実力至上主義の学校にオリキャラを追加したらどうなるのか。   作:2100

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終わりを告げた日常Ⅲ

 結果的に、綾小路は池、山内、須藤の3人を勉強会に参加させることに成功したようだ。

 にもかかわらず、堀北はご機嫌斜めの様子だ。

理由は単純。結果までの過程で、堀北にとって都合のよろしくないことが起こったからだ。

 綾小路は、あの3人を参加させるのは自分の力では無理だと判断し、櫛田に協力を仰いだそうだ。それは功を奏し、3人は「櫛田が言うなら」と参加を決めた。しかし、櫛田が綾小路の頼みを聞く条件として提示したのは、自分もその勉強会に参加することだった。で、そのことに堀北が腹を立てたということらしい。

 堀北も苛烈だ。綾小路が呼びかけても応答はなし。しかしながら綾小路が無視を決め込む態勢をとると、すかさずコンパスで攻撃準備。

 さながら『やる気がないなら帰れ!』→帰り支度を始める→『舐めてるのか!?』という理不尽。

 綾小路はどうしていいか分からないだろう。俺にも分からん。

 そんな状態が続いたまま、放課後、勉強会の時刻になる。

 

「勉強会に参加する人は、過不足なく集まったかしら?」

 

 それまで綾小路のことなどガン無視だった堀北が、今日初めて綾小路と口を聞く。

過不足なく、というのは櫛田のことを揶揄しているんだろう。

 

「櫛田が説得してくれた。多分全員集まるはずだ」

 

「彼女に参加させない旨は伝えたの?」

 

「ああ、伝えた」

 

 本当にどうしても櫛田を参加させたくないらしい。

 

「……櫛田がいれば、あの3人のモチベーションもいくらか上がる。櫛田の参加はメリットしかないと思うが」

 

「そんなことで上がったモチベーションなんて、すぐに消え失せるのが関の山よ。彼女の小テストの点数を見れば、赤点を取るとは思えないし、かと言って講師ができるほど高いというわけでもない。そんな人の参加を認めるわけはいかないわ」

 

「……」

 

 だめだな、これは。

 やっぱり、堀北が櫛田を一方的に嫌う理由を推察するのは難しい。

 まあ今考えても、すぐに答えが出る問題でもない。

 勉強会の主催者は堀北だ。その主催者が参加を認めないというなら、俺にはどうすることもできない。

 いったんそのことは横に置いておき、勉強会の会場として堀北に指定された図書館へ向かう。

 図書館は、校舎の外部、通学路とは反対方向の場所に位置している。と言っても遠くはない。徒歩1,2分で着く距離だ。

 勉強会に参加する人数は恐らく6人。櫛田が参加するとすれば7人。それだけの人数の席が確保できる机に腰掛けた。

 そこから少しして、赤点組のご登場である。

 櫛田が3人の来訪を伝えながら、図書館に入ってきた。

 ここまでは予想通り。しかし、1人想定外の人物がいた。

 

「沖谷? お前赤点だったっけ?」

 

 小さい体。この世に男の娘って存在するんだなあ、と思わせられる、そんな容姿をした男子生徒だった。

 

「赤点じゃなかったんだけど……その、かなりギリギリで、不安だから……参加してもいい、かな? 平田くんのグループには入りにくくて……」

 

 あー、確かにわかるその気持ち。あそこ変に女子が多いし、カースト上位限定、みたいな空気がある。

 それに比べ、こっちは普段から基本的にぼっちの奴×3人だ。さらに言えば櫛田に誘われたから行きやすくなった、というのもあるだろう。

 

「……そういうことなら、拒否はできないわね」

 

 堀北が承諾すると、沖谷の表情がぱっと明るくなり、赤点組の隣の空席に座った。

 それを見て、今度は櫛田が口を開いた。

 

「あの、じゃあ私も参加していいかな?」

 

「待って。あなたはギリギリどころか、上位の成績だったはずよ」

 

 覚えている。櫛田の点数は確か80点付近だった。

 最後の3問を解き明かすには至らなかったが、それでもそこそこの点数を獲得している。

 

「あの小テスト、選択問題が多かったから、実はほとんど当てずっぽうの偶然だったんだ。実力的には、沖谷くんと同じか、それより下だと思うの……だから私も不安で」

 

 これは櫛田の作戦だろうか。だとしたら素直に感心した。

 沖谷の参加を認めさせることで、この勉強会への参加基準が赤点組かそうでないかではなくなる。

 これで、堀北は櫛田の参加を拒否する理由がなくなってしまった。

 

