おはよう。朝ナリよ。
おは 。 よ
ナ
レベリオ強襲作戦から凱旋した調査兵団。
兵士7名を失った戦いで、マーレに与えた大きな打撃。
その後、亡くなった兵士の葬式が執り行われ、英雄たちが眠る場所に彼らの名が刻まれた。
パラディ島では戦勝報道がなされ、民たちは歓喜に打ち震えたのである。
一方で単独行動を起こし、調査兵団の意にそぐわぬ形で事を起こしたエレン・イェーガーは、地下独房へ収監された。
彼が戦う道を選べば、調査兵団は始祖を持つ男をマーレから守るために、戦わなければならなくなる。
これによって、ハンジらが進めていた和平の道は完全に閉ざされた。
今回の一件を受けて、いずれ世界連合軍がパラディ島へ侵攻する。そのため、早急に“地ならし”の段階的実験を行わなければならない。
しかし政府はエレン、およびジーク・イェーガー。またその協力者である義勇兵に不信感を抱いており、政府権によってイェレナたちも軟禁されることになった。
この際に、巨人を継承していく上で必要な脊髄液入りの注射器について、義勇兵がマーレから奪ったものが政府にわたっている。
同時にジークもまたリヴァイ監視の下、巨大樹の森へ移送されることになった。
さらにガビとファルコも、飛行船で取り押さえられた後、地下牢に拘束された。
ちなみに現調査兵団の関係において、団長がハンジなのは変わらず。
その相談役として古参のミケが。兵士らの先陣を切るのはリヴァイである。
ウォール・マリアの一件で兵士は減ったが、四年の間にかなりの数が増えた。人類を守る大任を担うことからも、その人気は高くなっている。
104期生の面々は指折りの精鋭であり、ミカサもまたさらに強くなった。
アルミンも今回の飛行船の作戦を思いつくなど、頭脳としての頭角を現している。
対し、新兵のまとめ役として働いているのがペトラとオルオ。
ペトラの方は隊長に昇格している。みなの頼れるお姉さん──と言ったところだろう。
レベリオの作戦では参加した多くは粒ぞろいの精鋭であり、新兵は参加していない。
目に見えた派閥が存在しているわけではないものの、ペトラたちに付いていく者がいる一方で、しばしば過激な一面を見せるフロックにしたがう者も多い。
世界からの敵視を受けるパラディ島で、平穏な思想より過激な思想が支持されやすいのもまた、仕方のないことであった。
そして、ペトラとオルオに関しては作戦に参加していない。
理由として挙げられるのは、前者で述べたフロックの存在である。
新兵と接する機会の多いペトラは、ひとつの懸念を抱いていた。
マーレへ視察に向かう前から目立ち始めていたエレンの単独行動を受け、その姿に賛同を示す者が現れると考えたのだ。
現に新兵の中には、救世主とエレンをとらえる者もいた。
内部波乱の危険性は、義勇兵らを抱えている時点で兵団が可能性の中に入れていたものである。
ハンジにそれを相談した彼女は、団長らがマーレへ赴く間、反乱分子のリストアップを任された。
彼女はオルオとともに普段どおり新兵と接しながら、瞳を光らせていた。
また、ミケ班において。
四年前の一件で重傷を負ったゲルガーは、一線を引き、酒くさい教官として訓練兵の育成に尽力している。
ナナバについては現在育児中につき、実質退役している。
当初、彼女が結婚する話と、ついでに第一子を懐妊していることを聞いた団長と兵長は、スン、としている男へ視線を向けた経緯がある。
「何で黙ってたんだよぉぉ!!もおおぉぉ!!」と、団長はその日叫んだそうな。
またこちらは身分が異なる女王も、現在一般男性との子を身ごもっている。
兵団内では、すぐにジークの獣を彼女に継承させるべきだ──という意見も出た。しかし懐妊している以上、彼女を巨人にすれば子は死ぬ。
それもあり、ジークを一旦リヴァイの下で様子見させる状態となっていた。
⚪︎⚪︎⚪︎
「……なぁ、そんなに睨むなって」
道を走る馬車の中。
ジーク・イェーガーの前にいるのは、これから共に過ごさなければならないリヴァイ。
自身が兵長の監視下に置かれることを知った男としては、まさに絶望的状況。
なにせ身をもって、その人類最強たる力を一度味わっているのだから。
ジークはこのまま場所を移し、そこで違う意味のドキドキ♡を味わいながらの共同生活を送るわけだが、その場所まではまだ知らされていない。
エレンや、自身が首謀者であると明かされたファルコたちが心配であるが、それよりも。
「……妹に、会わせてほしいんだけど」
彼の妹。アウラ・イェーガー。
サシャ・ブラウスをその弾丸の軌道から外させ、ガビの撃ったそれが腹に当たった。
普通ならそのまま死ぬだろう。しかしエレンから「寵愛の子」の件を聞かされていたジークは、アウラが二度は蘇ったことを知っている。
巨人化したダイナの腹から出てきたのが一回目。
