ライナー曇らせ?…いや、曇らせお兄さまだ!   作:栗鼠

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次第に変態がかっとビングしていくぜ、ネチョォ!


あっ!くまの子【表】

 最近はレベリオ区の病院で看護婦の真似事をしているのは私、アウラ・イェーガー。

 

 足がないアウラちゃんはむしろ患者側だろ?と思いもしますが、ご奉仕する側なのです。

 

 

 マーレが中東連合と濃厚なセッ……ン争をしているため、兵士たちが戦争から帰ってくる度に心的外傷で狂ったり、足や手を無くして苦しむエルディア人が増えている現状。

 

 所詮は政府にとって、ユミルの民は捨てゴマでしかない。戦争帰りの負傷兵に優しく接するのは有意義な時間です。

 

 ここで手伝うようになった経緯はというと、区の診療医でいらっしゃるお祖父さま伝いに紹介されたからです。

 

 ちなみにお祖父さまの中で私の設定は、“「楽園送り」から帰ってきた娘” ───という風になっている。

 

 他の医者の方曰く、やはり無理に否定するとお祖父さまに過度の精神的ストレスが生じて、より症状が悪化してしまう…とのことなので、お祖父さまに「フェイ」と言われれば、私は笑顔で「なぁに、お父さん」と返すのです。その時のお祖母さまやお兄さまの表情といったら………ぐひひ。

 

 

 

 幼い頃にお父さまのお手伝いをしていた時期もあり、多少は治療の心得がある。ジークお兄さまがいないせいで精神的にも参っていた私にとって、多くの負傷兵が入院するこの場所はとても「生」を実感できる。

 

 人心掌握に向いていることもあり、人を励ますのがうまいアウラちゃんです。

 

 さすがに働かないでずっと読書に耽っているのは、イイ大人としてどうかというもの。

 

 内心、お兄さまのお嫁さん気分で家事をこなすのも楽しかったですけれど。

 それに兄の金を使うのも心苦しさがありましたし。だから自分のものは、なるべく最低限の日用品しか買わなかった。

 

 お給料がもらえて、しかも人が発狂している姿やベッドの上で痛みにうめいている姿を見れる今のお仕事は、私の天職かもしれない。

 

 

 日によってはそのまま病院に泊まり込むことも増えた。純白の看護服を着た私はさぞ天使に見えることでしょう。

 

 看護服は上はエプロンに近い形で、肩にかかる紐は背後でクロスして下の布地に繋がっている。下はロングスカートのようになっており、ウエストは腰の紐で調整して前の部分でリボン縛りにし、最後に布で頭をまとめれば、天使アウラ・イェーガーちゃんの完成だ。

 

 この姿で苦しむ負傷兵の方たちに「ガンバレ♡ガンバレ♡」と応援してあげる。すると皆さんとても元気(意味深)になってしまいます。

 

 善人プレイで微笑む私の評判は患者だけでなく、他の看護婦や医者からもよい。

 私の場合足がないこともあるため、負傷兵の方はシンパシーを抱きやすかったりもする。

 

 お祖父さまには、跡を継がないか?──という話も受けた。当のお祖父さまは医者ではなく、入院する側の患者なんですけれど。精神の方の。

 

 

 

 一先ずお兄さまの“お話し合い”があるまでは待ちます。

 

 先日はユミルちゃんも復活して、心的外傷を持つ患者と外のベンチで日に当たりながらお話していると、突然現れて人の側でウロウロすることが増えた。出歩くのはいいですが、くれぐれも他の人間に見えた…なんてことないようにして欲しい。

 

 彼女が見えていたお父さまやフリーダの例を挙げると、もしかしたら巨人化能力者には見えるのかもしれない。

 …いや、でもお兄さまがトム・クサヴァーとキャッチボールしている宗教画のようなシーンを見た時、トムさんに私の姿は見えていなかったようだから、結局彼女の匙加減なのだろう。

 

 またユミル曰く、過去二回にわたって──ダイナ巨人に食われた時と、複数の巨人におどり食いされた時──捕食された中で、私を少々()()()()ことも告白している。

 

 私が始祖の一部の力を使えるのも、これが原因なのでしょう。

 別に承諾無しでイジったことは構いませんが、今度魔改造(クチュクチュ)する時は私に一言断りを入れて欲しい。

 

 

 ユミルちゃんとしては、“()()()()()()()()”から────らしい。

 

 

 まぁ私のアグレッシブ自殺未遂の数々を思えば、彼女の行動も仕方ないのかもしれない。

 

