終着点が見つからず長引いてしまっている感覚はありますが、もうしばしお付き合いいただけたら嬉しいナス!
エレン・イェーガーの離反につき、反乱分子として捕らえられていた百名余りの兵士も、監視ごと逃走した。
彼らはエレンの脱獄と同時に離反したのだ。
イェーガー派の目的は、エレンが捕まったという情報を外部に漏洩させていたことから察せるとおり、エレンを中心とした兵団の改革である。
ザックレーがねらわれたのは、エレンの始祖を他のものへ移す考えが出ていたからだろう。
離反者は調査兵団からが最も多く、その責任をハンジ・ゾエは問われた。
しかして彼女が責任を取ったとして、どの兵団に、どれだけのエレンを信奉する人間が潜んでいるかわからない今の現状。
ハンジが団長の座を退いたところで、調査兵団の統率が乱れより状況が悪化するだけだ。
エレンの目的はジークとの接触である。そのために居場所を探るべく動くだろう。
ジーク・イェーガーの居どころを知るのはハンジやリヴァイ、そして兵長とともにジークを監視する約30名の兵士と、補給や連絡を担う3名の兵士だ。
また王家の血を継ぐ女王や、同じくエレンの姉もねらわれる可能性がある。
ヒストリア女王については、絶対的な守りの旧対人制圧部隊がいる。故に問題はない。
過去に何度か女王を脅かさんとする勢力が現れたが、ことごとく裏で暗殺されてきた。
対しアウラ・イェーガーに関しては、ジークと女王同様にその居場所を知る者は限られている。彼女についても護衛を増やす命令がピクシスによって出された。
此度の離反は徹底的にあぶり出したところで、多くの血が流れるだけだ。
エレン・イェーガーの行動の結果、世界がパラディ島を滅ぼそうと動き出している手前、内側で揉め合っている場合ではなかった。
命の天秤をはかるピクシスは、ザックレーの殺害を不当とする判断を下した。
それに反対する者もいたが、彼らも内輪で争っている状況でないことは重々承知だった。
だが、ただエレンを信奉する“イェーガー派”にこうべを垂れるわけではない。
連中にはジークの居場所を教える代わりに、交渉を図る。そして当初のとおり、「地ならし」の段階的な実験に臨む。
これに対しパラディ島に滞在しているアズマビト家は、一時港で待機することとなった。
それからそれぞれの兵士が、命令にしたがい動き始める。
ミカサやアルミンたちにも「イェーガー派ではないのか?」と疑惑の目が向く中、ハンジはジークやイェレナらにより設置されていた保険が今になって発揮している旨を語る。
用意周到に準備されている布石に、他にも“保険”が存在するのでは──?と感じたハンジ。
イェレナのこれまでの動向を振り返れば、引っかかる点が存在する。
それは彼女が捕まったマーレ人捕虜の人権に対し、兵政権(クーデター後、ヒストリアを女王に掲げた調査兵団・憲兵団・駐屯兵団から成り立つ現政権のこと)に反発してまで譲らなかった内容である。
この話し合いの前にピクシス司令がもっとも疑わしいイェレナと話していた裏で、ハンジはオニャンコポンと会っていた。
エレンとイェレナが密会していた件については、オニャンコポンも知らなかった。
つまり密会は、イェレナの単独行動によるものだった。
オニャンコポン曰く、義勇兵を組織したのはイェレナらしい。
イェレナは当初、疑心暗鬼だったメンバーに自らの手を汚すことで、ジークや組織に忠義を示した。
寝食を共にした友であろうと、義勇兵を疑うマーレ人であろうと殺す。
冷徹な一面があることを、彼女の近くにいたオニャンコポンはたびたび目撃していた。
彼らは彼女の行動が祖国を取り戻すためのものだと信じ、目を伏せてきたのである。
その後、オニャンコポンはハンジに同行を求められ、ともに行動している。
────ジークや組織のためにマーレ人を殺す。
一方で、マーレ人の人権を守ろうと兵政権に反発する。
このイェレナの矛盾に、ハンジは彼女が守ろうとしたマーレ人捕虜の場所が怪しいと感じ、調べることにした。
そして団長とミカサたちは、手始めにマーレ人が就労するレストランへと向かうことにしたのだった。
