実力至上主義の学校にオリキャラを追加したらどうなるのか。 作:2100
「なあ春樹、思ったんだけどさ、授業受けてみると結構簡単なところもあるよな」
「ああ、それ俺も思った。今日の地理とか、化学とかだろ?」
「そうそう」
綾小路と櫛田の遅刻によって、1分ほど遅れて始まった昼休みの勉強会。
その最中に、池と山内がそんなことを言い出した。
「まあ確かに、全部が全部難しいわけじゃない」
「ちゃんと授業を受けたから分かったことだね」
櫛田も3人を励ます。
「油断は禁物よ。まだ提示されたテスト範囲の全てが終わったわけではないし、あなたたちの学力レベルはまだまだよ」
「うは、手厳しい!」
「それに、社会科に関しては時事問題も出題される可能性があるわ」
堀北はそう指摘する。
確かに、入試でも、この前の小テストでも時事問題は出されていた。
「……ジジイ、問題?」
しかし、須藤の反応は予想の斜め上を行くものだった。
世の中のお爺さん限定の高齢化問題かよ。一応時事問題の内容としてあり得るものなのが余計にムカついた。
「時事問題ってのは、最近起こった社会の動きとか、主に政治経済の分野から出される問題のことだ。お前らもネットは見るだろ? そこに情報はいくらでも載ってるから、調べといて損はないぞ」
外部との連絡の一切を断たれているこの学校の生徒が外の情報を手に入れるためには、テレビを見るか、ネットで検索するかしかない。
須藤たちが普段、ネットでナニを調べているのかは知らないが……
「定期テスト 時事問題」で検索すれば、出題されそうなネタはいくつでも転がっているはずだ。
「今はできることをやりましょう。だらだら過ごしている時間はないはずよ」
「うーい」
「じゃあ、私から問題。帰納法を提唱したフランシスベーコンに対し、演繹法を提唱したのは誰でしょう」
「あー、えっと誰だっけ。ベーコンの方は覚えてたんだけど……」
「なんつーかこう、ゴツゴツした感じの名前だった気がすんだけど……」
山内と須藤が頭をひねる中、隣の池は得意げな表情でそれを見ていた。
「な、寛治てめーまさか……」
「はっはっは。2人ともまだまだだな。答えはデカルトだろ、櫛田ちゃん!」
「おー、正解っ。池くんすごーい」
出題者の櫛田はぱちぱちと手を叩く。
「だーくそっ。頭のてっぺんまで出かかってたのに!」
基本中の基本問題ではあるが、始めはこいつら悩むことすらなくノータイムで「そんなの知らない」って答えてただろうからな。頭を悩ませるだけ成長したと捉えるべきだ。
あと須藤、ゴツゴツした感じの名前って……お前まさか、「デカルト」の名前「デコボコ」で覚えてんのか。テストでそっち書くなよ。
「おっし、これで満点は固いぜ」
「その自信はどっから湧き出てくるんだ……」
そのプラス思考は少し羨ましい、と思いつつ、勉強に戻るために教科書に目を落としたとき。
「おい、騒がしいぞ。図書館で騒ぐなよ」
後方から声をかけられた。
表情を見ずとも、声色から多少の苛立ちが感じ取れる。確かに今の音量は迷惑だったかもしれない。配慮が足りなかったな。
「あ、うるさかったか? 悪い悪い。問題解けたのが嬉しくってさ。デカルトだぜ? モネ・デカルト。覚えておいて正解だろー」
「池、正しくはルネ・デカルトだ……」
「あっ……」
池のしょうもないミスに突っ込みを入れる。
そんな様子を見て、注意しにきた生徒の表情が変わった。
「……あ、もしかしてお前ら、Dクラスか?」
この学校は「Dクラス」という言葉に敏感だ。
その単語が口から出た瞬間、それまで勉強に集中していた周りの生徒も一斉にこちらに目を向ける。
「は? なんだお前ら。Dクラスだからなんだっつんだよ!」
「いやいや、別にどうとは言ってないさ。俺はCクラスの山脇だ。よろしくな。にしても、この学校が実力で生徒を分ける制度でよかったぜ。お前らみたいな『不良品』と一緒に過ごさなくて済むからな」