 ユミルの目的を知った今は、やはりエレンくんに《始祖の巨人》を託した方が、彼女の目的はより円滑に、手がかからず進んだだろう。

 

 それでもエレンに継承させなかったのは、私という目を離したら「ヤベェ奴」がいたため。

 

 そんな野犬状態のアウラちゃんをうまく繋いでおく手段として、始祖の力は有用だったのだろう。

 それにユミル自身私の目的に協力的だ。こちらが動きやすいよう用意した意図もあったのかもしれない。

 

 過去の『×××××』の記憶を思い出して、もう全てがどうでもよい状態になった時もあった。しかしユミルと対話し、一周回って清々しささえ感じている。

 

 それは上手く、『×××××』と今の「(アウラ)」の線引きができたからに違いない。

 

 

 

 

 

 

 

「今日も、空は青いねぇ」

 

 

 屋上で洗濯したシーツやタオルなどを干し終え、汗を拭う。

 

 雲一つない快晴日和。地上では今この瞬間も人の血で大地が穢れているというのに、憎々しいほど青い。そんな不可侵な空が、私は好きだ。

 

 不自由な体なものの、調査兵団で長年働いていたこともあり、バランス感覚はある。立体機動装置を扱う以上、空中に晒す我が身をコントロールする必要がある。

 その経験が、一本足で立っても余程のことがないかぎり不動のバランスを保つ所以です。

 

『   』

 

 ひと息吐いたこちらを見つめる透けた少女は、空になったカゴを掴もうとして失敗する。

 

 無表情ながら、ムスッ…とした雰囲気を漂わせた彼女ははためくシーツの裏に隠れ、時折首を伸ばして私を見ては、視線が合うと顔を引っ込める。

 

 ご覧ください、この愛らしい生き物を。

 

 彼女の実年齢を考えると、亡くなった時点ですでに成人していたはず。“奴隷”であるがゆえに切れたままの舌のように、その見た目が子どもなのも彼女の精神が影響しているのだと思う。

 

 死んだ後も考えたら千は優に超えているユミル・フリッツが幼い少女────あ、今目が合った。

 

 こちらの考えがバレたのか、頬を膨らます。あざといな?

 

 

 というか、フリッツ王の呪縛が解かれているなら、ユミルちゃんは別に奴隷でいる必要はないんじゃないか?いやでも彼女が巨人を作らなかったら、巨人が生成されないのか。

 

 そうしたら戦争中のお兄さまが巨人化できなくて、もし敵国に殺されてしまったら………私はイかれてしまう。いや、すでにイかれていた。

 

 王への「愛」という名の呪縛は、まだ完全には解けきっていないと考えるのが妥当か。ユミルが抱くアウラ・イェーガーへの愛と、王へ抱く「愛」の種類は違う。

 

 対し私はすべて混ぜ合わせた“狂愛”だ。

 

 大変遺憾ではございますが、ジーク・イェーガーもあの子種王の血を引いている事実を踏まえ、【ユミル→フリッツ王】と【私→お兄さま】の構図は似ているのかもしれない。それを言ったら、ユミルが推している【ミカサ→(←)エレン】も似た図だ。

 

 

 

 とにもかくにも、私の進むのはジークお兄さまのお話を聞いてから。

 そう思いカゴを横に挟むように抱えて、壁に立てかけておいた松葉杖を掴み歩き出す。

 

 その途中風に吹かれて、まるで雲の代わりに空へ飛んで行きそうな白い戯れの隙間の中、屋上のベンチに腰かけている人間が見えた。見かけたことのない患者だ。最近入院したばかりなのだろうか。

 

 ここは心的外傷を持つ患者が多いため、屋上の柵は乗り越えられないよう高くできている。

 

 ただ病人の療養として外の空気を吸わすことや、洗濯物を干すことなどに使うため封鎖はされておらず、誰でも立ち入ることができる。

 

 

 その人物は頭をケガしているようで、おでこや片目を隠すように包帯が巻かれていた。

 

 長身痩躯の人物。下は普通のもので、上は白いシャツの上に些か大きめな黒いジャケットを羽織っている。黒く長い髪はボサついていて、顔を覆うように前髪が降りている。顎ひげは少し、フラットな小顔のその顔には不釣り合いな気がした。

 

 一応看護婦もどきとして、挨拶くらいはしませんと。

 

 屋上へ続く扉は開けっぱなしにしていたので、私が干している間に入ってきたのだろう。

 

