ライナー曇らせ?…いや、曇らせお兄さまだ!   作:栗鼠

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アニのメイドに鼻の下伸ばしてたらまさかの我らが女神が来ました。10連のその中にユミルが二人いたんで、「あぁ……」と察した。そして高級な肉を用意したら、イモ食ってる教官の横でコソコソと肉を食らう少女の影があったそうな……。

結論:ブレオダたのちい。

改善点としては早くジーク・イェーガーを隔離したいし、獣の巨人を狩りたいですね(アウラ脳)


ぽぽぽーぽ・ぽーぽぽぅ

 雲一つない空。

 

 マーレに来てから一ヶ月、外に出ていなかったアウラはジークに促され、車いすで移動しながら外の物を見学することになった。病院では個室にいる時は腕章を外しており、出る時はつける。

 

 最初は車いすではなく松葉杖を使おうとしたものの、「危ないから」と兄に言われてしまえば、即堕ちで了承した。

 

 

 

 十八年前の記憶を遡り彼女が思い出す過去と、今のマーレ。

 人の雰囲気こそ大きく変わっていないが、出店など気になるものは多くあった。本質は変態ブラコン野郎であれど、目新しいものに好奇心を抱く心はある。

 

 本人も気づかぬ内に瞳を輝かせ、一つ一つ質問する妹の様子に、ジークは車椅子を押しながら小さく笑った。大きくなった体に反して、戦士候補生時代のライナーやポルコたちのように幼く見える。

 

 周囲も少し遠巻きにしながら、そんな二人の様子を見ていた。

 

 ただでさえ軍服と「赤」の腕章から“戦士”とわかる男と、同じ色の腕章をつけている名誉マーレ人である女の組み合わせ。

 しかも女の方は男なら一度視界に入れれば、思わずもう一度振り向いてしまうくらいには()()()である。

 

 

 出店を覗いては、感嘆の声を上げるアウラ。串に刺して焼かれた棒状の肉の詰め物の上に、ペーストしたトマトをかけた物や、奇妙な色をした飲み物。肌色の三角錐型のものに、白いブツを渦を巻くようにして乗せた冷たい食べ物など。

 

 それらを嬉々として頼んでは食べ、頼んでは食べる。

 

 しかし元々彼女はそこまで食べられるタイプではない。

 

 “そふとくりーむ”なるものを食べた後、次のターゲットとして頼んだ雲のような、ほのかに甘い香りのする食べ物。棒に絡まった人間の顔よりも大きいそれは、彼女の手の中で弄ばれる状態となった。

 

「食べないのか?」

 

「もう食べられない…」

 

「はは、昔はよく食べてたのになぁ」

 

「…もう子どもじゃないもの」

 

 ムゥ、とアウラは頬を膨らます。

 

 白い雲は所在なさげに、右へ左へ動く。しばしの沈黙が訪れ、ジークは妹にどこへ行きたいか尋ねた。かなり距離はあるが、祖父母の住まう場所へ行くこともできる。

 

 アウラが唸るような、けれど少し間伸びした声を上げる中、目的地の定まらない車いすは人の流れに沿って進んだ。

 

 

「ねぇ兄さん、今更だけど私が外に出ても大丈夫なの?」

 

「問題ないよ。上と話は終わってるんだし」

 

「……じゃあ、図書館の場所を知りたいわ。あ、でも、寄らなくて大丈夫」

 

「いいのか?」

 

「うん。だってせっかく一緒なんだもの、……兄さんと」

 

 最後の方はボソボソと、小さい声で呟いたアウラ。

 

 入院している以上は、一人で出かけるのは難しい。だが退院した暁には、現在の世界情勢やら歴史やら文化やら科学やら、“知識”として付けなくてはならないことがたくさんある。

 

 パラディ島の常識が、マーレ、ひいては世界の常識とはならない。島の中で得た力も立体機動なしでは半減し、さらに右脚なき今、さらに力は半減する。さすれば彼女に残るものは少ない。

 

 あるのはズバ抜けた演技力や、それに付属する人心掌握。それでも勘のいい人間や、人の裏を見抜く力のある人間には通用しない。

 

 となると、今までとは違った力を彼女はつける必要がある。

 

 それこそ“知識”に他ならないだろう。考えた時思いつく方法が一つと二つとでは、生まれる結果は大きく異なる。

 ゆえに彼女は本の虫なのだ。他にも本を読むのには別の理由もあるが。

 

 

「……うーん…」

 

