金カムとサン◯オのコラボてぇてぇ。クロミ、クロミ、俺はここだ……。
「イェーガーさんは、ご家庭の都合で当分は病院にいらっしゃらないそうですよ」
エレンが姉と話した翌日。
彼が看護婦から聞かされたのは、そんな内容だった。
曰く、昨日話した負傷兵の人間とまた話す約束をしていたものの、諸事情で暫くは病院で会えなくなるため伝えて欲しい──と、アウラから頼まれたと。
エレンは自身の名をグリシャの本にあったフクロウの名前「エレン・クルーガー」から取り、偽名として使っている。
捻りもなくそのままだが、そこがエレンらしいと言えば、らしいとも言える。
現在は記憶障害だと偽り、病院に入院していた。
⚪︎⚪︎⚪︎
ハンジの提案から、アズマビト家の力を借りてマーレへ視察に来た調査兵団の面々。
エレンもまた同行し、父親の記述にあった車など、未知のものに息を呑んだ。
はしゃぐサシャやコニー。目立つその二人を止めようと、大声を上げて逆に目立つジャン。アルミンも海を見た時のように瞳を輝かせる。
大人組(
知らない物が満ちあふれた世界。
好奇心をくすぐられると同時に、少年の中では仄暗い感情が回遊する。
父親が“この世の真実”────残酷な世界を知った場所。
あるいは、幼い叔母が理不尽に犬に食い殺された場所。
あるいは異母兄が「安楽死計画」などという、彼からすれば到底認められない計画を作るに至った、人生を強要させた場所。
あるいは、姉が狭い世界しか知らず、歪む結果を作り出した場所。
それがマーレ。巨人の力を使い、植民地を広げる軍事国家。
柵に寄りかかり新聞を読む男も、子供の手を引き歩いている女も、買い物途中の腰の曲がった老人も、壁内と同じありふれた人間が存在している。
未知のものを抜きにして、ヒトの在り方というものは同じだった。
そうして仲間から少し離れた場所で、憂鬱としていた彼の元に訪れたのはミカサ。
「アイスクリーム」という物に興奮しているサシャやコニーを尻目にパタパタと駆けてきた彼女は、エレンの隣で一口食べ、その甘さに舌鼓を打つ。
そして食べかけのそれを、徐に彼の前に差し出す。
エレンも一口食べてみて、と。
興奮ぎみで目新しい物に食いついている同期と違い、ミカサの一番はやはりエレンだ。
暗い表情を察して彼女が差し出したアイスクリームは、翡翠の下にさらされる。
次の瞬間、大きく開いた口。
覗いた赤い舌に少女が思わず顔を真っ赤にした間に、渦を巻いた白い物体は消え、残ったのはコーンのみ。
あ、とミカサが声を漏らした時にはすでに、アイスの大部分は少年の口に吸い込まれていた。
頬をがめついリスのようにさせたエレンはしかし、“一口”を欲張りすぎた天誅が下り、キーンと痛む頭を押さえる。
呆然としていたミカサはすぐに彼の背をさすり、「アイスに異物が混入していたのでは?」と、凶悪な視線をアイス屋へ送った。それに気づいた店主は悲鳴を上げ、カオスな状況ができあがる。
周囲の視線が向きかけたが、その後スリの騒動が起こり、ミカサの件はうやむやに終わった。
そんな二人の光景を、不可視の存在がすぐ近くで見守っていたのだが、誰も知らないことである。
話が逸れたが、調査兵団がマーレへ来た理由には、和平の道を開拓する──という大義が存在する。
現在は、ジーク・イェーガーの“地鳴らし”の脅威をチラつかせて壁内の平和を守る策に肯定しているが、それ以外の方法も当然考えられた。
その中の一つが、諸外国へ友好を図る作戦である。
マーレの視察の傍ら、調査兵団は友好策の糸口をつかむ前哨戦として、「ユミルの民保護団体」という組織にアプローチをかける予定であった。
団体が国際討論会へはじめて登壇することを受け、その組織の理念を聞く。その上で、今後の友好策を見出していく方針で。
それから調査兵団はアズマビト家の屋敷に招かれ、キヨミと話した。
キヨミが語る、壁外のエルディア人の扱いというのは、正しくゴミを漁る野犬を追い払うような──そんな目も当てられない状況であると。
エルディア帝国時代は、ユミルの民の血をその家柄に取り込むことが高貴である証とされたが、今やその価値観は真逆のものと言ってよい。
これでもマーレの方がエルディア人への待遇が良いというのだから。その他諸外国となれば、想像以上の現実が待っているのだろう。