 近づいて「こんにちは」と微笑みながら声をかけると、干された洗濯物を眺めていた人物がこちらに気づく。

 

 髪と同じ真っ黒な──深淵のごとき瞳が片方、ギョロリ、と動く。

 大丈夫だろうか、瞳に全く光がない。レイプ目ってヤツだ。

 

「………こんにちは」

 

 躊躇いがちに、そう呟いた目の前の人間。

 高くも低くもない中性的な声のその人は、「へレン」と名乗った。

 

 

「わたしはアウラ・イェーガーです。最近ここでお手伝いさせてもらっている……看護婦見習い、みたいなものです」

 

「イェーガーさん、ですか」

 

 レイプ目さんは戦争でケガをして、銃弾が頭に当たってしまったらしい。奇跡的に助かったものの精神的に参ってしまい、負傷兵の心のケアも請け負っているここに入院することになったそうだ。包帯については頭のケガを隠すものとのこと。

 

 まだここに来たばかりな上、精神的に心がぴょんぴょんしている他の患者に気後れして、静かな場所を求めてヘレンさんは屋上にたどり着いたという。

 

 少しお話ししたいようなので営業スマイルで頷き、相手の隣に腰かけた。

 

 色々私の右足の件などを持ち出し、「イェーガーさんも大変だったんですね」と話すレイプ目さん。

 

 この欠損はお兄さまからいただいた愛おしいキズです。むしろお兄さまをたった足一本の犠牲だけで、グチャグチャにできてしまったのが怖いくらいです。

 

「大丈夫ですか?上の空ですが」

 

「……あ、いえ、少し考え事をしてました」

 

 いけません、気を引き締めないと。みっともない(アヘ)顔にならないように。

 

 

 

 それから、当たり障りのないことを話した。

 

 戦争で多くのエルディア兵士が犠牲になっている──とか、マーレが滅ぼした国の人間が兵士として使われている──とか。

 この世をどう思うか、と尋ねるヘレンさんは平和主義者なのかもしれない。

 

 この世がどれだけ歪んでいようと、私にはどうでもいい。

 

 けれど口では「残酷」を呟く。

 その事実だけは、覆しようのない事実であるから。

 

「すみません…こんな話をして」

 

「いえ、いいんですよ。ヘレンさんもさぞお辛かったでしょうね……ふふ、何だか弟の名前に似ていて、親近感が湧いてしまいますわ」

 

「弟ですか?」

 

「えぇ、エレン、って言うんです。……あぁでもこれ、内緒にしてくださいね?」

 

「エレン、ですか」

 

「かわいい弟ですよ。かわいくて、愛らしい弟」

 

 大きな瞳を見開かせて、翡翠の中を負の感情で満たすその姿を愛らしいと言わずして、なんというのでしょう。

 

 翅をもいだ蝶が地面で体をくねらせて必死に空へ戻ろうとしているように、あがいてあがいて、懸命に生きようとする少年の姿は本当に、私に「生」を実感させてくれる。

 

 弟が苦しめば苦しむほど、私は幸せになってしまう。なんとひどい姉なのでしょう。でも仕方ないですね。私の弟として、生まれてしまったのだから。逃れられない。逃す気もない。

 

 まるでそれは巣の中にかかったエモノを、わざわざ逃す捕食者(クモ)などいないように。

 

 

「イェーガーさんはもしかして、戦士隊のジーク・イェーガーの関係者ですか?同じ「イェーガー」姓で、腕章も赤なので」

 

「妻です」

 

「……………………え?」

 

「ふふ、冗談ですよ。妹です」

 

 そんなに驚くことはないだろう。たしかに傾国の美貌を持つアウラちゃんでもジークお兄さまと釣り合いませんが、夢を見るくらいよいでしょう。

 

 そのまま話はお兄さまへと変遷し、ヘレンさんは興味深そうに内容を聞く。

 私のノロケ話を真面目に聞く人なんて早々いないぞ。比較対象がアニ・レオンハートしかいないですけど。

 

 私のお兄さまラブ♡を肯定的に、頷いて聞いてくれるレイプ目さんに私の言葉も「兄」から「お兄さま」呼びに変わった。

 

「やっぱりこの世にはジーク教が必要なんです」

 

「えっと……猫舌の話からだいぶ飛びましたね」

 

「お兄さまの素晴らしさをこの世に知らしめることこそ、わたしの役目なんです」

 

「…いいと、思いますよ」

 