パラディ島で内部波乱をみせる裏では、すでに戦士の一人が壁内に潜り込んでいることをまだ知らずに────。
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マーレ人捕虜が働くレストランへと訪れた調査兵団御一行。
彼らはオニャンコポンのフォローを受けつつ、聞き込み調査を進めた。
現在レストランでは、そこに勤めるニコロの大切な客──ブラウス家が食事をとっている。
本来ならサシャも招かれるはずだったが、連日の仕事で忙しく、彼女だけまた別の機会に…ということになっていた。
ニコロはサシャを見るなり驚きながらも、苦笑いした。
というのも、眼前で繰り広げられる光景。
そこにはよだれを野獣のように垂らしながら瞳を光らせるサシャと、それを取り押さえるコニーとジャンの姿があったのである。
「ほんのっ、ほんのちょっとだけ食べるだけですから!!!」
「お前の「ちょっと」は、ちょっとじゃねぇだろ!」
「仕事中だろうが、このバカ野郎がッ!」
「ぐあぁぁう゛うぅぅ……私の、私の家族は美味しいもの食べてるのにぃ………!!」
レストランとサシャ・ブラウス。
そして惚れた弱みで、彼女にごちそうを振る舞いたいニコロ。
まさしく忙しい調査兵団にとっては、最悪の状況だ。レストランに来るとわかっていたのだから、サシャは連れて来るべきではなかった。
結局猛獣と化した女は柱に縄でくくりつけられ、調査が開始する。
ニコロは心配したが、コニーが「アイツ一度ああなると、腹を満たすまでダメなんだよ」と話すと、苦笑いをした。コニーの表情は、完全に悟りの境地だった。
そしてその後、調査兵団のメンバーはニコロに中を案内され、部屋で待機するよう言われた。
その際に部屋の酒が並べられた棚で、あるワインを発見したジャン。それは上官たちしか飲めないとうわさの酒である。
手に取られたワインはしかし、横から伸びた手に奪われる。
「何すんだよ、ニコロ。流石に仕事中に飲む気はねぇって」
「………」
「そう言っておいて、コッソリ味見する時だったんじゃねぇの〜ジャン」
「なっ……!!その坊主な頭をさらに刈り上げられたくなかったら黙れよ」
おちゃらけた様子のコニーに呆れ混じりにジャンがため息を吐いた。
だがそんな二人の耳に、黙り込んでいたニコロの言葉が耳に入る。
「コレは、エルディア人のお前らにはもったいない代物だ」
この発言は、マーレ人であるもののニコロと信頼関係を結べていたと思っていたジャンたちにとって、容易に見過ごせるものではなかった。
拗れた雰囲気のまま、ニコロはワインを抱えて逃げるように部屋を去った。
「え」
しかしニコロは途中で、柱にくくられていた女がいないことに気づく。
縄は女の腹の周囲を何重にも巻いてあった。肝心のその縄は、一ヶ所がボロボロになってちぎれている。恐らく体をイモムシみたいに動かして、縄を噛みきれる位置にまで無理くり持ってきたのだろう。
「サシャ………」
ニコロの中で、悟り顔のコニーの表情がよぎる。
急いで厨房に向かった男は、開いている扉と、その中で周囲の様子をうかがいながら、料理中の品物へ手を伸ばそうとする女を発見する。
女はしゃがんだ体勢で、手だけテーブルに伸ばしていた。
厨房に人がいないのは幸いだった。
調査兵団が突然来たことで、ほかのマーレ人捕虜も一旦料理の手を止めなければならなくなった。
仮に今の女の光景を見られでもしたら、誰も望まぬ形でエルディア人の株が下がることになる。そんな虚しいことがあってたまるか。
「オホン!……サシャ」
「っ!!」
ニコロが声をかければ、面白いように女の肩が跳ねる。
「え、えへへ……」と、頬をかきながら、しかしもう片方の女の手は料理の皿をつかんでいる。天使か何かだろうか(ニコロフィルター)。
だが彼も料理人。他人へ出す料理を食われるわけにはいかない。
ここで発揮されるのが、ニコロの料理を食べたことで、サシャに刻まれた効果だ。
それは例えるなら犬の「おて」や「ふせ」。
食べてはならない、とニコロに注意されたサシャの体は、餌づけされた力がはたらきその皿をテーブルへと戻す。
この効果を知れば、104期生のメンバーは天変地異の前触れかと思うだろう。
