ジーク・イェーガーの信者だった女が何故かその妹までも信奉し始めた事態に、驚き桃の木山椒の木な悪魔野郎は私、アウラちゃん。
イェレナはジークお兄さまへは「信奉」を、私には「心酔」を抱えている。
微々たる違いですが、「心酔」の方が悪魔ちゃんな私に向ける感情として正しいでしょう。
夕陽が沈み、空は赤らんで遠くの景色が黒く染まっている。
その下で陽を受けてほのかに朱をおびた川が流れ、耳を澄ますと聞こえる水の音。
勾配のある草むら。スカートの下で生い茂る草のチクチクとした感触から逃げるように身じろいで、真っ赤に染まった世界に訪れる紫煙を眺めた。
隣であぐらをかいて煙を吸うお兄さまの横顔が、夕陽に侵されて、照らされている。
祖父母とともに戦場帰りの兄を出迎えて、収容区の祖父母の家で食卓を囲んだ。そしてその後、ふたり帰路についた中での寄り道。
周囲の人影はほとんどない。収容区からさほど離れていない場所にあるこの川。
向こう岸には発着場があって、飛行船を拝むことができる。今は空を遊泳するその姿はない。
疲れているはずのお兄さまは、祖父母の前では笑っていた。実家で食事をしている時も。
“イイ年”をして相手のいない
祖母の方は祖父の隣で目に見えて固まっていた。
でも今は瞳が虚で、飛行船も何もない遠くを視界に入れて、ぼんやりとしている。絶好のシャッターチャンスですね。誰か写真機を持ってこい。後で使う(意味深)
何か考えているのかもしれないし、何も考えたくないのかもしれない。
美しい姿に見惚れていたら、伸びた手がポンポンと、私の頭を叩いた。
お兄さまは祖父の発言を気にするな、と言う。
私としてはバンザイ三唱だった。お祖父さまの中の
年は一回り以上離れつつ、ビジンでも年齢が年齢のため結婚が難しい娘と、恋人のひとりも連れてこない孫息子が一緒になれば互いによいかもしれない──という善意で話したのでしょう。ちなみに兄と私が一緒に暮らしているのは祖母しか知りません。
祖父から見たら、距離感の近い娘とその甥に感じる部分があったのだろう。その理由は兄妹だから、近いのですが。
実際は祖父と接している時、それとなく私が恋人の話に持ち込んで、ついでに未だ相手のいないお兄さまを心配してみせた結果、引く確率の高い「当たりくじ」だったのです。
私はお兄さまと擬似恋愛ムードが楽しめて最高でしたし、ほどよく狂った祖父や何も言えず口を噤む祖母も見れる。
そして何より、お兄さまの苦しさを無理に隠そうとするお顔を拝見できる。
やめられない、とまらない、曇らせえびせん。
ただ、本音を言えば、お兄さまの相手が本当にいないのか気になる。
表向きにはいないだけで、裏では恋人、あるいは意中の人がいるかもしれない。少なくとも王家の血を引く以上、その希少な血を残す必要性があることはわかっているはずだ。
ヒストリアがウォール教の重要人物であることは、アニが王政とその周囲を調べていた時に判明していたようで、壁内のクーデター後、彼女が王女になったことは三人(私、ユミル、アニ)で遊んでいる時に話した。そこから、マーレ政府はすでにヒストリアが王家の血を継ぐ人間であることを知っている。仮に私が話さずとも、ヒストリア=王家の件は予想がついたことでしょう。
存在する王家は彼女と、私と、ジークお兄さま。
ヒストリアの場合は壁内に王家の人間が彼女しかいないから、どの道後継ぎを作る必要がある。
女はそう簡単に子どもを増やせないけれど、男ならそう難しいことではない。でも麗しき兄に、あんな子種王(シンプルイズベストな暴言)のようなことはして欲しくないです。
『──────!!』
幻聴か、金髪碧目少女の激おこプンプンな声が聞こえた。気のせいでしょう(すっとぼけ)
「ジークお兄さまは」
「ん?」
「け、結婚とかは…されないのですか?」
好きな、人とかも──と、続けた声はかすれた。うまく音にならなかったかもしれない。