 両手を握り合わせてうっとりする私に、向こうは若干面白くない顔をした。ジーク教を否定するなら殲滅します。残らず全員。

 

 

「本当に兄君がお好きなのですね」

 

「はい。わたしの全てですから」

 

「イェーガーさんの全て…ですか」

 

「えぇ、兄のためなら「私」は悪魔にもなれます」

 

「そうですか……」

 

 そろそろ他の仕事もあるので──と切り出して、席を立つ。レイプ目さんに背を向けて、松葉杖を取り地面に置いていたカゴを拾おうと腰を曲げた。

 

 伸ばした手の先で、ずっとレイプ目さんを無表情に見ていたユミルが、私の背後を凝視していた。

 隙を見せた美女ちゃんに発情してしまったのでしょうね。

 

 

 

 

 

「な────ッ!!」

 

 

 一瞬肌をざわりと立てるような殺気を感じた直後、拾ったカゴを相手の顔面に向けて叩きつける。

 

 相手が怯んだ隙に懐から取り出したらしいナイフを松葉杖ではたき落として、加減なしにそのまま杖の軌道を戻し、相手の横腹に当てた。

 

 痛みにうめいたレイプ目さんは腹を手で押さえ、ベンチになだれ込むように倒れる。

 その間人が来て見つかったら面倒になるナイフを拾い、自身の懐に入れた。

 

「甘く見ないでほしいな。これでも私、超絶ハードな兵士ライフを何年も送ってたんだから」

 

「う゛っ………気づいて、たのか」

 

「胡散臭いヒゲは取ったら?長身で気づきにくいし、ゆとりのある服でうまく骨格を隠しているようだけど、あなた女性でしょう」

 

「……驚きました。そこにも、気づかれましたか」

 

 多分、今日イチニッコリ笑っている私。表情筋が一周回ってイキイキしている。

 

 初めは男性と思っていた。けれどお兄さまの件を話した時に、わかった。彼女のレイプ目の奥で、男女間におけるドロドロとした()()が覗くのを。

 

 

「うふふ、ふふ…………()()の目だったわよ、あなた」

 

 

 たった一瞬の、その感情を私が見逃すわけがない。

 

 お兄さまに私以外の人間が「愛」を向けている。本当なら許さないといけないことだとわかっていますが、私の支配欲が中々、それを許してくださらないのです。

 

 ちなみに盗聴については問題ない。ここは軍事関係のない普通の病院であるから。

 

「初めは政府の人間かと思ったけれど……どういった関係の方かしら?」

 

 ユミルちゃんの番犬ガオガオ(しかし無表情である)の反応を抜きにして、この人間、初めから私を見る目が冷たかった。美女だから嫉妬しているわけではないでしょう。顔については向こうもイイ。

 

 

 私に悪感情を抱く政府の人間とも考えましたが、まさかマーレ人が()()()()()()()()()()()、絶対にするわけがない。

 忌まわしく思っている、悪魔の民であることを示す証を。

 

 ゆえに別の線を考えた。一応エルディア人であるかこっそり力を使って探ってみれども、リンクしない。

 

 ここに潜入できるだけのバックがあるのは確かで、同時にレイプ目にはそれを可能とする潜入スキルもある。また、腕章を付けることに臆さない精神も。

 

 さらに言えば名前の件だ。偽名を使うにしてもあからさま過ぎる。弟と似た名前を出して私の心につけ込みやすいようにするための方法かもしれないが。

 

 しかし今の嬉しそうな──安堵を浮かべる彼女の表情や、お兄さまの件を聞いていた部分に違和感を感じるところからして、政府の人間でないことは間違いなさそうだった。

 

 

「試すようなマネをして申し訳ありません、アウラ」

 

「急に呼び捨てになるのね…」

 

「嫌でしたら先ほどの呼び方に戻しましょうか?」

 

「いえ、いいわ。「ちゃん」をつけるなら」

 

「わかりました、アウラちゃん」

 

「………ほ、本当に「ちゃん」をつけちゃうの?」

 

 彼女の本当の名前は「イェレナ」と言うらしい。

 

 受けた説明を端的にすると、彼女はマーレに滅ぼされた国の人間で、兵士として戦争に駆り出された時にたまたまお兄さまに助けてもらった、と。

 以来彼女はジーク・イェーガーを信奉し、“協力者”として暗躍しているそうだ。

 

 その肝心の「計画」の部分は話してもらえなかった。

 

