ハレルヤ人々よ、この争いばかりの世界にはやはりジーク教が必要なのだ。

 

 

 そうしてアニに存在するジークの姿を追い戻ってきた時には、アウラは完全に()ってしまっていた。

 

 ビチョビチョの美女から距離を置くアニに、段々とその冷たい視線が羞恥から興奮に変わっていく変態(アウラ)。そして、変態の後ろからひょっこりと現れたユミル。

 

 同時刻、現実ではウォール・マリア奪還に向けて調査兵団が死地に赴く覚悟で暗闇に包まれたウォール・ローゼを進軍している中、この空間には例えようのないヌメついた空気が流れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 一通りアウラから事情を聞いたアニは、深いため息を吐き、状況を整理し始めた。

 

 

「つまり────まず、あんたの隣にいるのがユミル・フリッツで、「始祖の巨人」はユミルに戻っていて、あんたはその力を借りてさっき私の頭の中を見たと。…で、力を借りられる理由はアウラ・イェーガーが王家の人間であり、ユミルの寵愛を受けているから。それでこの世界は、全てのエルディア人が繋がっている“()”のような場所である……と」

 

「うん、理解してくれた?」

 

「バカ言わないで、全くできてないから」

 

 始祖の力がユミルに戻っていると言われた時点で、訳がわかっていない。

 

 何故力が戻ったのかアニが尋ねれば、「進撃」の前継承者であるグリシャ・イェーガーが始祖を継承していた人間を殺し、ユミルに戻ったのだという。

 しかもグリシャに殺すよう命じたのは、ユミル本人であると。

 

「何で力を自分に戻したんだ?というかあんたがその事をどうして知っているんだ」

 

「ユミルちゃんに()せてもらったり、教えてもらったからだよ」

 

「…あんた本当に王家の人間なのかい?そうなるとジーク・イェーガーも……」

 

「えぇ、思い当たる節はあるんじゃない?」

 

「………!!ジークの脊髄液ッ!」

 

「そ、アニちゃんの記憶の中でちょっと見たけど、お兄さまは巨人を操れる。お兄さまの脊髄液で巨人化するのは初めて知ったけど」

 

 

 飲みたいなぁ…と、続いたアウラの言葉。

 

 アニが知ったアウラ・イェーガーの本性。この女、彼女を見た百人中百人が「美人である」と認める美しさを持ちながら、とんでもない変態であった。

 現にアニの中にあるジークの記憶を覗いたらしい変態は、発情していた。

 

 アウラが現実で兄に並々ならない執着を見せている場面は多々あった。

 しかしてまさか、瞳に「♡」を浮かべるような本性などとは知りたくもなかった。

 

 

「そもそもどうしてあんたは始祖ユミルに似てるんだ?…いや、似てるってもんじゃない」

 

「それは私も知らないの。ユミルちゃんに聞いてみて」

 

 始祖様は現在アウラの膝の上で、銭湯上がりにマッサージチェアに座り「あ゛ぁ゛〜〜⤴︎」と声を震わす老人のようにくつろぎきっている。

 

 本当に、本当にこの少女がエルディア人の祖先(ルーツ)であるというのか。アニにはフリーダム少女にしか見えない。

 ただ一切変化のない表情は異様で、その部分だけは人間を超えた神か悪魔のように感じられた。

 

「あんたずっと「始祖」の居場所を知りながら、黙ってたってわけ?」

 

「逆に言う必要があったの?現実ではアニちゃんが眠り姫になった後ね、紆余曲折を経て、エレンが「始祖」であることになったんだ。中央王政に攫われたり、色々大変だったみたいよ。私は囚われの美女になっていたけどね」

 

「…………ライナーとベルトルトは?」

 

「無事だとは思うわ。あなたがエレン・イェーガーとストヘス区でドンパチやっていた時に、私やライナーくんが隔離されていた場所でも一悶着あったの」

 

「獣の巨人」の襲来に、右足を失ったアウラ。ウドガルド城での戦いや、ライナーたちのエレン誘拐事件。

 

 変態女が兄の巨人に、しかもジークの目の前で右足を食われたことをうっとりと語った時、アニは戦士長に心底同情を覚えた。普段は誰かを「かわいそう」などと思うことがないのにも関わらず、である。

 

 

「アニちゃん、それとね──」

 

 

 アウラは戦士候補生時代のジーク巡りをしていた中で、ユミルらしき人物がいなかったことを確認している。

 それについて尋ねられたアニは瞳を丸くし、黙り込んだ。

 

 曰く、始祖奪還計画に当たった戦士は元々四名だったらしい。その一人の「マルセル・ガリアード」という人物は、壁外を移動中ライナーをかばい、無垢の巨人に食われてしまった。

 その無垢の巨人が人に戻った姿が、おそらくユミルであるのだろうと、アニは推測した。

 

「アイツが、マルセルを食った巨人……」

 

「理由はわからないけれど、彼女はライナーたちと共にマーレへ向かった。戦士候補生に食われるのは目に見えているというのに」

 

「…取り敢えずベルトルトたちが無事だったのなら、それに越したことはない」

 

 アウラはアニを連れて、これからシガンシナ区で起こる調査兵団VS戦士の戦いに向かおうとしている。

 

 移動手段はこの“道”を通して肉体を転送し、巨人の体内から出てくるという、始祖の力をゴリ押しに使ったような方法。果たしてそんなことが可能なのか疑問であるが、アウラは何度かこの世界にお世話になっているという。

 

