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人間を最も端的に表すのだとしたら、“奪う側”と“奪われる側”に分けられる。
武装した人が槍を用いて戦った時代。『ア××××』は、奪われる側の人間であった。
彼女には全く同じ容姿を持つ、もう一人の「自分」がいた。現代で言えばそれは双子というものであり、彼女ともう一人の「自分」は一卵性の双子。
どちらが姉で、どちらが妹であるか区別する事はさして大した問題ではないその昔。遺伝子的に同じである二人は、最初こそ同じように扱われた。
特異な点は分かれた卵子の一つが、後から遺伝子的な欠陥を起こしたこと。
その欠陥を起こして生まれたのが『××××ラ』だった。もう一人の「自分」と容姿は全く同じである。
しかし彼女の髪は色素が濃く、瞳は白内障のように白く濁っていた。ただし視力に関しては問題なく、普通の子どもと何ら変わりない。
その、精神さえ除けば。
もう一人の「自分」は、美しい金髪に蒼い瞳を持っていた。
『××ウ××』は、もう一人の「自分」が好きだった。透き通る金髪は太陽が姿を現しているようであり、蒼い瞳は雲ひとつない空のようだった。
彼女はもう一人の「自分」と比較して、もう一人の「自分」が“朝・昼“で“晴れ”なら、自身は“夜”で“曇り・雨”だと思っていた。
彼女の髪は色素が濃いから、夜。
瞳は雨を降らす、あるいは降らしている雲のような色であったから、曇りで雨。
二人がいれば、
だからより強く、『ア××××』は思った。
──────「
「ユミル」、それがもう一人の「自分」の名前だった。
『××××ラ』は本能的に、いつもユミルの中へ還りたがっていた。
母の胎の中で一つから二つへと分かれてしまった自分たち。
『××ウ××』の精神は決定的な何かの部分で壊れており、もう一人の「自分」への執着は並々ならなかった。
自分が還れば、ユミルは完璧になる。自分たちは一つになって、あるべき姿に戻る。
しかし分かれてしまった以上、戻ることは絶対にできない。だからこそ彼女の理想はユミルに食われて、「自分」の一部になることだった。
それが『ア××××』の幸せであり、「ユミル」の幸せであり、自分たちの幸せであると。
お互い物心がついた段階で、片時も離れずべったりと張りつくそんな『××××ラ』を、ユミルは煩わしく思っていた。
朝から晩まで、物理的にずっと付いてくる同じ顔をした存在。
オマケに常日頃「かえりたい」と言われる。
「たべて」とも。
そうしたら『××ウ××』と「ユミル」はあるべき「私」になれる───と。
ユミルだけでなく周囲はそんな彼女を見て、気味悪がった。両親でさえも、『ア××××』を遠ざけていた。
誰も彼女に近寄らない。そして彼女が引っ付いているユミルにも近寄らない。
ユミルが怒っても、蹴っても叩いても、彼女は嬉しそうに笑うだけで、またユミルに引っ付く。
『××××ラ』にいくら行動を起こしても意味がないとわかったユミルは、その存在を無視することに決めた。
『××ウ××』はこの世に存在しない。それは視界に映る木々のような風景の中のひとつであって、意識するだけ無駄であると。
その日からユミルは『ア××××』と話すこともなくなり、いつしか本当にいないものとして認識できるようになった。それから暫くして、「たべて」と言われることもなくなった。
しかし間もなく、運命の針が狂う。
上がるのは戦禍の火。村の家々が燃え盛る中、二人の少女は鎖に繋がれた。両親は殺され、『××××ラ』は舌を切られた。
他族から領土や人民を確保する略奪民族「エルディア」によって、奴隷にされた人間たち。その一人に『××ウ××』とユミルはなった。
『ア××××』は以降、その名前を略し『アウラ』と呼ばれるようになった。
奴隷を呼ぶのに、長い名前は不必要であるとして。
『アウラ』にとっては二人ぼっちの世界。
ユミルにとっては一人ぼっちの世界。
奴隷の中でも一段と幼かった彼女たちも、強制的に働かされる。
元からユミルしかいない『アウラ』の世界には変わったことはない。両親が死んだことに悲しみもしたし、舌を切られた痛みもあった。奴隷として働かされる毎日も苦痛である。けれどそれまでで、彼女の根幹を担うのはユミルへの回帰。
相変わらず彼女は言葉にせずともユミルへ還ることを願い、そんな彼女をユミルは無視し続けた。異様な二人に焼き払われた彼女たちの故郷の人間と同様、奴隷たちは二人に関わることをしなかった。