 それで、人を殺すようなマネをしたのは、お兄さまから聞いていた私の実力が本物かどうかを知りたかったから──らしい。知ってどうするのかとも思いましたが、お兄さまの「計画」に私を使う上で、信頼に足りる人格や力があるか否かを確かめたい節があったそうだ。

 

「お兄さまが私を協力者にする、って言ったの?」

 

「いえ、()()言っておりません。ですがジークはあなたと話をすると言っていたので、その時にきっと話すでしょう」

 

「ふーん……その計画の部分は、話してくれないのね」

 

「それは兄君から聞いた方がよいでしょう」

 

「………それもそっか」

 

 イェレナはどうにも最近「計画」に対し、足取りが重くなったジーク・イェーガーを説得してもらいたいようだ。その原因は、おそらく私にあると。

 

 

「あなたとお話しして、確信できました。()()()()()()()()()は、ジークの計画を否定することはない。むしろその力になろうとしてくださる」

 

「だから私のお兄さま談義に付き合ってくれたのね、イェレナは」

 

「はい。特にジーク教の部分は素晴らしかったと思います。…ただ」

 

「ただ?」

 

「創始者には、私がなりたいです」

 

 深淵たる瞳をこちらに向けて、猛烈にお兄さまへの信奉心をアピールしてくるイェレナ。その座は渡さない。というか何でノリ気なんだよ。アニは死んだ魚の目で聞いていた話を。

 

「イェレナはじゃあ、今ここにいるのはお兄さまに頼まれて…ってわけじゃなさそうね」

 

「今回は私の独断です。私とあなたが会うことは、ジークは否定的だったので」

 

「まぁお互い話して、あまり相性が良くないのはわかったでしょう?お兄さまもそれに勘づいていたのよ」

 

「そうですか?私は気が合うと思いますが」

 

 と、言う彼女の目は笑っていない。信奉うんぬんの話は本当でしょう。ですが彼女からはメスの匂いがする。

 まるでミケ・ザカリアスのような発言で大変遺憾ですが、この女絶対にお兄さまに信仰心以上の感情を持っている。

 

「私の頼みは、ジークの後押しをしていただきたい。それが彼自身のためになり、ひいては“人類のため”になる」

 

「…人類のため?」

 

「彼の計画は壮大なものです。そのために長年ジークは計画を進めてきた」

 

「お兄さまが、長年…」

 

「そうです。その根幹には「楽園送り」となった妹への、贖罪に似た気持ちもあったことでしょう」

 

「………」

 

「それを噛み砕くと、計画自体、()()()()()()()()()である────と、言っても過言ではない」

 

 

 腹を押さえながら立ち上がり、こちらに近づくイェレナ。

 

 お兄さまが、私のために。お兄さまが私のために?それが本当なら、耳が孕むほど甘美な響きで。お兄さまがいないのにうっかり絶頂してしまう。

 

「……わかりました。肯定的に考えておきます」

 

「そうしてくださると私としても助かります。ここまで来たジークの歩みを、無下にしたくはありませんから」

 

「…えぇ、お兄さまが望むなら………ジーク・イェーガーが()()()()()()()道なら、私は全力で、私の命をかけてその手助けになるよう尽力します」

 

「そうです──」

 

「それがお兄さまの、望みなら」

 

「……?」

 

 首を傾げる目の前の、女。アウラちゃんはジーク・イェーガーに全てを捧げていて、お兄さまのためなら死ねる。その望みが世界の滅亡なら、今イェレナの横で無表情に彼女を見つめている少女に、この世をキレイにしてもらうようお願いする。

 

 でも、それ以外の誰かに動かされることは────ましてや()()()()()()()は、心底吐き気がする。

 

 そしてそれ以上に、私だけでなくお兄さままでもその手が触れているように感じられて………目の前の人間の絶叫を聞いて「生」の精算をとってもお釣りにならないほど、はらわたが煮えくりかえっている。

 

 

「イェレナはお兄さまの良き理解者なのね、うらやましいな」

 

「……まぁ、私もあなたが羨ましく思うところがありますよ」

 

「そう?………わたしなんかは、肯定することしかできないから」

 

「それがあなたの良さなのではないですか?」

 

「いえ、“本当の理解者”というものは、肯定だけでなく否定もできるものよ。イェレナはきっと、必要とあらばお兄さまを否定することもできるのでしょうね……」

 

「そうですね。…私とジークで、意見が食い違うこともありますよ」

 