「……分かったわ。好きにして」

 

「ほんと? ありがとう」

 

 恐らく櫛田の狙い通り、堀北は参加を了承した。

 ここは自分の好き嫌いより、勉強会を進めることを優先したか。

 だがもしこれが策略なら、櫛田の学力レベルは並以上ある可能性が高い。

 小テストがあてずっぽうだったなんて嘘っぱちで、あの点数は櫛田の実力通り。

 その場合、この場にいる全員に嘘をついたことになる。

 そこまでして、堀北の開く勉強会に参加したかったのか。

 こうなってくると、櫛田の執着のしかたも異常だと言わざるを得ない。

 この二人の間に一体何があるんだ。

 

「では早速だけど、まずは簡単な問題を解いてもらうわ。あなたたちには、赤点のラインを余裕で超えられるレベルにまで伸びてもらうつもりよ」

 

「え、でもそれって大変なんじゃ……」

 

「ギリギリのラインを狙うのは危険度が高すぎる。もし失敗したら、もっと大変なことが起こるぞ」

 

 すなわち退学だ。

 発言の意図は察してくれたらしく、堀北が渡した問題を解き始めた。

 内容は数学の連立方程式。

 

「えっと、A+B+C=2150で……」

 

 沖谷の方は、割と順調に連立方程式を組み立て始めていた。それを櫛田が笑顔で眺めている。

 いやお前は解かなくていいのかよ。一応沖谷より学力低いって設定だろ。

 まあ、そちらはどうでもいいとして、問題は赤点組の方。

 

「わっけ分かんねえ……」

 

「俺も……」

 

 始めの問題から躓いていた。

 ついひと月前の入試問題とはとてもじゃないが比べ物にならないくらいに易しい問題だ。

 それを「わっけわかんねえ」って……

 こいつら、この学力でなんでこの学校に入学できたんだ。

 いや、こいつらだけじゃない。あの小テストで50点を下回った生徒全員、あの入試問題をクリアできるほどの学力が備わっていたとはとても思えない。

 これは教えるのに相当苦労しそうだ。

 そして、解き方が分からない問題と睨めっこを続けるのは、苦痛でしかない。

 

「あーもう、やってらんねえ」

 

「こんなに早い段階から諦めてたら、この先無理だぞ」

 

 シャーペンを放り出した須藤に、綾小路が警告を入れる。

 

「まさか連立方程式も分からないなんて……いい? これはこう解くのよ」

 

 堀北がそう言い、ノートに文字式を組み立てて問題を解き明かしていく。

 模範的、教科書通りの解き方。

 しかし、それでも赤点組は理解できていなかった。

 

「やっぱ分かんねえよこんなの」

 

「これは考え方次第では、連立方程式を習っていない中学1年生でも解ける問題よ。もっとちゃんと考えてみなさい」

 

「え、じゃあこれも解けないって、俺ら小学生並み……?」

 

 まあ、確かに中一でも解けないことはない。

 連立方程式と似たような問題を解くために、難関私立中学受験の対策を行なっている塾では、鶴亀算やら仕事算やらを頭に叩き込ませているだろう。

 

「心配するな池。連立方程式以外の解き方で解ける中一は少ない」

 

「やっぱそうだよなー。そいつら、頭の構造からして俺らとは違ってるんだよ」

 

「いや、高校で連立方程式解けないってのは不味いレベルだぞ」

 

「えー、上げて落とす感じかよ速野ー」

 

「……」

 

 反応するところそこかよ……てか、お前らを上げたんじゃなくて頭が柔軟な中一を上げただけだぞ。

 その様子をみて、櫛田も会話に参加する。

 

「でも、堀北さんと速野くんの言う通りこれはちょっと不味いレベルかも。諦めないで、もうちょっと考えてみようよ。ね?」

 

「……まあ櫛田ちゃんが言うならもうちょっとやってみるけどさ。てか、櫛田ちゃんが教えてくれたらもうちょっと行けると思うんだけど」

 

「え、えっと……」

 

 言われた櫛田は困ったような表情をこちらに向ける。

 だが、もはや手段を選んでいる場合ではない。堀北は「そんなモチベーションはすぐに消える」と吐き捨てていたが、とりあえず今は櫛田にやってもらうしかないだろう。

 