 具体的には二回。「楽園送り」にされた時と、「超大型巨人」がシガンシナ区を襲った時。

 死にかけた女は、巨人の体内に取り込まれ、肉体を修復して復活した。

 

 ユミルの寵愛を受ける者。女にべったりとくっ付いている始祖様の様子からして、寵愛は本当だろう。その理由は王家の血を引き継ぐ人間であるからか、それともユミルとアウラの容姿がそっくりであるからなのか。詳しくはわからない。

 

 

「私を連れて行ってどうする気?調査兵団に加勢しろっていうの?」

 

「連れて行くのはまぁ、君への恩を返すためかな。敢えて覗かなかったけれど、どうして私を庇うようなマネをしたの?」

 

「……何が?」

 

「ストヘス区の一件でアニ、君は私があなたたちに脅されていると語った。その理由を聞きたい」

 

「別に、ただの………免罪符だよ」

 

「免罪符?」

 

「生きるだけで地獄だった私は、死んでも地獄に行くのは決まってた。…だからだよ、少しでも救いを求めたっていいだろ」

 

「でも、君は死んでいない」

 

「………」

 

「それはどうして?」

 

 白銅色の瞳は、不思議な色へと変化した。夜空をかき集めて星をトッピングしたような、吸い込まれそうな幻惑的な色。思わず地面に手をつき体を前のめりにしたアニは、慌てて姿勢を戻す。

 

 

 理由は単純だ。

 生きたかった。ただ、それだけだ。

 

 

 

 

 

「───ふふ、私に付いてくれば、アニちゃんはマーレに帰れる。そうしたらお父さんに会えるよ」

 

「………」

 

「別にそのまま楽園に残りたいなら、残っててもいいよ。これはあくまで着せられた恩を返したい、謂わば私のエゴであるのだから。私はこのままジーク・イェーガーに会いに行く。ただし、結晶化しているあなたが今後元に戻れるという保証はないけれどね」

 

 戻れるなら、隙を窺い逃げているはずだ。しかしアニ・レオンハートが逃げたという情報は出ていない。

 当のアニにもエレンに殺される手前で結晶化したものの、戻れる算段はない。そもそも結晶化の中では彼女自身の意識がおぼつかない。受動的に入ってくる外界の音を、聞くばかりだ。

 

 

 このままでは、父に────。

 

 

 ずるい話である。アニの弱みを握った時点で、彼女の答えはわかっていたはずだ。

 だが同時にアニも、アウラ・イェーガーの重大な情報を手に入れている。

 

「始祖」の居場所(ユミル・フリッツに渡っているのなら、力を手に入れるにはその力を借りているアウラを食えばいいのかもしれない)に、彼女とジークが「フリッツ」の末裔である情報。特に後者に関してはジーク・イェーガーの特異な能力も相まって、信憑性が高い。

 

 だが、なぜわざわざ重大な情報を漏らしたのか。手っ取り早くアニを信じさせるための方法でもあるのだろうが。

 

 星の瞳はキラキラと輝きながら、アニ・レオンハートを捉える。

 瞬間薄ら寒いものが、彼女の背筋を這い回った。ドッドッドと、早まっていく心臓の音。

 

 

 

 

 

「君が付いてきてくれるなら、私はあなたを連れて行く。望まないのならばそのまま眠っていてもいい。しかし付いて来るのなら、一つ約束を守りなさい。

 

 私が話したことをマーレの上層部でも、仲間でも誰でもバラせば、お前の父親を殺す。お前も殺す。

 お前の父親をお前の前で殺して、お前を殺す。

 

 私がいないならバレないという話ではない。「道」はいつだって繋がっているのだから。隠し通せるなどと思うなよ。我々がエルディア人である限り、全てはこの場所へと帰結する。

 

 

 ────と、いうわけなんだけど、それを守った上で付いて来てくれるなら、私の手を取って。無論秘密をバラさないなら、それ以上のことは私からは求めない。戦争をしようが、パラディ島の人間を殺そうが、好きにするといい。

 

 お兄さまを害さないのなら、何でもしていいよ」

 

 

 

 微笑んだアウラ・イェーガーの瞳は、ドロドロとした白濁色に戻っていた。

 

 その妖しさは美貌を伴って、人間に厄災をもたらさんとする悪魔のようにも見える。その手を握るか否かは、アニの判断に決まる。

 彼女は一つ生唾を飲んで、おずおずと手を伸ばした。

 

 

「いいの?」

 

「……しょうがないだろ。私は、父に会いたいんだ」

 

「本当の、本当に?」

 

「…ッ、あんたが聞いたんだろ、しつこく聞き返さないで」

 

「ははぁ、じゃあよろしくね、アニたそ」

 

「あぁ…………アニ()()?」

 

「私のことはアウラちゃん、って呼んでね。呼び捨てでもいいよ」

 

 つい先ほどまで零下を下回る空気を放っていた女は、アニが呆然とするほど砕けた印象に変わった。

 彼女は細い手を握り、「…アウラ」と、小さく呟いたのだった。

 

 

 それから二人はユミルに連れられ城型の巨大滑り台をひとしきり滑り、一人の少女を除いて賢者タイムに入ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 そして、薄明るくなった現実で巨人のご開帳した腹から出てきた二人。

 

 憲兵の服を着ているアニに対し、アウラは何も着ていなかった。いつも身につけている白いバンダナだけは首元に絡まっている。

 

「………」

 

 どうしてユミルちゃん?──と、顔を覆うアウラ。

 アニはそっと、羽織っていた上着を全裸の変態にかぶせた。

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