でもちゃんと聞こえていたようで、お兄さまはこちらを見る。
蒼い瞳はキレイで、どうしようもなく私の心をかき乱す。
「そうだなぁ………アウラが結婚するまでは、結婚しないよ」
「じゃあ一生結婚できませんね」
「お兄ちゃんを泣かせる気か」
えーん、とわざとらしく泣いてみせるお兄さま。おっふ…。
それと久しぶりの再会に妹が敬語になっていることも、不服らしい。
と言っても、お兄さまといると常時心拍数が高い私は、間を置くとすぐに距離感がわからなくなってしまう。それでも少しずつ、確実に壁の隅に追い込んでいる。
「だって俺に好きな人ができて、結婚したらお前がひとりになっちゃうだろ」
「私も同居する」
「やめろ、新婚生活の場に妹が居候するな」
「姑ポジで嫁を精神的に追い込みます」
「本当にやりかねない、この妹なら」
「それだけこの妹はお兄ちゃんが好きです」
「愛が重いよ、アウラ」
「お兄ちゃんが受け止めてくれないと死んじゃいます」
そのまま体を倒してお兄さまの太ももに頭を乗せると、胡座の高低差で首が直角に傾く。胡乱げな視線が突き刺さり、直後大きなため息が聞こえて、自分の頭が大きく動いたと同時に首の角度がゆるやかになった。胡座をかいていた足が伸ばされている。
────やったぜアウラちゃん!
兄の前面に移動した私はさながら兄を人間椅子にしてズルズルと体を下げ、頭を両足の間に埋め込むことに成功した。お兄さまのお兄さま♂のまくら………ひひぃん!(トキメキの音)
これが、驚異の子…………!!
「……あのねぇ、兄妹間でする体勢じゃないよ」
「と言いながら、お兄ちゃんは許してくれるのでした」
「こういうのは父お──」
父親の地雷を踏んだお兄さまは険しい顔つきになる。容姿は本当に似ているし、丸渕眼鏡とヒゲまで同じだから寝ぼけていると、妹が時折間違えてしまうこともある。もちろん故意ではありませんよ?(ニチャア)
「お父さま?」と言うと、毎度不快そうな顔をするのでやめられません。クサヴァーさんの遺品である眼鏡は絶対に外しませんが、一度無精ヒゲと今生の別れをされそうになっていた時は止めました。今でもいっぱいいっぱいなのに、これ以上イケメンになったら本気で死にます。興奮で、
そもそもヒゲを生やしたのは、若い頃のグリシャ・イェーガーと容姿が似ているから──だそうで。
どのお兄さまでも私は大好きです。
「なぁアウラ、お兄ちゃん前に色々話そうって言っただろ」
こちらを覗き込むお兄さまの顔が真っ赤に染まる。一瞬それが血に見えて、瞳をこすった。
急に怖さを覚えてしまった自分を不思議に思う。今こうしてメガネの奥の瞼は瞬いているし、熱を感じるのだから死んでるわけないのに。
「お前が幸せになってくれないと…いや、幸せを見つけてくれないと、お兄ちゃんは死んでも死にきれないよ」
「じゃあ、死なないでください」
「無茶言うなって」
「妹を、私を愛しているなら、死なないで」
「………」
「────生きて」
青い瞳が赤に侵食されて、オレンジに染まった髪の色が、ユミルと重なる。
愛する人が生きて欲しいと願うことの、何が悪いというのだろう。なのに結局、この世界はそれ以上の仕打ちを返してくるじゃないか。ユミルにだって、きっと……お兄さまにだって。
今度こそ幸せにしたいんだ。
でも同時に一生引きずるくらい、私でジーク・イェーガーを侵したい。
「それに将来、エルディア人に安息の未来があるとは思えない。対巨人用の兵器開発が進めば、マーレの地位は危うくなる。崩壊したら、必然的に収容区のエルディア人も住処がなくなる。大量虐殺だってあり得る。それほどまでにかつてのエルディア帝国や、マーレの巨人の軍事使用の影響が出ている」
今回の戦争で勝って、またパラディ島に侵攻するとして、壁内人類が黙っているとは思えない。グリシャ・イェーガーが残した世界にまつわる秘密を手に入れていれば尚更。すでにパラディ島の敵はマーレ、そして世界であることが判明している。
