ライナー曇らせ?…いや、曇らせお兄さまだ!   作:栗鼠

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微熱

 兵隊さん、兵隊さん。足をそろえて歩きます。

 

 兵隊さん、兵隊さん。お空に鳥が飛んでいる。

 

 兵隊さん、兵隊さん。悪魔がお口を開きます。

 

 兵隊さん、兵隊さん。地上はどうして真っ赤なの。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 戦争が本格化し始め、戦士がいよいよ戦場に駆り出される。

 

 連日の忙しさで夜もすっかり更けた頃に帰宅したジーク。シャワーを浴びた後乱雑に髪を拭って、冷蔵庫から取り出した酒瓶を片手に自室に入った。

 

 最初の頃こそソファーの上で寝ていた妹は、兄のベッドを占領するようになった。彼としては「自分の部屋があるだろ」と、思わずにはいられない。妹の部屋は依然物がほとんどなく、結局ベッドもまだ買っていなかった。

 

 寂しいのだろう。それはジークにもわかる。

 彼もまた幼い頃、人一倍孤独を感じてしていたから。

 

 家族がいないことを寂しく思い、兄のベッドで眠る妹───と表現してみれば、微笑ましい光景かもしれない。

 

 だがその微笑ましさは子どもであればの話で、双方20代だ。イイ大人である。

 

 

「まぁ、カワイイものはしょうがないよな」

 

 兄に甘える妹というのは、やはりどうしても構いたくなってしまうし、ジークは両親を告発した過去からわかる通り、“家族”というものの正確な距離感を掴めていない。

 

 一人になった後も祖父母の元で大切にされ、クサヴァーもジークを気にかけてくれた。しかしそれが逆に、妹との距離を掴みあぐねる理由になっている。

 

 “家族”とは、いったいどういうものであったのか。

 

 小さな妹のことを抱きしめていた、当時のジーク・イェーガーに聞きたい程である。

 

 

 

「……ハァ」

 

 これまでの経験から此度の中東との戦争は、長引きそうだった。

 

 彼に残された期間は五年。その間に計画は大詰めに入る。ここでもたもたしている場合ではないと焦る気持ちの一方、だからこそより慎重に行動しなければならなかった。

 

 エルディア人だから、と戦士をあなどる上層部は別として、特にテオ・マガトには真意を悟られてはまずい。

 

 

 一応すでに、今後の算段は立ててある。

 

 計画されているパラディ島への調査船団の派遣。そこでジークは自身の協力者を送り、壁内人類に取引を持ちかける。

 

 その内容にあるのはパラディ島の安全の保障や、武器や技術の提供、そしてかつてエルディア帝国と同盟国だったヒィズル国への橋渡しに、マーレへの情報工作の支援など────。

 

 その対価としてジークが求めるのが、彼自身を亡命させ、エレンと引き合わせることである。

 

 

 ジークはエレン・イェーガーの心中を確かめた上で、「安楽死計画」の協力を求める。

 グリシャ・イェーガーの同じ()()()として、きっと計画に賛同してくれると信じているのだ。

 

 ここで妹の件を持ち出さないのは、アウラが調査兵団を裏切ったからだ。交渉相手の中には調査兵団が含まれ、そもそも「安楽死計画」の鍵となるエレンが、姉をどう思っているか判断が付かない。

 

 それとなく妹から聞いた話では、小さい時は姉の後ろを追いかけてくるかわいらしい弟だっだという。

 少し大きくなったらすぐに思春期に入ってしまったが、それでもかわいかったと。

 

 

 エレンのことを語るアウラは“妹”ではなく、“お姉ちゃん”の表情だった。

 

 それに不思議な感情になった反面、エレンと暮らした妹を羨ましく感じた。それほどまでにエレンを好いている感情が、アウラの顔に出ていた。

 

 そんな妹はしかし弟以上に兄を愛していて、狂い気味である。その点はジークも実感している。兄妹間の距離がわからないと言いつつも、その距離感が近すぎることに。

 

 アウラが彼を見る目は、協力者でありジークを神格化している女と似たところがある。

 

 

 マーレに滅ぼされた小国の出身の人物であり、兵士として徴用されていた女──イェレナ。

 

 戦地の中、その女を救ったのがジークであった。以来協力者となった彼女は彼に信仰めいた感情を抱いている。

 