「喧嘩売ってんのかてめえ! 上等だ! かかってこいよ!」
「なんだ、喧嘩か? やってみろよ。どんな処分を受けるか楽しみだぜ。あ、減るポイントもなかったんだっけ?」
相手の安い挑発。しかし、沸点の低い須藤はそれに乗ってしまいそうになる。
俺はそれを止めることにした。
「おい止まれ須藤」
「るせえ!」
「……おう」
その一喝で、俺は引き下がるほかなかった。
須藤の怒りの矛先がこちらに向かって怪我するようなことはまっぴらだ。
ごめん、俺には無理だったよ。
それをだらしなく思ったのかは知らないが、次は堀北が止めに入る。
「やめなさい須藤くん。ここで問題を起こしても百害あって一利なしよ。それと、先程からDだDだと馬鹿にしているけれど、あなたたちもCクラスといったわね? そこまで上位とは言えないでしょう」
「AからCまでの差なんて誤差の範囲だ。ま、お前らはポイントがなくなっちまうほど別次元だけどなあ」
「ずいぶん都合のいい判断基準ね。私から見れば、Aクラス以外はどんぐりの背比べよ」
そうは言うが、お前の判断基準も結構都合良いと思うんだけど。一応Cクラスとは490差があるんだぞ。
「はっ、底辺のくせして生意気だな。ちょっと顔がいいからっていい気になってんじゃねえよ」
「聞いてもいない情報をありがとう。私自身自分の容姿について興味はなかったけれど、あなたたちに評価されて非常に不愉快に感じたわ」
「っ、こいつ……」
あーあ。前のコンビニでの場面でもそうだったが、こういうのに堀北が関わると面倒なことになりそうだな……。
と、そんな中、山脇という生徒とともに勉強していたと思われる男子生徒が耳打ちするように山脇に言う。
「お、おい山脇、俺らから仕掛けたなんて噂になったら……」
「……?」
噂になったら、何だろうか。
学校側に追求される?
ポイントを減らされる?
クラスからバッシングを受ける?
「ま、お前らからどれくらい退学者が出るか、楽しみだぜ」
「ご期待いただいてるところ悪いけれど、今回、Dクラスから退学者は出ないわ。それに、人のことばかり気にしてていいの? 油断していると、足をすくわれるわよ」
「はっ、なんの冗談だそれ。俺たちはお前らとは違って、より良い点数を取るための勉強をしてるんだよ。大体、テスト範囲外の勉強をしてる馬鹿のどこに勝ち目があるって?」
「え?」
いまこいつなんて言った? テスト範囲外だと?
「まさか、テスト範囲すら知らないのか? だから不良品なんて言われるんだよ」
……ちょっと待て。どういうことだそれは。茶柱先生から伝えられたテスト範囲は確かにここのはずだ……
「良い加減にしろよてめえ! 上等だ!」
しかし、頭に血が上りきった須藤にはそんなことは関係ないらしく、再び掴みかかる。
「おいおい、さっき言われたこと、覚えてないのか?」
「こちとら減るポイントなんてねえんだよ!」
須藤が叫び、腕を引く。マジで殴るつもりらしいが、俺では止められない。
これでまたマイナス査定か、と覚悟した瞬間だった。
「はい、ストップストップ」
一人の女子生徒が、須藤と山脇の間に割って入った。
「あ? なんだてめえは。部外者は下がれよ」
「部外者? 心外だなあ、この図書館を利用させてもらっているれっきとした関係者として、君たちの行為を止めに入っただけだよ。喧嘩するなら外でやってもらえる? それに、君たちもちょっと挑発が過ぎるんじゃないかな? これ以上やるなら、学校側に報告しなくちゃいけなくなるけど」
「わ、悪い、そんなつもりじゃないんだよ一之瀬」
Cクラスの連中は、今一之瀬と呼ばれたこの女子生徒のことを知っているらしい。