 ド直球に「お兄ちゃんいっぱいしゅき♡」を漂わせる妹の発言に、耳をかくジーク。気恥ずかしさの裏で、仄暗い底の感情が波立った。

 

 このまま図書館を教えた後、フラフラ街を彷徨うのもいいだろう。だが妹を連れ出した理由はもっと別にある。

 軍用の病院ではない一般の病院でもありえる盗聴を考え、わざわざ場所を移した。

 

 さすがに外に出てしまえば会話を聴かれることはなく、また親類の家に仕掛けられてもいない。さらに言えば街を出歩く戦士に、よっぽどのこと──例えば造反を疑われているなど──がなければ、見張りをつけることもない。ガッツリと『壁に耳あり障子に目あり』であるのは、軍の施設内や自室だ。

 

「兄さんの好きな場所が知りたいな」

 

「好きな場所って言われてもねぇ…」

 

「その…どこでもいいの。()()()場所なら」

 

 アウラが振り向くと、瞳を丸くした兄の視線とぶつかった。

 彼女もまた、このお出かけの真の意味を理解している。単純に今のマーレの様子を見物するだけではない。兄は妹と話すために連れ出したのだ。

 

「「おにーたん」って言ってた、あの頃のかわいいお前はどこに行っちまったんだ…」

 

「ん゛っ」

 

「え?」

 

 突如珍妙な声を上げた妹。ジークが見れば、その耳は真っ赤になっているではないか。

 

 アウラは背を丸め、両の手の甲に顔を押しつけるようにして固まってしまった。

 

 どうやら「おにーたん」の部分にダメージを受けてしまったらしいと、妹の様子を見た兄は推測する。果たしてアウラがどこまで過去のことを覚えているのかはわからないが、当時マーレにいた記憶は少しは覚えているようだ。それも、兄を舌ったらずな声で呼んでいたことを。

 

「まぁ当時の呼び方で、とは言わないけど、もう少し()()()()()的には歩み寄ってほしいわけだ」

 

「………兄さ」

 

「お兄ちゃん的には」

 

「に…」

 

「お兄ちゃん」

 

「に……にっ…」

 

 側から見れば若くビジンな女に「お兄ちゃん」呼びを強要しているヒゲ面な男という光景で。

 

 ジークからすればかなり真剣な頼み。

 

 そして変態ブラコン女からすれば、いっぱいちゅき♡な兄からの「かわいい妹」発言に、脳内ではハンジ主催のソニー&ビーンによるびっくりユートピアが開催されていた。

 

 

「………ジーク、お兄ちゃん」

 

 

 瞬間嬉しそうに笑った兄を見て、アウラは本日何十回目かの脳内絶頂死を迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 着いた場所は港。周囲の人気は少ない。日は傾き始め、うっすらと紅く空や海が色づいている。

 

 そこで潮風を浴びながら、地平線に浮かぶ漁船を二人は見つめた。

 

 道中アウラが少しずつ減らしたわた飴。一口また彼女が啄むと、横から伸びた手が雲をちぎりさらっていく。

 

 思わず「あっ」と、アウラは声を漏らした。

 

 ジークの一挙一動に心が持って行かれている。兄の体内に入った綿菓子を想像し、途方もない羨ましさを覚える。物理的に兄に食われてしまうのだ。もし彼女がそうなったら、それが“性”でも“食”の意味だとしても幸福で死んでしまうだろう。

 

 

 また体を丸め顔を隠すようにして、行き場のないデカすぎる感情に耐えるアウラ。

 

 そんな彼女の葛藤をよそに、ジークは車いすから手を離して妹の右隣に座る。途端に近くなった兄との距離に、変態(アウラ)は固まった。顔の熱を無理やりに引っ込めて唇を噛み、さざなみを立てる海を眺めて心頭を滅却する。

 

「海を見たことなかったよな、パラディ島を船で出た間も寝てたし」

 

「…うん」

 

「……あ、でもどうなんだ?帰りは寝てても、()()の時は……」

 

 ひとり言のトーンでボソボソと話すジークは、あごに手を当て少し目を細め、海の方角に視線を向けている。

 ジークに見られている間ろくにその顔を見れなかったアウラは、ここぞとばかりに凝視する。

 

 やはり顔立ちはグリシャとよく似ており、鼻筋や輪郭、眉などどれを取っても親子の血を感じさせる。その点髪や瞳はダイナ譲りの───ユミルの色を、濃く残している。若干くせ毛なのはアウラの瞳と同じように、ジークだけの特長だ。

