みんな大好きなあの人の登場です。
???「オマケが閑話に昇格したのも全てお前のせいだよ、ライナー」
戦士候補生の中でもぶっちぎりのドベ、ライナー・ブラウンは落ち込んでいた。
まず本日の訓練が終わった後、仲間のポルコに「ドベ」とからかわれ、べそべそしながら「ドベって言うな!」と大声で反論したところ、その大声にイラついたアニから「うるさいよドベ」と言われた。
そして、ケンカになりかけたポルコとライナー。それを止めたのはポルコの兄であるマルセルである。
ライナーの言葉にキレたマルセルが弟を宥めながら回収したことで、ようやく一悶着が過ぎ去ったかに思われた。この間ピークもいたが、彼女は我関せず、な顔で過ぎ去っている。
「うぐぅ……」
「ら、ライナー、あまり落ち込まないでよ」
べそべそライナーに、声をかけたのはベルトルト・フーバー。(恐らく)戦士候補生の中で唯一の良心である。
「べ、ベルトルト…」
誰も優しくしてくれない中、ベルトルトだけはライナーに優しかった。まぁそれは、みんなに等しく与えられるベルトルトの優しさなので、ライナーが一番というわけではないが。
冷たいポルコやアニと比べれば、天と地ほどの差がある。
「ライナーはドベじゃない、ただ成績がいつも最下位なだけだよ…!!」
だがこのベルトルト、かなり天然であった。
そして、ライナーは落ち込んだ。べそべそと、ついでに亀のような速度でノロノロと着替える。
もうみな帰っており、更衣室には彼一人だけである。部屋を出た時に遭遇したマガトには、「まだ帰ってなかったのかド……ライナー・ブラウン」と呼ばれた。
教官にも「ドベ」と言われかけ、もうライナーはその場で泣き崩れたかった。世界はかくも残酷だ。
「おっ、ライナーじゃん」
廊下を少年が歩いていた時現れたのは、「驚異の子」として政府の人間の間でも恐れられるジーク・イェーガー。荷物を持っているので向こうも帰りらしい。
「あ、ジ、ジークさん……」
「何、また成績悪かったの?しょっちゅう泣いてるよねぇ」
「う、うぅ……」
少年はあまりこの男とは会話したことがない。戦士候補生の中で一番年上ゆえにまとめ役ではあるが、どちらかというと年下組の中で兄貴的存在はマルセルだ。
大体ライナーたちと比べ、ジークは年齢が離れ過ぎている。絵面的に小学生の中に高校生が一人混じっているようなものなので、そりゃあ当然浮く。
まぁ、つまりは、ライナーはジークとの接し方がわからなかった。いつも笑っている顔が──胡散臭い印象を受ける──こともあり、その真意が掴めない。
「そう泣くなよ、俺が泣かしたみたいじゃん」
「お、おれだって好きで泣きたいわけじゃ……みんなっ、おれのことを「ドベ」って言うから……」
「それは仕方ないんじゃない?実際ライナーはドベなんだし」
「………ゔぅ──!!」
「あらま、余計泣いちゃった」
何か好きなもの奢ってあげるから泣くなよ、とこれはジーク。
泣きながらもライナーは帰り道、ちゃっかりアイスを買ってもらった。だがまだべそべそしている。
「おれ…向いてないんだ、戦士に……」
「そんなことないでしょ、戦士候補生の中に残ったんだから。才能は絶対にある。けど、才能のある連中の中では一番低い」
「………」
「言っちゃ悪いけど、今度の始祖奪還作戦には6人が選ばれるから、1人は必ず余る。候補生は俺含めてガリアード兄弟二人にピークちゃん、それにアニちゃんとベルトルトで……最後にライナー、お前ね」
考えるまでもなく、あまり物になるのは最下位。つまり、ドベのライナー。
「まぁ諸外国で今は対巨人用の武器が作られてるって聞くし、そうじゃなくてもいつどこで、どうやって死ぬかわからないから、スペアは必要だ。いらないものはないから、残りの一人はそのまま戦士候補生として残るだろうね、
「……おれ」
「うん?」
「…おれ、戦士になりたい。マーレのために戦って…それで、それで……」
「ライナーにも戦士になる理由があるってことか。深くは聞かないし、聞く必要もないけど。そのマーレへの忠誠心は、目を見張るものがあると俺は思うよ」
「……!」
「誰にでも得意・不得意はある。なんなら俺も昔はドベだったし」
「えっ、ジークさんが?」
ジークのスペックは、他の戦士候補生の年齢差を踏まえども、トップクラスに秀でている。意外としか言いようがない。まさか驚異の子がドベだったとは。
「努力は身を結ぶさ──とは言っても適度な休みとか、色々調整は必要だけど。大概こういうのって大きくなってから気づくから嫌になる。それにただ泣いてるだけじゃ、何も始まらないからね」
「……はい」
「そんなところ、じゃあ俺はこの辺で帰るから」
「……あ、あのっ!」
ライナーは咄嗟に青年に声をかけた。しかし、声をかけたはいいものの、何を言っていいかわからない。
ポルコのように露骨にからかうでもなく、ベルトルトのように目に見えて優しくするでもなく、かといってピークのように無関心でもないジークの態度。それがライナーにとっては新鮮だったのだろう。だからこそ、その空気をもう少し感じたかったのだ。否定も肯定もしない──いや、否定も肯定もして、その上で上手くべそべそしていた少年を立ち直らせた。