それも、ただ知っているだけという感じではなさそうだった。俺たちに対して取っていた尊大な態度は、この一之瀬の前では鳴りを潜めている。
「お、おいもう行こうぜ……」
「あ、ああ、これ以上ここにいたら馬鹿がうつっちまう……」
そんな捨て台詞を残し、俺たちというより、一之瀬から逃げるように退散していった。
「君たちも、図書館を利用して勉強するなら静かにやらなきゃ……ん?」
一之瀬は、颯爽と自分がいた席に戻って行く、と思いきや、急に立ち止まった。
その姿を何気なく見ているうち、俺と目が合っていることに気がついた。
「君は確か……」
何か考えるような顔で、俺に近づいてくる。
「……何か?」
「あ、ううん、何でもないよ。ごめんね。じゃあ、またどこかで」
ばいばい、と言い残し、今度こそ自分の席に戻っていった。
「堀北とは違って、しっかりとこの場をおさめていったな」
「私は事実を述べたまでよ」
綾小路のセリフにも、堀北は動じることなく堂々とそう答えた。
だが今重要なのは、一之瀬という奴の人となりでも、Cクラスの幼稚な挑発でも、須藤と堀北のトラブルメーカー気質でもない。
「なあ、さっきCクラスが言ってた……」
「……うん。テスト範囲外って、どういうことかな……?」
「各クラスでテスト内容が違う、とか?」
「それは考えにくいわ。学年で問題を統一しなければ、定期テストの意味がなくなってしまうもの」
俺も同感だ。
この学校がクラス間競争の色が強いところからしても、学年全体で基準が違うということはあり得ないだろう。
考えられる可能性として有力なものは2つ。
Cクラスだけがテスト範囲の変更を知っていた可能性。
そして……Dクラスだけが知らされていない可能性。
Cクラス連中の口ぶりからして、可能性が高いのは圧倒的に後者だ。
とにかく事実を確認するため、勉強を中断して職員室に向かった。
1
職員室に入って茶柱先生を見つけるや否や、堀北が問い詰めるように質問した。
「先生。私たちが伝えられたテスト範囲には確かにこの部分が含まれています。しかしある生徒から、ここはテスト範囲外だという指摘がありました。どういうことか、説明を求めます」
すると、茶柱先生は気圧されるでもなく悪びれるでもなく、淡々と答える。
「……ふむ。ああ、そういえば、テスト範囲は先週の金曜日に変更になったんだった。すまないな、お前たち伝えるのを失念していたようだ。これが新しいテスト範囲だ。堀北のおかげでミスがわかった。みんなも感謝するように、以上」
言いながら、メモ用紙にサラサラっと新しいテスト範囲を書き、堀北に渡す。どうやら変更は全科目で行われていたようだ。
「は!? そんな、どうしてくれるんですか!?」
「そう言われても、失念していたんだ。仕方ない。それに、まだテストまでは1週間ある。今から詰め込めば間に合うだろう?」
「くっ、自分のミスのくせに……!」
須藤の顔が再び怒りで染まり始めている。怒りのメーターが上がったり上がったり忙しいやっちゃなお前は。
「行きましょう」
そんな須藤とは裏腹に、堀北は冷静に退室を提案する。
「で、でも……」
「こんなところで突っ立っていても、何も始まらないでしょう? 急いで新しいテスト範囲の勉強を始めた方がよっぽど効率的よ」
そう言う堀北だが、いつもよりいくばくか早口になっている。
訂正しよう。堀北も冷静ではなかった。
それも当然のことだ。この瞬間、俺らが今までやってきた勉強会は全て無駄足だったことを突きつけられたのだから。
そして何より不思議なのが、一担任の重大なミスであるはずなのに、職員室の教師たちは全く驚いた様子を見せない。
それどころか、何の先生かは知らないがこちらに向かって手をひらひらと振ってくる人までいる。
誰に向かって……と思って後ろを振り向くと、そこには微妙な表情をした綾小路がいた。
この2人は前に会ったことがあるのか……?