作戦自体困難なものとキヨミはしつつ、それでもアズマビト家は和平の協力を惜しまない、と。
一筋の光を頼りに暗闇を歩く術しか、調査兵団には──否、パラディ島には方法がない。
エレンに残された道は和平か、ジークの真の計画である「エルディア人安楽死計画」のどちらかだ。
悩む中で再び視察タイムとなった時、一人輪から外れたエレン。
そして、その後を追いかけるミカサ。
歩く一人とその後を追う一人は、何の因果か、路地裏でサシャの財布をスろうとした少年を見つける。
この件については周囲が敵国の移民か、または悪魔の民ではないかと制裁を加えようとして、リヴァイが助けに入った経緯がある。
そのため、その一連の出来事を目撃した一部の人間が少年を偶然見つけてしまったのだろう。
少年が複数の大人に胸ぐらをつかみ上げられていた中、その間に入ったエレン。
まるで、かつてアルミンを助けた時のような構図だった。
男たちが突然の乱入者に眉間にシワを寄せた直後、エレンの背後から泣く子もチビる絶対零度アッカーマンの鋭い眼光が向く。結果男たちは暴力の手段を放棄し、尻尾を巻いて逃げた。
その助けた二人が昼間スリをした人物の仲間だったことに気づくと、少年は深く頭を下げ、身振り手振りで何かを伝えた。
喋れないというわけではなく、純粋に言葉が違うため、相互のコミュニケーションを取るための方法らしい。
そして、少年の言わんとすることがおそらく「ついてきて」ということだと察すると、エレンはミカサの制止を無視して歩き出す。
ミカサは視線を彷徨わせ、結局駆け足で二人の後に続いた。
そうして着いたのは、難民用のテント。少年の方は手のひらを前に出して「まってて」というジェスチャーの後、その中へと入って行く。
陽が傾き始めた中、テントからのぞく淡く光るランプの光は、儚く少年の目に映る。
その灯りに心をとらわれた二人はしばし、立ったままぼんやりとした。
ミカサは虚な瞳のエレンの手を握り、「大丈夫?」と声をかける。
調査兵団に入りたての当時はほとんど同じだった二人の身長は、ミカサが少し見上げるほどの違いができた。
それは周囲も同じだ。それこそ104期の同期が並びその中にリヴァイが入ると、三十路の男が一番若く見られることがあるほど。
さすがに壁内では斯様な命知らずはいないが、壁外では“ちびっ子ギャング”の異名が付けられてしまうほどに、兵士長の身長は低い。
ミカサにとってはその見上げる高さが妙に心臓を昂らせる。気恥ずかしい、と言うべきか。
二人で黙って立っていると、そんな感情を露骨に感じてしまう。
「…なぁ、ミカサ」
先に話し出したのはエレンだった。
その言葉とともにミカサが握った手が、強く握り返される。
姉の裏切りの一件以来誰よりも神経が衰弱した少年。だがその時ばかりは、かつての強い意志を宿しているようであった。
カルラを失って、巨人を駆逐する、と叫んでいた時のように。
「オレは、仲間が大切だ」
「…うん」
「お前も、大切だ」
「……うん」
「お前にはいつも守られてばっかりだな」
「当然。エレンは私が守る」
「何でオレを守るんだ?壁内の重要人物だからか?それとも家族だからか?」
「……かっ、家族だから!」
「家族なのか?」
「えっ?」
ミカサの瞳が、大きく見開かれた。
エレンの「家族なのか?」の部分はまるで、家族じゃない、とでも言っているようではないか。
思わぬ否定の言葉に彼女の視界がぐらついた中、エレンは合わせていた瞳を逸らして、再びテントを見つめる。
「……オレが守っちゃダメなのか」
「え?」
「オレがお前を守ったらダメなのか?」
「え?え、だ、ダメじゃないけど…いやでも、エレンは私が守らないと……」
「嫌なのかよ」
「い、イヤじゃないけど…!!」
「けど、何だ?」
「…………ッ!………」
一歩ミカサが身を引こうとするが、繋がれた手がそれを阻む。マフラーがあれば顔を隠したが、今、のぼせたように赤い彼女の顔を隠すものはない。
その様子を表情ひとつ変えず見つめるエレンはゆっくりと、その距離を詰めた。
思考回路が停止した彼女に迫るのはエレン────の、顔。
心臓が過去一番に異常値を記録した中、彼女は瞳を強く瞑った。
だが、しかし。
いつまでも訪れない接触にうっすらと瞳を開ければ、エレンの顔は隣の斜め下に向けられている。若干驚いた様子にミカサが同じ場所に視線を向ければ、そこにいたのは帽子をかぶり髭を蓄えた老人。
