ライナー曇らせ?…いや、曇らせお兄さまだ!   作:栗鼠

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ーーー果たして祈ったところでこの世界に救いはあるのだろうかと、誰かは、思わずにはいられなかった。


「どうか祈ってくれ」と、誰かが言った。

 シガンシナ区では内門に近づく「超大型巨人」が建物を手で弾き上げ、その熱によって燃える家々が落下する。エレンや104期生の面々は無事だったものの、「鎧の巨人」の側にいたハンジ班の安否は不明となった。

 

 対し、ウォール・マリア側では小型の巨人を倒すべく動いていた兵士たちに、岩───否、粉々に砕かれた石が襲った。「獣の巨人」は岩を手で砕き細かくしたものを投擲し始めたのだ。その速さと威力は銃弾の雨といってよい。

 

 これにより前方の家々は更地となり、戦っていた多くの兵士が死亡した。

 

 

 あえて小型の巨人が後方へほとんど攻め入って来なかったのも、「獣の巨人」の策であった。

 

 戦力になる兵士は前方で巨人の討伐に徹する。そこを狙えば調査兵団の戦力を大きく削ることができる。

 

 元々、前方・中央・後方と大まかに配置を命じられた兵士たち。

 

 残ったのは馬を誘導していた新兵に、彼らを含め馬を守備していたミケ班。また前方よりの中央で、前の班が取りこぼした巨人を狩っていた第五班(投擲攻撃が始まったあと、間一髪で後方に逃れた)。そして咄嗟に石の雨を避けたリヴァイに、後方で指示を出していたエルヴィンのみとなった。

 

 

「エルヴィンどうするんだ、先の投石でディルク班とクラース班が壊滅したぞ!!」

 

 

 団長に詰め寄るのはミケ・ザカリアス。

 

 兵長についで調査兵団のNo.2の実力を誇る男はなぜか、前線に出されず後方で馬と新兵の守備を任されていた。

 

 もっとも守る優先度の高い馬や、新兵にいざという時があった場合を考えれば、確かにミケほどの技量があれば心強いだろう。しかし守りは他の班でも十分担えたはずだ。

 

 長年エルヴィンの右腕を担っている彼はその判断に信頼を置いている。ゆえに、疑問は残りつつも指示に従っていた。

 

 エルヴィンはミケを横目に入れ、それから「獣の巨人」へと視線を移す。

 

「戦場において、不測の事態はいつでも起こりうる。だから戦力となる力は最後まで残しておきたかった」

 

「…ッ、お前は投石が広範囲に及ぶ可能性を考えていたのか!?」

 

「いや、予想がつかなかった。私の判断は間違っていただろうか、ミケ?」

 

「………」

 

 単純な投石攻撃であったのなら、まだ脅威は薄かった。しかし細かく砕かれた岩の恐ろしさは、前方の更地になった家々と兵士の死体を見れば痛感させられる。

 ミケは少しの間を置き、「お前は正しすぎるがゆえに恐ろしい」と、呟いた。

 

 

 

 打開策を僅かな時間で見出さねばならなくなった現状。

 

 まさしく、前門の虎うんぬん──を例えて『前門の獣、肛も……後門の超大型&鎧』と言ったところか。「四足歩行の巨人」は獣が投げやすい岩を集めており、今のところ大きな脅威ではない。しかしあの補給路がある限りは「獣の巨人」のピッチングが続く。

 

 壁を登りシガンシナ区に向かったところで、超大型が降らす炎の雨が待ち受けている。

 

 馬を使って散っても獣がひと叫びすれば、逃げた兵士を追って大型の巨人が動く。

 

 後方に下がる兵士たちは混乱し、特に新兵たちは身を縮こませ待ち受ける“死”に震えた。

 

 

 そんな中、団長のお前とエレンだけでも逃げるべきだ────と、エルヴィンに告げたのはリヴァイ。

 

 

 ここまで壁内人類を導いてきた“頭脳”と王家の力を持つエレンだけでも逃れれば、まだ人類の未来が完全に断たれることはない。

 

 それはリヴァイの、エルヴィンに生き残って欲しい、というエゴもあった。彼は本気でエルヴィン・スミスという男を認めている。その忠誠を誓う姿は、かつて王家の武家だったアッカーマン家の在り方と酷似している。

 愛から成り立つミカサよりも、友愛と信仰を同時に抱えたケニーよりも。

 

 ひょんなことから地下街という世界から、リヴァイを外の自由な世界へ導いた男。

 

 

 

「策は、ある」

 

 

 獣を見据えながら、エルヴィンは語った。

 

 リヴァイは男の青い瞳の奥に、深い感情を見出した気がした。

 

 ウォール・マリア奪還作戦の前から言葉と、さらに言外でも「お前はお山の大将よろしく、おとなしく待っていろ」と団長に脅しをかけていた兵長。彼は団長にある時期から、“死”の気配を感じていた。

 

 注射器を渡された時から、その気配は既にあった。何か根底的な部分が変わり、エルヴィンは己の死を覚悟するようになった。

 