いや、もうそんなことはどうでもいい。
変更後のテスト範囲が、すでに授業で学習した部分であることは不幸中の幸いだが……赤点組3人はその授業をやっている時、まともに受講していなかった。
1週間の詰め込みでどこまで通用するのか、それは全く見当がつかない。
職員室を出るが、皆一様に意気消沈している。
「な、なあ堀北……大丈夫なのか?」
「……新しく勉強会のスケジュールを組み直すわ」
努めて冷静に話す堀北。
だが、落胆ぶりは見て取れる。
そんな中、須藤が何かを決意したようにふっと息を吐いた。
「決めたぜ。俺も今日からテストまで部活休む。それで何とかなるか?」
驚いた。
いま須藤が言ったことは当然合理的な判断だ。だが、そんな提案が須藤自ら飛び出るとは誰も予想していなかっただろう。
「……いいの? 1日勉強漬けなんて、あなたに耐えられるとは思えないけれど……」
「ムカついてんだよ。担任にも、Cクラスの奴らにも……だから、ちょっとは見返してやりたいっつーか」
そう言って、職員室を睨みつける。恐らく、この壁の向こうの茶柱先生を想定しているんだろう。
珍しく、須藤の怒りがいい方向に向いている。
「それに……勉強ってのは辛いもんなんだろ?」
そしてニヤリと笑いながら、堀北の肩をポンと叩いた。
「……それなら、私が……いえ、私たちが何とかしましょう。早速今日の放課後から始める、ということでいいわね?」
……堀北が自分以外の人間を勘定に入れたぞ。「私たち」って……
「ああ、どんとこい」
「それと須藤くん」
「おう、何だ」
「私の体に次接触するようなことがあれば、容赦しないから」
少し丸くなったと思えばすぐそれか……
そんなに須藤が嫌いか。綾小路の額は自分から触りにいってたのに……
「……可愛くねえ女」
「でも、なんかいい感じになってきたかも」
櫛田の言う通り、いい感じになってきたのは間違いではない。
共通の敵ができたことによる効果だろう。
須藤が自分から勉強に対して前向きな姿勢を見せた。本人はもちろん、池や山内のモチベーションも今までと比べて高いだろう。
あとは結果。
だが、それが最大の難題であることに変わりはなかった。
2
テスト範囲の急な変更で、堀北率いる勉強会メンバー、そしてDクラスの生徒全員に衝撃が走ったのが、今から23時間ほど前のこと。
今はその翌日の昼食時間だ。
昨日の放課後の勉強会は、かなりガタガタだった。
須藤たちにとっては振り出しに戻ったも同然なのだから、それも当たり前といえば当たり前だ。
ゼロから知識を蓄えなければいけないため、教えるのにもこれまで以上に苦労することになるだろう。
今後の対策を考えていた時、俺の目の前の席に人影が現れた。
「……堀北? 何してんだお前」
「見てわからない? ここで昼食を済ませるのよ」
「いや、お前いつも自分の席で食ってただろ……」
「あなたと対策を練る時間は、この時間くらいしかないでしょう」
「……まあ確かに」
堀北は、俺の前の席の椅子を回転させ、こちらに向かいあわせるように座った。
「いつも綾小路と食ってなかったか?」
「彼はすぐに教室を出て行ったわ。それに、綾小路くんと食べるのが日課というわけではないし」
「ふーん……」
そういえば昨日、職員室から引き上げる時に「気になることがある」みたいなことを言ってた気がするな、綾小路。
それに関しての用事かもしれない。
俺も気になることはあるが、それを確認するよりも対策を練った方がいいと判断した。
「正直に答えなさい。私の解説はわかりやすい?」
それは唐突な質問だった。
「……なんだ急に」
「これからテスト当日に向け、ペースをさらに上げなければいけなくなった。そんな時に、私の解説がわかりづらかったら話にならないでしょう? 客観的な意見が欲しいのよ」
「客観的も何も、そんなの本人に聞け、としか」