 そんなイェレナはまだしも、妹に神でも見るかのような視線を向けられるのはどうにも得心がいかない。

(例えるならアウラの視線は、推しのアイドルを応援する熱狂的なファンであろうか)

 

「十八年」の歳月の中で、ジークの理解に及ばぬほど妹の兄のビジョンというのは歪んで、本人は正されることがないまま突き進んで狂っている。

 

 最終的にそれらを考えてたどり着く兄の答えが「俺が悪い」であるのだから、報われない。

 そんな兄を見て妹は興奮する。最低最悪の悪循環だ。

 

「まぁお前も……一緒だからな」

 

 交渉の段階ではアウラの件は持ち出さないが、その時が来れば必ず連れて行く。妹が、アウラ・イェーガーが兄狂いに至るまでの過程を知れば、情状酌量の余地があってもいいだろう。

 

 そもそも悪いのは──と、また先の鋭い針が男の心臓に刺さる。

 

 

 ジークは自己嫌悪のスパイラルに陥った脳で、ベランダに立ち夜空を眺めながら酒を飲む。

 喉を熱く潤して、酒瓶の代わりにテーブルに置いたタバコとジッポを取った。

 

 思考を一旦全て捨てて、体の中に煙を取り込む。それが体を悪くするものであると知りつつ、実際感じるのは浄化されるような感覚だ。さまざまなしがらみから、その時ばかりは解放された心地になれる。

 

 初めてタバコを吸ったのは、いつだったか。

 

 亡き恩人が裏でコッソリと吸っているのを見かけ、それ以来タバコを吸うことに憧れを抱くようになって。子どもの頃一度だけ祖父のものを試し激しく咽せて、「これがオトナの味かぁ…」などと、感慨深く思い。

 

 しかして今は憧れの気持ちはすっかり消え、ストレスの緩和剤と、無性な口寂しさを覚えた時の誤魔化しのクスリとなっている。

 

 

 

 

 

「……おに、…ま?」

 

「ん?」

 

 かすれた声が聞こえ、そちらに視線を向けたジーク。

 ベランダの柵に前のめりにしていた体を後ろに向けると、ベッドの上でモゾモゾと動く影があった。

 

 室内を照らす月明かりにぼんやりと白い肌が浮かび上がり、顔だけ出した妹が落ちかけの瞼を上げようとしながら、眠りの国へ戻ろうとしている。

 

「そういうとこだぞ、お前の子どもっぽいとこ」

 

「………?」

 

「眠いなら寝ろ」

 

「……ライナーくんがね」

 

「ん?」

 

「好きって、わたしのこと」

 

 唐突なその発言に、ジークは紫煙を燻らして目を細めた。

 どうやらとうとう、ライナー・ブラウンはアウラに想いを告げたらしい。

 

 鎧の少年が妹へ恋慕を募らせているのは、普段の言動から読み取れた。

 

 パラディ島から帰還して、さらに暴力的に進化したアニに対し、ライナーは精神的に摩耗していた。今回の戦争次第では、上層部が鎧をポルコに──とも考えられた。

 

 そんな少年を気にかけるのは、ジークもまたかつては()()であったからだ。

 

 ライナーを励ます役は自分より妹が適任そうだと考えて、アウラの同伴を任せた。その結果はというと、一見すれば特に変わったところはなし。精神的に疲労しているのは相変わらず。ただぼんやりと、虚空を眺めている機会は減った。

 

 他人の恋に茶々を入れる行為は、それこそエルディア人から生殖機能を奪おうとしている彼が行ってよいものではないのだろう。

 ジーク自身も誰かを愛する行為は、家族愛や友愛のみであったように思う。

 

 矛盾しつつも、しかしライナーに手を貸した。

 

 

「………」

 

 ジークは、妹を見る。

 

 

 フリッツの血を残す定めを課せられていたアウラ。「安楽死計画」の上で子どもを作る必要がなくなれば、妹の救いになるはずである。

 

 その上で誰かを愛して、添い遂げる未来を望んで欲しい。何か縋るものがなければきっと、この妹はすぐに壊れてしまうから。だから自分ではない誰かに早く、拠り所を見つけて欲しい。

 

 それは別に──少し悪い気もしつつ──ライナーでなくともよいのだ。

 どこの馬の骨ともわからない男よりも、幼い時から知っている少年の方がいいと思い手を貸したが、結局のところ選ぶのはアウラで、兄でもライナーでもない。

 