 

 惚れ惚れとするこのイケメン具合(当社比)。その顔立ちの良さは無精髭とメガネで隠されてしまっているが、それもまたカッコいい。もはや変態の目には世界が兄を着飾っているのではなく、兄が世界を着飾っているように見えた。

 

 

 そこでふと彼女は、見覚えのあるメガネに気づく。

 どこかで見たことのあるそれを記憶をたどって思い返し、兄の恩人たる存在を思い出した。

 

 トム・クサヴァー。当時精神的に限界だったジークを救い出した男が、つけていたものと同じである。アニの記憶から、「獣の巨人」の前継承者はクサヴァーであった。

 

 ということは、ジークは恩人の力を受け継いだということになる。

 

 

(死んでもなお、()()()()()()()になってるんだ……いいな…)

 

 

 ぼんやりとメガネを見つめていたアウラに、視線を向けた兄。

 彼女は慌てて開いていた口を閉じ、顔を逸らす。

 

「あぁ、んーとね………グリシャ・イェーガーから過去に何があったかは、大体聞いてるんだよな」

 

「うん」

 

「自分で覚えてる記憶はどこまであるんだ?もちろん思い出したくない部分は、無理に話さなくていい」

 

「……わかった」

 

 

 ジークはライナーやアニから、完全にオーバーキル気味にアウラの精神が脆いことを聞いていた。

 

 

 

 パラディ島で協力関係にあったライナーやアニ、それに会議で妹の話を聞いたジークはともかく、ピーク(その明晰さで真意にたどり着いているかもしれない)や戦士候補生辺りは、さらに状況を理解できていない。

 

 

 表上の理由は要約すると父親への憎しみにより、アニたちに協力した──。

 

 裏の理由は愛する兄と再び会える可能性が生じたため、アニたちに協力した──。

 

 

 少なくともジークがグリシャの件を持ち出して、アウラが嫌な表情をした様子はなかった。

 その裏を返せば壁内で暮らしている時も、変わらず父親の愛情を受けていたのだと分かる。

 

 港まで向かう道中、パラディ島で過ごした内容は基本的に口外禁止のため、色々とボカしつつ「これまでの生活はどうだった?」やら、「エレンはどんな子どもだった?」やらと、ジークは質問していた。

 

 そして、グリシャがエレンを愛していたのか、気にかかっていたその内容は聞けずに終わる。

 喉元を通そうとしてもうまく外に出ず、港に着いたためだ。

 

 

「マーレで過ごしたことは、少しは覚えてるよ。高熱を出して魘されてた時とか、兄さ……お兄ちゃんの帰りをお母さんと待ってた時とか。あとはママが巨人になって……後は、あんまり」

 

「……そうか」

 

「…うん、こんな色だった。今の空みたいな」

 

「空?」

 

 アウラが指した方向にあったのは、夕焼けと青空が混じった幻想的な色。

 その境界線はうっすらと白んで、二者の色を寄せ付けない。

 やがてその色は全てを覆う闇に包まれ、空には月が支配する世界が広がり、無数の星が散らばる。

 

「地に染みついた血が空を穢して、暗闇に呑まれて。けれど人を照らす無数の灯火は消えずに、やがてその灯りが人が進む道へと結びついて、また明日がやってくる」

 

「…急に詩的なこと言うね。お兄ちゃんびっくりしたぞ」

 

「お兄ちゃんをびっくりさせたかったんだよ」

 

「そうなのか?」

 

「ふふ…どうだろう。わかんない」

 

 世界がどんな色を映しても、アウラには関係がない。彼女の世界にはジーク・イェーガーしか映らない。

 

()」の彼女の蒼い空は、兄ただ一人。

 

 

 

 ジークは気づけば逸らしている視線を堪え、妹を見つめる。

 

 子どもの頃辛いときに何気なく思った、「世界が滅んでしまえば……」が、今の脳内に浮かんでは消える。それほどまでに妹と向き合うことから、逃げてしまいたい。

 

 怖いのだ。怖くてたまらない。

 

 

 妹は兄を愛していた───。

 

 楽園送りを自ら選んだのも、自分がいると兄が傷つくことをわかっていたから。

 幼心に“戦士”の使命を背負わされ苦しんでいたジークと、両親に大切にされていたアウラ。

 

 なぜそこまで妹を傷つけた兄を好いてくれるのか、最初は意味がわからなかった。

 ましてや兄が自分を恨んでいるから、と考えて殺されようとするなど。

 