「あなたから見て、の話よ。彼らに聞いたところで具体的な話をしてくれると思ってるの?」
「……まあ、無理だろうな」
あの3人は、勉強会での知識をインプットするのに精一杯。
その上、勉強会を開くまで授業内容を一切理解していなかった。
意見を求めても「以前よりわかる」としか感じていないだろう。
「にしても意外だな、お前が他人に意見を求めるなんて。お前は独断専行とか傍若無人とか、あるいは唯我独尊とかそういう精神だとばかり……あ、いや悪い謝るだからそのコンパスをしまえ今すぐに」
テスト前に俺にケガ負わせるつもりかこいつは。
「はあ……話を戻すけれど、素直に意見を言ってちょうだい。細かいことでも構わないわ」
「そんなこと言われてもな……俺自身、人に勉強を教えるなんて経験そんなにないし。それに隣でお前の解説に耳傾けてる余裕もそんなにない。でも様子見てる限り、解説のうまさはお前に軍配が上がると思うぞ。悪いが俺から言えることはないな」
これは俺が本当に思っていることだ。
積極的に解説しているのは堀北だし、須藤たちも大抵堀北に質問している。
たまに俺にも質問が飛んで来はするが、質問される数は分かりやすさと比例しているんじゃないだろうか。
……まあ、堀北が女子だから積極的に質問してる、って線もあるが。
「そう……分かったわ」
具体的な意見は何も聞けず、期待外れという表情を見せながら、堀北は持っていたサンドイッチを頬張り始めた。
3
時間はいくらあっても足りない。
そう意識すればするほど、人間は時間の流れを速く感じるものだ。
気がつけば、中間テスト本番は明日に迫っていた。
テスト前最後のホームルーム終了直後、櫛田が突然立ち上がった。
「みんな、帰る前にちょっと話を聞いてもらえないかな」
櫛田の声は教室内全体によく通った。
本当はみんな、すぐにでも明日のテストに向けた最終確認をしたいところだろう。しかし呼びかけたのが櫛田ということもあり、帰ろうとしていた生徒も全員立ち止まる。
「みんな、明日に向けてすっごく頑張って勉強したと思うんだ。それで、そのことで役に立つかもしれないものがあるの。今からプリント配るね」
紙の束が、櫛田から各列の先頭に人数分渡されていく。
これは……
「……テスト問題? これ、櫛田さんが作ったの?」
「ううん、そうじゃないんだけどね。実はこれ、中間テストの過去問なんだ。昨日の夜、先輩からもらったの」
教室内が少しざわつく。
過去問? そんなのあったんだ、といった声が聞こえてくる。
「これ、使えるの?」
「うん、多分ね。一昨年の中間テスト、これとほとんど問題が同じなんだって。しかもこの前私たちが受けた小テストも、去年、それと全く同じ問題が出題されてたらしいの」
櫛田のその言葉で、俺が気になっていたことは全て解決した。
茶柱先生の言っていた、Dクラス全員が赤点を回避し、退学を免れる方法。恐らく、過去問の利用のことを言っていたんだろう。
そして小テストの、あの異様に難易度の高かった最後の3問。
あれは、過去の小テストも全く同じ問題が出されていた、ということを示すヒントだったということか。
「だからこれを勉強したら、役に立つんじゃないかって思ったんだ」
「うああああ! まじか! サンキュー櫛田ちゃん!!」
突然の救いの手、あるいは蜘蛛の糸。
クラス全員が例外なく歓喜した。
中にはこのプリントを抱きしめているやつまでいる。おいおいしわくちゃになるぞ……
「なーんだ。こんなのがあるんなら、今まであんなに必死で勉強する必要なかったな」
山内がそう漏らした。
……これ、配るのが今じゃなかったら危なかったな。
非常にいいタイミングだ。
「須藤くんも、今日はこれを使って勉強してね」
「おう、助かる」
「これ、他のクラスには内緒にしとこうぜ! 高得点とってビビらせるんだ!」
それには賛成だ。