熱い二人に微笑ましそうな老人の手には、盆の上に置かれた湯気の立つコップが二つある。
一気に顔が熱くなったミカサがエレンを見れば、そこには唇を少し噛み、耳まで顔を赤くしている少年の姿があった。
それから二人を探していた調査兵団も合流し、難民らのもてなしを受けた彼らは、飲めや歌えやの大騒ぎが始まる。
人種や言葉の壁がありながらまるで旧友のように接する両者には、溝などなく。
そんな中にいる一人の少年と、一人の少女の手は、周囲の目を盗んでこっそりと握られていた。
一方騒がしいテントの外では、顔を両手で覆い、地面に転がっている金髪蒼目少女の姿があったそうな。
そして訪れた国際討論会。
「ユミルの民保護団体」の内容とは、各国に散ったユミルの民の援助を求めるものであり、難民はエルディア人ではなく、エルディア帝国の危険思想────ひいては
難民はエルディア帝国に交配を強いられた哀れな被害者でしかない、としたのだ。
キヨミは団体の活動理念に不信感を抱いていたようであったが、それが事実のものとして当たってしまった。
当然これでは
エレンは討論会の内容を聞き、見えた光明が閉ざされていく感覚を覚えた。
このままではパラディ島は本当にジークの作戦に乗らざるを得なくなる。それ即ち、エルディア人の安楽死を意味する。
どの道マーレや全世界の脅威から島を守るためには「地鳴らし」が必須となる。
たとえ調査兵団が戦ったとして、幾千の兵士や兵器に勝てる道理はない。
何よりどこを見ても島の人間を「悪魔」としか見ない人間の有様が、エレンの心に深く突き刺さった。
同じ人間であるにも関わらず、あるいは同じ巨人化する人種であるにも関わらず、否定され、その存在を憎まれる。
エレンの母カルラは、かつて赤ん坊だった彼を抱きながら、シャーディス元団長に命の尊さを語った。
特別な人間でなくともいい。可愛らしい赤子を見つめ、そして微笑みながら。
「生」きているだけで偉いのだ──と。
だがエレンや仲間、パラディ島の人間は生きていることさえ否定されている。死ぬべき存在だと。
過去のエルディア帝国の罪は、今のユミルの民が背負わなくてはならないのだろうか?
──────否、否、否。
違う。それを言ってしまえば、誰にだって「罪」はある。
先祖を辿れば“死”に値する罪を成した人間も存在するだろう。
他者をそうして責め続けていれば、人間など全員が何かしらの「罪」を背負っていることになってしまうではないか。
ただ少なくともエレンにはこれまでの戦いの中で、自分を守るために死んでいった仲間の死という、「罪」がある。
何度も死にたいと思うことはあれど、それでもエレンは進み続けてきた。先の見えない暗闇の中を仲間とともに彷徨いながら。
そんな仲間もこのままでは未来がない。
不器用な彼は「生きて欲しい」とうまく言葉にできずとも、それでもアルミンやミカサ、調査兵団の面々などに思っている。
特にいつも自分を守り、支え続けてきたミカサには生きて欲しかった。幸せになって欲しかった。
その感情が何なのか。家族愛ではないと気づいた時、答えはもう出ていた。
しかし、その気持ちを言葉として彼が告げることはない。きっとその言葉を告げてしまえば、二人の心は本当に結ばれてしまうから。十三年の寿命がある以上、エレンはミカサを縛りたくはなかったのだ。
──して、ミカサやアルミン、大切な人々を守るため一つの意思が決まった少年は仲間から離れ、そのまま歩いていく。
討論会があったその日。彼は仲間から姿を消したのである。
キーはジークと「地鳴らし」、そして始祖ユミルの寵愛を受けるアウラ。
異母兄はエレンと初めて会った時、「必ず救い出してやる」と言っていた。
その過去を踏まえて、父親が弟に自由を奪うような教育をしたと思い込んでいる。
ゆえに最初は同調するそぶりを見せ、“その時”が来れば裏切り、エレンの意思を貫く。
あくまで人類の命運を決定するのはジークではなく、始祖を持つエレンなのだ。
だが懸念すべき存在はアウラだ。
始祖ユミルの「寵愛の子」という、不確定な存在。彼女は兄をこの世で一番愛している。またその兄が計画の内容を妹に話していない、とも考えにくかった。
ゆえにエレンがジークを裏切っても、兄の計画を肯定するだろうアウラの思想を読み取って、始祖ユミルが邪魔をする可能性がある。