 そして、兄のために仲間はおろか弟のエレンでさえ裏切ったアウラのことを、ジークは()()()()()()()と、思ってしまった。

 

 それでも一人、夜風を浴びながらタバコを消費する日々を過ごして、思い至った。

 

 妹が、兄を愛する理由。

 

 ───否、アウラが()()()()()()()理由。

 

 

 親の愛を感じることができずとも広い世界の中で足掻いて、一人の恩人(クサヴァー)と出会った少年。

 それに対し親に愛されていても、狭い世界しか知らなかった幼女。

 

 その狭い世界とは、グリシャがいて、ダイナがいて、ジークとアウラがいた世界だ。

「楽園送り」となりこの世の地獄を知ったアウラからすればきっと、四人で暮らした世界は温かな“愛”で抱擁された世界だったに違いない。

 

 

 しかしその世界を壊したのは、両親を密告したジークで。

 

 ならば妹を壊したのは、それは──────、

 

 

 

 そこまで考えた日の夜。

 

 彼は妹を叩いてしまった当時の冷たい外の空気を鮮明に思い出し、タバコを持った手のひらに熱が溜まり、ジワジワと痛むような錯覚を覚えた。

 

 

 

 

 

 そうして精神的に参ってしまった中、最終的に「早よ行け」とアニに尻を物理的に蹴られ、床の上で悶え苦しみながらも腹を決めた。帰還したアニの気性がより荒くなったのは、気のせいではない。特にライナーは事あるごとに問答無用で蹴られている。

 マルセル・ガリアードの一件で、アニとライナーの間で一悶着あったことを踏まえると、アニの反応も仕方のない部分があるだろう。

 

《顎の巨人》を奪われた点や、ライナーの発言でそれでも計画を実行した点は失態だ。

 

 しかし顎を取り戻し、始祖の奪還までとは行かずとも、現在の座標の所有者は分かった。プラマイで言えばプラスであり、アニの方は結果として三人の戦士を救うに至ったため、表面上は評価された。

 

 相対的な評価ではアニ>>ライナーとなっている。実際作戦の中で最も働いたのは彼女であるので、当然の評価と言えば評価なのだが。

 

 

 ──まぁ、とにもかくにも、ジークはもう逃げてはいられない。

 

 向き合わなければならない。

 

 己の、罪と。

 

 

 

 まるで、麻縄で首を少しずつ絞められるような感覚を覚えながら、ジークは言葉を紡いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

「お前は、覚えてないかもしれない」

 

「うん?」

 

「グリシャがそのことまで伝えているかも、わからない」

 

「…うん」

 

「けれどどの過程を挟んでも、俺がお前にしたことは揺るぎない事実として残っている。……俺の中に、残っている」

 

 震える唇を開き、そのまま固まったジークの様子を映す白銅色の瞳。

 その瞳が細まって、じっと兄を見つめる。兄の言葉を待つように、ゆっくりとまばたきが繰り返される。

 

 潮風に吹かれ、色素の濃い髪がパラパラと泳ぐ。それを細い手が邪魔だ、と言わんばかりに耳にかけて。

 

 地平線の上で、汽笛が響いた。

 

 

 

「ごめん、な」

 

 

 

 船の音に簡単にかき消されてしまうほど小さく、掠れた声。

 その声はしかし、妹の耳にしかと届いた。

 

 その一言ですべての力を使い果たしたと思えるほどジークの全身から力が抜けて、ゆっくりと頭が下がる。

 

 

「妹をたたく兄が、それこそ「兄」なんて……本当は、呼ばれていい訳がない。」

 

「………」

 

「お前にただ、謝りたかった。謝ればもっと何かが、変わっていたかもれないと、何度も───何度も思って」

 

「おにいちゃん」

 

「……ダメなんだ、怖いんだ。怖い。お前に嫌われて、家族のカタチが壊れたら、もう、俺はきっと、ダメになる」

 

 失った存在(家族)が唐突に戻り、その居心地の良さを思い出してしまえば心は急速にぐらつく。

 

 “家族”を壊した男には二度と手に入らないものであり、手に入れられたとしても「安楽死計画」上、絶対にジーク自身が手に入れてはならないものだった。

 たとえ祖父母がいても、クサヴァーのような本当の温もりは、もう二度と手に入ることがない。

 

 

 だが、妹は生きていた。

 

 