 それはアウラ・イェーガーに感化された、一部の兵士の死地へ行進する姿よりも重く、血の匂いをまとっていた。

 

 エルヴィンが変わった時期を思い返した時ひとつ、思い当たる節があった。

 

 

「兵法会議」以前、しばらく時間が経ち一人の女に会った団長。

 

 軍旗を翻すが如く、一部の兵士を死地へ導かんとする旗手の女。

 血で濡れたその女の姿に団長もまた、毒されてしまったのだろう。それも誰よりも深く。

 

 失った兵士の想いを背負ってその清算を成し遂げるのは、もっとも美しくある姿なのかもしれない。

 

 しかしリヴァイはエルヴィン・スミスをここで、魂なき骸にするわけにはいかなかった。

 

 エルヴィンと場所を移動した彼は、座った男を見下ろす。普段見えることのない金髪のつむじがありありと窺えた。団長はリヴァイの揺らぐ心情を察した上で、自身の目的を話す。

 

 さながら今のエルヴィンは旗手を務めていた女から軍旗を託され、女に感化されなかった兵士までも常世へ誘う案内人のようだ。

 

 

「俺は、地下室に行きたかった」

 

 

 “外”の事情を独自で調べていたエルヴィンの父。その男は幼い息子に壁内人類が記憶を改ざんされている可能性を伝えた。そして息子が他の人間に話していたところを憲兵に目を付けられた結果、少年の父は死んだ。

 

 父親の死を招いたのは、エルヴィンであった。

 

 それから“外”の秘密を探ろうと、調査兵団に入り多くの仲間が死んでも、進み続けた彼。

 やがて団長にまで上り詰めた男はしかし、人類のためではなく、自分の目的のために進んでいる。

 

 だがそれもここで───とエルヴィンは続けようとして、口を噤む。

 

 

 アウラ・イェーガーは外の事実を知った上で、団長に語ることはなかった。仮に教えられていたら、その時すでにエルヴィン・スミスの歩みは止まっていただろう。そのあり得た未来を誰よりも自覚していたのはエルヴィン本人だ。

 

 だからこそ彼は自分の足で歩み、世界の真相を知らなければならない。

 

 そこまで考えた時エルヴィンの脳裏に過ぎったのは、死んだ仲間たちの姿である。

 

 悪夢に魘される時は大抵、仲間たちの死体が彼を見つめている。到底両手では足りない数の死体。

 

 そうして起きたあと自身に挨拶する兵士の姿を見た時、エルヴィンはその兵士が死体になる幻想を抱くのだ。いつかその兵士も無惨な姿へと変わり果てる。

 

 彼はそれでも進み続けている。

 進み続けて────、

 

 

 この世の秘密を知った後は、きっと、死ぬのだ。

 

 

 その時は、もう歩むことはできなくなるだろう。

 

 来るべき時、今まで死んでいった仲間たちの想いを晴らせずに?

 

 

 ──いや、違う。エルヴィンの自由は“この世の真実”だ、だが本当の自由は、もっと遥か先にある。壁内人類を滅ぼさんとする者たちと戦わなければならない。「戦士」を倒しても、戦いはまだ終わらない。

 

 背負った分の命は、最良の形で果たさなければならない。それはエルヴィンがこの世の真実を知ることで果たされるものではない。

 

 ならば彼の清算は、どのようにして果たされるのか?

 

 

 間違いなく己の命だと、エルヴィンは思っている。

 

 同時に“本当の自由”まで歩むことのできない自分の終わりは、必然的に彼の目的が達成する前になってしまうと。

 

 

 エルヴィン・スミスの中でこの時、「死」の覚悟ができあがった。

 

 

 無論、ウォール・マリア奪還作戦で命を消費せず戦いに勝つことができるのなら、彼は己の目的を果たした。しかしそれが難しい───彼の命を捧げねばならない時が来たのなら、進むしかないと。

 

 

 エルヴィンは、調()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、人類に勝利をもたらすべく戦う。

 

 

 

 

 

「リヴァイ、お前は突っ立っている巨人を伝って右側から「獣の巨人」を狙ってくれ。左側からはミケ班に「四足歩行の巨人」を狙わせる。お前ならば、狩りながらでも移動が可能だろう」

 

 対しミケたちは獣に気づかれないようにしつつ、「四足歩行の巨人」を死角から狙う。この場合通常の巨人は狩らない。

 

 サポートという立場は状況を見極める判断力や情報処理能力が必要であり、頭が利く可能性が高いと考え、慎重に行動すべきだろうとエルヴィンは作戦を立てた。このあとミケらにも作戦の詳細を伝えると。

 

 

「私は新兵に覚悟を決めさせる。先陣を切り、煙弾で獣から視界を奪いつつ、左右へ意識が向かぬように……」

 

 

 と、その時、エルヴィンの胸ぐらが掴まれた。

 その犯人たるリヴァイは燃え盛るような己の感情を飛び火させるように、青い瞳を睨んだ。尚も周囲では投石の音が響く。

 

「リヴァイお前にしか、「獣の巨人」は狩れない」

 

「………」

 

「頼んだぞ」

 

「………チッ」

 