一瞬藤野にこれを共有しようか迷ったが……あいつにこれは不要な気がした。なくても、池や山内より点数が取れないなんてことはあり得ないだろう。
過去問を入手する、という手は、俺自身全く思いもよらなかった。
全国模試や入試問題は、過去問を解いて研究し尽くすというのが常とう手段だ。だが定期試験で過去問を使用するという習慣はなかった。
テストをクリアするためには何を利用したらいいか、それを考えさせる。
学校側から出題された課題だった、ということか。
俺、堀北、綾小路の三人で、櫛田の元へ向かう。
「お手柄ね、櫛田さん」
堀北が素直に櫛田を賞賛した。
「えへへ、そうかな。ありがとう」
「過去問を利用することは、私も全く思いつかなかったことだから。それに、これを公開したタイミングを今にしたのも正解ね。もし不用意に過去問の存在をばらしていたら、テスト勉強への集中力が削がれていたかもしれないわ」
「手に入れたのが昨日だった、ってだけなんだけどね。でも、もしこれと同じ問題が出されたら……」
「高得点、期待できるだろうな」
「ええ。それに、この期間中の勉強も無駄にはならないはずよ。内容を理解できていれば、答えも頭に入りやすい。あとは、試験中に頭が真っ白にならないことを祈るだけね」
そこは一人一人の本番の強さ次第。俺らの管轄外だ。
「じゃあ、私たちもそろそろ帰ろっか」
そう言って帰り支度を始める櫛田。
「櫛田さん、今日まで本当に感謝しているわ。あなたがいなければ、勉強会は成立していなかった」
「そんな、気にしないでいいよ。みんなで上のクラス……できるなら、Aクラスを目指したいって私も思ってるから」
そんな櫛田の言葉に、堀北はしばらく反応を示さなかった。
しかし、やがてゆっくりと口を開く。
「……櫛田さん、あなたに1つ、確認しておかなければいけないことがあるわ」
「確認?」
帰り支度を終え、教室から出ようとしていた櫛田が立ち止まる。
「ええ。Aクラスを目指すために、あなたが本当に力を貸してくれるというなら、必要なことよ。綾小路くん、速野くんがいるこの場でね」
一体どういうことなのか。
質問する前に、堀北が口を開いた。
「あなた、私のことが嫌いよね?」
「……」
「おいおい……」
俺は唖然とし、綾小路も驚きの声を出す。
だが、綾小路の反応は俺とは違うベクトルのもののような気がした。
これは……元々何かを知っている人間の反応だ。
「……どうして?」
「そう感じるから、ただの勘に過ぎないけれど……間違ってる?」
「あはは、困ったな……」
持っていたカバンを肩にかけなおし、櫛田もまっすぐに言い放った。
「うん。大っ嫌い」
それはもう、清々しさすら感じる笑顔で。
「理由、話した方がいい?」
「いいえ、それが確認できただけでも十分よ。これからは気兼ねなく、あなたと関わることができそう」
嫌いだ、と正面を切って言われたにもかかわらず、そんなことを言う堀北。
まさか、櫛田が堀北を好いている、という考え自体が間違っていたとは。
堀北が櫛田を遠ざけていたのは、自分のことを嫌っているのに、それを表に出さずに近づいてくる櫛田に不快感を感じたから、ということか。
だが、だとすれば。
なぜ櫛田は、堀北に関わろうとしていたのか。
それも執拗に。
1つの疑問が解消された瞬間、また新たな、そして以前よりも難しい疑問が出てきた。
4
「速野くん」
靴を履き替えたところで、後ろから声をかけられる。
「……櫛田?」
「あはは……一緒に帰らない?」
「……いいけど」
承諾し、歩き出す。
校舎を出てからしばらくはお互いに無言だったが、校門を出てすぐの信号に引っかかったタイミングで、櫛田の方から話を始める。
「さっきの、びっくりさせちゃったかな」
さっき、というのは言うまでもなく、堀北への発言のことだろう。
「まあ……驚いたといえば驚いた。でも、誰かに言うつもりはないから安心してくれ」
「……うん、ありがと」