「……イェレナちゃん、お兄さまのことお願いね。今のわたしより、あなたの方ができることは圧倒的に多いから」

 

「元よりそのつもりです、ご安心を」

 

 こちらが差し出した手をジッと見つめ、彼女は微笑み握った。冷たい手だ。私の温度を侵食して奪うかのように。

 彼女がお兄さまに触れたら、その熱が奪われてしまう。

 

 

 

 ボキリと、なった音。

 

 漏れた悲鳴。噛み殺した口の中から聞こえる呼吸音。ヒュウ、とか細い息。

 

 冷たい手の温度。

 

 歪む真っ黒な目に、にじむ涙。

 

 その中に映る私の、()けた顔。

 

 悲鳴を聞いて、ネジが外れているドロドロとした顔。

 

 

 

 

 

()()()()()を叶えることはない、「私」は」

 

 

 

 お兄さま以外の望みを聞き入れるわけがない。ユミルは例外として。

 

 そもそも、そもそもの話。

 

 お兄さまの計画に私が相応しい、などとほざいていたその口。

 その口がある体から感じられた一瞬の“殺気”は、どう説明してくれるのか。

 

 お兄さまに愛されている私に嫉妬したのだろうか?イェレナは。

 

 

 ──否、違う。「愛」というものはもっと狂気的でエクスタシーにまみれた享楽なんだ。殺すならもっともっと、殺気を垂れ流しにして、憎愛に満ち満ちているべきであって、刺し殺すならもっともっと痛めつけてやらないと、それは「愛」の証明にならなくて────。

 

 

 しかしイェレナは、殺意を一瞬だけみせた。それは逆に言うと、一度出したものを引っ込めたということ。

 こちらに、バレないように。

 

 そして私を狙った部分は首元。背後から頸動脈を狙う気だったのだろう。

 

 その後の処理はどうするのかとも思ったが、きっと適当な人物に濡れ衣を着せてしまうのだろう。ここには()()()()()エルディア人がいくらでもいるから。

 

 兄にも適当な理由をつけて話す。

 

 死んだ私をどう思ってくださるかとても知りたくはあるけれど、彼女に殺されて終わる結末を享受する気は毛頭ない。

 

 この場合悲劇のヒロインぶるのは私ではなく彼女。それもお兄さまにヒロインぶる。そんなの許せるわけがないでしょう。

 

 この女にだけは絶対お兄さまを、穢させるわけにはいかない。

 

 

 

「あはっ♡」

 

「……ァ、ッ……!!」

 

「ジーク・イェーガーをいっぺんたりとも穢してみろ、殺す。殺す、殺す。お前をお前が一番屈辱に思う方法でお前を殺してお前を殺す、絶対に殺す、殺す」

 

 

 どこまで複雑に折れたかはわからない女の手を離して、真っ白くなった己の手を見た。歪に力をかけたせいで自分の手にもひどい痛みが走る。

 

 こちらを親の仇と言わんばかりに折れた手をかばいながら、イェレナは私を見る。

 アウラちゃんの地雷を踏みぬいて、そのまま突き進もうとした彼女が悪い。むしろ今殺さないことを感謝してほしい。

 

「あなたのお願いは呑むよ。ただお兄さまにその計画を実行する意思がないのなら、無理に進めることはない」

 

「………気狂いッ、め…!!」

 

「あら、お兄さまから聞いていたのでしょう?私が兄のために壁内を裏切った人間だって」

 

「聞いて、いたが……!」

 

「実際に体験してみるのとじゃ違うでしょうね。あぁどうぞ、このことはお兄さまに言っていいわよ。私もあなたがジーク・イェーガーの妹を殺そうとしたことを言うから」

 

「………」

 

「不思議そうな顔ね。今とても殺したいあなたを殺さないのは、ジークお兄さまがあなたを仲間として使っているからよ。無論、ここまで踏み込んでいるあなたにも相応の目的があるのでしょうね。しかしそれを尊重する理由が全く私にはない。というかどうでもいい。兄以外全て、この世界がどうなろうと」

 

「……ハハッ、イかれていますね、あなた」

 

「えぇ、知っているわ、私は私がイかれていることを自覚した上でイかれている、厄介な人間で、そして────」

 

 

 

 ──────本当の、「()()」よ。

 

 

 

 荒い吐息を吐き、絶頂と愉悦とさまざまな感情が混じり合って浮かべた私の笑みを、イェレナは呆然と、口を開けて見つめる。

 

 闇色の瞳孔に、一筋の光が浮かんだ気がした。

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