 大きな舌打ちをこぼし、エルヴィンの胸ぐらを離した兵長は深く息を吐いて、その場にかしずく。

 太ももに置いた拳を握りしめ、団長を見上げる。「了解した、エルヴィン」と語り、続けた。

 

 

「俺が絶対に「獣の巨人」を倒す。お前は兵士を死地に導け、死んでも………死んだ後も」

 

 

 その言葉にエルヴィンは一瞬、安らかな表情を浮かべたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 一方、シガンシナ区にて。

 

「超大型巨人」の爆風に巻き込まれたハンジ班の安否は不明となっていた。彼らは一旦ベルトルトの登場によって態勢が崩れたものの、再度鎧にトドメを刺すべく動いていたのである。

 

 超大型の進行方向は内門。エレンたちがその歩みを止めなければ、エルヴィン側が獣と超大型の挟み撃ちにされる。

 

 一時、頭が真っ白になり指揮を執っていたアルミンは、ジャンへと判断を任せた。「鎧の巨人」を爆風に巻き込んでしまう以上、ベルトルトはまだ巨人化しないと考えていたのが仇となった。すでにライナーの命を繋ぐ策は取られていたのである。

 

 エレンが超大型に挑むものの、容易く蹴り飛ばされてしまい、内門に衝突して気絶してしまう。

 

 最悪の状態は続き、寵愛の元に蘇ったライナーも起き上がった。

 

 

 もう無理かと思われた時、アルミン・アルレルトは一つのことに気づく。それは時間を追うごとにスリムになる超大型の姿について。

 

 この着眼点が、アルミンに一つの勝機を見出させる。

 

 以前エレンの巨人化実験の中でハンジが推測していたこと。超大型は意図的に爆風を起こすことが可能であり、その熱量は言うまでもなく圧倒的。

 

 まず兵士が近寄れる温度ではなく、そも風圧によってワイヤーを付けることができない。

 

 

 ならばその爆風を生み出す熱は、どこから作られているのか。

 

 それはスリムになったボディから分かるとおり筋肉だ。超大型は筋肉の消費により、熱を生み出す。

 と、同時にその巨体ゆえ、燃費効率は九つの巨人の中でもトップクラスに悪い。

 

 ミカサたちにライナーを任せたアルミンは、内門の上で伸びているエレンの場所に向かい、人体のあるうなじにブレードを突き立てた。

 

 

 ウォール・マリア側で“死”へと進む一人の男のように、少年もまた“死”へと向かおうとしている。

 

 アルミン・アルレルトの夢。広大な、地平線まで続く青い塩の海。

 

 幼い頃エレンやミカサに語った夢を目指して、少年は進み続けてきた。きっとこの戦いに勝てば、海を見ることができる。

 

 だが彼が見たいのは海だけではない。本に載っていた「世界」を、彼は求めている。炎の海、氷の大地、砂の雪原………。

 

 

 少年の未知が満ち溢れた世界。

 

 世界は残酷なだけではない、美しくできていることを、彼は証明したいのだ。

 

 

 

 アルミンはエレンに起きるよう呼びかける。そしてかつて約束した海を見に行くこと、また作戦についても語る。

 

「超大型は筋肉を消費して動く。逆に言えば、大元の骨格は変わっていない。骨は消費していないんだ」

 

 アルミンは自ら超大型の骨にアンカーを突きつけ、ベルトルトの意識を引く囮になるという。

 

 さすればベルトルトはアルミンを振り落とそうと熱風を放つ。過去にライナーがエレンを攫おうとした際、巨人化したベルトルトが熱風を放ったとき動かなかったことを踏まえ、熱を生み出している間は動くことができないはずだ──とも、彼は続ける。

 

「熱風の間は僕らだけじゃない、ベルトルトも視界が悪くなる。エレンはその間に硬質化で巨人体を作り、蒸気に紛れて超大型のうなじを立体機動で討ち取ってくれ」

 

 僕の命はないけれど、と内心呟いたアルミン。

 

 

 お互い夢を追う者同士であるエルヴィンとの違いがあるならば、少年は誰かに背を押されずとも、自分の意思で最良の“死”を選択できる。

 

 夢以上にアルミンの心に浮かぶのは、エレンとミカサの姿。

 

 いじめられっ子だった彼を庇って戦う少年と、その少年がやり返された後に駆けつけて、いじめっ子を秒殺する少女。

 

 理不尽ないじめに遭いつつも、存在した幸せの日々。まだ五年前のことだというのに、アルミンには遠い昔のように感じられた。それは故郷たるシガンシナ区が寂れてしまったせいもあるだろう。

 

 

「ベルトルトの隙を作ることができれば、必ず作戦は成功する」

 

『………』

 

 大きな翡翠の目は、真っ直ぐにアルミンを捉える。

 エレンは身体を起こし肩の上に乗った友人を見つめ、小さく頷いた。

 

 

「エレン、ありがとう」

 

 

 兵士を地獄へ導く男の瞳が空を映すならば、熱の中へ飛び込もうとする少年の瞳は海を映す。

 

 血の色とは正反対の美しい色が、そこには存在した。

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