「えっと、これは堀北さんも言ってたように、連立方程式を使って解く問題なの。一回、問題文を文字で表してみるね」

 

 そんな感じで櫛田の解説が続いていく。俺から見ればそこそこ分かりやすい解説だ。難しいことは特に言っていない。

 だが問題は、堀北の解説のスローモーションのようになってしまっているということだ。

 

「だから、答えは710円になるの」

 

「……え、これで答え出るのか? なんで? てかそもそも、さっきから言ってる連立方程式って、なんだ?」

 

 その言葉に、俺のみならず、櫛田や堀北も閉口していた。

 そして、堀北から視線を送られる。

 次はお前だ、とでも言いたげだ。

 一応俺も教える側としてここに来ているし、やることはやっておくべきか。

 連立方程式の利用方法どころか、名前すら知らないこの状況では、堀北や櫛田の考えでは無理だ。

 恐らく「文字で表す」ことの意味すら理解していない。

 この勉強会にふさわしいとは言えないが、堀北が言っていた中一でも解けるやり方でやってみるしかない。

 

「数直線を使って考えてみる。まず、全体が2150だ。次にAとBの関係を書くと……」

 文字を使っていないだけで、やっていることは連立方程式とあまり変わらない。それを具体的に数直線上で表しただけだ。

 

「で、590+120で、答えは710円だ」

 

 何とか分かってくれ、という気持ちを込めて3人を見つめる。

 

「……なんか、急に計算の量が増えた気がするんだけど……」

 

 いかん、解き方の内容に突っ込んでくれない。

 

「今まで我慢していたけれど、あえて言うわ。あまりに無知・無能すぎる」

 

「あ?」

 

「聞こえなかったかしら。あなたたちは無知・無能だと言ったのよ。この程度の問題も解けない頭で、この先どうしていくつもりなのか理解できないわ」

 

「お前には関係ねえだろうが。勉強なんて不要なんだよ」

 

「何をもってそのようなことが言えるのか、気になるところね」

 

「俺はバスケのプロになるためにこの学校に入ったんだ! こんな下らねえことするためじゃねえ」

 

 そこから、堀北と須藤の言い争いが始まる。

 堀北が降りかざす論を、須藤が独創的な考えで拒否していく。客観的に見てどちらが正しいのかは明らかだが、堀北の口撃には全員が唖然としていた。

 そして堀北の言葉の矛先は、須藤の部活、つまりバスケにまで向いた。

 

「どうせ、練習に対しても真摯には取り組んでいないでしょう。あなたはさっきバスケットのプロになると言ったけれど、そんなに簡単にいく世界だと思っているのかしら。そもそもプロになれたとして、満足な収入が入ってくるとは思えない。そんな職業を選択する時点で、あなたは愚かよ」

 

「てめえ!」

 

 須藤はブチギレ、堀北の胸倉を掴んだ。

 しかし堀北は、コンビニの件同様引く様子を見せず、一層冷たい視線を須藤に送っていた。

 

「そうやってすぐに暴力に走り、場の雰囲気を壊すその性格も、あなたはクラスにとってマイナスの要素でしかない。今すぐに学校をやめてもらって構わないわ」

 

「……ああそうか、お望み通りやめてやるよこんなもん。じゃあな」

 

「そう。さようなら」

 

 荷物をまとめて席を立つ須藤の姿を、堀北は侮蔑を込めた目線で見ていた。

 すると、須藤以外の池、山内も片付けを始める。

 

「俺も帰る。そんな上から来られたら勉強する気もなくなるって。みんながみんな、堀北ちゃんや速野みたいに頭いいわけじゃないんだからさ」

 

 もうこの流れは止められない。勉強会は完全に崩壊した。

 これ以上、池や山内の恨み言も、櫛田の説得も堀北には意味をなさない。

 沖谷も帰ってしまい、残ったのは堀北、綾小路、櫛田、俺の4人だけとなった。

 

「……堀北さん、何であんなこと……」

 

「足手まといな人たちは、クラスのポイントが0で、実害がないうちに消えてもらった方がいいと判断した。それだけのことよ」

 

「そんな……堀北さんが勉強会を開いたのって、あの3人を助けたかったからじゃないの?」

 

「とんでもない誤解ね。すべてはAクラスに上がるため。私のためよ」

 

「……2人からも何か言ってよ……」

 

「堀北がそう判断したなら、いいんじゃないか?」

 

「綾小路くんまで……」

 