その人間性に───憧れる、とでも言うのか。その心のうちは、ライナーにも形容しがたかった。
「えっと…その」
少し悩み、ふと思いついた内容。それは何故、青年が戦士を目指したかについて。
ライナーに問われたジークはこめかみをかきながら、「うーんとねぇ…」と声を上げる。
「ありがちなものだよ、名誉マーレ人の地位が必要だったからさ。俺の話は結構有名だし知ってるだろ?」
「驚異の子の…由来についてですよね」
「そうそう、両親のせいで俺と祖父母の身分が危うくなった。だから両親を売った──そんな俺は「驚異の子」って……なんか恥ずかしいよねこの呼び方」
「え、カッコよくないですか?」
「…カッコいいの?」
「カッコいいです!!」
戦士候補生の少年たちは、「驚異の子」を聞いてカッコいい二つ名に憧れた。少女たちに冷ややかな視線を送られながらも盛り上がり(あのベルトルトまでもが)、それぞれその得意なものに合う名前をつけた。
ちなみにライナーが付けられたのは「ドベのライナー」である。
その件を思い出してしまったライナーは、またべそべそした。
「今のどこに泣く要素があったの、驚きだよ俺」
「おれはドベじゃない……」
「ねぇ、せっかくいい感じに俺が慰めたのに、振り出しに戻るのやめてくれる?」
「ごめんなざい……お゛れなんで、おれな゛んで……どうせドベなんだぁ……!!」
「帰るからね、もう知らないよ」
べそべそ、べそべそ……。
そんな効果音が、少年を背にして歩く男の耳に聞こえ続ける。
ジークは深いため息を溢し、来た道を戻った。年下の子供に泣かれると、どうも放って置けなくなってしまう性分である。
それもこれも────、
「本当、妹みたいに泣くんだから……」
「妹?」
「──えっ?」
「え?さっき、「妹みたいに」って…」
「あぁ、いや……そう、本当に俺の妹みたいに泣くなぁライナーは。ポルコたちに見られたら呆れられるぞ」
「……ジークさんの、妹って…」
楽園送りに、なった。
この場合「された」ではなく、「なった」が正しい。
当時ジーク少年が両親を売った時、その妹は自ら両親と共に楽園送りの道を選んだ。楽園送りの意味は知っておれど、所詮年端のいかぬ子供。ことの重大性をわかっていなかったのだろう。
政府が連れて行く必要のない少女を両親と共に送ることにしたのは、ひとえに彼女が
いくらエルディア人と言えども、両親とはなればなれになるのは寂しかろうと、そういう理由である。
しかし裏では、曹長の「娘の両親に自分たちの罪の重さを自覚させる」という意図があったのだが、彼らが謎の死を遂げた以上、その真意を知る者はいない。
「…あ、いや、その………ご、ごめんなさい!!」
ライナーは常に笑みを浮かべていたジークが無表情になったのを見て、己の失態にようやく気づく。
ジークの過去を知りながら、その本人がいなくとも候補生たちが話題にしなかった部分に、少年は触れてしまった。
────だから、自分はドベなんだ…!!
少年は表情をさらに歪め、拳を握りしめた。視界に男を映すのが怖く、ただじっと地面を見つめる。
「だから泣くなって、何度言わせるんだよ」
「ごめんなさいごめんなさい…!!」
「いいよ、怒ってない。俺もちょっと口が滑っちゃったな。妹の話題はしないようにしてたんだけど、ついさ」
ライナーの背を叩いて、笑いかけるジーク。その表情はいつもの張り付けた笑みとは違う、自然なものだった。
それでいて、瞳は少年を捉えながらどこか遠くを見ている。
聞くべきではない、それでもライナーは己の好奇心に勝てなかった。ここで聞かなくては、一生聞けないようなタイミング。正しく、千載一遇のチャンスが、目の前にあるのだ。
子供の好奇心は時に残酷で、人の心の闇を暴き出してしまうものである。
「……妹さんも、俺みたいに泣き虫だったんですか?」
「いや、ライナーの比じゃないな。今から戦争が起きます、ってレベルのすごさだった」
「えっ……!?」
「大泣きして、床を転がって、一種の災害でさ………生きてれば、君より年上だったよ」
その言葉に、少年は固まる。喉が無意識に鳴り、冷や汗が伝った。それでももう一歩、踏み出したかった。
人は残酷なのを見たくなる───曹長の男の言葉どおりの展開だ。
「名前は…何だったんですか、妹さんの」
「ライナーだよ」
「……え!!?」
「嘘に決まってるじゃん」
「………」
「そんな「何だこいつ…」みたいな顔すんなって、教えてあげるからさぁ、ちゃんと」
────アウラ・イェーガーだよ。
そう言いながら、そのまま「じゃあもう行くね」と、歩き出したジーク。
ライナーはその後ろ姿を、ぼんやりと見つめた。
妹の名前を言った時の男の顔は、動いていたため見えなかった。だが、どこまでも優しい声色だったのが印象的だった。
「……おれも、帰ろう」
帰り道、青空と夕陽を混ぜた美しい色が少年を照らし、地面に黒い影を作り上げた。