それにユミルがエレミカ推しである以上、パラディ島がそう簡単に負けるとも思えない。
生きていても明るい未来が無さそう──というのが、正直な私の感想です。
一応言っておくと、自分の不利になる情報は言っていないし、私の秘密を握っている(あえて握らせていると言ってもいい)アニにも情報を漏らさないように頼んでいる。
例えば、始祖の真価を発揮させるのに必要な条件ですとかね。マーレでも知らない始祖に関する情報だ。《始祖の巨人》を奪えば、それで終わりだと思っている。王家のスイッチがなければ動かないんですねぇ…。
「お前も色々考えてるんだな…」
「そう言われると、普段は何も考えてない、みたいに聞こえるんだけどお兄ちゃん」
「普段は俺のことしか考えてないだろ」
「ど、どどど、どうしてわかったの…!?」
お兄さまを見ている私のことを、お兄さまは見てくださっているという事ですか?………ひひぃん!(二回目)
「妹の一挙一動に愛情を感じて俺は怖いよ、たまに」
「嫌なときは拒絶して、じゃないと私わからな………いたっ」
無言でアウラちゃんの可愛らしいほっぺをつねったお兄さま。痛みと気持ちよさに全身が暴れ馬になりそうですけど、手のひらを握って堪えます。
兄の脳内では私を叩いた記憶が再生されているのかもしれない。
そんな簡単に、曇らせの落とし穴に引っかからないでください。妹が狂ってしまいます。いいえ、狂っていました。
「お前は本当に…俺が好きだね」
「だって、愛しておりますから」
「……
ボッと、堪えきれず顔から火が出る勢いで熱が溜まっていく私の顔。
尚もボボボッ、と弱火になるどころか熱さが増していく。
今期最絶頂を迎えてしまい、脳内処理ができなくなった妹を見る兄は微笑んでいて、でも眉が少し下がっていて、困ってしまっている。ひひぃんっ(三回目)
顔を手で覆って、私が素数を数えるようにハンジ・ゾエと愉快な巨人たちを数えている中、兄が横に寝転がる気配がした。
「星は好きか?」
「………う」
「じゃあ見てこうぜ、少し」
「……うぅ」
ついでに軍服のジャケットが体の上にかけられた。お兄さまの匂いと着ていた熱が全身を包んで、眼球が裏返る。顔を覆っていてよかった。つま先がピンと伸びる。死ぬかもしれない。
「アウラ、寝ないでちゃんと聞けよ」
「………フィッ」
お兄さまはそして、話し出す。
エルディア人を微睡の中で眠りにつかす計画を。
妹には協力させないことも、あらかじめ話して。その上で────その上で、悩んでいることも。
「俺はお前を、巻き込みたくない。でもエルディア人である以上、計画を実行に移せばお前も巻き込まれる」
計画をしようともしなかろうとも私は、アウラ・イェーガーはお兄さまが死ねば死ぬ。
どうあがいてもその結論から逃れられない中で、お兄さまは懊悩して、苦しんでいる。
イェレナの言うことは本当だった。確かに壮大な計画だ。エルディア人から生殖機能を奪うなんて。歴史的事情を読み解くと《始祖の巨人》が記憶のみならず、肉体への干渉も可能であるという事実が存在することが恐ろしい。
というか、それができるなら、無限の可能性を感じざるを得ない。
だって、例えばアウラちゃんが
まぁ、男の子になったアウラちゃんもさぞかしイケメンでしょう。しかし
妹がろくでもないことを考えている横で、お兄さまは真剣な表情を浮かべる。
イェレナが私と接触したことも後々わかることでしょう。だから今のうち、話を進める材料に使っても問題ない。
彼女、私を恍惚と抱きしめて、ハァ…ハァ……していた気もしますが、それは全て夢です。
彼女が抱く私への感情は「心酔」であってそれ以外ではないです。ただその度が過ぎるだけです。でなければあの時私はそのまま「アッ──!」となっていた。