「あの3人を見捨てたいとは思ってない。でも、オレにもどうにもならないからな」

 

「……速野くんは?」

 

 今度は名指しで言ってきた。

 

「あー……とりあえず堀北」

 

「何かしら?」

 

「場を乱す性格ってのは、間違いなくお前のことだと思うけどな」

 

「私は事実を事実として言っただけよ」

 

「そうか。それなら俺から言えることは何もねえよ」

 

 言って、俺は堀北から目線を切った。

 

「そんな、何で……でも、私はなんとかしてみせる。大切なクラスのメンバーのために」

 

「あなたがそう言うなら勝手にやって。でも、私はあなたが本心からクラスのメンバーのためにやっているとは思えない」

 

「どうしてそんなことばっかり言うの? 意味わかんない。私、悲しいよ……」

 

 言うと櫛田は俯き、悲しんでいる表情を見せる。しかしすぐに向き直り、カバンを持った。

 

「じゃあ、また明日、ね……」

 

 短い別れの言葉を述べ、櫛田は図書館から出ていった。

 終わってみれば残ったのは、堀北とその手下2人。

 

「これで勉強会は終了よ。あなたたちは、他よりはましな人間のようね。速野くんには必要ないでしょうけど、綾小路くんには特別に勉強を教えてあげても構わないわよ?」

 

「いや、いい」

 

 堀北の誘いを断った綾小路は、荷物を片付け始めた。

 

「帰るの?」

 

「いや、須藤たちと雑談しに、な。俺は友達と話すのが嫌いなわけじゃない」

 

「友人と言っておいて、退学を止めようとはしないのね」

 

「さっきも言ったが、俺にはどうすることもできないからな」

 

「そう。勉強会は終わったのだし、自由にしてもらって構わないわ」

 

「ああ。じゃあな」

 

 綾小路も退室し、残ったのは俺と堀北だけとなった。

 

「あなたはここで勉強を続ける?」

 

 堀北はそのまま勉強を続けるらしく、新たに教科書を開いている。

 

「それもいいかもしれないが……そうだな、堀北。この問題解いてみてくれ」

 

「構わないけれど……」

 

 そう言って、堀北は俺が差し出したノートを受け取り、問題に取り組む。

 この問題は、さっき堀北と須藤が言い争っている間に過去にある参考書で出題されたのを思い出し、それを書いたものだ。

 難易度は非常に高め。小テストの最終問題よりも難しいと思われる。

 堀北は考えているが、これはそうそう考えて解けるものではない。こんな問題が出たら間違いなく後回しにする。

 そのまま7分ほどが経ち、堀北はついにシャーペンを置いた。

 

「悔しいけれど、手に負えないわ。これは私が解ける範囲なの?」

 

「ああ。何なら中学の知識だけでも解けないことはない」

 

「……本当に?」

 

「ああ。つまりお前は中学生以下ってことだ」

 

 連立方程式の問題を「中一でも解ける」と言い放った堀北に刺さるセリフだ。

 

「……何が言いたいのか分からないけれど、取り敢えず解説してもらえるかしら?」

 

「自力で解かなくていいのか?」

 

「この問題はテスト範囲外の上に、明らかに常軌を逸した難易度よ。実際の試験で出題されたらまず後回しにするでしょうね」

 

 堀北が言っていることは至極真っ当だ。一定レベル以上の大学入試の数学は、大体5~6割の正解率でも十分合格圏内に入る。そしてその中には捨てるべき問題が必ずといっていいほど存在する。

 だが、ここで俺が言いたいのは受験テクニックではない。

 

「お前の言い訳なんて知らん。何を言おうが、お前はこの程度の問題を解き明かせない無能ってことだろ?」

 

「この程度というけれど、この問題はほとんどの生徒が解けないはずよ」

 

「根拠に乏しいな。それはお前の主観でしかない。そのほとんどの生徒とやらに実際に聞いて回ったのか」

 

「それは屁理屈と言うのよ」

 

 確かに、堀北の言う通り俺が言っているのは屁理屈だ。

 だが、堀北はそろそろ俺が何を言いたいか気づいてくれてるんじゃないだろうか。

 

「まあ、じっくり考えてくれ。その問題の解説は後で送るから。ただ、テスト勉強の妨げにならない程度にな」

 

 言いながらカバンを持ち上げ、席を立った。

 

「……ええ。そうするわ。また明日」

 

「ああ」

 

 




次回更新は11月20日15時です。
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