いや、誰も自分たちのことで手一杯な手前、他人に向ける思いやりの一つすらその中にはなかった。
あるのは陽が出てから暮れるまで働かされ続け、“人”としての尊厳が奪われていくだけの毎日である。
そしてある時、家畜である豚が逃げたと、王は奴隷たちの前で宣った。
逃したのは誰であるのか、名乗り出ぬのならその責任は奴隷たちの身体の一部を以てして償わせると。
柵を開けて放置したのが誰であるのか。『アウラ』は知っていた。もう一人の「自分」がその柵に手をかけるのを、一緒にいた彼女は見ていた。
なぜユミルが豚を逃すようなマネをしたのか、彼女は分からない。
──否、物心ついてからユミルが何を考えているのか、『アウラ』には一度も分からなかった。
もう一人の「自分」の中に還りたいと願えば、ユミルは怒る。蹴る。殴る。
それはユミルが彼女を食いたくないがための行動だと、思っていた。そこにユミルからの“
無視されるようになっても、これは“愛”の延長線上の行動であると。
だがそれが長く続き、『アウラ』はようやく気づいた。ユミルの無視は“愛”ゆえのものではないと。むしろ、彼女を嫌っているのだと。
二人が生まれた日。こっそりと一人花畑で作った二人分の白い冠。それを持って帰りユミルの頭に乗せた彼女。位置が悪かったのかそれは二人の間に落ち、そのままユミルは真っ直ぐに進み、『アウラ』とぶつかった。
よろけて倒れた彼女が見たものは踏まれて形の崩れた、白い花冠。
それから彼女はユミルに「たべて」とも言わなくなった。
何も言わず、ただ側に居続ける。「自分」と離れることは彼女にとって死と同義であり、一人で花冠を作ろうと行動した時も、内心ユミルがそばに居ないという事実が恐ろしかった。
『アウラ』はユミルの心を知りたい。ユミルに食われて一つになれば、きっとその気持ちを理解することができる。しかしユミルがそれを望まない以上、彼女はただ共にいることしかできない。
豚をユミルが逃した時もそうだ。その真意を理解できなかった。
けれど意味のないことを「自分」が行わないことは知っている。ユミルが『アウラ』を嫌いなことにも理由があった。であるなら、豚を逃したことにも理由がある。ましてや王の家畜を逃すなど重罪である。
それを理解しながらも行ったのなら、相応の理由がユミルに存在する。
だから『アウラ』は王の発言を聞いた後震えながら、手を上げた。
奴隷たちの中でも幼い二人。それも少年ではなくひ弱な少女。豚を逃した犯人がわからずとも、奴隷の中で最も価値の薄い存在。自分のかわいさ余っての行動ではなく、生きるだけで辛い人間たちが二人のうちどちらかを犯人に仕立て上げるのは、仕方のないことと言える。
ここで一つ踏まえることは、『アウラ』が奴隷にされる前から、村で不気味がられる原因となった発言を取らなくなったことである。
そのため同郷の者ではない大多数の奴隷たちの目には双子が、片方にいつも付いていく『アウラ』と、その片方を無視し続けるユミル───という光景に映る。
(舌を切られた奴隷たちはマトモな言葉を発せないため、情報を共有することがろくにできなかったことにも留意しておきたい)
ゆえに悪感情を抱かれやすかったのは、故郷と一転してユミルであった。
そのため仮に『アウラ』が手を挙げなければ、その手の多くがユミルに向けられていただろう。
王は手を挙げた『アウラ』を見て、告げる。
────
ずっと共にいた二人。片方の罪は、もう片方の罪であると。
すなわち『
その内容を告げられた時、『アウラ』は喜んだ。二人が同じ存在であると、王自ら認めてくれた。ついと笑ってしまった彼女の表情を、少し瞳を開けて見つめていたユミル。彼女はユミルが長らくぶりに自分を見てくれた事実に、さらに途方もない喜びを覚えた。
しかして同時に過ぎったのは、王への殺意である。
もう一人の「自分」を守ろうと、『アウラ』がとった行動は無為に帰した。
この時彼女は初めて、心から世界の理不尽を体感した。
二人に科せられたのは“自由”という名の追放。
『アウラ』は無気力なユミルの手を引っ張り、走り続ける。
追ってくるのは四足歩行の
ここでユミルを死なせるわけにはいかなかった。たとえ自分が死んでも、ユミルに食べてもらえず彼女の中に還ることや、あるべき姿の「私」になることができなくとも、それでも。
“愛”する人間を、守りたかった。
そして先に力尽きたのは、『アウラ』だった。
矢が何本も身体に突き刺さり、流れた血と痛みにより動けなくなる。その中でも大切な人の背を押し、生きてくれることを願った。