二回目は九年前、パラディ島が超大型によって、絶望を味わった日。巨人に食われたという。
つまり、死んで生き返った。あるいは死にかけのところを、始祖ユミルによって治された。
どちらにしろ、妹が特異な存在であることは変わらない。
紆余曲折を経て、その異常性をも受けとめて理解しようと努めていたジークだが、妹はまだ秘密を隠し持っていた。
疑問は多くある。
なぜ同じ王家であるにも関わらず、妹だけが特別なのか。
少なくともダイナは救ってもらえなかった。幼少期苦しんでいた自分に、始祖の手が伸ばされることもなかった。
また足の件もそうだ。始祖ならジークの巨人が妹の足を食わないようにすることも、できたはずではないのか。
ただこれは妹が兄に殺されたいと願っていたことからも、その意志を尊重したのではないか──と、一応は考えられる。
エレンもアウラから伝え聞いた内容で、その寵愛の方向性は妹自身にもわからないという。
まぁ、九年前の時も巨人に食われている。結局神──もしくは悪魔の意志を、人間のものさしで測るのは難しいということなのだろう。
しかし、アウラがジークに黙っていたのはどの道事実。
「寵愛の子」の事実を聞かされたところで、もう数多くの爆撃を妹に食らってきた。
アウラ・イェーガーが何者であろうと、彼の妹であることに変わりない。
けれど、アウラが話さなかったということは、
歪んだ妹の気持ちに寄り添いながら、それでも兄になろうと努めたジークの行動も、想いも、すべて無駄だったのか。
「オイ、気色悪いヒゲツラで気持ち悪そうな顔をしてやがるが……吐くんじゃねぇぞ」
「一言多いんだよ、お前。…馬車なんて慣れてないんだよ」
体を縄で繋がれて、そのまま馬車に引きずり回されている気分だ。
ジークの中にある感情が回る思考に追いつかない。溢れんばかりのそれは、身体に影響を及ぼすほどの苛烈さ。
その上妹がすぐ側で死にゆく様を見てしまっては、夢見も悪くなる。
ガビに撃たれた彼女はそのあと、ジークに身を預けるようにして目を瞑った。
かすれた「もういい」という言葉は、もしかしたら、始祖へ向けられた言葉だったのだろう。
ジークに殺されたいと願って、愛されたいと願って、それでも生きて。
その根底にあったのは、その言葉も含めて、“死”だったのではないかと思う。
家族の────兄という狭い世界で構成されていた妹が、広い世界で生きる。そのことすら本人にとっては相当なストレスだったのかもしれない。
結局想像するしかないが。本人に聞かなくてはわからない。
その本人は今もきっと、眠っているのだろう。
「クソヒゲ」
「……何だよリヴァイ」
「お前の妹がなぜバカみてぇな大声で叫んだか、わかるか?」
「…知らねぇよ」
兄の膝の上で瞳を瞑り、脱力したアウラ。その姿は人の命がこと切れる瞬間と同じ。
肉体が命を無くしたことで、動かなくなる。無情な現実そのもの。
しかしその直後。見開かれた瞳は白銅色をのぞかさず、白眼をむき絶叫した。喉が潰れることなどお構いなしに。
もはやその調整すら失ったように意味のない言葉を叫んで、叫んで、叫び続けて。
その髪は、真っ白く変色していった。
例えば戦争に行っていた兵士が過度なストレスを受け、戦争帰りには髪が白くなってしまった──という話は、事例として存在する。
しかして目に見える速度で色が変質していくというのは、誰が見ても異常であった。
最終的に髪の色が変わりきった後、アウラは泡を吹いた状態で動かなくなった。
痙攣していた体も収まり、かろうじて息はあったのである。腹の傷については、血が止まって。
一応生きていることだけは、ジークも聞かされている。目を覚ます様子がないことも。
何がアウラに起こったのか、誰もわからない。異常な状態へ陥る何があったのか知ろうにも、その本人は意識を取り戻さない。
「面会くらいはさ、いいだろ」
「ダメだ。また発狂したらどうする。あの女がどうなってるのか、誰もわからねぇってのに。それともやっぱり何か知ってて起こす気か、テメェ」
「…本当に、会いたいだけなんだけど」
ここでは心の慰みになるタバコもない。
頭を抱え、下を向いた彼にリヴァイは窓へ向けていた視線を外し、一瞥する。
「………ダメだ」
そう呟くような男の声に、ジークは堪えるような吐息を一つ、こぼした。
⚪︎⚪︎⚪︎
とある一室にて。
眠り姫となった女の元へ、見舞いに訪れている兵士───サシャ・ブラウスの姿があった。
病室として使われているその部屋には、常に見張りがいる。
ただしアウラ・イェーガーのワープ事件を受けて、拘束自体が難しいとされているため、気持ち程度の配置となっている。
見張る側としては恐ろしいものだろうが、監視をつけない訳にもいかない。
一番よいのは、信頼できる調査船団に乗っていたマーレ人に任せること。