ライナーの時と同様にイェレナについてはしくじった部分がある。距離感を間違えたと言うべきか。彼女とは境界線を引いて冷戦とすべきであったのに、激情のあまり私がその境界線を無視して進んで戦争を起こしてしまったから、狂気を至近距離で見た彼女が悪魔を信仰するきっかけを作ってしまった。
まぁその代わり、今後利用しますけれど。
最終的に引き剥がした彼女とは、協力関係(私の方が有利の立ち位置)を結んだ。その壮大な計画とやらは、お兄さまの口から直接聞きたかったので説明を断って、イェレナと別れた。何か彼女個人に用がある場合は、指定の方法と、指定の場所でコンタクトを取ってください──と、言い残して。
また表面上は、お互い水と油な間柄を装うことにした。二者に関係性がないと思われる方が、双方動きやすいですから。
裏切ったら裏切ったで別に構わない。お兄さまさえ裏切らなければ、殺しはしません。
「イェレナ」という人物が偽名を使って私と接触してきたことをお兄さまに話すと、一瞬眉間に皺が寄った。
「その「計画」の見通しが心配で来たみたいなの。兄さんからいずれ話があるだろうから、途中で頓挫しないように説得して欲しいって。計画の内容については抽象的な表現だったから、詳細は知らなかったわ」
「………大丈夫だったか?」
「何が?」
「多分、イェレナちゃんとお前じゃ相性が悪いだろ」
「大丈夫よ兄さん、
ニッコリ笑った私に、お兄さまの口角がひくついた。のちに彼女の包帯まみれな手を見たら、女同士のどんぱちがあったことがわかるでしょう。罪深いジークお兄さま。
「後でよく言っておく。悪かった」
「兄さんが謝ることじゃないわ。あのお………イェレナ
うふふ、と笑う私に、お兄さまの顔から血の気が引く。
女って怖い──などと思っていらっしゃるのだろうか。
今のお兄さまは妹が生きていたことによって、計画そのものが揺れ動く事態となっている。
私が生きているから苦しんでいる。
私のことで苦しんでいる。
私のせいで苦しんでいる。
私はお兄さまを苦しめている。
私がお兄さまを苦しめている。
──────…………♡♡
お兄さまを苦しめているのは私。私がお兄さまを苦しめている。
その事実が途方もない刺激となって脳を犯し、うっかり絶頂した顔を晒しそうになる。
「お兄さまは、どうなさるおつもりなのですか?」
イェレナのことはあったものの、あくまで私から強制するつもりはない。我が身が子を作れぬ体になろうが、構いません。どれだけお兄さまが私を想って悩んで苦しんでくださろうと、意味がない。ただ私が気持ち良くなってしまうだけです。
「まだ、わからない。…ただ」
「ただ?」
「俺がいくら悩んでも、最後に行き着く答えはわかってるんだ」
「──え?」
お兄さまの顔は、空に向いている。
陽が傾いて、星がちらほらと浮かぶようになった空を見つめる兄の口が動く。
「俺は計画を実行するよ。それが────クサヴァーさんとの約束だから」
音が、聞こえなくなった。
視界に映るお兄さまは空を見つめるばかりで、私を見ない。
兄の自室に飾ってあったボールが脳裏によぎって。
私の内側でグルグルと、黒いナニカが渦巻く。
自分の表情筋がビタ一文も動かない。お兄さまがこちらを向いたというのに。
「………アウラ?」
ジーク・イェーガーの中に深く残っているのは、私じゃない。私じゃない。私じゃ、私じゃない?
私じゃなきゃダメなのに。お兄さまの中に存在するのは私だけでいいのに。それ以外何もいらないお兄さまを構成するのは私だけでいい。私だけがお兄さまを構成してお兄さまになってお兄さまになることでお兄さま私がお兄さま──────。
「ははっ」
気づけば兄の上に覆いかぶさって───私は、
禁忌とか何だとか、その思考が回ってきたのはけれど、随分後のことで。
視界に映ったのは見開かれた青い瞳。キレイだった。
口元に感じたのは、タバコの苦い味。