しかしその事実に当事者のニコロもサシャも、まったく気づいていなかった。
今にも死にそうな顔をするサシャに、困った表情をニコロが浮かべていたその時。
二人の少年と少女が現れた。
ファルコ・グライスと、ガビ・ブラウンである。
二人はサシャがかつて助けた少女カヤと出会い、ブラウス厩舎で働くことになった。
「悪魔の民」と食事をともにすることさえ耐えかねたガビだったが、ブラウス夫妻やカヤ、他の孤児の子どもたちと接することで、次第に悪魔の民への認識が変わっていった。
ちなみに戦士候補生二人が逃げたことをサシャは知っていたものの、両親の元にいることは知らなかった。
逆にカヤ以外の人間も、二人の素性は知らない。
カヤについては、ガビが付けていたマーレの腕章や二人の会話を聞くなど、厩舎へ誘う前から彼らが何者であるか知っていた。その上で助けたい、と思ったのだ。
ガビとファルコはカヤの助力もあり、マーレ人捕虜がいるレストランにたどり着くことができた。
二人はマーレへ戻る糸口を探すべく、捕虜を頼りに来たのである。
それから食事中。ワインを持ったマーレ人捕虜が駆け足で廊下を走っていく姿──扉はないため、人が通るとすぐにわかる──をとらえ、ファルコが腹痛のフリをして、ガビもその付き添いとして部屋を出た。
そしてサシャとガビは、遭遇することになってしまった。
⚪︎⚪︎⚪︎
ガビが見たのは、マーレで彼女たちと親しくしていた門兵の男たちを撃った、女の姿。
兵士たちに「サシャ」と呼ばれていた女だった。
血を流すアウラに声をかけていたことからも、二人が旧知の間柄であったことは知っている。
「アウラさんを撃った、子ども…」
お互い固まり、長い沈黙の後に、ポツリとつぶやかれた女の言葉。
それを耳にしたガビの中で、プツンと、糸が切れた音がした。
──────そもそもの話。
女が門兵の男たちを撃たなければ、彼らの死体から拾った銃でガビは撃たなかった。
脳内にこびりつくのは死体の数々。
口を開けて悲痛に歪んだ顔のまま、事きれていた死体。
あるいはガレキに潰されて、はみ出ていた腕や足の肉片。
地面を彩る新鮮な赤色に、爆発音。
鼻腔をかすめる鉄臭さと、鼻につくケムリの臭い。
どれをとっても、最悪の状況を作り出したのは悪魔の民だ。その民の一人である、サシャという女は。
その報復をガビは行わなければならない。傷ついた者たちのために。失った者のために。
自身の行為は正当なものであると、ガビは信じて疑わない。
少女は万が一の時のため裾の中へ忍ばせていたフォークを手のひらに滑らせ、それを握りしめる。こっそりと、席を立つ時に持って来ていたのだ。
所詮、鉄製の道具。
しかし厳しい訓練を行なってきた少女にかかれば、たちまち凶悪な武器へと変貌する。
「やめろガビ!!」
だが今にも女を殺さんと動こうとした少女を、ファルコが慌てて止めた。
背後から羽交締めされたガビの手からフォークが、カランと、音を立てて落ちる。
「なんで……なんで止めるのよ、ファルコ!!」
「止めるに決まってるだろ!」
「コイツらはエレン・イェーガーの仲間だ!門兵のおじさんたちを殺して、関係のないレベリオ区の人間を巻き込んで、ゾフィアを傷つけて、ガリアードさんも傷つけた!!」
「……ッ、女のひとの顔を見てくれよ!!」
少年により顔を無理やり正面に向けさせられた少女の目に映る、サシャの顔。
サシャは堪えるような表情で、まっすぐにガビを見つめている。
少なくとも、少女に撃たれたアウラに必死に声をかけていたのだ。ガビを憎く思っているはずなのだ。
なのに。
思わず少女は、「どうして」と、小さく声を漏らしていた。
長い沈黙が訪れる。
その静寂を打ち破ったのはやはりというか、サシャである。
サシャはニコロへ視線を向けると、真剣な様子で口を開く。
「今から美味しいものを作ってください、ニコロさん」
直後、「えっ?」と、その場にいる三人の声が重なった。
卓を囲んで美味しいものを食べよう──という、サシャの考えらしい。
状況を理解できない少年少女は困惑する。対しニコロは、サシャの言動をうっすらと理解し始めたようだ。