地に伏した『アウラ』。
ユミルは走って行く。
ユミルが走って行く。
ユミルは走って行って。
──────
ユミルの姿が消える。すぐ近くにまで、犬の足音と荒い息遣いが近づいていた。
全身が冷えて行く中『アウラ』は、仰向けになる。
脳を支配するのは自分でも形容しがたい感情。愛する「自分」に生きてほしいと願う傍ら、とめどなく溢れる涙。
見てくれなかった。王に追放を告げられた時、ユミルは見てくれたはずであるのに。
ずっと抱き続けていた自分の愛情がようやく伝わったのだと、彼女は思っていた。しかし違かった。
最後までユミルは『アウラ』を見ず。
そんなユミルの心を、『アウラ』は理解することができなかった。
大声で泣く力もなく、冷たくなる身体を享受するばかりの心。
空に広がるのは青い空。
その色の中に、『アウラ』は「自分」の色を幻視した。
世界はかくも残酷であるがしかし、「自分」の、ユミルの色を持っている。美しいと、思った。
『×××××』は────『アウラ』は、生まれてからずっと不良品で。
もう一人の「
ユミルの中へ帰りあるべき「私」になることを望んだのである。欠けていたからこそ、ユミルの中へ戻ろうとした。
彼女は最期に、青い空に手を伸ばす。遠く届かないその色へ、
彼女はそして意識を失いながら、その肢体を犬に噛みちぎられ、絶命した。
最期にユミルに見てもらいたかったと。
そして死んだその意識は、暗い暗い深淵へと誘われたのである。
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そこは、尾を咥えた回遊魚が司る深淵。
或いは人の魂。或いは人間たちの感情。そういった実体として存在しない「無機質」が沈殿する場所には、裸の女たちの死体が積み重なっている。白い肌は闇の中で浮かび上がり、地平線を形作っていた。
それは年齢の違いはあれ、全て同じ人間の死体。
闇に包まれた空の上で回るその回遊魚は、尾から口を離し、死体の山の上に佇む女の顔を咥え込んでいた。そこから回遊魚が口を離すと、口を開けたまま涙を流す女の顔が露わになる。
────「ユミル」 カクしてた
その言葉が、女の脳内に届く。
普段は女と交わることがない回遊魚の世界。それは
────ツゴウのいいところだけ ミせる 『×××××』のブブン カクす
女が目覚めたところで、この場所についても、回遊魚についても、思い出すことはない。残るのは女がこの世界へ回帰する理由となった記憶だけ。すなわち先程女が見ていた「アウラ」の記憶だけ。
矢を射られ、犬のエサになった女はこの世界に回遊魚の意思によって
もう一度だけ、
願った。願ってしまった。
そして、回遊魚はその願いを聞き入れる。
彼女が『
回遊魚の腹の中に入った彼女は、その中で延々とグルグルと回り続けたのである。
殺されて死に、生きて、殺されて死に、生きて、殺されて死ぬ………。
回遊魚のエサ。それは人の
それこそ「人の不幸は蜜の味」を表すかのように、甘い蜜を回遊魚は彼女が壊れ続けても吸った。彼女の悲劇を、人間の悲劇をオカズに。
この世界では壊れることに果てはない。死ねば壊れた体をこの世界に捨て、新しい体を得て戻り、死ねばまた戻るのだから。唯一変わらないのはその精神だけ。壊れ続けた心はやがて自分が壊れていることすら理解できず、最初の目的を忘れただ生き続けることになる。
どれほど長い時間を得て、『×××××』が元の世界にたどり着いたのか、蜜を啜っていた回遊魚でさえわからない。
というより時間の感覚など、回遊魚にはないのかもしれない。
ソイツは例えるなら、人間を超越した存在。
神に近しいユミルをも超える、何か。
回遊魚は女から離れると、また空を回り出す。
これから待ち受けるメインディッシュを、今か今かと待ち望むのである。
有象無象の何かが生じては消え、また生じては消えていた太古の昔。「無機質」な世界を見出した回遊魚がそこに移った後。それは変化を繰り返す世界で、唯一生き残った「有機物」の源となる。
それは人が、「生命」と呼ぶものであった。
アウラ「( ˘ω˘ )」
ジーク「( ˘ω˘ )」
エレン「( ˘ω˘ )」
ユミル「( ˘ω˘ )zzz」
ブレオダ初回にサシャが来て爆笑せざるを得なかった。
そしてパンも盗まれた。私の情緒をどこまで壊す気なんだサシャ・ブラウス……?(有無を言わさず推しチーム)
ジーク・イェーガー実装はまだですか?