「返事はしたのか?」

 

「断ろうとしたら、考えて、って逃げられちゃった」

 

「ライナーは結構悪くないと思うけどね」

 

「六年しか、生きられないでしょ」

 

「───ってことは、本当は脈アリか?」

 

「ない」

 

「言い切ったな…かわいそうに、アイツも」

 

 布団に包まっているお姫様はベッドから落ちて、そのまま芋虫のように這いずる。進行方向は兄。

 

 咥えタバコのままジークは妹の腹に手を回して持ちあげ、ベッドに戻した。するとバサバサと垂れた女の髪の隙間から、唸り声が上がる。

 

 彼は妹を下ろした側に腰かけ、親が子を寝かしつけるように、一定のリズムで背中を叩いてやる。

 だが途中でK.O.を知らせるアウラの手が、兄の腕を掴んだ。

 

「ヤメ……ヤメテ…」

 

「お前が本当に小さかった時、俺があやすと秒速で寝てたんだぞ」

 

「オ……オボエテナイ…ヨケイネムレナイ…」

 

「でも、俺は覚えてるよ」

 

 妹は最初発達が遅く、言葉や歩くなどのことができず、ハイハイくらいしかできなかった。

 手のかかる妹ではあったが、その分愛おしさは大きかった。

 

 

 

「なぁアウラ、お前は赤ちゃん欲しいか?」

 

「……………………ふぇ?」

 

「産みたいかって、話だ」

 

「……………え?え、えっ────え!!?」

 

 これ以上なく顔を真っ赤にさせ、汗を垂らしながら瞳をぐるぐると回す妹。

 

 自分からすまき状態にした拘束を解こうとして失敗する妹の姿を見つめながら、ジークは耳を掻いた。

 

 子孫を残す運命を課せられていたために、子ども云々に関しては嫌悪感すら抱いているかもしれないと考えていたが、それは兄の思い込みに過ぎなかったのだろうか。

 

 嫌ならば、ライナーの返事と同様にキッパリと答えるはずだ。

 

 

「ライナーは望み薄だとしても、いずれお前にも好きな人ができて、結婚するかもしれない。俺としては……()()()()()()()、お前に幸せになってほしいんだ」

 

「………あぁ」

 

「俺の任期はあと五年もない。純粋に、心配なんだよ」

 

「……うん」

 

 先程の慌てようは形を潜め、丸まった体勢でアウラは暗闇の中を見つめる。

 

 細まった白銅色の瞳はいったい、何を考えているのか。

 無骨な手は、落ちかけた灰をガラスの皿に押しつける。闇世の中で、紫煙が空中へと溶け込んだ。

 

「エレンは、あと八年だよ」

 

「……そうか」

 

「お兄さまは知らないでしょ。私が本に、入り浸っている理由を」

 

「まさか…始祖ユミルの呪縛か?」

 

「死んだら死ぬから。私は死ぬから。お兄さまが、死んだら」

 

「それは、ダメだ。……絶対に」

 

「どうせ、私の気持ちをわかってて、言ってるんでしょ」

 

 

 兄が好きで、好きで仕方なく、そのためなら異常な行動を平然と取れてしまうアウラ・イェーガー。

 

 そんな妹が兄が死んでしまえばどのような行動を取るか、その愛を向けられているジークなら分かる。そもそも一度、アウラは兄のために「楽園送り」を選んだのだから。

 

「今生きていることがどれほど「私」にとって苦痛なのか、お兄さまは知らない」

 

「…アウラ」

 

「何度、何度終わりを望んだことか、お兄さまは知らない。「楽園送り」にされて終わると思ったら生きて、お父さまがいてカルラママがいてエレンくんがいて私がいて……でも違うの。私の居場所はそこじゃないの。私は…、私はお兄さまがいる世界じゃないとダメなの。お兄さまがいない世界なんて、それは、だって………生きてたってどうしようもない」

 

「そんなこと、言うな」

 

「“()()”に「生」きられない私の苦悩なんて、誰もわからない。誰も私を理解できない。私も私をわからない。私が何なのかもわからない。どうして私は生きていて私が生きなくちゃいけなくて私が存在しているのかわからない」

 