やっぱり、口止めしたかったのか。
「言っても得しないからな……それに、少し安心もした」
「え、安心?」
予想外のワードに、櫛田も驚いている。
「ああ。櫛田にもちゃんと好き嫌いはあったんだ、ってな」
「ちゃんとって……」
「誰からも好かれるのも考えものだが、誰のことも好きになるなんて普通無理だろ? みんなと仲良くしたいと思ってるお前にも、嫌う人はいた。人間らしいところが見られて、逆に少し安心した、って意味だ」
嫌いな人もいるが、それを飲み下してうまく人と付き合っていく。社会に出る上で重要な実力の項目の一つだ。
「そんな見方もあるんだ……速野くんって面白いね」
「人生で初めて言われたぞ、それ」
「そうなの?」
「ああ」
陰口で、あいつって暗いよな、とかは言われたことあるが。いや事実なんだけどさ、それ聞こえてんだよもうちょい声潜めろよ。
俺の悲しい過去はどうでもいい。
ところで、と、俺は気になっていることを聞くことにした。
「綾小路はこのこと知ってたのか?」
「え……どうしてそう思ったの?」
「いや、あの時の綾小路の反応が、なんか知ってた風だったから」
綾小路の「おいおい……」という反応は、「まずいんじゃないかこれ?」みたいなニュアンスが含まれているように感じた。
もし何も知らなかったなら、俺のように堀北の質問自体に疑問を持つはずだ。
「……知ってた、かもね」
「……やっぱり、そうだったか」
微妙な反応ではあるが、どうやら予想通りだったらしい。
いつ知ったのか、知られたのかについては、ここではあまり突っ込まない方がよさそうだ。
「もう一つ、聞いてもいい?」
「……なんだ」
少し間を開けて、櫛田が恐る恐るといった様子で口を開く。
「……速野くんは、さ。もしも、もしもね? 私と堀北さんがぶつかるようなことがあったら、どっちの味方につく?」
突然の、それもかなりぶっ飛んだ内容だった。
堀北と櫛田がぶつかる、か。
いまいちイメージが湧かないな。
「その質問、綾小路にも?」
「うん。したよ」
「あいつはなんて答えてた?」
「うーん、はぐらかされちゃった感じかな……」
「まあ、そりゃそうだろうな……」
そもそも答えづらい質問だし、答えてもあまりいいことがないからな。
「じゃあ、俺は櫛田につく」
「……え?」
いつも柔らかな櫛田の表情が固まる。予想していなかった答えだろう。
もちろん、俺の本心ではない。
「なんて言ったら、お前はそれを信じるのか」
「あ……うん、確かに信じきれないかも」
「なら、この質問に答えること自体が無意味ってことだ。俺も綾小路みたいにはぐらかしてもいいか?」
「でも、今ここでちゃんとした答えが欲しいな」
言いながら、櫛田は俺の顔を覗き込む。
これも、俺の答えを引き出すための計算されたポーズ、ということなんだろうか。
堀北の件を知っていると、どうしてもそう考えてしまう。
だがそのうえで、元々可愛いやつが、さらに自分を可愛く見せる方法を知っているとなるとタチが悪い。
男子高校生は、大抵それで落ちてしまうんだから。
「……俺の得になるように対応する、とだけ言っとく」
いつかのプール授業のときのように、後退りながら答えた。
「……そっか。じゃあもしかしたら、私と堀北さん、両方の敵になるかもしれないんだね」
「……」
少し驚いた。
よく話を聞いてるな。
もしくは本音を読むのが上手いのか。
「……まあどちらにせよ、今はお前と堀北がぶつかるってイメージが湧かないから、具体的なことはなにも考えられない」
「……そっか。そうだよね。ごめんね、急に変なこと聞いて」
「いや、別に」
「テスト、絶対頑張ろうね!」
「……ああ」
その後は自室に戻って早速過去問を解き、内容の暗記を始めた。
明日はテスト当日。
いろんな意味で混乱があったが、果たしてどうなるのか。
神のみぞ知るところだろう。
次回更新は11月26日15時です。、