「候補生のあなたたちが逃げ出した話は聞いています。ここにいるのも何か理由があるのでしょうけど……ひとまずお腹を満たしませんか?」
「…サシャ、この子たちはブラウスさんたちと共に今日レストランに来たんだぞ」
「エッ……じゃあ、私が食べるはずだったご飯を彼らが………?」
絶望しきった表情で床に手をついた女。
ニコロは一応釘を刺すように、二人に調査兵団がレストランに訪れていることを告げる。ただしガビたちのこととは別件で訪れている、と。
「もしサシャに手を出せば、お前らには相応の処罰が下されるだろう。ブラウス夫妻や孤児の子供たちだって許さない。それは………俺もな」
先ほどガビが殺意をむき出しにしサシャへ襲いかかろうとした姿を思い出し、ニコロの眉間にシワが寄り、険しい顔つきになる。
一方でサシャの家族がブラウス夫妻である事実を知ったガビとファルコは驚いていた。
同時に少女はあまりにも偶然なこの一連の出来事が、仕組まれていたものではないのか──と疑惑を持つ。
候補生の二人を懐柔させるための、パラディ島の策だったのだろうか。
そしてマーレの情報を抜き取るつもりだったのかもしれない。あるいはスパイとして仕立てるつもりだったのかもしれない。
「………っ」
だが、そこまで思ったところでガビの脳裏によぎった、ブラウス夫妻やカヤの笑顔。
自分やファルコに向けられたその表情が、ウソのものであるとは思えなかった。否、
心から心配し、喜び、世話をしてくれた彼らの姿が。
ガビにはいつからか、悪魔には、見えなくなっていたのかもしれない。
「──で」
少女の口から漏れたかすれた声。
サシャは静かに、ガビを見つめる。
「なんで、憎くないの。私はアウラさんを撃ったのに………!!」
「…あなたは、彼女の知り合いだったんですね」
「あんたは門兵のおじさんたちを撃ったくせに…なんで、なんでッ!!!」
天井を仰ぎ見、瞳を閉じたサシャ。彼女は深く息を吐くと、ハッキリと「憎い」と答えた。
途端にヒュウと、か細い息がガビの口から漏れる。
「もちろんこの「にくい」は、お肉の方の意味じゃないです」
「「「………」」」
「アウラさんは私にとって憧れの兵士だった。それは今も変わりません。でも同時に彼女は私たちを裏切った人で……言葉にするには少し難しい感情を、私は彼女に抱いています。
あなたの──ガビさんの憎しみも元をたどれば、私が原因なのでしょう。
けれど私たちも、九年前に悲劇を経験した。………そうして憎しみを持ち続けていたら、この真っ暗な連鎖は止まらない。
私が憎んで、あなたが憎んで、また私が憎んで。
だからこそ私は憎しみで武器を取りたくはない。仮にあなたが私を今殺そうとして、自分の身を守るために力を使うことはある。ただ、憎しみを理由にあなたを殺すことはない」
それだけはわかってほしい、とサシャは続けた。
憎いなら殺していい、とキレイ事は吐かない。何故なら命の重さをサシャは知っている。
あまりにも軽すぎるそれは、簡単に奪われてしまうことを。
死にたくはない。しかしガビとわだかまりを残したままにすることも、ヨシとできない。幸い、武器を取らずに話せる余地がある。
美味しいものを食べて、一歩一歩、歩み寄っていく。
話し合いの精神をサシャ・ブラウスは求めたのである。
「………」
ガビは震える拳を握りしめる。
脳内では、悪魔の民なのに、悪魔の民なのに、悪魔の民なのに────と、何度も呪いの言葉が反響する。
少なからず調査兵団がレストランにいる以上、二人が逃げることは不可能に近いだろう。
彼らが来た理由が、本当は候補生の二人であるかはわからない。
それでも歩み寄りの姿勢をみせた少女の一番の要因は、サシャの両親やカヤ、孤児の子どもたちにやさしくされたことが大きかった。
もし、こんな自分が許されるのなら。
「………アウラ・イェーガーの墓に、行かせて」
うつむき、呟いたガビ。
重々しい様子に、サシャは首を傾げる。
「彼女は生きてますよ。知らなかったんですか?」
瞳を丸くした少女はサシャの顔を凝視して、へなへなと、力が抜けたように座り込む。
そして、これまで堰き止めていた感情が限界に至ったのか、顔を覆い静かに泣き始めた。