 彼の前にあるその事実が、狂おしいほどにジークの感情をグチャグチャと、遠慮なくかき回すのだ。

 

 どう妹と向き合えばよいのか、何を話したらよいのか、どう接したらよいのか。何が正解で何が不正解であるのか、わからない。

 わからないことが恐ろしく、わかったとしても恐ろしい。

 

 そしてそうやって考えることすら、妹から逃げるためなのだと、彼は思わずにはいられない。

 

 

「兄さん、私怒ってないよ。恨むわけがない」

 

「………許さないで、くれ」

 

「許すも何もない。だって兄さんは何も悪くないもの。悪いのは全部……私だから」

 

「違う、お前は何も悪くない」

 

「ううん、私悪い子よ。仲間を裏切って、エレンくんまで捨てて、その上で私はジーク兄さんを選んだんだもん」

 

「……お前は、何も…」

 

 沸騰した感情に耐えきれず妹の側から一歩分、離れようとしたジーク。その時腕の裾を引っ張られた感触に、彼はハッとした。

 一人にしないで、と眉を少し下げた妹の瞳には、薄い膜が張っている。

 

 

「私……私ね、兄さんとどう距離をとっていいのかわからないの。昔みたいに突進したくなっちゃうけど、私は子どもじゃない。大人で────そう、大人。“十八年”っていう大きな壁があって、子どもだった私も兄さんも、理性に縛られる面倒な大人になった」

 

 

 でも、とアウラは続けて、兄に手を伸ばし抱きつく。

 彼女は瞳を閉じて、タバコの香るその匂いと、息遣いと、心音を感じた。

 

「ずっとずっと会いたかった人にこうして触れられて、私幸せだよ」

 

「…アウ、ラ」

 

「大好きで、愛していて、「私」でさえわからないほど私は兄さんを、ジーク・イェーガーを愛している」

 

「……わからないって、なんだよ」

 

「わからないんだもん。本当にずっとずっと、マーレにいた時から大好きだった」

 

「………知ってるよ」

 

 はいはいを覚えてから、デレデレとした顔で手を叩いている父ではなく、オモチャで遊んでいるジークの元に向かってグリシャを泣かせかけるほど、いつもアウラは兄に向かっていた。

 そして熱を出した時も、その後も。ずっと妹は兄を愛している。

 

 

「私に嫌われた方が、兄さんの心としては救いがあるのかもしれない。でも私の「好き」は天変地異が起こっても変わらないんだから。たとえ、人類が滅んでも」

 

「俺はお前の右あ「嫌いになりません!」………でも」

 

「大好きです」

 

「………」

 

「お兄ちゃんのことが大好きです!!」

 

「……アウラ」

 

「大好きです!!!」

 

「……わかったよ」

 

「大好きッッ(結婚しよ)!!!!!!!」

 

「わ、わかったから!」

 

 

 地平線に響く汽笛がその声量に負けるほど、アウラの声はその感情に比例するようにクソデカかった。

 

 耳を押さえていたジークは眉間に皺を寄せつつ、深いため息を溢す。

 そしてそのまま一旦体の力を抜いた後、妹の背に手を回し、以前の仕返しと言わんばかりに強く抱きしめた。

 

 

 

「 ヴィヤァッ 」

 

 

 

 しかし、メイドイン筋肉による体重差約二倍の兄妹。奇声とうめき声が混じったアウラの声に、兄は咄嗟に力を緩める。大人が感情的に動いてはならない例がまさに今できあがった。

 

「…悪い」

 

「………」

 

「でも女の子なんだし、せっかく母さんに似て美人なんだし…もっとこう、淑やかになれよ」

 

「ヒッ、ヒ、フィッ……」

 

 本当に大丈夫……いや絶対大丈夫じゃないなコレ過呼吸になってるし───。

 と、ボブ訝を交えつつジークが妹の表情を窺えば、顔が耳まで真っ赤である。

 

 コイツは相当に奇声が恥ずかしかったらしい。

 まるで、ラノベのヒロインの想いに気づかない主人公のような鈍感さを限定的に発揮した兄がそう解釈したところで、妹の首はそのままガクリと、力を失い後ろへ傾いた。

 

 

「……え?」

 

 

 三桁を超える絶頂を迎えた変態はそのまま()き、残ったのは血相を変えた兄のみとなった。

 

 後日、日を改めて彼女の元へ訪れたアニがこの件をテレパシーで聞いた時、心底「知らねぇよ」と思った。

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