しかしその多くは“悪魔の民”に対する差別心を抱いており、理解し合うことは難しい。
一方で就労許可を取りはたらいている者など、パラディ島の人間と接する中で、認識を改めているマーレ人もいる。
その例に入るのが、サシャがよく通うレストランに勤める男、「ニコロ」。
彼は、自身ではなく彼の料理にハートを射抜かれているサシャに対し、想いを寄せている。側から見れば[ニコロ→サシャ]の様子はあからさまだ。
だがごちそうにばかり目がいく女は、それに気づく様子がない。
彼女の両親や、その厩舎ではたらく孤児のひとりであるカヤという少女──サシャに四年前、助けられた経緯がある──は、額に手をつけてため息を吐く思いだった。
そんなハングリー精神のサシャの中で、眠る女は一言でいえば、憧憬の存在。
はじめは、“残す食事をくれる人”。
それから『ある日 クマさんと 出会った』事件を経て、果敢にナイフ一本で狩人も恐れるクマを怯ませたところから、憧れるようになった。
そして女が記憶を取り戻し去った後、しばらくして送られてきた肉と、世話になったことへの謝礼を告げる手紙。
シャレた匂いづけされた手紙など、肉を前にした少女の眼中にはない。
ウォール・マリア陥落以前は狩人の家柄、食べる機会は多かった。
だが肉はいくら食べてもうまい。むしろ毎食肉でもいい。
この肉については、ブラウス家に助けられた女が事の経緯をエルヴィンに話し、生きて帰った褒美を踏まえて勝ち取ったものであった。
そしてその肉は、奪おうとするサシャと両親の間で壮絶な戦いがくり広げられ、夕食のごちそうとなった。
食いものは争いを呼ぶ。ブラウス家の教訓である。
「……あなたはどうして、私を助けたんですか」
見舞いに持ってきた果物を皮ごとかじりながら、サシャは眠る女を、アウラを見つめる。
目覚めなければ果物も腐る。だからといって、自分で持ってきた見舞いの品を食べるのはいかがなものか。
ほかに人間がいれば、サシャの行動にツッコんだ。
しかし今はミカサやアルミンたちはエレンの行動に悩み、ハンジらもパラディ島勢力を勝利に導いたエレン・イェーガーを監禁していることに対し、住民や報道陣から質問責めにあっている。
サシャもまた勝利した事実よりも、多くの人間を殺したレベリオの一件で気を重くしている。
ニコロに家族共々レストランへ招かれたが、それでも気分は重い。
周囲から食べ物のことしか考えていないと思われる彼女も、食事以外で悩み、苦しみ、そのどうしようもない感情を払拭させようと、うまい物を食べたくなる。
「どうし、て……」
事情を知る一部の者は、一連の女の行動を自殺志願ととらえている。
所詮は兄の元で死ぬための都合のいいきっかけであり、そこに他意はないのだ、と。
ジーク・イェーガーがすべての女だ。
その行動や思考はすべて兄に直結する。ゆえにサシャやコニーの背を押した行動に、二人を助けよう、といった気持ちなど存在しない。
その裏付けになる証拠が、パラディ島を裏切った一件。
その言葉にうなずく者もいた。憎ましい表情を浮かべる者も。本当にそうなのか、疑問に思う者も。
当のサシャは、わからずにいる。
なぜ助けたのか。その理由は兄にまつわるものなのか。その感情が起因して、自分を助けたのか。それとも純粋にサシャを助けたい気持ちがあり、アウラは背を押したのか。
聞きたいと思えども、その本人は眠ったまま。
しかし助けた事実は、確かに存在する。
それに──────。
「ウドガルド城の時、あなたはヒストリアを助けたと聞きました。そのことのお礼を言えずじまいになっちゃったって、彼女は言ってましたよ」
またミケも《獣の巨人》を前にして、ブレードを抜いたアウラの様子を目撃している。
その意図は果たして、兄と気づいた上でわざと殺されにいったのか。それとも気づかず戦おうとしたのか、わからない。
しかし7年間調査兵団にいた彼女が、仲間にまったく感情を動かさないとも、サシャは思えなかった。
確かに敵と共謀していた一件では、仲間を見殺しにしている。まるでヒトの心などないように思えてしまう。
でも、それでも。
仲間へ笑いかけていたすべてが偽りだったのか。
心から笑い、そして泣いたことなど一瞬もなかったのか。
否、ほんの一瞬でも仲間を“仲間”として想ったことはあったはずだ。
きっと壁を壊したベルトルトやライナー、アニたちも複雑な心境だったに違いない。
捕虜となっているマーレ人を侮蔑するエルディア人も、エルディア人を「悪魔の民」と罵るマーレ人も、ニコロなどのように話し合えば距離を縮めることもできる。
「…そう。本当に、話し合わな何もわからん。何も始まらんのや」
だから早く、起きてほしい。
サシャはそう呟き、持ってきた果物をすべて平らげたのだった。