 アウラは歯を噛みしめ、瞳から涙を流しながらシーツを濡らす。

 その瞳は、瞳孔の中から外に向けて薄い青から紫へとグラデーションを彩り、その中には無数の煌めきがばら撒かれている。

 

 明らかにおかしい様子の妹へジークが伸ばした手。それが触れかけた時、アウラは弾かれるようにして避け、ベッド傍の壁にぶつかった。

 

 兄が呆然とする中、瞳を丸くした彼女はかすかに息を荒くさせ、その手を凝視している。

 

「…大丈夫か?」

 

「うぅ」

 

「……アウラ?」

 

「う゛ぅー………」

 

「おおっと…?」

 

 

 

 コレは────アレだ。察した兄。

 

 瞬間、ギャン泣き幼女を彷彿とさせる号泣のアウラ・イェーガーが爆誕した。

 

 

 それを宥めすかして、どうにか会話できるにまで戻すのに小一時間。

 

 疲労の色を覗かすジークがギャン泣き妹に尋ねれば、どうやら兄を拒絶するような態度を自分が取ってしまったことに対し、ショックを受けたようである。ついで必死に謝るアウラに、ジークは頭を痛めた。どれだけ兄のことが好きなのだ。嬉しいが。

 

 避けた理由については、本能的に()()()()()──と、察知したかららしい。

 

「何がまずかったんだ?」

 

()()がまずかったのかもしれない…」

 

「?」

 

「あ、違う、アウラちゃんは凸のないかわゆい美女だった…」

 

「………大丈夫か、本当に?」

 

 突然ライナーの従妹のようになった妹に、ジークは“ボブ訝”になる。完全に動転した挙句の美女のシモ話は、鈍感系ヒロインの器を発揮した兄により流された。

 

 

 

 不思議な色に変わったアウラの瞳に気がかりはあるものの、一先ず妹をあやしたことで一気に疲れと眠気が襲った兄は、タバコを灰皿に押しつけ部屋を後にしようとする。

 

 しかしそれを阻止したのは、彼の腕を掴んだ妹の手。

 

「お兄ちゃん」

 

「目をウルウルさせても、流石に一緒には寝ないからな」

 

「おにいちゃん……」

 

「ダメダメ、早く寝ろ」

 

「ジーク……おにーたん」

 

「ぐっ…………!」

 

 

 兄は敗北した。

 

 妹という名のあざとさの暴力に、戦士長たる男は即堕ち二コマのごとく陥落してしまった。

 

 

 すまきになっていた妹の毛布を掴みベッドの上で転がし、取れた毛布を片手に横になるジーク。男の体格でも余裕のあるシングルベッドは、流石に二人では狭い。

 

 転がされた拍子に壁にぶつかったアウラは、兄の腹筋に吸い寄せられるように腹に手を回して、がっしり抱きついた。

 

「筋肉しゅごい…」

 

「鍛えてるからな、当然だけど」

 

「………」

 

「コラ」

 

 無言で胸筋に触れようとした妹の手を掴み、横向きになったジークはアウラの頭を撫で、寝かしつける。

 すると兄がいる安心感からか、ゆっくりとその瞼が落ちて行った。

 

 全くもって、手のかかる妹である。

 

「なぁ後で、()()お兄ちゃんと話し合おうか」

 

「うん……?」

 

「お前が死んだら俺は悲しいし、エレンも悲しむよ。爺ちゃんや婆ちゃんだって」

 

「………う、ん」

 

「幸せになってくれよ、俺の分まで」

 

「……幸せは、ここにあるのに」

 

お兄ちゃん()以外の幸せだって、きっとある」

 

「………」

 

 

 ──────「幸せ」って、なに。

 

 

 そう言ったのち、小さな寝息を立て始めた妹の言葉に、ジークは答えを返すことができなかった。

 

 

 妹が生きていたことによって、腹の底に少しずつ溜まっていく温かい感覚。

 上がった溜飲を無理やり飲み込んで、窓越しの夜空に目を向ける。

 

 今の彼には多くの人間を犠牲にする赤いスイッチを押す勇気があるのかどうか、わからない。

 

 テーブルの上に置いてある恩人のメガネを視界に入れたジークは、深い息を吐き瞳を閉じた。

 

 

 妹の体温は、昔よりも生ぬるく。

 

 でもそれはきっと、いのちの温度に他ならなかった。

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