だからこそエレンの心を病ませた姉を懐柔することが、少年のファーストミッション。
幸い政府の目に気をつけながら調べれば、その存在の噂を耳にすることはできた。本当か否か、情報の正誤性に欠けるものがほとんどだったが。
それから戦場に紛れ込み、エルディア人の負傷兵を偽って潜り込んだエレン。
彼が姉を内輪に引き込み起こすのは、
パラディ島以外の全てが、言ってしまえば敵。
その敵を駆逐する術を彼はすでに知ってしまった。実の兄によって、もたらされていた。
それこそが「地鳴らし」。
そして、負傷兵としてレベリオ区にある病院に紛れ込んだエレンは、情報通りアウラ・イェーガーがいることを願った。
結論、姉は確かにいた。“片足の看護婦”として。
はたして女に怒りを持っているのか、憎しみを持っているのか、はたまた会えた嬉しさや悲しさを抱いているのか。
殺意さえ抱いていたのも本当であるし、抱きしめたい気持ちもあった。
すべての感情が相反せず彼の内側で渦を巻き、エレン自身も自分の感情を理解できない。
それでも「姉」と二度と表現しないと思っていた口は開き、アウラを「姉さん」と呼んでいた。そして目的とは本来関係のない内容を、聞いてしまった。
姉は文字通り壊れていて、壊れ切ってしまっていて、兄に並々ならない執着を抱えている。彼女の過去を鑑みても、壁内の裏切り行為は到底許されるものではない。
それでエレンだけでなく、ミカサやアルミン、サシャやハンジなど、多くの人間が心に傷を負った。その清算をきっちりとつけるべきである。
だが懐かしい微笑みを浮かべられてしまえば、エレンの奥底に眠らせようとしたボロボロの「弟」という存在は顔を出して、少年の心をさらに痛めつける。
結局彼は姉に「もうオトナだろ」として、見放されてしまった。
ただ、単純に突き飛ばされたわけではない。確かな愛情がアウラにはあり、少年から距離を取った。
26歳の姉に縋ろうとする19歳の弟というのは、確かに気色悪い。
それを言ったら、三十路に近い兄に縋る26歳の妹もどうかと思うが。
エレンは己の力でつかむしかなくなった。仲間の未来を。島の将来を、世界の脅威から守るために。
本当かどうかはわからないが、アウラは兄にも弟にも不干渉を貫くとは言っている。ひとまずそれを信じるしか、今はないだろう。
同時に彼は負傷兵としてレベリオ区の収容所に入った時目撃した、妹を抱き上げて振り回す兄───ジークの姿を思い出し、一つの策を見出す。
その光景を見た時の少年の内情は察するにあまりあるとして、アウラがジークに、始祖ユミルがアウラへ同調するならば、その元となるジークの思想自体をどうにか動かすことができれば、不確定要素の多いアウラの存在があっても、エレンは自分の望む結末へ導くことができるのではないか────?と、思い至った。
つまりジークを説得するのだ。エルディア人を殺すのではなく、その他を排除する。
その引き合いに妹を出せば可能性があると、ジークの過去や嬉しそうに妹を振り回しているヒゲ面なオッサンの姿を踏まえ、エレンは感じた。
そも計画を行えば妹までも巻き込むことになる。そこを重点的に突けば、一つの活路を見出せる可能性は十分にある。
肝心のアウラは病院をしばらく休むと言ったが、姿を消したのは想像に難くない。
「寵愛の子」の内容はジークに言っていようといなかろうと、対面すればエレンはその話は持ち出す。それを懸念して彼女は身をくらませたのだろう。
おそらくは周囲にも偽って、どこかへと身を潜めているはずである。少なくとも、ジークに見つからない場所に。
ただし兄がマーレにいる以上は逃げることはない。そしてジークを連れて行く際は必ず現れるはずだ。その機をねらい姉は捕獲すればいい。
「………」
屋上に一人立っているエレンは、昨日とは一転した曇り空を仰ぎ見た。雨が降りそうだ。
今もどこかで流れている人の血も、彼が踏み潰せば世界は満遍なく平らになると同時に、赤く彩られるに違いない。その骸を作り出すのが、自分になるのだ。
「……でもそれしか、方法はないだろ」
少年は大切な人間のために、悪魔になる。
もしそうなったとしたら、彼の心は引き裂かれるだろう。だが同時に安堵を覚える気もする。
それでもエレン・イェーガーは、進撃する。
望むべく未来を、切り開くために。